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29 ルルシェの長雨


 朝、ベッドでまだうつらうつらしていたら、いきなりダダダダッ! と、妙にリズミカルで上から重いものを叩きつけるような物音がした。音はだんだん強くなっていく。

 なんの音なの⁉︎  私は心臓をバクバクとさせながら飛び起きた。


 急いで寝室がある三階から二階に向かうと、早起きをしてリビングで朝のココアタイムを楽しんでいたチャチャを見つける。


「あれえ? つむぐしゃん。そんなに慌てて、どうしたんですか?」


 チャチャは建物が壊れそうな轟音が響く中、のんびりまったり、まだ眠そうなしょぼしょぼ声で言う。


「ど、どうしたって……。チャチャにも聞こえているでしょう? すっごい音だよ⁉︎ 家、壊れちゃうよ⁉︎」

「大丈夫ですよ。だってルルシェの長雨ですよ?」

「る、ルルシェの長雨……?」

「あれ? つむぐしゃんは知らなかったでしか? この国では十三ヶ月ある中の、六月と九月にルルシェの長雨と呼ばれる、雨季があるんですよ。と、言ってもそれぞれ一週間程度なんでしけどね。今年は去年より早い気がしまし」


 建物が壊れそうなその音の正体は雨だったらしい。


「雨かあ……。 えっ! でもこんな、家が壊れちゃいそうな雨にこの家、耐えられるの⁉︎」

「大丈夫でしよ。この国のほとんどの建物にはルルシェ対策の雨漏り防止の魔法陣がかかっていましから。この建物は王家が管理していたと聞いていましから、絶対にかかってましから」


 チャチャの言葉を聞いて安心した私は安心して、ヘナヘナと床に座り込む。


「よ、よかったあ……」


 チャチャは私の姿を見て、キョトンとした顔をした。


「それよりも今日どうしましょうか? 多分、長雨中はお客さん、誰もきませんよ?」


 ——え。それって……。まじ?



 チャチャの言葉通り、開店から四時間経っても、お客さんは一人も現れない。閑古鳥が鳴いてしまっている。

 ひたひたと雨音だけが店の中に響いていた。


「お客さん、全然来ないね……」


 レジが置かれたカウンター兼作業台の前に並んでいた私とチャチャは、あまりの人の来なさで、同時にため息をついてしまった。


「ルルシェの長雨になると外に出歩くのが難しくなりましから、この時期はお店閉めちゃってるところも多いでしからね。いつも花を買いに来てくれているお店やさんたちも、お店の閉店作業に駆り出されているところだと思いまし」

「そうなんだね……」


 チャチャの言う通り、このルルシェの長雨というやつは日本の梅雨とは訳が違う、とんでもなく癖の強い気象現象なのだ。


 長雨、というと雨が長い間降る様なイメージを持つと思うが、このルルシェの長雨はそのイメージでは収まりきらない様な恐ろしい量の雨が降る。

 バケツをひっくり返した様な、という様な可愛らしい比喩では表しきれない。

 まるで雲の上に滝が設置されている様な水量が空から攻めてくるのだ。


 降った後は私たちが普段歩いている歩道は三十〜五十センチほど水がたまった水路状態になってしまう。普通の靴で歩くのは無理だ。


 雨が一番強く降るのは夜。日中はそれほど(と、言ってもこの世界基準なので私の目には土砂降りに見える)降らないらしい。

 それでも毎日日中の午後に一、二時間晴れ間がのぞく時間があるので、みんなその時間のうちに外で行う用事を済ませるのだそうだ。


 生活の中にファンタジー的な出来事が起こらない、日本に暮らしていた私は、おぞましいほどの水量に「この家壊れない⁉︎ 本当に大丈夫⁉︎」卒倒してしまいそうになったが、王都にある建物には、浸水と倒壊を防ぐ魔法陣が張り巡らされているという話だった。

 その話を聞いた私はほっとして力が抜けてしまった。


 異世界に来て早々、自然災害とか、たまったものじゃないからね……。


「ちなみにチャチャは毎年起こるルルシェの長雨を今まで住んでいたテント暮らしでどう回避していたの?」


 と、私が問うと


「王都の西南に貧民向けの避難施設が建っているのでし。でもなにせ、王都中の貧民たちが集まってくるので、人でごった返していて居心地はあまりよくないのでしけど……。それでも雨は凌げるのでありがたかったでし」


 とチャチャは返してくれた。


「今日みたいに、つむぐしゃんと静かに……自分の好きなことを——しかも自分の技術を磨くようなことを一緒にできていることが本当に信じられなくて、幸せなのでし」


 そう言ってはにかんだチャチャは本当に心の底からリラックスをした柔らかい笑みを私に見せてくれた。


 チャチャが笑ってくれていると私も、心の底から嬉しい。


 この店に、彼女を呼び寄せてしまったのは百パーセント私のエゴだ。この世界にくる時に出会った女神様がいうには私はこの世界に残るか、前の世界に帰るかを一年後に選べるらしい。


 もし、私が帰る選択をしたとしたら、チャチャはどうなるのだろうか。

 チャチャを庇護している大人として、私にはチャチャの将来を守る責任がある。


 もし帰ることになったら、私はチャチャにこの店を譲ろうと思っている。チャチャに店主を引き継ごうと思っているのだ。でも、そうするにはまだ、圧倒的にチャチャの技術が足りない。


 花屋を引き継ぐには私と同じくらいまで、花屋としてやっていける技術を身につけることが必要になってくる。


 だから、今日みたいにお客様が少ない日は新しい技術を教えるのにうってつけなのだ。


「チャチャ、花の種類によっては湿度が高くなってくると、カビが出ちゃうものもあるから、気をつけてね」

「カビ……でしか? あの、パンとかに生えたりする?」


 チャチャは小首を傾げた。


 ぴんと来ないよね……。花みたいな美しいものに、カビがつくなんて……。でも、奴らは隠れながらも着実に発生するのだ……。


「ガーベラだとわかりやすいかな? こんなふうに花のめしべとおしべの部分の面積が広い花だと、ここにカビが生えることがあるの……。あ、あったこんなふうに」


 私は桶に入っていガーベラの束を数本手に取って、めしべとおしべの様子を確認する。すると、二十本中二本にカビが生えているのを発見した。


「ここの黒いところとか、小さい蜘蛛の巣みたいに白っぽくもわもわっとなっているところわかる? これは実はカビなんだよね……」

「え! そうなのでしか!」

「うん。花によってはもともと模様として斑点が入っちゃってる場合もあるんだけど、湿気が多い時期に見られるのはほとんどカビ。カビがある花って放っておくと真ん中の部分からぼろっと崩壊する様に分解しちゃったり、他の花をだめにしちゃったりするから、見つけたらはじいておいてほしいな」

「……はい! 気をつけまし!」


 チャチャは花にカビが生えるという事実が相当衝撃だったのか、顔をこわばらせたまま、右手を額に近づけ、ビシッと騎士の様に敬礼をして見せた。


 長雨が一週間くらい続くってことはカビ対策もしなくちゃいけないんだなあ……。


 新しい環境だもん。今までにやったことのないことを生活に組み込んでいかなくっちゃ。



私が書きたかったので足した蛇足エピソードです。書いてて楽しかった〜!

お時間あれば評価などもお願いいたします。

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