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ある女の懺悔2


 それから、あたしはラザンダルクという見知らぬ国で暮らすことになった。


 そこは国っつーか、見知らぬ『世界』だった。


 本当に、世界が違う。比喩じゃない。実際に違うんだって。


 だって、ここにはあちらの世界にはない魔法があった。


 あたしがその世界で目を覚ました時、足元には巨大な魔法陣のようなものが張り巡らせれていた。

 それを見ただけでもなんだこりゃ、とギョッとしてしまったけれど、この人たちはこれであたしをここに呼び落としたらしい。

 まじかよ、本物の魔法の世界じゃねえか……。


 まさかの光景に絶句することしかできない。

 その後呆然としていると、宰相だという男が、空を見上げて太陽を覆い隠す厚い雲を持っていた魔法陣を用いて晴らしてしまった。


「は? 何これ?」

「あなたのような聖女様がいらっしゃるというのに、空に暗雲を残したままでした。大変申し訳ありません」


 この国では貴人を呼ぶ際に空に雲を残しておくのは不敬に当たるらしい。何その意味わからんルール。


 ラザンダルク生まれではないあたしはこの世界にない『神力』と呼ばれる、この国の人たちとは比べ物にならないくらい強い力の源を持っているらしい。

 神力がある人間が魔法を使えば、普通にこの国の人間の力で魔法を展開するよりも、何倍も効果が出せるらしい。


 だから、あたしの力はこの国では尊ばれるんだって。



 いきなり呼び落とされて、貴人扱いされたあたしはまずこの国の王城に案内されることになった。

 私のために用意された部屋には、これでもかとゴテゴテした煌びやかな装飾が施されていた。


 部屋のイメージカラーはオキシペタルみたいな薄い水色で統一されていて、カーテンやらソファのカバーには、レース布の分厚いフリルが施されている。

 家具は全部、お決まりのように猫足。


 なんていうか、聖女の部屋ってよりはお姫様の自室って感じだわ。

 ……ロリータファッション気味の。


 ツボにハマる人はときめくんだろうけど、あちらの世界にいたときもバイクを乗り回して、女っけゼロで暮らしていたあたしは、この部屋に入った瞬間、げエッ……と汚い声を出してしまった。


 今日からここがあなたの部屋ですから、くつろいでくださいねって案内役の侍女らしき人に言われたけれど、趣味に合わないこの部屋でくつろげって言われた方が難しいんじゃないかなあ。


 ——あーあ。早くここから抜け出したいわ。


 ドカリとソファに腰を沈め、これからどーすっかなあ……と思案していると、扉がリズミカルにノックされた。

 あたしは無視してやろうと思ったのだけど、ノックした人間は、許可を取らずに不躾に入室してきた。


「聖女殿。お初にお目にかかります」


 そこにいたのは、この国の第一王子だった。なんできたん? とあたしがキョトンとしていると、彼は求めてもいないのに、事情をベラベラと話し始めた。

 話によると、あたしの面倒は彼が見るらしい。


 そういえばさっき、侍女さん達がこの王子様の話で盛り上がっていたのを小耳に挟んだ。王位継承権一位である第一王子はなかなか出来がいいらしく国の中でも人気が高いらしい。

 確かに、この男、見た目はいいんじゃないかな。


 艶のある混じり気のない黒一色の髪に、純度の高いサファイアみたいな、鮮やかな青。青い瞳って言うと外国人が持つ淡い色の青を思い浮かべるけど、異世界の王子が持つ青は禍々しいほどに青かった。あんな色、元の世界では見たことがない。


 瞳は大きく、唇は薄く、かっこいいよりは可愛い系の顔。顔だけはなかなか……っていうか、ムカつくくらいに整っているし多分、普通の女の子が見たらすぐにメロメロになっちゃう美貌ってやつなんじゃないかな。


 でも、あたしが思う王子の第一印象は、ムカつくおぼっちゃん。

 あたしと同じくらいの歳らしいし、タッパもあるんだけど中身がてんでだめ。へなちょこ。


 威厳があるように振る舞っているけど、ちっとも怖くない。だってさ……。


「私はこの国を継ぐものだからな。君は私に仕えることを誇りに思うがいい」


 説明が終わった後、ソファに座るあたしに向かって王子が見下ろすような挑戦的な目つきでそう宣言した。

 その尊大な態度にあたしはムカついて、育ちの悪さとヤンキー剥き出しの口調と細く訝しげな目つきで、


「……は?」


 とドスを効かせて言ってしまった。

 どうやら王子の周りにはお行儀のいい連中しかいなかったらしいね。粗野で反抗的な態度を持つあたしを見て、王子はびゃっと飛び上がった後、小動物のようにふるふると身を震わせて、部屋を飛び出てしまった。


