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5 秒で終わった聖女活動

 次に目が覚めた場所は、祭壇だった。


 私は突然の場面展開に目を瞬かせる。

 女神様がいった通り、きっとここは異世界なんだと思う。

 だって、目に映る景色が今まで住んでいた世界と全然違う。


 まずおかしいところ一つ目。

 私の足元には二十メートルほどの大きさを持つ円状の魔法陣的なものが、石材を切り出したような素材の床に直接描かれている。

 気がついたらこの魔法陣の上にへたりと座っていたので、これを使って私を呼び出した体になっているのだろう。


 二つ目は建造物。

 足元の大きな魔法陣を囲むように、石材を切り出したような五メートルほどの白い柱が、十本くらい円を描くように立ち並んでいる。まるでギリシャ神殿みたい。

 この建設物は、屋根がある建物というよりは野外にあるモニュメント、と言った方がその本質は伝わると思う。

 その証拠にこの建造物には屋根がなく、見上げると頭上には青々とした空が綺麗に広がって見える。


 そして、この建設物がどこに建っているかというと、多分森の中だ。柱の周りを覆いかこむように、木々が生い茂っているもん。


 って、あれ? 女神様が違う世界に送ってくれるって言っていたから、私はてっきり異世界のどこか適当な場所に、ぽいっと捨ててくれるものかと思っていたんだけど……。

 この様子を見ると、私、めちゃくちゃ召喚されているじゃんっ!


 これって……私の思い描いていた『プレ移住異世界旅行』とはだいぶかけ離れているんじゃないの⁉︎


 ちょっと待ってよ! 私、なんてことに巻き込まれているんだ! 


 転生しますか?

  *はい

   いいえ


 なんて軽く答えなければ良かった!


 しかも私の格好は事故当時、出勤時の格好のまま。

 服はTシャツにジーパン。ポケットのついた黒の腰巻きギャルソンエプロンの上に、ハサミが入った道具入れが吊るされている。

 花屋の格好そのままで、召喚された神秘的な少女感はまるで無し。ってか、私もう二十二だから、少女でもないし。


「聖女殿よ」


 誰かが野太い声でそう言った。

 でも、それが自分の名称だなんて思わない。私はしがない花屋の女店主だ。


「おい!」


 背中を強めにバシッと叩かれる。


「ひゃっひゃい!」


 え、もしかしたら聖女様って私のことだった……?


 冗談でしょ……? と、今の状況が理解できない混乱を抱えながら、ぐぎぎ……と油が切れた機械のように、立っている声の主の方を向くと、いかにも権力者といった様子のおじさまが私を見下ろしていた。


 この人がこの国の王様なの?


 違っても、きっと偉い人には違いない。そう一瞬で判断できてしまいそうなくらい、声の主は威厳のある風貌をしていた。

 その男は着る人の品格を問いそうな細やかで高そうな宝石がこれでもかとふんだんに、でも同時に上品さを失わぬように繊細に縫い付けられた豪奢なコートを、さらりと着こなしていた。しかも、後ろに付き人と見られる、いかにも頭のよさそうな文官的な人物と、騎士を何人も控えさせている。


 男の、サファイヤブルーの瞳が私を射抜くようにみていた。

 一瞬、私の顔を見た王様は動きが止まった。


「前回の聖女は、黒い髪と黒い目をした少女だったが……今回は青目か……」


 眉根を寄せた顔を見て、私は複雑な気分になった。こんなところでも、目の色を指摘されるとは思わなかった。私は不機嫌な顔になってしまう。

 そういうあなただって、黒髪碧眼じゃないですかっ! 自分はよくて他人はだめなんてどういう了見をしているんだ? ふんっ! 気に入らないっ!


 他の人はどんな色を身に持っているのだろう。ふと気になって、ぐるりと周りを見渡す。するとそこにいたほとんどの人間が、その髪と目に、多彩な色彩を持っていた。

 薔薇のような赤、カンパニュラのような紫、ネモフィラのような青、モンステラの葉のような緑。


 まるでお花畑のさながらの、色彩の豊さだ。


 これぞ、まさに異世界と言える配色。


 その中に、黒髪黒目の者はいなかった。もしかしたら、この世界では黒髪黒目は珍しく、それを持っているだけで尊ばれるのかもしれない。


 ということは、黒髪青目の私は、半端者に見えるのだろうか。


 ぶすっとしながら、ため息を長めにつくと、不機嫌さを感じ取ったのか、王様は慌てて声をあげる。


「さあ、聖女よ! この地に広がる瘴気を祓ってくれ!」

「しょ、瘴気?……? なんですかそれ? 祓いかたとかのレクチャーはしてもらえないんでしょうか?」

「そんなものはない。歴代ここに召喚された聖女様たちは祈りを用いて、ものの数秒で私たちには祓うことのできない瘴気を祓ってくれたからな! 私たちの方が方法を教えて欲しいくらいだ」


 何それ? ちょっと待って! そんなこと急に言われてもすっごく困るんですけど!


