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35 スワッグを作ろう!


 ついに雨季が明けた。

 今年は雨季のピークが例年よりも長かったらしく約二週間ほどの閉店期間があったが、今は建物の外に広がっていた、運河のような水もすっかり消え去り、街には人通りが戻っている。


「くぅ〜! この『梅ジュース』、甘酸っぱくて本当に美味しいでし!」


 久しぶりの開店日の朝。私たちはこの前作った梅ジュースを味わう。

 もちろん瓶に入っている液体をそのまま飲むと、味が濃すぎるので、水で割っていただく。


 酸味が強いから人を選ぶ飲み物だけれど、チャチャは気に入ってくれたみたいだ。


「気に入ってくれてよかった」


 私も、一口。うーん。酸味で目が覚める。

 これから暑くなるだろうし、夏バテに効きそうだ。

 私とチャチャはとってもいい、夏のおともが出来上がったことを一緒に喜び合った。



 開店準備中、店の入り口の石畳を箒で掃いていると、強い日差しに肌がジリジリと焼ける感覚を得る。


 うーん、夏だね!


 異世界の夏はやっぱり少しだけ、元にいた日本の気候とは違う。

 一番びっくりしたところはこの国には蝉がいないってところ。あの特有のミーンミン、と言う音はどこからも聞こえてこなかった。

 ちょっと寂しい気がするけど、私的には、いないならいないでいっかなって感じ。

 セミ爆弾怖いし……。


 それと気候もちょっと違う。前の世界は空気がじめっとしていたから、汗疹がたくさんできちゃうことに悩んでいたけれど、こっちの世界の夏は空気がどこかさらっとしている。過ごしやすいことこの上ない。


 そういえば、雨季のおこもり期間に作ったドライフラワーは貴族たちの間でもう話題になっているらしい。


 最初はお隣のリンドエーデンのマダムに一つあげたことが始まりだった。


 リンドエーデンはルルシェの長雨の間はお店を開けてはないけれど、ドレスは作り続けているため、その経過報告をお客様達に行っていたそうだ。


 その様子を伝えるために、前の世界でいう所のカメラに当たる魔術具があって、とった写真をお手紙の魔法陣で送っていたらしい。


 で、そのドレスの背景にマダムはドライフラワーを飾ってくれていたのだ。


 そうして、めざといお客さんの間で『あの可愛らしい飾りは何!?』と噂になり、欲しいと手をあげた貴族がリンドエーデンを仲介して、うちに注文をよこしてくれたのだ。


 作れば作るだけ売れてしまって、私もチャチャもびっくりしてしまった。ドライフラワーは他の花と違って、水換えをしなくても美しさを保てるところが受けたのではないか、とフリッツさんは教えてくれた。


 貴族はみんなお金持ちのように見えるけど、実はそうじゃない人だってたくさんいる。


 先代以前の人間の功績のせいで、家の大きさは大きいけど、今は廃れてしまって、大きな家を管理するだけで精一杯という人も多いみたい。一応ドライフラワーも色褪せはするけど、全体的にセピア色になったものも、それはそれでレトロ感あっていいし。そんな貴族たちの間で、飾るだけで空間の見目がよくなるドライフラワーは大人気商品になっていた。