「私の手を煩わせるような余計なことをしてくれるなよ!」


 と、捨て台詞を残して。


 よわっ。

 何こいつ。


 こいつは卸せる。そう簡単に判断したあたしは、王子のご希望通りに手を煩わせないように、王城にある部屋を後にした。


 部屋を出る際に邪魔になる護衛が何人かいたから、そいつを捌く羽目になって城内の壁に二、三箇所穴が開いたけど、それくらいは許して欲しい。


 そのまま、逃げた後は何日か森で野宿をして過ごした。もともと、クソジジイとやり合って家に居たくない時は、バイクに寝袋やら小型テントやらを積んで、河畔に拠点を作って一夜をやり過ごすなんてこともあったから、野宿に対してさほど抵抗はなかった。


 そんな生活をしばらく続けていたら、日常に飽きてしまった。

 ——なんつーか、体がむずむずするんだよね。


 暇つぶしに店でも作って働くか〜と思って商工会議所ってところにいったけど、身分が分からない奴には店は貸さないと商工会議所の所長に言われた。

 それがどーしてもムカついたんで、最終的に所長と飲み比べをして、建物を譲ってもらった(あいつ馬鹿だったから、煽ったらすぐ勝負に乗ってきた)。


 なんの店やろうって、三秒くらい悩んだけど、あたしってまじで学がない。


 唯一人に勝てるのは花の知識だけだった。


 しゃーない。花屋やるか。


 花屋なんてやってられるかと思ったからクソジジイから逃げたのに、逃げた先で花屋やるなんて……。人生どうなるか分からないね。


 そうと決まったら、花の準備だ。


 街の人に聞いて、空き地にビニールハウスを建て、その中で花を育てることにした。


 って言うと、簡単に用意したみたいに聞こえるけれど、ここまでの道のりはめちゃめちゃ大変だった。


 街に住んでいる物好き魔術師をとっ捕まえて、魔術を学び、王立図書館の司書を脅し、前聖女が記した『生命再生の魔術』についての文献を読み漁って、自分の力で、魔術の理論構築をした。


 魔術の理論構築って、理科と算数と歴史をごちゃ混ぜにしたみたいな技術が必要で、勉強を全然していなかったあたしには、レベルが高すぎる内容だったけど、教えてくれた魔術師のおっちゃんが、めちゃくちゃ面白い人で。

 あたしはすっかり魔術にハマってしまったのだ。


 そうしてあたしは魔術を学び、ビニールハウスの中で花がいつでも生産される仕組みと、店の内装を調えた。


 オープン日には、街の生活の中で友達になったみんな——リンドエーデンのマダムや魚屋のおっちゃんなんかが、お祝いに駆けつけてくれて……。あの日はめっちゃ嬉しかったなあ……。



 あたしが作った花屋の滑り出しはものすごく順調だった。


 ——あいつが来るまではね。


「あんた……何でうちの店に?」

「侍女の中に君のあちらの世界での職業が花屋だと聞いたものがいてな」


 あたしの目の前にはあの弱っちくて、クソ生意気なあの王子がいた。


「あんたさあ……。何でそんなにあたしに絡むわけ? あんたのとーちゃんからあたしの面倒見ろって言われているからってさ、従順に聞こうとしなくてもいいんじゃない?」

「違う。君に構うのは、私自身の意思のもとだ。私が君に会いたくて、自分の力でここにきた」

「は? 何で?」


 怪訝な顔をして王子の顔を見つめると、王子は眉間に深い皺を入れて苦しげに顔を歪めた。


 その表情には微かだけど、困惑が滲んでいた。

 自分でもどうしてここにきたか分からないんだろう。王子はしばらく黙りこくった末に、答えを導き出したみたいに、口を開いた。


「私は……自由に城を出て、暮らし始めた君が眩しくて……。羨ましいのかもしれない」


 クラヴィスは一人ぼっちでよりどころのない、迷子の男の子のような目をしていた。


 その様子を見て、はっとした。


 ああ、こいつも私と同じように他人に押し付けられたもので苦しんでいる立場なんだって。


 親の期待とか、ならなきゃいけないものがある鬱陶しさとか。


 あたしはどこかで、王子っていう身分ある人間は恵まれているから、あたし達とは全く違う気質を持ち合わせていて、上級階級の生活を当たり前のように受け入れている生き物——率直に言うと理解し合えない全く別の生き物だと決めつけていたところがあった。


 だけど、今あたしの目の前にいるこの男は、ただの男だ。

 王子とかいう肩書きを取っ払ってしまったら、弱っチクって、あたしみたいな人間の睨みにもびびってしまうような、臆病で柔らかくて、脆弱な人。


 そう思うと、目の前の人がもっと身近で愛おしい生き物のように見えた。


「ねえあたし。威厳ばっかり背負って、偉そうにしているあんたは嫌いだけど。不器用でダメダメであまちゃんなあんたのことは、嫌いじゃないよ」


 そう言うと、王子はびっくりしたのか、小動物を脅かした時みたいに、びゃっと飛び上がった。


 そうして、ようやくあたしの言ったことの意味を理解したのか、見たこともないくらいに顔を緩ませたのだ。




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