 私、ここにきてまだ十秒くらいしか経っていないんだけど⁉︎

 いきなり連れてこられてどうしろってんだ!


 周りにいる近侍らしき人間たちは私の顔を見て、さあさあ、と無言の圧力をかけてくる。失敗したら、殺されそうなくらいの目力。


 えっ、待ってよ。いきなりこんな修羅場に巻き込まないでよ。怖いよ、誰か誰か誰か……。


 うわーーーん!

 さっきの女神様! お母さん助けてぇ‼︎


 ええいっ! 瘴気の払い方なんか知らないけれど、聖女って言う役職のイメージからすると、大体こんなもんでしょ!


 魔法陣の上で跪き、手をかっちりと組み、私が思いつく限り一番スタンダードな祈りのポーズを作る。

 お願い、瘴気消えて。とりあえず消えて。そうじゃなきゃ、私が消される!


 命からがら必死に祈ると、空の上から巨大なバケツで水をかけられたような、大量の光が降り注いでくる。光は神殿っぽいモニュメント内を満たした後、四方八方に筋のように分散していった。

 神殿内の光は時間が経つにつれ薄く淡くなっていったけれど、私にまとわりついた光はなかなか取れなかった。

 まるで、私は神聖な存在だと言うことをこの光によって周りの人間に示されているみたいな、ちょっと下品なくらいの過剰演出。


 ぴかぁーっとした柔らかな光に包まれていると、マジで私、聖女っぽくて笑っちゃうんですけど⁉︎

 ぎゃー! なんの罰ゲーム⁉︎ と目を白黒させていると、周りにいた人間たちが、おおう! だとか、素晴らしい! だとか、感嘆の声を次々に上げていた。


 耳を澄ますと遠くの方から、風が土埃をあげるようなファサア……という音が聞こえた。


 私には何が何やらさっぱりわからないんだけれど。

 ……とりあえず、光で体がおかしなことになってしまったとか、被害めいたことはなさそう。


 呆然としていると、さっきも話しかけてきた、王様っぽい人が凄みのある笑顔で私の肩を揺さぶる。


「聖女殿よ! 感謝する! 君の祈りでこの地に長年蔓延ってきた、障りが全て浄化された!」


 ええっ! 本当に? ……これだけで?


 聖女の力すごっ!


 私の目には障りも何も見えないのだから、何が変わったのかいまいちわからないが、とりあえずこの状況を打破する一助にはなったらしい。ヨカッタネー。


 ……でも、私はこれからどうなるんだろう。


 顔を見合わせながら、喜び合う人たち。

 物語のセオリーで言うと、このまま王城に招かれてもてなされて……とかだよね。でも、絶対そういうの、私の性に合わない! 根っからの平民だもん!


 ガクブルしていると、周りにいた王様のお付きの人だとか、騎士さんたちだとかがざわざわしだした。


「聖女降臨の儀、及び障りの浄化作業はこれにて終了である」


 なるほど、もう私の役は終わったんだな。次はどうするんだ? どっかに移動?


「では、解散!」


 は?


 それはまるで、工事作業が終わったかのような号令の掛け方だった。


 その場にいた人間たちは、私の顔なんか見向きもせず——というか意図的に見ないように心がけているかのごとく、顔を逸らし、そのまま散り散りに歩き出す。


「えっ! えっ? えっ⁉︎ ちょっと皆さんどこに行くんですか⁉︎」


 誰も答えてくれない。

 なんで? 私に何も声をかけないまま帰って行くわけ⁉︎

 はいはい解散だよーと、徐々にばらけていく騎士さん達。


「あの! ちょっと!」


 私はこの状況の意味がわからなかったため、一番近くにいた文官らしき人の裾を引っ張って足を止めようとした。


 すると、文官は


「ひいっ!」


 と、声を上げてダッシュで逃げるように去ってしまう。


「な、なんで逃げるの⁉︎」


 ポツンと残された私。なんか捨てられたらしいんですけど……。


 なんで!


 先ほどまで大勢いた人間が一気に周りから消え去り、ピューッと涼しい風が吹き抜けた。

 よくわからないんですけど、私は瘴気とやらを祓い終わったら、お払い箱になったみたいです。




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