27 自由研究感あるわー
思ったよりも百倍、私はひ弱な人間だった……。
もう、私にスライムは狩れない。
早々に無理だと判断した私は全てのスライム狩りをチャチャに委託した。
お願いします、深々と頭を下げと素直に頼むと、チャチャは任されたことが嬉しかったのか、張り切ってスライムの収集を始めた。
店から持ってきた布袋に青や薄緑、透明のスライムがぐしゃぐしゃのまま詰め込まれていく。倒された後も微かに水気が残るスライムたちは、洗濯機の中で脱水の終わった洗濯物みたいに見えた。
私たちが森に滞在していた間、フリッツさんが心配していた魔獣は一体も現れなかった。フリッツさんは魔獣を狩れなくて残念がっていた。
だけど私はわざわざ危ないものとエンカウントなんてしたくはないので、魔獣が出なくて、正直、助かった。
*
さて。ぐしゃぐしゃのスライムを早く処理しなくちゃね。私たちはお店に戻る。フリッツさんもこの後は暇らしく、私たちのやることに興味があるらしいのでついてきた。
建物の北側にある小さな裏庭に設置された水道の前に叩き潰されて、もはや原型がなくなりつつあるスライムを並べる。
「土がついちゃってて汚いところもあるから、洗わないとだめかな?」
「うーんそうでしかね……」
私とチャチャは手分けをして、汚れているスライムから順に洗い始める。スライムを洗う作業は、魚の内臓を処理する時の感覚に似ていた。あまり進んでやりたいと思う作業ではないが、やれないことはない。
大体の汚れが落ちたため、天日干しにしようと、屋根下のスペースに並べると、スライムが急に息を吹き返したように、膨張をした。
「ぎゃっ! 何これ! どんどん膨らんでくるんだけど!」
私とチャチャがギャーギャー言いながら戸惑っていると、その後ろで様子を黙って見ていたフリッツさんが、首を傾げて冷静にツッコミを入れる。
「……二人はスライムを膨らませたくて、水をかけたのではないのか?」
「違いますっ! 汚れを取りたかっただけです! っていうか、スライムって水をかけると膨らむんですか⁉︎」
「生きている状態のスライムは自分で水分量を調節するから、そう言ったことは起こらないが、仮死状態のスライムは水をかけるとふくらむぞ。てっきり私はそれを狙ってみずをかけているのかと思った」
「ど、どうしよう……。私は乾燥したスライムが欲しかっただけなのに……」
困り果てていると、フリッツさんはポケットから紙とペンを取り出した。
「乾燥すればいいんだな?」
そう言ったフリッツさんは、紙にサラサラと魔法陣らしきものを描き始める。
「多分これで、稼働すると思うぞ。スライムに貼ってみろ」
私は手渡された魔法陣を恐る恐る言われた通りスライムに貼る。
すると、グニョグニョに覆い広がっていたスライムは、みるみるうちに収縮し、固形物になっていった。
「す、すっごい! これって、なんの魔法陣なんですか?」
「乾燥の魔法陣だ。簡易魔法陣だが、スライムを乾かすくらいなら十二分に役立つだろう」
凄まじい魔法陣の威力で、乾燥しきったスライムは、元々のジェル状の表皮から水分が抜けきり、目に見えるか見えないかくらいの細かーい網目を持った立体に変化していた。
最初に乾燥の魔法陣を貼り付けたのは、透明のスライムだった。
それ以外のスライムも乾燥させてみたくなった私は、緑のスライムにも貼り付けてみる。
若葉色だったスライムは、乾燥すると、深緑にその姿を変えていった。
「おお! 緑のスライムって乾燥させると、オアシスそのものじゃん!」
おっと、興奮しすぎて登録商標を口にしてしまった。
この世界にあの会社はないのだから、これは間違いなくフローラルフォームだ。
でも、陸に挙げられたタコの様に、でろでろに広がったままのスライムを乾燥させてしまうと、形の悪いフローラルフォームしかできない。
「型を作らなくっちゃだめだね……。ちょっと待ってて!」
私は小走りで、花屋の店舗内にあった工具箱をとりに行く。花屋はお店によっては職務中、急なDIY業務を求められることがあるから、工具箱があったのは本当にありがたかった。工具箱の中にトンカチやコンベックス、水平器など、大体のDIY道具が揃っていた様子を見ると、多分前の店主さんも、簡単な設備故障なら自分で直してしまうタイプの女性だったのだろう。
余っていた角材を三十センチくらいの長さで四枚切り出し、四方に釘を打ち込み、簡易的な木枠を作り上げた。
その木枠を持って二人がいる外に戻る。
「? それをどうするのでしか?」
「まあ、見ててよ」
私は無慈悲なまでにぎゅうぎゅうと木枠の中にスライムを詰める。隙間が無くなったことを確認し、乾燥の魔法陣を貼り付けた。
すると思った通り、スライムは四角い形のまま、収縮してくれた。どうやら、スライムは乾燥の魔法陣を貼り付ける前の形のまま収縮してくれるらしい。
「四角くなりました!」
「これだったらいいかも。……ちなみにフリッツさん、乾燥スライムって、水につけたら元に戻っちゃったりします?」
「乾燥の魔法陣を貼り付けると、スライムは死滅してしまうから、元に戻ることはない」
よし、なら大丈夫だな。
「じゃあ、フローラルフォームの試作もできたことですし、フラワーアレンジメントを作ってみますか!」
腕まくりをして、花屋の室内に入ろうとすると、フリッツさんもそのままついてくる。
「私もどういったものか気になるから見せてもらっても構わないか?」
仕事、大丈夫なのかな……。と心の中で思ったけれど、口には出さない。
「どうぞ。よかったら、中でお茶でも飲んでいってください。今日は私たちの護衛もしてくださったんですから」
