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20 花材を探せ!


 花屋を開く予定の店舗兼住居を手に入れた、私とチャチャ。


 建物引き渡しの翌日、早速私たちはそれまで住まいとしていた宿から、こちらに荷物を移動させた。

 チャチャはそれに加え、今まで住んでいた貧民街に戻り、住居として使っていたテントからも荷物をもってきた。


「そこまで荷物はないのですが……」


 言葉の通り、チャチャの荷物は少なかった。風呂敷みたいに、生成りの布に包まれた荷物は片手で持てるくらいの大きさだ。

 最低限のものだけ持ち込んで、必要のないものや、住まいにしていたテントなどは貧民街の仲間に譲ってきたらしい。


「チャチャ、荷物少ないね……」

「つむぐしゃんだって少ないじゃないでしか」

「それもそっか……」


 私は改めて、自分の手元にある、一昨日街で購入したトートバッグ型の鞄を見る。

 異世界からきた私が元々持っていたものといえば、運転中であっても肌身離さず腰につけていた、道具入れの中身だけ。入っていたのは花切りハサミとナイフ。あとは底でくしゃくしゃになっていたメモとか……だけ。

 あとはフリッツさんと一緒にこちらの世界で買い揃えたものばかりだから、当然荷物は少ない。


 そんな、少ない自分の荷物達を各自部屋に置いてきた私たちは、二階のリビングに集まる。


「では改めて、よろしくお願いします。」

「あい! お願いしまし!」


 こうして私とチャチャの二人ぐらしはスタートしたのだ。



 引っ越してきて一週間もすれば、暮らしに足りない道具を揃えたり、通いやすい食料品店を見つけたりする作業は終わってしまった。


 一週間しかたっていないのに、ずっと働いている状況が日常だった私は、働いていない日々に違和感を覚え初めていた。

 なんていうか体が日常を求めて、もぞもぞするんだよね。これ以上じっとしていると、そっちの方が体調悪くなってしまう気がするし、花を扱うための技術も落ちてしまいそうで怖い。イラストを描く人とかだと一日休むと取り返すのに三日かかるって言うよね。

 すぐに働かなくちゃお金がないっていう状況じゃないから、少しくらいゆっくりしても許されるんだろうけどね……。こればっかりは性分。


 ワーカーホリックって怖い。


 できれば、一日でも早くこの世界で花屋を開きたいなあ。


 朝食をとっている最中、私はチャチャに尋ねる。


「チャチャはいつもどんなところで花を採っているの?」


 今日の朝ごはんは近所のパン屋さんで買った、クルミに似たナッツの入った黒パンと、ハーブティーだ。口の中に入れると、ザクザクした感じが楽しくて、美味しい。

 チャチャは両手で顔ほどの大きさのパンを持ち、頬を膨らませながらもしゃもしゃしていた。頬張るチャチャはものすごく小動物感があってかわいい。


「うーん、河原が多いでしかね?」

「河原かあ……」


 私は初めてチャチャと会った日に、彼女が持っていた籠の中身を思い出す。そういえば、その辺の野原でとりました、って感じのものが多かったかも。


 見栄えがいい花じゃないと花屋で売るのは厳しいだろうな……。


 というか、私。この世界に来てから本当に無計画だな。


 そこそこお金がある状態だから、こんな無茶ができるけれど、今までの生活(儲けがたくさんでるわけじゃないから結構お金はカツカツ)だったら……。

 初めて訪れる場所で店を始めるかもしれないから、じゃあ、まずは建物を押さえよう! なーんて、短絡的に行動はしないだろう。


 完全に異世界ハイのまま行動しちゃってる。

 まずいまずい。


「チャチャ。この辺にお花を育てている農家さんだとか、花の販売をしている業者って聞いたことがある?」


 質問すると、チャチャは難しそうな表情を見せた。


「うーん。どうでしょね……。王城には植物好きな王妃様のための温室だとか、王城内に飾るためのバラを作る専門の庭師もいるそうなのでしが……」


 うーん。王族かあ……。

 昨日あった感じだと、王族の方々って聖女である私にいい感情を持ってなさそうだもんな……。

 お花くださーいって何も知らない子供みたいな顔で、言っても素直にもらえるはずもない。


 それに、私はあの考えが理解できない王様にあんまり会いたくない。

 なんていうか、話がまったく通じなくて、疲れそう。


 ってことは、自分で花の生産者を見つけるしかないんだよなあ……。

 どうしよっかな。これじゃ、花屋をやるにも商品がないよ。


 私がうんうん考えていると、チャチャがあっと声をあげる。


「もしかしたら……つむぐしゃんだったら、あそこに入れるんじゃないでしょうか?」

「ん? あそこって?」

「私たち花売りの間では『箱庭』と言われている場所でし。私が花を取りに行く河川敷……市民公園内にあるのでしが見たこともない透明な膜に覆われている不思議な構造物なのでし。中にはそれはそれは綺麗なお花がたっくさん植わっているのでし」

