30 買い出しの準備
叩きつける様な雨音も一階だとマシなようだ。
誰もお客さんがいないお店の中で、私とチャチャは黙々と練習用のアレンジメントを作っていく。
「そういえばさっき音、酷かったけど、今日は寝られるかな……」
夜は雨がもっと強くなるという話だったので、轟音が響くだろうなあ……。私は不安な気持ちで肩をすくめる。
「あ! それは大丈夫でしよ! ルルシェの長雨から建物を守る魔法陣は、長雨の中で最初の日だけ音で雨季の到来を教えてくれる様にできているんでし。だから今朝以降は音は小さく聞こえるはずでし」
「魔法陣ってそんな機能もあるんだ! あ、だから今も静かなんだね」
「そうでし! 魔法陣はとっても便利なんでし!」
いいなあ、魔法陣。いろんな種類があるし、生活に役立つし、本当に便利だあ……。私はこの世界の不思議を噛み締めううんと唸る。
その代わり家電や、科学的なものは発達してないみたいだけど。
「雨季の間はお客さんたちも来ないでしょうし、私たちも他のお店と同じ様に店を閉めましか?」
「それもアリだねえ〜。その間に、花束以外の商品案を考えるのもいいだろうし……」
そう、私が言った瞬間だった。チャチャが、あ‼︎ と急に大きい声を出し目を見開いた。
「どうしたの?」
「雨季の間分の食料の買い出し、忘れてました!」
買い出し……。あああ‼︎
「そっか! ルルシェの長雨になるとお店、商店街の食料品店も閉まるんだっけ!」
「そうなんでし! いつもは避難施設で配給をもらっていたので忘れてました! ……今ってどのくらい食料がありましたっけ?」
顔を見合わせた私たちは、慌てて二階へ駆け上がり、この世界の冷蔵庫にあたる、冷蔵の魔法陣が貼られた食料棚を漁る。
食料棚は風通しがいいね! と笑ってしまいたくなるくらいスッカスカだった。
「あああ! まずいでし! 食料、全然ないでし! よく見積もって三日……。どう見ても一週間分はないでし!」
チャチャがその場でわあああ! とおろおろしながら高速足踏み(地団駄?)を見せる。どうやら相当焦っているようだ。
「えええ! どうしよう!」
「これは……買いに行くしかありませんね……」
「外……出られるかな……?」
通常であれば毎朝、朝一に箱庭に向かって花材を収穫しに行くのが習慣になっているんだけど、今日の朝に限っては絶対にこんな大雨の中花を買いにくるお客さんはいないので、箱庭に追加の花材を取りに行く必要はないというチャチャの助言により、雨が降り始めてから一歩も外に出ていない。
チラリと除いた窓の外では、大量の雨が降っていて、商店街の道がまるで水路の様に水浸しになってしまっていた。
この建物は、入り口の前に小上がりがついているので、ドアが水に沈んでいる様子は見られなかったが、それでも水量は多い。お店のドアを開けたら、そのまま水が店の中に攻めて来るんじゃないかな……と心配に思ってしまうくらいの降雨量だ。
「長雨は昼過ぎに、一度止むことが多いでし! その時間だけお店を閉めて、食料品の買い出しに行きましょう! ルルシェの長雨初日なら、お店はやっているはずでし!」
「そ、そうだね!」
チャチャは戦士の様な目をして、買い出しの準備を進めていた。
先日フリッツさんからいただいたポンチョ型のレインコートと傘を二階にある共用の持ち物を置いてあるクローゼットから持ち出す。
「ううう……。あの男が手土産に置いていったレインコートを使うことになるとは……」
「……。思ったんだけど、なんでチャチャってそんなにフリッツさんのことが嫌いなの?」
「……あの男はいつかつむぐしゃんを攫っていってしまう気がするからでし……」
「……? どういうこと?」
首を傾げると、チャチャは恨めしそうな表情で私の方を見ていた。
「わからないならいいのでし! さ、お話している間に雨が上がってきた様でしよ! さっさといかないと、また雨が降ってきてしまいまし!」
チャチャに促されて私は玄関へと向かう。カバンは両手が空くようにリュックサックを選び、買った食料を入れるための手提げ袋も持つ。
「よし、つむぐしゃん。準備はできましたか?」
「うん! 大丈夫」
力強く返事を返すと、チャチャは歴戦の戦士のように目をギラギラさせてうむ! と頷く。
一階に下り、お店の入り口側からではなく、バッグヤードの近くにある、私たちが家に出入りするようの扉をゆっくりと引いた。
「……うわっ! なにこれ!」
引き戸を開けると、建物の外には湖みたいに水がタプタプと溢れていた。でも扉を開けてもたまった雨が玄関に流れ込んでくることはない。玄関との境界線部分に見えない板があるかのごとく彼方とこちらで綺麗に水が分断されている。
「つむぐしゃんは浸水防止の魔法陣を見るのは初めてでしか? 長雨から建物を守る魔法陣にはさまざまな種類があるのでしが、この魔法陣は玄関に水が入ってくるのを防いでくれる魔法陣なんでしよ!」
「そ、そうなんだ……ははは……」
摩訶不思議すぎる……。まるであんみつに入っている寒天みたいな綺麗な断面の雨水を見て、私は脱力した笑い声を出してしまう。
そんな私の様子を見たチャチャは不敵な笑みを浮かべる。
「つむぐしゃん、驚くのはここからでしよ?」
この世界のギミックに私まだ慣れることができていないんですけど……。
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