18 いざ内見へ
正式に王様から、建物内に入る許可をいただいた私たち(私、フリッツさん、チャチャ、所長)は、花屋店舗兼住居候補の建物へ内見に訪れていた。
昨日フリッツさんが連れて行ってくれたお店たちは、どちらかというと庶民向きのお店だったので、王都の目抜き通りから数本離れた場所にあった。
そっちは土づくりの建物が多かったけど、この物件は南向きに入り口を持った、赤いレンガ調の建物で、東側の壁面は常緑の蔦で覆われていた。
一流のお店が立ち並ぶゾーンが近くなると建物も立派になるらしい。
中はどうなっているのだろうとドキドキしながら、店があったという一階に足を踏み入れると、店内は予想に反して清潔な空気で満たされていた。
ずっと使っていなかった家屋にありがちな、埃っぽさはゼロ。それどころかまるで昨日まで使われていた建物のような気配すらしていた。
入り口を抜けると、両側に切り花を置いていたであろう、飾り棚が作りつけられている。
なんだか思ったよりも、ちゃんと花屋用にカスタマイズされた建物になっているぞ……!
「わあ、前の店主さんは私と近いスタイルで花を売っていたみたいですね。花を置くための飾り台もそのまま残っている……」
私が店内を確認していると、フリッツさんが無表情のまま「えっ!」と慌てた声を出した。何かあったのだろうか。
「つむぐ殿! ちょっとこれを、見てくれないか!」
フリッツさんが指さした部分は、花を飾るための棚が打ち付けてある壁の上部だった。よくよく見ると、そこには魔法陣が取り付けられていた。
「魔法陣ですね……?」
「両方の壁に温度調整の魔法陣がついているぞ!」
「それって……何がすごいんですか?」
フリッツさんはその魔法陣を見て興奮気味だが、魔法陣の良し悪しがわからない私にはそれがどんな意味を持つのか、全くわからない。
「植物は冷たい空気にあたっていた方が長持ちするだろう? この魔法陣を起動させれば、棚の上に置いてある植物だけを低温で保存出来るんだ!」
「え! ってことは花を冷やす用の冷蔵ケースが必要ないってことですか⁉︎」
花屋は冷蔵ケースを持っているところがほとんどだ。冷蔵ケースがないお店は、強めの冷房で常時冷やしていることが多い。しかし、それだと人間がいるゾーンも冷えてしまう。私が働いていた花屋は後者だったため、夏でも冷え性に悩まされていた。花屋の職業病だから半分諦めていたけど。
しかし、フリッツさんがいうには、この魔法陣があれば、お店の中は暖かく、花があるところだけは涼しい温度を保てるらしい。なんて素敵な魔法陣なんだ!
「ああ……この魔法陣、よく見たら隣国のアンティークだな。蔦のモチーフが組み込まれている。もしかしたらかの有名な、シェナン・クゥールの作品かもしれないな……」
どうやら魔法陣オタクらしいフリッツさんは、魔法陣を見て、感嘆の声をあげている。……相変わらず無表情だけれど、その声音から察するに、とても喜んでいるようだ。
というか、フリッツさんってこんなに感情表現豊かなのに、なんでこんなに無表情を貫いているんだろう。
まるで我慢して、表情を抑え込んでいるみたいに見える。
「フリッツさんってなんでいつも無表情なんですか?」
「私は近侍騎士として必要な魔力要素が足りないから、自分の表情を対価にして魔力を得る魔法陣を使用しているんだ」
その言葉に私はギョッとする。
「ってことはこの花を冷やす魔法陣を使うのにも何かしら対価が必要ってことですか?」
知らないうちに寿命が使われていて……とかだったら……。こ、怖い!
