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22 道具も揃えないとね


 とりあえず、花が手に入った。


 そうなると次は花束を作るために必要な、リボンや包装紙などの資材が欲しいところだ。

 それと、私はあっちの世界から、自分の花切り鋏を持ってこれたけど、チャチャの分の鋏はない。


 最近のチャチャは、まだオープンしていない一階で、花束作りの練習を熱心に繰り返しているから、早く自分専用の鋏をプレゼントしてあげたい。

 

 でも、この世界って資材屋さんとか金物屋さんとかってあるのかな……?


 前の世界にいた時は、袋とか、包装紙とか、リボンとかを専門に扱っている業者があったけれど、この世界にそんな都合のいいものがあるとは思えない。

 あったとしても、玄人向けの店が見つかるとは思えないなあ……。


 色々悩んだ末に、私はとりあえずお隣さんに聞いてみることにした。



 裏口を出て、徒歩三秒。

 お隣さんは、私たちのお店よりも三倍ほどの坪数がある、ある四階建ての建物だ。


「こんにちは、マダム」


 裏口から声をかけると、中年女性にしてはすらりとした美しい体躯の持ち主である、店主がこちらに振り向いた。


「あらあ、つむぐちゃん。ごきげんよう」


 赤いリップが塗られた、マダムの唇が滑らかに動く。


 お隣、『リンドエーデン』はこの国一番の仕立て屋さんだ。

 今の王妃様が輿入れの際には、ウエディングドレスを担当したこともあるそうで、日中はいつもたくさんのお客さんで溢れかえっている。


 そんな大忙しのリンドエーデンの主人であるマダムだが、どうしてか、私にはとっても親切にしてくださる。


 私、この街どころか、この世界でも新参者なのになあ。


 忙しい時は相手ができないけれど、朝や夕方のお客がいない時間なら、相談に乗ることもできるから、気軽に裏口から遊びにいらっしゃい、と言いつけられている私とチャチャは、何かに困ったことを発見するたびにこのマダムのところへ駆け込み、助けてもらっている。


 マダムは本当に気のいい人で、チャチャを獣人だからと言って差別したりもしない。

 私もチャチャもあっという間にマダムのことが大好きになってしまった。


 マダムだけじゃなくて、このお店の中も大好き。

 お店の中には宝石のような色とりどりのボタンやとろりとオーロラのように光を放つリボン、それにさまざまな素材の糸で織られた布たちがぎっしりと詰まっている。

 まさに、夢の国だ。


「マダム、この街で花屋に必要な資材を売っている店を知りませんか?」

「資材?」

「ええ。花束を作るのに必要な包装紙だとか、リボンだとか……そういうものを扱っているお店を探しているんです」

「あら! だったら、この店にある端切れを使えばいいじゃない!」

「え?」


 思っても見ない言葉に私は目を丸くする。


「この店って、毎日たくさん布の裁断をしているから端切れがたくさん出るのよね。端切れって言っても服を作るときに出る端切れって結構大きいから、花束ラッピングには使えると思うわ。あと、商会から見本で送られてくるリボンやレースなんかもたんまりあって……。ちょっと処分に困っているの。だから、うちでいらないもの、お譲りしますよ?」

「い、いいんですか?」


 思っても見ない提案だったらか、私はとぎまぎしてしまったけれども、ありがたいことこの上ない。この国一番の仕立て屋で扱われている布やリボンはどれをとっても最上品ばかりだ。


 それを花束の資材に使っちゃうなんて、ちょっと贅沢すぎてドキドキしちゃうけど、使えるものなら使ってみたい。固定観念に囚われない、新しい花束が生み出せそう。


 マダムは私を見て優しく微笑む。その眼差しはまるで、孫娘を見ているかの様だった。


「大丈夫! それに、せーちゃんだってそうしていたわ」

「せーちゃん?」


 聞いたことのない人の登場に私は首を傾げる。


「ええ。あなたの前に、そこで花屋をやっていた子よ。その子もよく資材をもらいにうちにきていたわ。本当に可愛い子でね……。あなたって、あの子によく似ているから、すっごく可愛がりたくなっちゃうの」