 ドライフラワーだけ自分の店で取り扱いたいと言ってくれた商会さんもあって、どうするかは今後チャチャと考えていこうと思っているところだ。


 いやあ。えいやっ! とりあえず開いてしまえっ! で、やり始めた花屋だったけど、意外と軌道に乗り始めているなあ……。


 お客さんが求めてくれるってことは、本当にありがたいことだな、とこの世界にきて、しみじみ思うのだ。



 いつものように店を開けると一番に入って来たのは、魚屋の旦那さんだった。


「魚屋の旦那さん! ルルシェの長雨の時はたくさんおまけをしてもらってありがとうございました!」

「いやあ、いいってことよ! つむぐちゃんにはいつもいい花を買わせてもらっているから。」


 雨季の大セール時の働く男の腕まくりスタイルも素敵だったけれど、今日みたいにビシッと決まったジャケット姿もやっぱり素敵だ。


 こんなに暑いのに、汗を一滴もかいていないのもすごい胆力だけど……。


「そうそう。つむぐちゃん、雨季明けから新しい『ドライフラワー』っていう商品を売り始めただろう? それが教会でも大人気みたいなんだよ!」

「教会……ですか?」


 私はあまり関係性のない組織名が出て来たことに、おや、と目を見張る。


「ああ。教会っていう組織は清貧の思想が求められるから、今までは道端に咲いた花を飾ることは許されなくて今まで建物内が殺風景だったんだ。だけど、王女様がどこかから聞きつけて、つむぐちゃんのドライフラワーを教会内に取り入れたらしい」

「……ん? ちょ、ちょっと待ってください? 今、王女様って言いました? なんで王女様と教会に繋がりがあるんですか?」

「ああ! つむぐちゃんは知らないのか! 今、王女様は教会にいらっしゃるんだよ! ほら。最近、国中に瘴気が蔓延していただろう? それを少しでも緩和するために、王女様自ら教会で祈りを捧げていらっしゃったんだ。……でも、最近新しい聖女様が降臨されて、その必要も無くなったから近いうちに還俗するらしいがな!」


 ちょっと待って。初めての情報だらけなんだけど。


 ってことは王女様が一生懸命、自分の身と時間を犠牲にしてまで祈りを捧げてたのに、私が秒で解決しちゃったのかな。


 私、王女様に恨まれてないかな……。


「そのうち、この店にも教会から直接注文が入るかもなあ! そうなったら長期の注文が見込める大口注文だ」

「ははは……そうですね……」


 できるだけ関わりたくないな……。なんて心中では思うけど、それを隠すように、苦笑いを浮かべた。


「ちなみにだけど、一種類の花だけを束にしたドライフラワーも綺麗だったんだけれど、もっといろんな花の種類を混ぜて、それこそ花束みたいに仕立てることはできないのかい?」


 魚屋さんの旦那さんの言葉で私は閃く。


「……ああ! スワッグですね!」

「スワッグ?」

「ええ。ドライフラワーの花束のことです。すぐに作れるのでよかったらお作りしますか?」

「ああ。そうしてくれると嬉しいね。今日私は結婚記念日なんだ」

「そうなんですね! おめでとうございます! じゃあ、特別綺麗なフラワーにしないといけませんね」


 そう言って私は種類ごとに束にして壁にかけておいたドライフラワーを取るために脚立に登る。

 選んだのは、丸い形の葉っぱが可愛いユーカリとドライにしても鮮やかな青や黄色の色が残るスターチス。それにメインになる赤いバラだ。


 赤いバラはこの世界では珍しいみたいで、箱庭以外では手に入らないみたいだから、特別な記念日の贈り物にもぴったりだろう。


 輪ゴムで縛ってもいいのだけれど、ゴムは劣化すると切れてしまう恐れがある。

 始めて買ったスワッグだと、長年壁に飾り続ける人もいるので、長期間ばらけないように、麻紐で結ぶようにするのが、私なりのこだわりポイントだ。


「はい! 完成しました! これがスワッグです〜!」


 魚屋の旦那さんに手渡したスワッグは、カラフルな布を使った包装はせずに、透けるほど薄い、目が荒い和紙の様な質感の生成りの布だけで包んでみた。

 なので、スワッグ自体も上からみた時だけでなく、正面からみた時も、可愛く見えるだろう。


「つむぐちゃん、これはもしかして……?」

「ええ。これはただの花束じゃなくてこのまま壁かざりにもなるんですよ! 後ろにリボンの輪っかがついてますのでそこを壁にかけてください」

「へえ、壁飾りかあ……。うちの母ちゃんが、最近花を買ってくるとすっごく喜ぶんだが、枯れると悲しそうでなあ。ずっと見ていられたらいいのに、って言ってたんだ。そんなわがままでかわいい、うちの奥さんにはぴったりだ! ありがとう、こんな素敵なものを作ってくれて!」


