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28 ご利益があるらしい


 花屋、スノードロップの開店から一ヶ月が経った。

 あれから一ヶ月。チャチャは練習に練習を重ね、ミニブーケだけではなく、両手で抱えるくらいの大きい花束も難なく作れる様になった。アレンジメントはただいま練習中だ。


「チャチャ! すっごいよ〜!」

「えへへ! つむぐしゃんが丁寧に教えてくれたおかげでし!」


 チャチャは嬉しそうにはにかんで言った。私はチャチャのふわふわな赤毛を優しく撫でる。


 最近、順調に営業を続けていた、花屋スノードロップには常連のお客様がつき始めていた。

 常連になったお客さんのほとんどは、この街で商いをしている人たちだ。


 お店に花を飾ると、店のなかが華やかになるから。そう言ってデイリーブーケを買ってくださる人や、いつも自分を支えてくれている、愛しの奥様へ感謝を伝えるための花束を買う人まで。


 いつの間にか花屋さんにはいろんな人が買いに来てくれる様になった。


 その常連さんたちが、クチコミでいろんな人に店を紹介してくれているおかげで「あの店で評判を聞いたんだけど……」なんて言って、うちに来てくれるお客さんも増えてきた。街の人及び、商工会議所のネットワークすごい。ありがたや……。


 今日も、魚屋(と言っても前の世界の商店街にあった魚屋さんみたいなところじゃなくて魚を卸す商会)の旦那さんが、奥さんのお誕生日に渡す花を買いに来てくれた。


 魚屋の旦那さんの服装は艶のある黒の燕尾服に似たジャケットと同じカラーのスラックスをビシッと決めていて、とっても素敵。きっとビンテージものであろう、木製のステッキも彼に似合っている。

 今日も、ご機嫌で店にやってきた魚屋の旦那さんは、店に入るや否や、興味深いことを口にした。


「家に帰って、つむぐちゃんの花束を渡すと、うちの奥さん、出勤前にどんなに喧嘩したって、不思議とご機嫌になっちゃうんだよなあ。街の中でもつむぐちゃんの花束を渡すと夫婦円満でいられるって評判なんだ!」


 私はブーケのことを神格化する様な語り口に苦笑する。


「ええ〜! 嬉しいなあ! でも一番大事なのは、プレゼントをあげようと思う気持ちだと思いますよ? きっと魚屋の旦那さんが奥さんのことを大事にしている気持ちが花から滲み出るんだと思います」


 私がそういうと、魚屋の旦那さんは満更でもなさそうにいやあ、そうかなあ、と照れた様子を見せる。


「でもそれにしたって、効果がありすぎると思うんだ。あの仲が悪くて、離婚寸前だって言っていた、染め物商会の夫婦だって、つむぐちゃんの花束で関係が回復したらしい。街では噂になってるんだ。つむぐちゃんの花束には本当に何か不思議な力でも宿っているんじゃないかって」


 真剣な目で力説されると、私も少し考え込んでしまう。

 

 そうだすっかり忘れていたけれど、私って常人には払えない、瘴気ってやつを払うことができる『聖女』なんだよね……。

 もしかして花を扱っている間も、無意識にその力を使ってしまっているんじゃ……。


 そう思いたつと、ブルリと背筋に寒気が走った。

 本当に私の力が関係しているのかな……。


 怖くなった私は魚屋の旦那さんがお店から帰った後、私の異世界アドバイザー——もといフリッツさんに連絡をとってみることにした。



「まあ、それは間違いなく聖女の力だろうな」


 渡されていた手紙の魔法陣でフリッツさんを呼び出し、件の内容を問いかけるとあっけらかんとした口調で、言い放たれてしまった。


 私はあんぐりと口を開けることしかできない。


「そ、そんな……。じゃあ私はこの街の人たちによくわからない得体のしれない力をばら撒いていたってことですか?」

「聖女の力は強力だからな」


 ……強力? 嫌なワードの登場に私はまた肌がゾワゾワしてくる。

 どうしてそんな人間をこんな街のど真ん中に放置して置けるんだろう。この国の人たちの神経ってわっかんないわー。


「でもいいじゃないか。それで、君の周りの人間が幸せになってくれるならば」

「まあ、それはそうですけどね?」

「使いようによっては危険な力だとされているから、聖女自身の資質が問われる部分がある。君は権力に興味がなさそうで、この街で自分が切り盛りできる範囲の店を開いたり、我が道を行くところがあるから王族たちは安心している様だぞ?」

「……今更なんですけど、聖女ってどんな力を持つんですか?」


 恐る恐る聞くと、フリッツさんは考え込むような間を設けてから、ゆっくりと口を開く。


「聖女はこの世界で魔法陣を用いる時に使われる魔力の上位互換である神力を持っているとされるな」

「し……神力?」

「ああ。チャチャから聞いたのだが、君はどうやら前聖女が残した箱庭内の花をこちらで売っているらしいな」

「だめでしたか?」


 やっぱりあの場所の花を使うのは不味かったかな……。フリッツさんに確認しておけばよかった、とちょっと後悔していると、フリッツさんは急いで否定の言葉を口にする。


「いやっ……。やはりあの箱庭の機能を使えるのは、聖女だけなのだ、ということを改めて理解しただけなのだ」

「あの、箱庭……。私は最初から簡単に入れたんですけど、チャチャは弾かれたって言ってましたね」

「ああ。あの建物は神力を注ぐことで機能する、建物の形をした魔術具に近い。聖女の力というのは、全ての魔力を上回る力であり、生命の再生を司どる力でもある。前聖女の頃もそうだったらしいが……。君が箱庭の花を取った後、花は再生してしまうだろう? 普通の人間だったらそうはいかない。生き物を再生する力を持ち、禁術を体を損なうことなく使いこなせるのは聖女だけだ」

「あれって……私の聖女の力が作用しての反応だったんですか!」


 私はてっきり、この世界の魔術のせいかと思っていて、摩訶不思議〜くらいにしか思っていなかったけれど、私のせいかよ!


