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26 スライムを倒すよ!


 フローラルフォームを作るためだけに、RPGに出てくるような勇者の真似事をするなんて思ってもいなかった。


 でも、この世界は欲しいものがあっても、ネットショップですぐに取り寄せられるわけではない。頭に思い描いているものを得るためには一から作ったり、探したりしなければいけないのだ。


 正直心底めんどくさいし、手間がかかる真っ白な世界だなあって思う。


 でもそういった違いや面倒を解決していく過程が、ゲームのように感じられてちょっと楽しくなり始めてしまっている。

 あーら私ったら……末期症状かしら……。


 問題を一つずつ片付けていくたび、私はこの世界に少しずつ溶け込んでいっているような気分になるから、嫌いじゃないのかも。


 あ、そんなことはどうでもいいんだった。今日は森。森に行くんだった。


 週の半ばの定休日。

 私とチャチャはできるだけ汚れてもいいような服を着て、森に出かける。武器は特に持っていかなくても平気と言われたけれど、とりあえず何か持っていないと不安なので、店の周りのレンガ敷になっている通りの隙間から生える草を刈る時に使っている鎌を、腰に巻いている道具入れにさしていく。


 チャチャが連れていってくれた森はそこまで遠い場所ではなかった。お店から十五分くらい離れたところ。

 この森は誰の私有地というわけでもなく、誰でも入っていいところらしい。現代日本では考えられない放置ぶりだ。


「ここがよくスライムが出る森でしよ!」

「ここが……」


 枝を踏み締めると、微かに焦げたような、苦味があるような、独特な香りが鼻腔をくすぐる。

 都会生まれ、都会育ちの私にとって、森は生活に馴染みがない未知の領域だ。整備された公園なんかに植っている芝生以外に、草を踏む体験なんてほとんどなかったから、草の上へ足を踏み入れるにもちょっと躊躇してしまう。


「入り口周辺だと、ほとんどスライムはいませんから、もう少し奥に行った方が良さそうでし」


 チャチャは森の奥の方へ鋭い視線を向ける。……すごい。チャチャは貧民街に暮らしていたこともあったから、森に慣れているんだな……。熟練の職人みたいな雰囲気漂っているよ。


「奥に行ったら、危ないものがたくさんでてきたりするの?」

「まあ……。それはそうでし。ごく稀に人を襲う魔獣が出ることもありましが……。でも、私もつむぐしゃんの家にお世話になる前は森の中に食べ物を取りに行ったりしていましたし! 何かあっても、死ぬようなことはないと思うでし!」

「え、ええええ!」


 特上スマイルでこちらを見るチャチャ。……チャチャってもしかして、結構無鉄砲?


「よし、じゃあ出発でしよ〜!」

「ちょ、ちょっと待って! チャチャ!」


 まるで遠足に行くような足取りで、ズンズン歩いていくチャチャを慌てて追いかける。

 足場が悪い中無我夢中で森へ踏み込んでいくと、気がついたときには結構奥の方にまで入り込んでいたみたいだ。

 奥に行くにつれ手前でも感じた、森特有のむせかえるような、濃い緑の匂いが肺を侵食する様に満たしていくのがわかる。


「はあ……はあ。ちょっと、チャチャ早いよお……。最後の方とかちょっと走ってたでしょ?」

「えへへ……ごめんなさい。久しぶりの森が楽しくて……」

「私は重い水桶を持ち上げるための腕の力はあっても、瞬発力とか持久力はないんだから、勘弁してもらえると嬉しいなあ……、ってあれ? なんかあそこにテント建ってない?」


 私は森の奥の方に見えた生成色のテントを指差す。


「あれえ? 本当でし。こんなところに人がいるのも珍しいでしが……」


 私たちはテントの中から出てきた人の顔を見て、目を見開いた。


「つむぐ殿!」

「あれ? フリッツさん? どうしてここに?」


 テントから出てきたのは、フリッツさんだったのだ。王城の騎士様がどうしてこんなところに? と首を傾げていると、彼は聞かずとも事情を教えてくれた。


「そうか。……私は今日、こちらの森で多くの魔獣目撃情報が寄せられていたので、討伐に来ていたのだ」

「へえ……そうなんですかって、魔獣⁉︎ 魔獣ってさっきチャチャが言ってた人を襲うこともある危ない生き物のことだよね⁉︎」

「そうだ」


 フリッツさんの補足によると、魔獣は私が祓った障りから発生した生き物で、人を喰らい、襲う、恐ろしい生き物らしい。

 私が聖女の力で障りを祓う前までは、魔獣によって村が一つ滅んだりするくらい、莫大な被害をもたらしていたらしい! それは大変だ!


