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33 湿度とドライフラワー


 買い出しから十日が過ぎたけど、まだまだ外は雨。

 今年の雨季はどうやら長いらしく、閉店期間は伸びそう。


 と、なると花屋でも問題が発生してしまう。

 お客さんに通常販売する予定だった花が大量に余ってしまうのだ。


 一応、お休みの期間も、チャチャの花束作り、アレンジメント作りの練習に付き合ったりしていたから全部が無駄になったわけではないけれど、そのおかげもあってお店だけではなく二、三階のプライベートスペースにまで花が侵食し始めている。各部屋の窓際にずらっと並んだ、アレンジメント行列は壮観である。


「もう飾る場所がないでし……」

「ね。お隣の仕立て屋さんにもお裾分けしているけれど、それでも減らないもんね……」


 チャチャと顔を見合わせて、花の行方を気にする。

 やっぱり、魔法の世界といえど、花は生物だ。時間が経てば枯れてしまうし、枯れてしまえば、残念ながらゴミになる。


 前に私には聖女の力として、生命の再生を司る力があると聞いていたから、切り花の花持ちもよくできるんじゃないか、と思って色々やってみたんだけど、どれも全部うまくいかなかった。


 色々試している中でわかったんだけど、どうやら、私が再生できるのは地面に植っている植物だけで、切り花になってしまうと再生はできないらしい。


 どうにか長持ちさせる方法はないかと、フリッツさんに手紙の魔法陣を使って聞いてみたけれど、花を長持ちさせるという行為は、生命の延長につながる魔術になってしまうため、この世界でも禁術とされているんだって。


 禁術って……ようは法律違反でしょ?


 いくらこの世界の法律が謎仕様なものが多くたって、進んで犯罪に手を染めることは私としても遠慮したいところだ。


「綺麗だったお花もこんなにシワシワで……。悲しいでし〜」


 チャチャはガーベラの花を手に取って残念そうな顔をして見せた。気温の低下で頭を垂れたようにヘニョっとしてしまったガーベラは、湯上げという茎の部分を湯につける処理をすると、シャキッと復活することもあるが、もうこれは無理だろう。


 花屋として花を捨てる行為が一番胸が詰まる行為だ。


「……うーんそうだね。確かに勿体無い」

「つむぐしゃん、何かこの枯れちゃいそうな花を利用する方法はないでしか?」

「利用する方法……」


 利用——その言葉でピンとひらめく。


「ドライフラワーにしちゃおっか」

「ドライフラワーでしか?」


 チャチャはキョトンとした顔で私をみている。控えめにいって、めっかわ。


 チャチャはうーん、と考える顔をしてから、その単語が新しい花関連の言葉だと気が付いたのか、目を宝石のようにキラキラに輝かせた。


「そ、それは絶対綺麗なやつな気がしまし!」


 絶対、チャチャが喜ばせなければ! 私は謎の使命に燃えはじめた。



 さて。いざドライフラワーを作ろうにも、外は雨。雨季の店内はジメジメ湿気だらけである。

 作ろうなんて言い出したはいいものの、つくづくドライフラワー作りに向かない季節だなあ。


 何かいい方法はないかと首を捻っていると、手紙受けがカランと音を立てた。フリッツさんからお返事のお手紙が届いたらしい。


 このお手紙の魔法陣、外にいる時は鳥や蝶の形を模して、実際に街を飛ぶように行き来させ、その人の元へ直接渡すこともできるが、家主が家にいる場合は手紙受けに入る仕組みになっているらしい。


 手紙受けを開けると内容は「今からそちらに行ってもいいだろうか。よければこの手紙に記載されている魔法陣に指を添えてくれ」とのことだった。


 この大雨の中わざわざ移動してくるのだろうか? と頭にハテナを浮かべながら、指示通り魔法陣に指を添えると、魔法陣がピカリと黄色い光を放った。


「わああっ‼︎」


 驚いて、手をバッと離すと、床に落ちた手紙から、人影が現れる。


「フ、フリッツさんが……。瞬間移動してきたあ……」


 目の前には、青紺色の騎士服に身を包んだフリッツさんが立っていた。

 いきなりの登場にびっくりして私は腰が抜けて、床にへたりと座り込んでしまった。


「すまないな。驚かせてしまったようだ」


 フリッツさんは腰が抜けた私を立たせるために手を貸してくれた。わっ。フリッツさんの手って、剣豆がたくさんあるなあ……。私の水による手荒れとは違う、鍛えているからこその手の質感に、男女の差を感じて、ちょっとドキッとしてしまう。


