間話 フリッツの聖女観察日記6
つむぐから花の再生について尋ねる手紙がきた時、フリッツは人知れず肝を冷やしていた。
ついに人間が手を出してはいけない領域に興味を持ってしまったか……と。
かつての聖女の中には、愛するものを失い、その命を再生しようと試みたものもいるらしい。
だが、その目論見は失敗に終わった。
所詮自分たちはただの人間でしかない。
命の再生なんて、大層なこと、できっこないのだ。
店に着くと、いつものように、チャチャと言う獣人の少女は、睨みつけるような目でフリッツをみていた。
さすがは犬の獣人。主人を守りたいという気持ちは人一倍のようだ。
「また、きたのでしか……」
チャチャは顔を歪めて、手でしっしっとフリッツを追い払うような仕草を見せた。
「彼女が危ないものに手を出さないか、私も気が気じゃなくてな。生命の再生に関わる魔術に興味を持ったのかと思うような内容の手紙がきた。そうなると確認しなければならないだろう?」
「そうだとしても、つむぐしゃんは魔術を使うことに興味はあっても、創り出すことに興味を持っていません。何かあったらあなたに相談するでしょう?」
「それはわからない。君たちが秘密裏に魔術を作り出してしまうことだってあり得るんだ。例えば……。君が王都の大火災で亡くなった自分の両親をつむぐ殿に生き返らせさせようと画策する……だとか」
口にした途端、チャチャは顔をこわばらせた。
チャチャの身元はすぐに割れた。チャチャは二年前、王都の教会付近で起きた大火事で両親を亡くしていたことがわかった。
驚いたことにチャチャの両親はフリッツの母が代表を務めていた、クリスカレン百貨店の職員だった。
彼らは二人とも外商部で働いていて、王女が聖女の代わりになるものとして教会に留まる上で、必要なものを卸す仕事をしていたらしい。
しかし、不幸にも王女のもとに向かっていた最中に大火事が起こった。調査の結果、大火事は王女暗殺を企む、上級貴族が起こした暴動であることがわかった。
チャチャの家族は顧客であった王女を逃がすことに尽力し、命を落としたそうだ。
その後彼らの資産はチャチャの叔父に当たる男が引き継いだと、税務上の書類には書かれていたが、チャチャの存在は記されていなかった。その叔父という男はチャチャに行き渡るはずの遺産を横取りするために、チャチャを貧民街へ追いやったのだろうというシナリオは、想像力にそれほど自信がないフリッツにも思い描ける話だった。
「あたちの家族のことを勝手に調べたのでしか……。こそこそと、動いて。本当に嫌なやつでしね」
「嫌な奴と言われてもこれが仕事だからな。仕方がない」
憎しみを微かに帯びたチャチャの緑色の瞳が、フリッツを射抜くように見ている。
「本当にそれだけなんでしか?」
「は?」
「あなた、つむぐしゃんに好意を抱いているでしょう?」
「っ!」
また、この言われようか。
フリッツは妹にも同じことを言われたことを思い出した。
女性というものは男と女が存在したら、すぐに恋愛関係があるのではないかと疑いにかかるようだ。
「私は……つむぐ殿を人間として尊敬しているだけで……」
「本当にそうなのでしか?」
フリッツの無表情でいられるという鎧の内側を、チャチャは確実に覗き込んでいた。
「あたちは貧民街で暮らしていた期間がそこそこあったので……そういう気を出す人間がいるとすぐわかるんでしよ。あそこは恋愛が絡むと生活がしにくくってたまらないところでしから。あなた、あそこにいた盛っている連中とおんなじ目でつむぐしゃんのことをみてましよ?」
「さかっ⁉︎ そんなわけ……」
「じゃあ、つむぐしゃんに恋人ができてもいいんでしか……?」
フリッツはその言葉で初めて自分以外の男がつむぐの隣にいる様子を想像した。自分ではない男に気を許したような、ふにゃりとした笑顔をむけるつむぐ。
想像しただけで黒く醜い靄が心を覆う。
「それは……よくないが。君だって、主人に大切な人ができたら嫌だろう? 自分の取り分が減るからな!」
「いや? あたちはそんな小さいことは気にしませんけど。第一に考えるべきは主人の幸せでし。それが約束されるなら、自分の幸せなんて二の次でしよ」
「すごいな、君は……そんな気持ちで彼女のそばにいたのか」
一見頑なに見える少女が、強い信念を持ってつむぐに尽くしていたことを知り、フリッツは驚く。
「ええ。あたちは所詮、つむぐしゃんのパートナーではなく、弟子でしかありませんから。多く見積もっても、扶養の範囲でし。足枷になることはあっても支えになることはない存在なのでしよ」
「でもきっと、君がいなかったらつむぐ殿はあんなに安らいだ顔をして過ごしてはいなかっただろう。……その点だけは、感謝している」
フリッツがそういうと、チャチャは目をパチクリしてから、恥ずかしいような、照れたような微妙な表情を見せた。
「な! いきなりなんでしか⁉︎」
「褒めただけだが……」
「いきなり褒めないでください! 調子が狂うでしょう!?」
「え、えぇ……?」
つむぐが帰ってくるまで、二人の間には生ぬるい、微妙な空気が漂っていた。
むずかしいふたり。