私が招き入れようとすると、チャチャは露骨に嫌そうな顔をした。フリッツさんも、顔には出さないが、チャチャの顔を見て背中から黒いオーラが出ている気がする。
この二人って本当に相性がよくないんだよなあ……。
*
そんな二人は放っておいて、私はフラワーアレンジメント作りの用意を始める。
ひたひたに水を張ったバケツの表面に、先ほど作ったフラワーフォームを置く様に手放す。
フラワーフォームは早く水を染み込ませようと、沈めると中まで水が染み込まないので、ゆっくり重力で沈むのを待つ必要があるのだ。
……スライムフラワーフォームが同じ性質を持っているのかは謎なんだけど。
でも見た感じおんなじ様な見た目に見えるから、前の世界の作法に則ろうと思う。
沈み込むまでには二十分くらいかかるから、その間に花材を用意しておく。
レジカウンターの脇の小さなバケツには販売する前に枝や茎の部分が折れてしまった花をまとめてある。
短くなった花たちを、今はチャチャが作るミニブーケに使ったりしているけれど、ミニブーケで販売できる丈よりも短い場所で折れてしまった花に関しては、使い所がなく、観賞用として、ちっちゃな薬瓶を花瓶にして飾ることしかできていなかった。
アレンジメントを作ることができるようになれば、そのチビ丈の花たちも救うことができるのだ。
本当は天然素材でできた籠なんかを土台にして、アレンジメントを作るとかわいいんだけれど、その場合、籠から水が滴らない様に中に一枚ビニールの防水シートをかける必要が出てくる。
残念ながら、この世界ではまだそれに準じるものを見つけられていないので、今回は元から耐水性がある、チョコレートが入っていたらしい、かわいい正方形のビンテージ缶を使おうと思う。
ちなみにこの缶も、お隣の仕立て屋さん、リンドエーデンのマダムにいただいたものだ。
「かわいいからつい取っておいちゃうんだけど、使わないで溜まっているから、よかったらあげるわよ」
と言われたので、ありがたく貰い受けたものなのだ。
……私、この世界に来てからいろんな人にいろんなものをもらって生きているよなあ。
急に現れた私にも優しくしてくれるみなさんに感謝しつつ、私は用意の手を止めない。
チビ丈の花の他にも、メインになりそうなバラや、フラワーフォームを隠すための葉物も用意する。
ここまで十分。チラリと水に浸していたフラワーフォームに目をやると、ヤツは見事に沈み切っていた。
「わあ、スライムフラワーフォーム優秀だ……。もう水に沈んでる……」
水に浸かったフラワーフォームを取り出し、缶の大きさに切る。フローラルフォーム用のナイフなんてものはこの世界にはなかったので、二階のキッチンから持ってきた包丁で切る。その時、上部だけは缶からはみ出るくらい余分を持っておくといい。
缶の大きさに切ったフローラルフォームをズボりと缶に押し込むように入れ、余分に余った上部を缶の淵に合わせて斜めに切り込む。
「よし、これにさしていくぞ〜」
アレンジメントを作る時のやり方は色々あるんだろうけど、私の場合はまずはフラワーフォームが見えない様に缶の周りに葉物をぐるりと一周するように纏わせる。
今回はキイチゴの葉が余っていたので、それを使っている。
その次に、支点となる三つの花をできるだけ不規則に見える様に刺す。今回はガーベラ二本、バラ一本を正面から見た時に不規則な三角形になる様に刺して見た。花束と違って、アレンジメントは一度挿したら、花の向きを変えるのが容易ではないので、熟練の技が必要になる。
それに向きや場所を変えて、何度も抜き差しを繰り返してしまうと、土台となるフラワーフォームがボロボロに崩れてしまうのだ。
よし、ここ! と決めたら、くよくよせずにビシッと刺すのが成功の秘訣かもしれない。
今回は小さめの缶を使ったアレンジメントなので、三点をきれいに挿し終わったら、後は比較的簡単だ。花束と同じ様に間を埋めていく。
この辺も好みやセンスが問われるところかもしれないけれど、私は間を埋めるのに便利な実系のヒペリカムや、小さな小花がかわいいレースフラワーなんかを入れることが多いかな。
「よーしこんなもんでしょ!」
出来上がったアレンジメントをくるりとチャチャやフリッツさんがいる方へ向ける。
「わあ! すごいでし! か、かわいい」
チャチャは感動したようで目を潤ませ、キラキラに輝かせていた。フリッツさんは、いつも通り表情だけど、ほう、と感心した様な声をあげている。
「これは……なんというか……ご婦人に人気が出そうだな」
「本当ですか? やったあ!」
フリッツさんの太鼓判が素直に嬉しい。貴族のフリッツさんも気にいるってことは上級階級の方々用の贈り物にもいいのかもしれない。
「こ、これ! 私でも作れるようになりましか?」
「頑張ればなるよ〜。でも、結構難しいから、練習は花束以上に必要かな?」
「まだ、私はミニブーケしか作れませんから、もっと、も〜〜っと頑張ってつむぐしゃんみたいにおっきいブーケも作れる様にならないといけませんね!」
やる気が出た様子のチャチャ。
お休みの日だけれど練習したいという申し出を私は受け入れて、余った花材を集め始める。
その様子を見たフリッツさんは眩しいものを見たかのように、目を細めていた。
「この様子なら問題なさそうだな……」
「え? 何か言いましたか?」
「何も」
なぜかフリッツさんの呟きが、気になるんだけれど………。触らぬ神に祟りなしかな? とその時の私は気に留めず、チャチャに作り方のコツを教えることに集中していた。