 魚屋の旦那さんはみたこともない品物に感動したのか、瞳がちょっと潤んでいた。

 そんなに喜んでもらえるなんて、花屋冥利に尽きる。


「こ、こちらこそ! 喜んでいただけて本当に嬉しいです!」


 魚屋の旦那さんが「ありがとね!」と言って片手を上げながら出て行った姿を呆然と眺めていると、チャチャがその様子に違和感を持ったのか、心配する様子で尋ねてくる。


「てんちょさんは、スワッグが売れたことが嬉しくないのでしか?」


 私はその質問を慌てて否定した。


「そんなことないよ! ……ただ」

「ただ?」


 チャチャはコテンと首を傾げる。

 言おうかいうまいか悩みながら口籠もったが、チャチャは確実に次の言葉を待っている。誤魔化せないなあ、と観念した私は重い口を開く。


「私ね。昔もここじゃない別の場所で花屋をやっていたんだ。その時の私はスワッグを作れなかったんだ」


 そういうとびっくりした顔をされた。


「……誰かが作っちゃだめって言ったとかですか?」

「ううん。違うよ。だけど……多分私は『変えないこと』を求められているんだって勘違いしていたんだと思う」


 お母さんが亡くなって、店を急に継ぐことになってから半年。やっと私の店主っぷりが板についてきた頃。

 長年店で花を買い続けてくれた常連のおじいちゃんが店をぐるりと見渡して言った。


『よかった。先代が亡くなってもこの店は変わらないなあ。最近はまるで花屋じゃなくて雑貨屋みたいな若向きのチャラチャラした店が多くなっているからさ。オレなんかみたいなジジイはそういう店に入りにくいんだよ』


 言われた瞬間、あ、と思った。


 私、この店を変えちゃいけないんだって。


 このお店には祖父の代からの常連さんがいて、その年代の常連さんは毎日、仏壇にそなえる用の花を買い求めることが多い。そういう年代のお客さんにとって、商業ビルに入っているような、花がある生活をおしゃれな生活として打ち出そうとしているお店は手頃な花屋ではないのだ。


 この店の様式を変えて、世間に受け入れられるように店を作り替えていくくらいなら、今までの様式のまま、潰れることを求められているのだって。


 こういう考えを持つ常連さんはいっぱいいて、少しでも先代と違った考えを店に持ち込むと、ここはダメだよ、店長。なんて指摘してくる人もいた。


 四年間、一人で店を回し続けて、胸をはって店主です、と言える実力がついてからも、花の種類をちょっと変えたくらいのことはできたけど、全く新しくはしちゃダメなんだ、という抑制力がどこかで働き続け、母の作り上げた店の雰囲気を変えないことに固執していた。


 今思うと、馬鹿だったな。って思う。


 いくらなんでも私、真面目……というより頑固すぎるよね。

 あの店をやっていたのは私だったんだから、私は私のやりたいことをするべきだったんだ。動けなかったことを誰のせいにもせずに。


 この世界にきて、ずっとやってみたかった新しいことに何個も挑戦しているけれど、


「ここで花屋をやるようになってから、私は私がやりたいことを選んでよかったんだなあって改めて思うよ」


 しみじみというと、チャチャは何を言っているんだ? とハテナを浮かべていた。


「当たり前ですよ? だって、これはてんちょの……つむぐしゃんの人生はつむぐしゃんのものでしから!」


 そうだよね。

 うん。本当にその通りだ。


 私がやっていくことに意見はたくさんあったとしても、実際にやるのは私自身なんだよ。


 母が残した商店街でお店をやっていた時はそんな簡単なことも忘れちゃうくらい必死だったんだ。


 あの頃。何もかもがつまらなく感じて、毎日が反復と復習に感じていたけれど、新しいことをやってもよかったんだ。


「自分の人生を楽しくするのも、つまらなくしていたのも自分なんだね」

「ええ! そうでし! だから、あたちは自分の人生を楽しくする方を選びまし! 早速、てんちょ。さっき作ったスワッグの作り方を教えてくださいな」


 チャチャにせがまれた私は、試作品に今まで作ってみたかったいろんな種類のスワッグを作ってみたのだった。





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