「へえ……そんな建物があるんだ……」

「はい。でも、そこにはかなり精度が高い防衛の魔術と、保存の魔術がかかっていて、簡単に中に入ることはできないのです」


 話を聞いた私はポカンとしてしまう。……何その得体のしれない場所は?

 頭の中に、謎のダンジョンという言葉が浮かぶ。

 私、この世界で冒険者やろうとは思っていないんだけど……。


「でも……それって、誰かの持ち物なんじゃない? 勝手にとったら、泥棒でしょう?」

「いいえ。それが『箱庭』は昔、この地に降り立った聖女様が残した建物なんでし。国が管理しているわけでもなくて、誰でも入っていいし、花を自由に摘んでもいいことになっていて、名目上は市民公園内の一部ということになっているんでし」

「へえ。そうなんだ……」

「そうはいっても誰も『箱庭』に入ることはできないんでしけど。誰でも『入れるなら』入っていい場所なんでし」

「それはなんだか……。不思議な場所だね」


 そういうと、チャチャは力強く同意し、首を縦に振った。


「あたち、『箱庭』は誰かがくるのを待っているような気がしていたんでし。……あたちは、それがつむぐしゃんなのではないかとも思うのでし」


 チャチャはすごく真面目な顔をして言う。それが、妄想でもなんでもなく、チャチャの中で確信があるみたいな言い方だった。


「……どうしてそう思ったの?」

「つむぐしゃんから『箱庭』と同じ匂いがしたからでし」

「匂い……」


 獣人のチャチャは感覚が鋭いとは聞いていたけれど。そんなこともわかるなんて、と私は素直に驚いてしまう。


「あと、この家からもつむぐしゃんとおんなじ匂いがするのでし……。だからあたちはもしかしたらつむぐしゃんと縁があるところからは、おんなじ匂いがするのかな……と思っていて……」


 チャチャの話は摩訶不思議だ。でも、どうしてか分からないけれど、私の第六感がそこに行かなければと訴えているような気がした。


 この家に出会った時のように、チャチャと引き入れた時のように、私自身がこの世界で生きていくために、必要なものに呼ばれているような感覚を覚える。


 だから私はチャチャの言うことを妄言だと、切り捨てることはできなかった。


「……じゃあ、ちょっと今日、そこに行ってみる?」


 そうして、今日の予定は急遽、謎の遺跡探検になったのだ。



 川沿いの野原へ向かう。河川敷沿いに広がる野原には、春の終わりらしい小花がたくさん茂っていた。

 柔らかで心地よい風が、頬を撫でる。


「なんだか、気持ちがいいところだね〜」

「はい! この公園は王都の人たちの憩いの場になっていてとっても人気なスポットなんでしよ!」


 青々とした芝生が生えた広い原っぱには、広葉樹……梅の木が実を作っている。

 きっともうちょっと前にここに来たら、梅の花が一面に広がって綺麗だったんじゃないかな。

 舗装と芝生の隙間に生えているのは、ホトケノザに菜の花。どれも前の世界で見た春の河原に自生する植物ばかりだ。


 中には、誰かが植えたであろう、野薔薇らしきものもあったが、商品になるレベルの品質ではない。


 もし箱庭に入れなかったら、最初はこの辺の草花を取り扱うことになるのかな……。

 そのレパートリーの少なさに、ちょっとがっかりしながらも、市民公園の中心部だと言う箱庭がある場所までと足を進めていく。


 しばらく歩くと、チャチャが朗らかな声を上げた。


「つむぐしゃん! あれが『箱庭』です!」


 私はその『箱庭』を見て、ポカンと口を開けてしまう。

 目の前にはどう見ても、見覚えのある、アレ。


「えっ! あれってどうみても……ビニールハウスじゃんっ!」


 前聖女が残した、神秘の遺産……。それは、紛れもなく、私があちらの世界で見ていたビニールハウスそのものだったのだ。



また夜更新します!

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