 障りがなくなったことで、発生件数はグッと減ったけれど、残党はまだ残っているらしく、それを狩るのも、王城に勤める騎士の仕事なんだって。


「……だからそんな危ない場所にあなたのような女性と子供がウロウロしていることに驚いたのだが」


 フリッツさんの顔には相変わらず、なんの表情も浮かんでいないけれど、私に対して怒っていると言うことはすっごくわかる。だって、後ろから変な黒いモヤが出ているもん。


 あなたは私のオカンか何かなの⁉︎


「……すみません。そんな危ない場所だとは思っていなかったんです。でも、私今日はどうしても欲しい素材があるので、それをとるまでは、帰らないつもりですっ!」


 意思のこもった目で言い返すと、彼から呆れを感じた。


「何を探しているんですか?」

「スライムです!」

「なぜスライムを……?」

「花屋の新商品に使う予定なんです!」


 新商品? 何を売るつもりなんだ? と首を傾げながらも、フリッツさんはこの場から私たちを追い払う様な真似をしなかった。


「仕方ない……。もうここまで来てしまったのであれば、二人だけで戻らせる方が不安だ。ちゃんと送り届けるから、私の任務が終わるまで、一緒に行動してくれないか」

「はいわかり……」


 ました、と続けようとしたときだった。


「あ! あっちにスライムが出ましたよっ!」

「えっ!」


 チャチャが私たちの会話を遮る様に叫ぶ。飛び出した視線の先には本当に、青色のスライムがいた。

 どうしよう! どうやって戦えばいいんだ⁉︎

 慌てた私は、腰にさしてあった鎌を手に取る。それを見たフリッツさんはギョッとした声を出した。


「それで倒しにいくつもりか?」

「え、は、はい。チャチャはその辺の木の枝でも倒せるって言っていたのですが、私は不安で……鎌を……」

「あの子はそれで大丈夫かもしれないが、君は鎌でも倒せないだろう……」


 チャチャはその辺に落ちていたバットくらいの長さの木の枝を瞬時に掴み取り、スライムに飛びかかった。そのままスライムが反撃を示す前に脳天を叩き割るように枝を振りかぶった。するとスライムは死んだのか、でろでろと液体化するように地面に広がっていく。


「ふう……。一匹目を仕留めましたね。じゃあ、もう一匹……と」

 

 次の獲物もすぐに見つけたチャチャは素早く無力化を行っていく。

 私の脳内で、2コンボ! 3コンボ! と、どこかで聞いたゲーム音が再生された。


 いや、チャチャ。慣れすぎでしょ。


 ああやるのか……? 私にできるのか?

 慄きながら途方に暮れていると私の足元にもスライムがやってきた。


「うわあ! きたあっ!」


 同じように叩いてみるが、スライムはそんな攻撃、平気だよ、と言わんばかりだ。それどころか、口から得体の知れない酸っぱい匂いのする液体をピューと出し、私にかけてこようとする。

 急いで鎌を振りかぶるけど、私の力では刃がささらず、ぶよんと押し返されてしまう。


 全然倒せないんだけど!


 どうやら私って、重いものをもったり運んだりするのは得意でも、打撃を与えたり攻撃するのはどうも得意じゃないみたい。業務の中でもそんなことやる機会なかったし……。せいぜい、ゴミ袋がいっぱいになったときに、押し込むくらいだもんな。


 私が木の枝を持ちながら、え、どうすればいいの? と頭を悩ませていると、チャチャがこちらに素早く飛んできて、バットをスイングする時の様に振りかぶり、ドスンとスライムの頭を勢いよく叩いた。


「もう、つむぐしゃんはしょうがないですね〜。あのくらいのスライムを倒せないなんて、お店に暴漢が来たらどうするつもりでしか?」


 ぷんぷんかわいく怒っているチャチャは、特に息切れもせず、涼しい顔で倒したスライムを持って来ていた袋に詰めている。


「チャチャって子供ですよね……」


 私は気の抜けた声でフリッツさんに言う。


「子供である前に獣人だからな。獣人は人間よりも数倍、力が強い者が多いんだ」

「獣人って……すっごい……」


 その日私は、チャチャと言う女の子はかわいい顔してとっても武闘派であることを知ったのだった。



これを書きはじめた時、なんでスライム倒しはじめたんだろうって作者が一番困惑しました

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