怯えていると、フリッツさんは優しく答えをくれた。
「いや。この魔法陣は聖女が持つ、余分な魔力を使って動く仕組みになっているらしい。つむぐ殿がこの建物内にいる期間がある程度あれば、勝手に作動する仕組みになっているな」
何そのソーラー充電みたいなシステム……。いるだけで大丈夫って……。聖女ってほんとチートなんだなあ。
*
その後も、私たちは一階の店舗部分を見学してまわる。
店舗設備の中で一番驚いたのは、水回りの設備がしっかりしていることだった。
レジを置くであろうカウンターの隣に面する、青いタイル貼りのシンクは、大きくてとっても使いやすそう。しかも、なんとこのシンクには蛇口が二つついていた。通常の水が出る蛇口と、何やらタンクがついている蛇口——これは、前の世界の花屋にもあった仕組みだけど、ただの水じゃなくて、活力剤入りの水が出るようになっている蛇口だ。
私が働いていた花屋では花桶の水は活力剤入りの水を使っているので、ホースの先についたシャワー部分を握ると活力剤入りの水が出る専用の蛇口があった。同じような仕組みのものをこっちでも作れたらとっても便利だな、と思っていたけれど、まさか全く同じ仕組みのものが用意されているとは思わなかった。
こんなに、異世界の花屋設備が前の世界のものと一緒だなんて……。
店を始めるにも設備工事に時間がかかるんじゃないかと思っていたけれど、これだったら花と資材さえあればすぐにお店を開けてしまいそうだ。
「店舗部分は完璧。これ以上ないくらいに条件が揃っていますね」
店舗の隅々まで確認し終わった私は、もうこの建物を借りたい気持ちでいっぱいになっていた。そんな私に冷静になれ、と声をかけたのは、それまで黙って後ろをついてくるだけだった、チャチャだった。
「つむぐしゃん、住居部分も確認しておかないとだめでしよ?」
まったく……、と呆れ気味なチャチャに手を引かれ、私は二階の住居部分へ続く階段を上がっていく。
……チャチャって本当にしっかりしているよなあ。
当初、まだ幼いチャチャを守らなくっちゃ! と意気込んでいたけれど、私よりチャチャの方が百倍しっかりしている。年上の面目、丸潰れである。
二階は仕切りがないワンフロアになっていた。リビングとダイニングとキッチンがつながっている形だ。元々、建物自体の坪数が多くはないので、ワンフロアといっても十五畳くらいの広さで大豪邸のワンルームに並ぶようなものじゃない。だけど、これだけあれば、二人でくつろぐには十分、いや、十二分の広さだ。
どうやら、この建物全体に王族の手によって、保存の魔法がかけてあったようだ。中にあった家具も痛みがなく、そのまま使えそうな代物だった。
「この家具……。前に住んでいた家にあったものにちょっと雰囲気が似ているかも……」
「え? そうなんでしか?」
「うん。あの猫足のソファとか……。似たものを前の家で見たことがあるの」
前の世界の私は、母子家庭だったこともあって、そんなに裕福な暮らしができていたわけじゃない。お店の経営者であっても、花屋はものすごく儲かる職業ではないから、食費だとか、生活費だとか、切り詰められるところは母と二人で徹底的に切り詰めていた。
だけど、そんな暮らしの中で、母が唯一お金を使っていた部分が家具だった。
母は、ヨーロッパのアンティーク家具が大好きで、コツコツお金を貯めては少しずつ、新しい家具に買い揃えるのを楽しみにしていた。
この家に置かれた家具たちからは、そんな母の趣味に近い雰囲気を感じるのだ。
私はまるで、母の実家に足を踏み入れたような感覚に陥った。
まあ、本来の母の実家は、今まで私が住んでいた家なんだけど。
まだこの世界に来てから二日しか経っていないのに、前の世界に、もはや懐かしさすら覚えることに気づいた私は自分の適応能力の高さに苦笑してしまった。
*
三階はベッドルームが二つと小さなバスルームがついたシンプルな作りになっていた。
洋画に出てきそうな、モノクロのタイル張りのバスルームには、夢に見たような猫足バスタブが置かれていた。
「きゃああ! かわいい! 夢みたいなお風呂!」
「これは……確かにとってもかわいいでし。前ここに住んでいた人は、ものすごくセンスがいいでし」
チャチャも感心したように頷いている。
ベッドルームは特に家具がごちゃごちゃ置いてあるわけでもなく、ベッドが置かれただけのシンプルな部屋だった。
だけども、そのベッドが、黒いアイアンフレームでできていて、華美じゃないけど優雅でとっても素敵だった。こんなベッドで毎日目が覚めたら、幸せだろうなあ〜と頭の中がぽわぽわしてしまったくらいだ。
全部を見終わって一言。
この家、全てがパーフェクトすぎるよ!
シェナン・クゥールの話は自作、白兎令嬢の取捨選択をご覧下さい。




