37 納品と振り解けない腕力
注文されたスワッグは問題なく納期までに仕上がった。
チャチャに店番を任せた私は一人で、教会へと品を収めに行くことになった。
そう言うと、チャチャを一人ぼっちにして大丈夫? と心配になる人もいるかもしれないけれど、なんと最近のチャチャは、五千エンまでの花束とアレンジメントは難なく作られるようになったのだ! すごい! ブラボー!
花屋『スノードロップ』にくるお客さんたちは、五千エンよりも大きい気合の入ったお花を頼みたいときは、何日か前に事前注文をしてくれることが多い。だからチャチャに一人で店番を頼んでも大丈夫だと判断したのだ。
オープンからまだ三ヶ月ほど。この短期間でそこまでできるようになるなんてびっくりしたけれど、別に彼女に特別な才能があったわけじゃない。
それも全てチャチャの努力の結果だ。
チャチャは朝、開店前のちょっとした隙間時間や、店を閉めた後も毎日自主トレを欠かさない。
基本をしっかりと踏襲し、奢らず、まあまあ形になったとしても、その中からまた改善点を探し出し、次に繋がる考察を自身が用意したノートに記録している。
そうやって、理想的な『正しい努力』を繰り返し行うことでチャチャは最短ルートで技術を手に入れたのだ。
自分がなりたいものになろうと、努力した彼女は素敵だ。真っ直ぐで、眩しくて、目が潰れそうだ。
自分の意思なんて関係ない。ただ、店を潰さないために働かなくちゃ、と思いながら泥を飲むような苦しみを抱えながら『努力』らしいことを続けていた私とは全然違う。むしろ正反対。
きっと私がチャチャみたいな性格の人間だったら、働きながら鬱っぽくなって妙なエアポケットに捕まってしまうこともなかったんだと思う。
だからって、別に卑屈になる必要はない。
変わるのは今からだって遅くない。
私もチャチャを見習って、少しでも楽しいと感じられる場所に身を浸せるようにしようって最近は思えるのだ。
こちらの世界に来てからの私は、義務感に縛られていないせいか、前より少しだけ視野が広い。
王女様がいる教会だなんて、恐ろしくていきたくないって、今までは思っていたけれど、要は気の持ちようかもって今は思える。
私は軽い足取りで、納品へと向かった。
*
教会に向かうのは今日が初めてだが、目抜き通りの一番はじっこにある花屋スノーホワイトからはさほど離れていなかった。
もう少し歩くことを予想していたが、十五分ほど歩くとついてしまう。
「こんにちは〜。花屋『スノーホワイト』のつむぐです。スワッグをお届けにまいりました〜」
入り口の門のところで、私は声をかけるとパタパタと忙しない足音が聞こえてくる。
「は〜い! あ! お花屋さん! お待ちしておりました〜」
中からまず最初に迎え入れてくれたのは、注文をしに来てくれた赤毛の女性だった。
商品の説明もしたいと話すと、すぐに教会のエントランス横にある、談話室のようなスペースに案内してくれた。
「量もありましたし、運ぶの大変だったでしょう……ってあれ? 持っているのは斜め掛け鞄だけなのね。……もしかして収納の魔法陣を描いた鞄でも持ってるの?」
「あ、そうなんです。ちょっと知人に貰いまして……」
「も、もらった⁉︎」
女性は目を丸くして驚いている。え……まさか……。
「もしかして……。収納の魔法陣付きの鞄ってすごい高かったりします?」
恐る恐る聞くと、女性はゆっくりと確実に、首を縦に振る。
「高いわよ……。ちょっと人にぽいぽい渡せる品物ではないくらいには……。そりゃあ、今は専門の工場もあって魔法陣の生産体制が整っているから、昔よりは安くなっているだろうけど」
そこまで聞いただけで、私の額にはうっすらと嫌な汗が滲んでくる。
どうやら魔法に溢れたこの世界でも、性能の高い魔法陣は優れた技能を持つ魔術師にしか描けないらしく、とっても高価な品物らしいのだ。
「ちなみにおいくらなんでしょうか……」
「容量にもよるけれど、大体私の教会でのお給料、五ヶ月分くらいかなあ……」
「ご、五ヶ月分⁉︎」
口を大きく開けすぎて、顎が外れそうになった。
どうしてそんな引くほど高価なものをホイホイくれるんですか! フリッツさん!
あ……そういえば、スライムを乾燥させるときの魔法陣とか、ドライフラワーを作る時の魔法陣とか、大量に描いてもらって店にストックがあるけれど……。
もしかして、あれもものすごく高いんじゃ……。
新事実に顔を青くしている私を見て、不憫に思ったのか、聖職者の女性は慌ててフォローするように言葉をつけ加える。
「ええ……。あ、でも、教会のお給料はものすごく低いから! あなたにそれを渡した人がものすごい高給取りだったら、痛くも痒くもない出費なのかもしれないし……」
そ、そうだよね。
フリッツさんは王様の近侍騎士なんだから、高給取りには間違いないんだろう! うん! きっとそうに違いない!
だけど……そんな高いものを何も知らずに貢がれていたことに慄く。
……やっぱりあとで何かお礼をしなくっちゃ。
いかんいかん。今は作った品物を納めている最中なんだった。私は気を落ち着かせるために深い深呼吸をしてから、鞄から商品を取り出して、女性に見せる。
談話室の作業台のような木製の机に作ったスワッグを並べた瞬間、女性の口から歓声が漏れる。
「まあ! 二種類あるんですか?」
「ええ。実用性があるスワッグを作ったらいいんじゃないかって、注文の時に言っていましたけど、キッチンスワッグって、キッチンにあるとお料理が捗って本当に便利なんですよ」
そう言って差し出した、キッチンスワッグには、ニンニクやアマランサス、麦に唐辛子にローリエなど、料理に入れられるドライハーブだけで構成し、それを束のように編み込んである。これをキッチンに飾っておくと、スープを作るときとかにプチりと一枚ローリエをちぎったりできるので、本当に便利なのだ。
「これは……! 見ているだけでキッチンに飾ってみたくなっちゃう〜! 料理が楽しくなりそう!」
聖職者の女性の瞳に星が輝いて見えた。
「もし、使っているうちにスワッグ自体の量が少なくなったら、付け足すことも、新しく作ることもできますから、その時はぜひまたご注文ください」
「あら! じゃあ、少なくなったらまた頼まなくっちゃだわ〜。もう! お花屋さんったら、商売上手なんだからっ!」
そう諫めるように言いながらも、聖職者の女性は嬉しそうな笑みを堪えきれずにいた。
どうやら私は、彼女が想像していた以上のものをお届けできたらしい。
やっぱりこんなふうに、思っていた以上に喜んでもらえた時の顔を見ると嬉しいよなあ。
花屋の醍醐味って感じがする。
私も女性の反応を見て満足しながら、さて、遅くならないうちに(と、いうかこれ以上面倒ごとに巻き込まれないうちに)帰ろうなんて思っていたところ、ぐいっと腕を掴まれた。
「え? えっと……。この手はなんでしょうか?」
「さあさあ! 中へお入りください! あなたのような素晴らしい職人に出会えた感動を、私だけで独り占めするわけには行きませんから! この足で、ぜひ王女様にも商品の説明をお願いいたします」
「え⁉︎ 王女様⁉︎」
「さあさあさあ!」
「いや、待って。私、このまま帰りますから! え、ちょっと、ちょっと⁉︎」
女性の腕の力は恐ろしく強い。
私はそのまま、引きずられるように建物の奥へと連れていかれたのだった……。




