表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/72

34 魔法陣の秘密


 二階から荷物を持って戻ると、バックルームで二人が大人しくズズッとお茶を飲んでいた。

 雰囲気は先ほどよりも和らいでいる気がするような……。


 いや……いつもは言い合っている二人が珍しく、無言でお茶を飲んでいるからそう感じるだけ?


 っていうか、どうして二人はこんなに黙りこくっているのだろう。

 ……やっぱり重い雰囲気はそのままかもしれない。


「お二人さーん。ちょっといいかな? そろそろ件のドライフラワーを作っていきたいんだけども……」

「ドライフラワー?」


 フリッツさんが聞いたことのない単語に、不思議そうな顔をしている。


「あ、植物を乾燥させて壁などに飾るタイプの花飾りを作ろうと思って。と、言っても雨季で湿気がジメジメなので、そこをどうするかから考えなくちゃいけないんですけど」

「湿気をどうにかしたいのか? だったら、花が並んでいる台に取り付けられた温度調整の魔法陣を少し描き変えて、湿度調整をできるようにしたらどうだ?」

「え、温度調整の魔法陣?」

「ああ。あの魔法陣には湿度調整機能もついているはずだ」


 嘘でしょ……。そんな機能までついてたの?

 日本の花屋で働いていた時はフラワークーラーも使ってなくて、エアコンで全部調整していたから、そんなに細かい調整はできていなかった。

 それに慣れていた私の感覚からすれば、温度調整だけでなく湿度調整も自在に操れる魔法陣は夢のような道具に思える。

 本当にここって魔法がある世界なんだなあ……。

 フリッツさんはその場でさらさらっと魔法陣に文字を描き込んでいった。


「多分、これで使えると思うが……。使って見てくれないか?」


 私は壁にドライフラワーにするためのバラの束をフックで引っ掛けてから、指示通り、魔法陣に手を伸ばし、上に指の先を重ねてみる。

 すると、みるみるうちに、壁に干したバラから水分が抜けていくではないか!


「何これ! すごい! もしかしたらこれって、スライムから水分を抜いた時に使っていた魔法陣と同じものですか?」

「ああ、基本的には。今回はできるだけ自然なスピードで水分が抜けるように調節を加えたつもりだが、どうだろうか……」


 うん。それもバッチリ。一気に水が抜けてしまったら、シワシワになっちゃうんだろうけど、バラ本来の形は残したまま、綺麗にドライフラワー化している。

 本来だったら、何日間もかかるはずの作業が、ものの十分ほどで終わってしまい、ドライフラワーが完成してしまった。


「すごい! 中の方もちゃんと乾いてる!」

「……なるほど。これがドライフラワーでしか。あの男に手伝ってもらったのは癪でしが、商品としてはとっても綺麗ですし、売れそうでし」


 チャチャはフリッツさんを薄目で睨んでいたけれど、肝心のドライフラワーの出来には満足したようだった。


「素直に感謝してもいいんだぞ?」

「いやでしっ!」


 やっぱり二人は帰るまで仲が悪そうだったけれど、最終的に私が「もうちょっといろんな種類のドライフラワーを作りたいなー」と呟くと、二人とも我先にと手伝ってくれた。


 定番の千日紅に、梅雨時に大人気だったハイドランジア。いろんな色が楽しめるスターチスに、シックな色合いのエリンジウム。


 花によって、水分の取り方も少し変えた方がいいみたい。

 出来上がったドライフラワーは花がなかなか長持ちしない夏の期間の主力商品になりそうだ。


 ちなみに、この図案だったら、覚えて自分でも描けるかな……と呟いたら、焦ったフリッツさんが同じ魔法陣をその場で大量生産してくれた。


 魔法陣は少し模様を書き間違えるだけで、式の意味が変わってしまうため、無知のまま書き写すと大変な事故を引き起こしてしまうことがあるらしい。


 国内でも年に数人、魔法陣の描き間違えによって死傷者が出るという、恐ろしい話を聞いた私は、二度と描き写そうなんて真似はしないと決めた。



「そういえば、今日は君に渡したいものがあったんだ」

「え?」


 そう言って、フリッツさんはいきなり懐からぬっと白い布状のものを取り出した。

 それは帆布のような厚手で丈夫な生地で作られた斜め掛け鞄だった。


 大きさはA4のファイルが余裕で入るくらい。結構大きい。


 そんな大きなものが懐から出てきた時の私の驚き(というかドン引き)具合が皆さんにわかるだろうか……。


 とりあえず私はその時持っていたお茶をこぼした。


「どっからどうやって出したんですか! 四次元ポケットか何かですか⁉︎ それ!」

「いや。王城で働く騎士の制服ジャケットの内ポケットには収納の魔法陣が付いているのだ。ほら」


 フリッツさんはジャケットの裏に刺繍された魔法陣を見せてくれた。


「これがあれば、大きな荷物もこの小さなポケットを介して取り出すことができる」

「へえ……それは便利ですね……」

「ああ。だから、花という大きなものを運ぶつむぐ殿にもぜひ使ってもらいたいと思ってな。こちらを用意したんだ」

「ええ……なんだかすみません……。ありがとうございます」


 私を不憫に思って恵んでくれたんだろうな……。ありがたや……。

 フリッツさんは私が喜んでいる様子を見て、嬉しそうにしているように見えた。

 チャチャが「ちっ! 姑息なポイント稼ぎ!」と呟いた気がしたけど……。うん。いつだってかわいくてピュアなチャチャがそんなこと言う訳がない。きっと気のせいかな?


 雨具といい、かばんといい。最近の私はフリッツさんに色々なものをもらいすぎな気がする。


「何かお礼をしたいのですが……。フリッツさんは何なら嬉しいですか?」

「礼などいらない。ここに来られるだけで私は職務で溜まった疲れが吹っ飛んでしまうからな」

「私がやることなすこと、不安で仕方がないのに?」


 チャチャと仲悪いように見えるけど、実はじゃれあいを楽しみにしていたりするのかな?

 うーん。フリッツさんって訳わかんない。



評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