「この国では君の存在はイレギュラーだからな」

「私、自分は無害な一般人だと思っていたんですが……。そんなことなかったってことですか?」

「まあ……そうだな」


 なんてことだ! 私は衝撃の事実に頭を抱えることしかできない。

 ぐぬぬ……と唸りながら、途方にくれる私をフリッツさんは優しくフォローしてくれる。


「聖女は力があるが故に、欲を持つと狂いやすい。だから、君の様な欲のないタイプの人間が聖女としてやってきてくれたことに私たちは本当に感謝しているんだ」

「……もしかしたら、フリッツさんが困ったらすぐに来てくれるのって、私の——というか聖女の監視が目的でしたか?」

「……」


 無言は肯定だ。ああ……。それを知ってしまうとちょっとショックだな……。

 そうだよね……。王様の近侍騎士を務める様な人が、こんなにこまめに転生者の面倒を見るはずないものね。

 そう考えたら、これは何かしらの任務だって考える方が道理だ。


 私はマメで性格が温厚なフリッツさんにちょっと心を開き始めていて、信頼できる人だって思っていたからなあ。


 ……それに、ちょっとかっこいいな、とか憧れを持ち始めていたから地味にショックだ。

 もしかして、私に会いにきてくれているかもって、痛い勘違いしちゃってたよ。


「もちろん初めはそうだった! しかしだなっ」


 弁解をしようとしてくれるフリッツさんの言葉を最後まで聞かないまま、言葉を重ねる。


「心配しなくても、私はここで地味に花屋を続けますので。権力に興味もありませんし。商いをして行く中でこの街の人たちとも仲良くなって来ましたから、もはやこの街の人たち全てが監視役を引き受けてくれるでしょう……王の近侍騎士という多忙な立場の方が、忙しい合間を縫って、こちらにお越しにならなくてもいいのですけど」

「違う! 最初は監視の意味ももちろんあった。だが、君の気質を知った今、そんなものは、形だけでしかない。私はここに来たくてきているんだ。……なぜだかわかるか?」

「わかりません。どうやら聖女には心を読む能力はない様ですから」


 ため息をつきながらいうと、フリッツさんはなぜか、私に呆れる様な、魂が抜けた様な、遠い目をしている。なんで私の方が悪いみたいな扱いになっているわけ……?


 実はこの時、すぐ後ろのバックヤードに、チャチャが息を潜めるように待機していた。


 ちょっと聞かれたくない(聖女関連の)話をするから、二階に行っていて、と伝えたら『あいつは二人きりだと何しでかすかわかりませんからバックヤードで待機していまし!』と言って、謎の臨戦態勢をとっていたのだ。


 どうして、フリッツさんはチャチャにこれほどまでに嫌われているんだろう。


 多分、フリッツさんはチャチャの存在に気がついていなかったんだと思う。出番だ! と言わんばかりに、ひょっこり出てきた、満面の笑みのチャチャを見て、時が止まったかの様な固まり方をしていた。


 そんなフリッツさんを見て、チャチャは嬉しそうに満面の笑みを向ける。


「ざまあみろ〜なのでし!」

「ちょ、チャチャ⁉︎ なんでそんなことを言うの? 不敬罪になっても文句言えないよ⁉︎」


 焦ってフリッツさんの方に視線をやると、フリッツさんは顔を両手で覆いながら項垂れていた。


「いや……。本当に何も言い返せない」

「ふふんっ! そうでしょう!」


 それを見て、ふんぞりかえるチャチャ。


 フリッツさんは無表情だけど、表情で隠しきれないくらい落ち込んだ様子を見せていた。チャチャもそんな彼を見て、いじめすぎたかもって思ったみたい。珍しく助け舟を出す。


「で? あなたは今日、なんのためにこの店にきたでしか? てんちょと喧嘩するためにきたでしか?」

「は! そうだ。これを二人に渡そうと思って」


 フリッツさんが持っていた鞄から取り出したのは、チャチャが両手で持つくらいの大きさの巾着袋だった。


「ん? なんですか?」

「魔法陣付きのレインコートと傘だ」

「……え?」


 私は困惑したが、フリッツさんはさらりと言葉を続ける。


「もうすぐ、この国に雨季がやってくる」


 雨季? 梅雨とは違うの?


「この国、ラザンダルクは別名『雨と森の国』と呼ばれているからな……。初めてみる長雨に驚くかもしれない」


 この国の雨季は驚いてしまうくらい手強いのだろうか?

 私は首を傾げながら、フリッツさんが用意した雨具を受け取ることしかできなかった。



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