「そうだったんですね……」

「ええ。彼女は異世界からやってきた聖女様だったらしくて、いろんなことに疎かったわ。そう言うところもあなたによく似ているわ」

「え! 花屋をやっていたのって聖女様だったんですか!?」


 衝撃の事実だ。

 ってことは私、また聖女様のおこぼれに助けられたってこと?

 と、いうか前聖女様が歩いた道筋をそのままなぞっていっているだけなのかな……。

 ここまでトントン拍子に物事が進んでいった理由が急に分かった気がするよ……。


 でもそういえば、前の聖女様は黒髪黒目だったって王様が言っていた。

 同じ世界からきた人なのであれば、聖女様は多分アジア圏からきた人なんだろう。


 ここの世界の人たちってちょっと顔つきがヨーロッパや北米の人たちっぽい顔つきをしているから、目が青くてもアジア人だな〜ってわかる私の顔は前の聖女様と似てる様に感じるのかも。外国の人から見るとアジア圏の人ってみんなおんなじ顔に見えるっていうし。


「そういえばなんだか最近王様がまた、聖女を降臨させたって言っていたわね〜。つむぐちゃん、何か知っている?」


 マダムがチラリと、探るような視線を私に向ける。


「えっ、あ。知らないですね〜」


 それ、私や。

 マダムは信頼に足る人ではあるけれど、出会ったばかりの今、わざわざ言うことでもないかな、と思った私はとりあえずお茶を濁した。



 その後、マダムからたんまりと資材を受け取った私は、そのあまりの量によろよろしながら店に戻った。その量には店で待っていたチャチャもびっくりしていた。


 実はリンドエーデンの建物裏には、お店とは別に資材置き場兼針子さんたちの仕事場になっている倉庫があるのだ。そこには店に並べられない分の資材たちも多く眠っていて、マダムはそこの一角に置かれた資材を丸々私たちに譲渡してくれた。いくらなんでも気前が良すぎる。


 まだまだ、あるからいつでもおいでね〜と言われたけれど、この資材を使い切るにも時間がかかりそうな量だ。


 そういえばマダムは、花切り鋏を作っている職人は流石に知らないけれど、自分が使っている断ち切り鋏を作っている職人はわかると、紹介をしてくれた。


 きっとチャチャ用の花切り鋏も作ってもらえるとのことだったので、マダムからお手紙の魔法陣を送ってもらった。返ってきた手紙の魔法陣には一週間ほどで出来上がるので、配送いたします、と書かれており、お値段も良心的価格だった。


 貰った資材を片付けながら、一息ついていると、店のドアを遠慮がちにノックする音が聞こえてきた。


 驚いて扉に視線をやると、そこにはフリッツさんの姿があった。今日はどうやらおやすみらしく、いつもの青い制服ではなく、ラフな白いシャツと黒いスラックス姿だ。


「あれ! フリッツさんこんにちは。どうされたんですか?」

「今日は非番だったのでな……。君たちのことが心配になって」

「あれ、そうだったんですか?」

「ああ。だが杞憂だったようだ」


 フリッツさんは私たちが整理していた、マダムからもらった大量の資材に視線を落とす。


「……着々と準備が進んでいる様だな」

「ええ。もう商品自体の用意はできそうなので、道具が揃い次第、お店を始めたいと思っています」

「ちなみに、店の紋章は決めたか?」

「紋章?」

「ああ、この国で店を出すものは皆、自分の店を表す、紋章を持つんだ」

「へえ……そうなんですか」


 商工会議所で管理する書類でも、店の名前ではなく紋章が店のシンボルとして用いられているらしい。

 なんだか、異国っぽくて素敵だ。


「早めに決めておかなければならない」

「そうですね……」


 紋章、自分を表すもの……。何がいいかな。私は考えた末、一番好きな花を口にした。


「じゃあ、私、スノードロップにしようかなと思います」


 スノードロップは春の初めに咲く、球根の植物だ。まるで小さなうさぎのような白く可憐な花を咲かせ、朝霧が似合う可憐な花だ。どこか清廉な雰囲気があって、私は冬の終わりに入荷する鉢植えを見るたびに、ああこの花が好きだなあ、と再確認させられるのだ。


