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21 ビニールハウスは宝の山


 ビニールハウスの周りを外から一周、ぐるりと歩きながら様子を見る。


 チャチャが言っていた通り中には商品になり得る、状態の良い様々な花が植っていた。まるで花農家が生産をおこなっているような光景だ。


 もし、この中に入れて、この花を採ることができれば、花屋で販売する花材として使えるかもしれない。


 確認のためにも中に入れるか、試してみなくちゃ。

 入れなかったら……。また一から計画練り直しになっちゃうんだけど。


「私や他の花売りが中に入ろうとすると、防衛魔術にばちんって弾かれて、怪我をするんでし……」


 チャチャは何回か挑戦したことがあるらしい。その度に怪我をしていたそうだ。痛みを思い出したらしく、手をさすっている。


「ふーんそうなんだ……。よし、じゃあ私、チャレンジしてみようかな」


 私は恐る恐るビニールハウスの扉部分に手を伸ばす。

 扉は、特に拒むような動きはせず、簡単に開いた。一瞬、二人で「こ、これはっ!」と顔を見合わせた後、息を飲み込んで足をビニールハウス内に伸ばす。


「え! 何もしてないけれど、普通に入れたよ!?」

「や、やったあでし!」


 なんと、私ははじかれることなくビニールハウス内に入ることができたのだ。

 嬉しくなって小走りで、中に進んでいく。


 中に入ると、その花材の豊富さと的確さに私は驚いてしまった。


 これ……。うちの花屋と全く同じ花材の揃え方だ……。


 花屋の品揃えなんてみんな同じでしょ? とみんな考えてしまうと思うけれど、実は店によって全然違う。


 例えば、極端な例で言うと近くに墓地がある花屋は仏花の比率が高くなるし、ファッションビルの中に入っている花屋は、洋服を買うファッション感度の高い、おしゃれさんが家に飾るような花——新しくて珍しい品種の花が売れ筋となる。


 私が働いていた花屋は、商店街の中にあった。商店街の近くには住宅街が広がっていたため、店にはその人たちの生活に根付いた花が置かれていた。仏花を買う人もいれば、人に贈るための花束を欲しがる人もいる。そのほかにも花を飾る習慣がある人もいる。そう言う人はいつものお花が欲しいな、と思うこともあれば、たまには新しい品種の花が欲しいな、と趣向の違う花をお求めになることもある。


 ようは、スタンダードかつ、一割は珍しい品種を、というのが、うちの——というか前の店の比率だった。

 これは私が考えた比率ではなく、お母さんから引き継いだ花材の黄金比だ。


 あれから少しずつ、新しい品種を増やしたりして、自分の売りやすい『今』の花を選んできたつもりだったけど、このビニールハウスの中の花はまるでお母さんが選んできた花たち、そのものだった。

 私は四年ぶりに見る品揃えに瞠目する。


「なんでこんなに?」


 懐かしい品揃えは私の涙腺を刺激した。なんだかお母さんのいた頃の店に出会ってしまったような気分になって、目がうるうるしてしまう。


「……つむぐしゃん? どうかしたでしか?」


 中にいる私の様子の変化に気がついたチャチャが中の様子を覗き込むように眉を八の字にして、私の顔を心配そうに見ている。


「え、あっ! だ、大丈夫。なんでもないよ?」


 私は取り繕った笑顔を浮かべる。


「それにしてもすごいねえ……こんなに状態の良い花がたくさん咲いているなんて……」


 まるで本当に、今日この日のために、花が私を待っていたかのようだ。

 そんな都合のいい話、あるわけないじゃん、と言われてしまいそうだけれど、本当にそうとしか思えないくらい花の状態がいいのだ。

 もしかしたらここにも、店舗兼住居となった建物と同じように、保存の魔術がかかっていたのかもしれない。


 私はその後もキョロキョロと中を見回っていた。すると、一番奥にあった作業スペースらしき机の上に一冊のノートが置かれていることに気がつく。


「何これ?」


 ゆっくりと開くと、そこにはこの建物を作った前聖女の筆跡と思われる字でこの建物の使い方が記されていた。


『この建物に入れた人へ。まずはおめでとう!

 この建物は私が趣味と実益を兼ねて作った建物です。私に近しい魔力を持つ人(多分、次代の聖女さんかな?)であれば入れるように設定してあります。

 ちなみに、これを最初に開いたあなたが許可をした人であれば、その人もこの建物に入れるから、よかったら試してみてね』


 そこまで読んだ私は、後ろを振り向き心配そうにこちらをみていたチャチャに声をかける。


「チャチャ、ここに入っていいよ!」

「え?」

「もうここに入れるから!」


 そういうと、チャチャは不安そうな表情のまま、そろりと入ってくる。入れたことに気がつくと、ぱあっと目を見開いた。


「は、入れました! 夢の箱庭デビューでし!」


 チャチャの様子を確認した私は、すぐさまノートの続きを読んだ。


『この建物では私が花を売るために、選んだ花を育てています。聖女ってやつはどうやら、人間の怪我を治したり、植物を素早く成長させたり……。人間技じゃないことができるらしいの。

 私はとりあえずその能力を使って、この建物内にある花を育てて見ることにしたんだ。ここの花は採ってもまた一日後には元に戻るようになっています』


 その一文に私はギョッとする。……採っても一日後には戻る? それって……。ここの花が無限再生する永久機関だってこと?


 なんだか使い様によっては、えぐい使い方もできてしまいそうな聖女の能力を知って、私は慄いてしまった。前の聖女さんにもこの能力があったってことは私にもあるのだろうか。


 でもさ。もしもそんな能力を持っていた人がいたとしたら、王様は絶対自分の手元に置いておきたいって思うんじゃないかな?


 どうしてあの人は私をみすみす手放したりしたんだろう。


 ……前の聖女さんは、聖女というものは決して誰かのものにはならない存在だ、と思い込ませるくらい暴れたのかな?


 でも、このビニールハウスの様子を見る限り、前聖女がそんな酷い人だとは思えなかった。

 そんなに酷い人だったら、こんな書き置きはしないと思うんだよね。


 この世界は不可解で、よくわからないことが多すぎる。


 でも、とりあえず花材をもらえるのは本当にありがたい。

 私とチャチャは箱庭から花材をしこたま採って、家に戻っていった。



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