17 いわくつきの建物
「あ、この物件って……」
建物の様子が描かれた書類の山から、私が見つけ出した紙を見た所長さんは、一瞬顔を歪めたように見えた。
その資料には、他の資料には押されていない、王冠のモチーフとその周りに蔦がはうような細かい細工が用いられた、仰々しい判子が押されていた。
「その建物は……」
「? 借りられないんですか?」
私が尋ねると、答えを返してくれたのは、フリッツさんだった。
「ここは……ああ。例の陛下の恋人だった女性が花屋を営んでいた建物だな……」
「あ、ここがそうなんですか……」
フリッツさんの言葉に所長は大きく頷いた。
「はい。ここは店主が失踪した後は、王家が管理を行っておりまして、物件の資料自体はあるんですが、私ども商工会議所では斡旋することはできない場所なんですよ」
「え、じゃあここ、その女性が失踪してからずっと空き家になってるってことですか?」
「そうなんですよ……。私どもも、こんないい土地が廃墟のままなんてあまりにも勿体無いので、王族に掛け合ってはいるんですけど、なかなか取り合って貰えなくて」
「ええ! こんな一等地なのに……」
王様の元カノが営んでいたという元花屋は、王都の中で主要な商家や百貨店が立ち並ぶ、メインストリートから住宅街へとつながる道のちょうど切れ目部分に位置していた。
図面から推測するに、さほど大きい店ではなさそうだ。むしろ狭い。目抜き通りの外れの、小さなスペースにちょこんと隠れるように、細長い三階建ての建物が立っているイメージだ。
端とは言っても、目抜き通りには位置しているし、買い物なんかにも便利そう。しかも住宅街にも近いから家路に帰る人たちが、ついでに花を買っていく需要も見込めそうだ。いずれにせよベストポジションであることには間違いない。
こんないい場所がなんのお店にもならずに空き家になっていたなんて、信じられない。
でも王様のメモリアルスポットだもん。流石に私の店にすることは厳しいか。
私の中の、王様の第一印象は最悪。できれば関わりたくないランキング堂々のトップだし、交渉さえしたくない。
他の物件を探した方がいいよね、と諦めていると、なぜかフリッツさんは懐からお手紙の魔法陣を取り出した。
「いや。つむぐ殿だったら、使用許可が出るかもしれない。ダメ元で私が交渉してみよう」
え、まじで?
呆然としている間に、行動力の鬼、フリッツさんは王様に建物使用の可否を尋ねる手紙を送ってしまった。
あ、この人。王直属の近侍騎士なんだった……。
そりゃ、王様への連絡手段も持っていますよね。
でもどうせ許可は下りないでしょう。
諦めながら返事を待っていると、五分ほどで王様から手紙の返事がピュルりと返ってくる。
手紙を開いたフリッツさんは私の方を真っ直ぐに見た。
「つむぐ殿。あなたさえ気に入れば、あの建物は好きにしていいそうだ」
「……え?」
まさかの使用許可が出ちゃった……?
なんで? 王様にとって、その場所はかつての恋人との大切な思い出の場所なわけでしょう?
聖女という存在を囲い込めるのであれば、そんな大切な場所に手を加えることも厭わないのだろうか。
でも、昨日神殿チックな森の中に召喚された時は、あんなに冷たい目で私を見ていたのに?
わ、わからない。この国の常識が。王様が一体何を考えているのか。
私は混乱した頭のまま、その曰く付きの物件の内見に向かうことになった。
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