「スノードロップか……この国では、瑞草とされているからいいのではないか?」

「そうなんですか?」

「ああ。希望に満ちた明日を運んでくる幸運の印とされているな」

「希望か……。私が暮らしていた世界の花言葉と一緒です」

「花言葉?」

「ええ。花にはどれも意味があって、その意味にそって花を送る文化もあったのですよ。スノードロップには希望ともう一つ違う花言葉があってそっちの意味が好きで、気に入っていたのですが……」


 私がそういうとフリッツさんは無表情だけれど、どこか興味深そうな表情を見せる。


「どんな花言葉だ?」

「『慰め』です」

「……………それはなんというか」


 言葉に暗さを感じて欲しくなくて明朗快活に言ったのに、フリッツさんはフリーズしたみたいに固まってしまった。

 フリッツさんは表情こそ無表情を貫いているが、それ以外の仕草で自分の気持ちがものすごく現れている気がする。


「ふふふ。いきなり意味だけ聞くとびっくりしちゃいますよね。……でも慰めって決して悪い言葉じゃないと私は思うのです」


 私は一呼吸おいて口に出す。


「花屋の存在って、そういうものだと思っていますから」


 そう私がいうと、フリッツさんの顔に驚きが滲んだ気がした。


「どんなに辛くても、綺麗な花を家に飾っていると、見た瞬間、気持ちが華やぐでしょう? 特別な日の花だってもちろん大切ですけど、何気ない日常の花の方が大きな意味を持っているんじゃないかって、私は思うんです」


 フリッツさんは感心した様子を見せた。


「君はそういう気持ちで、花を売ろうと考えているんだな」

「ええ。とはいっても、私も最近やっと思い出したんですけどね。私の仕事の意味ってこういうところにあったんだと思うんです」


 この世界に来て気がついたのだ。

 やっぱり私は花が好きだったんだって。


 初めてチャチャにあった時に籠の中に入っていた花を見た時も、ビニールハウスで花が見つかった時も、花に出会うといつも心が揺さぶられる様に動く。


 他のどんなに美しいものを見ても、私の心はこんなに動かないもの。


 やっぱり、私は花が好きで、花に寄り添って生きていきたい。


 私の嬉しそうで、晴れ晴れとした表情を見たフリッツさんも嬉しそうな顔をしている様に見えた。


「……つむぐ殿は素敵な考え方をするんだな」

「……っ!」


 フリッツさんはストレートに感情を表現するんですね。そんな言葉が喉元まで差し掛かったが、口にできるほど親しくないことに気がつき、慌てて引っ込めた。



 数日後、フリッツさんから店宛に両手でやっと持ち上げられるほどの大きさの包みが届いた。

 なんだろうと思って、開けるとそこにはお店の紋章の入った鉄製のプレートが入っていた。円形で大きさは直径三十センチほどだった。


「すごい、これ……。店の看板?」

「ねえ、本当に……。こんなの送ってくれるなんて……」


 お店に張り出した空っぽのアイアンにそれをかけると、一気に店らしく見える様になったのだった。


 かけた瞬間、本当にこの世界で花屋をやるんだ……と言う感慨深さが波の様に襲ってきた。

 まるで午睡の中で見た夢の様な展開。だけど、これが紛れもなく私の今の暮らしの一部なのだ。



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