「い、今の……なんですか……?」

「手紙の魔法陣に転移の魔法陣を仕込んでおいただけだ」


 そう言ってフリッツさんは私が慌てて落とした手紙を拾い、の淵にあった魔法陣を指でなぞって見せた。


「え……じゃあ、フリッツさんはこの家にいつでも入り込めるってことですか……?」


 それは流石にプライバシーが……と顔を引き攣らせていると、フリッツさんも気まずく思ったのか、すぐに弁解してくる。


「君が手をかざすことで、空間に入るための了承を得る仕組みになっているので、君が許可を与えなければ、大丈夫だ」

「そうなんですか?」


 じゃあ……。いっか。

 私はあんまり難しいことなんてわからないけれど、王の近侍騎士という素晴らしい肩書きを持ったフリッツさんは私の生活を脅かすような真似はしないだろう。


「ところで、生命の再生に関わる魔術に興味を持ったらしいな……」


 フリッツさんは呆れた声音で、話の流れを変える。

 どうやら今日はそのことを心配して、魔法陣まで使ってわざわざ足を運んでくれたらしい。


「いや、そんな禍々しいものじゃないですって! ただ、花がちょっと長持ちすればいいなあ〜くらいの軽い気持ちだったんですって」

「そうか? ならいいのだが……。ただ、凶悪な発明品というのは、好奇心の追及によって生まれてしまったものも往々にしてあるからな……」


 フリッツさんの心配は十二分に理解できた。ダイナマイトだって、元々は戦争に使われるために作られたものではなかったしなあ……。


「ちなみに、魔法陣って描くために何か資格が必要だったりするんですか?」

「ああ。この国をお守りになっている湖の女神様の居られる『白い部屋』に招かれる必要がある」

「白い部屋……」


 絶対あそこじゃん。

 私はこの世界に来る前に女神様といた、あの白い空間のことを頭に思い浮かべていた。


「近年研究で、事故や怪我、大病などで生死の境を行き来すると『白い部屋』に招かれることが分かっている」


 なるほど。だから私は、あの軽トラ事故の後、女神様がいた『白い部屋』に呼ばれたんだな。


 フリッツさんも今は何の病気もしていなそうに見えるけれど、魔法陣が描けるということは生死の境を行き来するような壮絶な体験をしたことがあるのだろうか。

 どんな経験をしたんですか? って聞くのはやっぱり不躾かな……。もうちょっと仲良くなってからにしよう。


 ん? ってことは『白い部屋』に呼ばれたことがある私も魔法陣が描けるってことじゃん。

 そう思って、フリッツさんの顔をチラリと上目遣いで覗く。うーん……でも……。


「ちなみに私が魔法陣作成を勉強したいって言ったら、フリッツさんは止めるんでしょう?」

「それは……」

「私にはみなさんが滅ぼせなかった瘴気って奴が払えたんだがら、きっとみなさんより扱える魔法の幅が広いんでしょう? なのに、それを学べという命令が出ないのであれば、王様は私に魔術を学んで欲しくないんじゃないかなって思ったんですけど」

「つむぐ殿には何も隠せないな。その通りだ。王からは君に魔術を学ばせないように、と命令が出ている」


 フリッツさんは重々しく頷いた。


「まあ……自分でかけちゃえば便利かな、と思うけれど、私が今から学ぶよりも早く上手に作れる人がいるんだったら、任せちゃいたいなっていうのが、私の本音です」

「私は君が望めば、私は君専属の魔術師にだってなる。何でも作れと命じればいい」

「いやいやいや! 色々おかしいでしょ! 王様の従者を私の専属になんてできません! それに、フリッツさんのご職業は騎士でしょう!?」

「それはそうだ……私の場合は王の周りの雑用を任されることが多いからな。文官の仕事も魔術師の仕事も一通りはできるんだ」

「……え? いくらなんでも万能すぎませんか?」

「そうか? なんでもできた方が便利だから学んだだけで、同じように学べば誰でもできるレベルのことだと思うが……」


 あ。わかった。この人、自分がどれくらい万能な人間なのか、ちっとも理解していないタイプの人だ!

 自己肯定感が低いから、自分にできることは誰にでもできると思ってる!


「君の気質はこの国に召喚された歴代の聖女のそれとは違うこと信用はしているが……。どこか不安定で、いつかその天秤があらぬ方へと傾いてしまいそうだな」


 フリッツさんは私の慄きなど、感じとることもせず、ただただ素直に私の立場を心配しているみたいだった。


「心配おかけして申し訳ありません。きっと雨季ともなると、騎士のお仕事もいそがしいですよね?」


 この国は昔は戦争が多かったけれど、お隣の国の属国になってから戦争は無くなった。その状況下で仕事がなくなった騎士たちは国内の治安維持と整備の指示を主に担当しているらしい。

 日本で言うところの警察と自衛隊が一緒になった感じだろうか。

 水の氾濫とかがあった場合、対処するのは王城に勤める騎士たちだと事前にチャチャに聞いていた。


 だからこの時期はとっても忙しいはずなのだ。


「いや。俺はその部門ではないからな。逆にこの季節は楽なくらいだ」

「そうなんですか! じゃあ、ちょっとついでにうちでお茶でもしていってくださいよ! チャチャ〜おやつの準備して〜……って! チャチャ⁉︎」

「ゔゔゔ………!」


 手際のいいチャチャはいつの間にか、手にお湯を入れたティーポットを持って、控えていた。レジ後ろの、休憩室へ続く仕切り越しにフリッツさんを睨みながら、警戒心丸出しで唸っていた。


「なんでこんな奴にお茶なんか出さなくちゃいけないんですか……!」

「いつもいつも……。君は客人に対する意識が酷くないか?」

「客人? 不法侵入者の間違いですよね?」


 ……この二人、なんでこんなに仲が悪いんだろう。


 いつもの争いがまた始まってしまった。とりあえず、睨み合っている御両人は放っておいて、ドライフラワー作りの準備でもしようかな……。


 そういえば、新しくマダムの店から買い足したラフィア素材のリボンを、二階に置いてきてしまった。


「ちょっと二階に上がってくるのでその間、二人とも仲良くしていてください」


 そういって険悪な雰囲気のチャチャとフリッツさんを物置兼休憩スペースになっているバックルームにぎゅっと押し込む。はいはい、二人ともソファにでも座っててーと保育園の先生のように促すとチャチャは見捨てられたような顔をして、フリッツさんは放心した雰囲気を出して私を見つめていた。



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