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16 住居と店舗の準備


 お風呂に入り終わってリラックスモードになった私たち。一息ついていると、宿の方が部屋に夕食を持ってきてくれた。

 わー! 料亭のご飯みたいなスタイルありがたい!


 宿の夕食は思わず目がキラキラしてしまうくらい豪華だった。


 前菜のサラダには、黄緑色が目に眩しい、タンポポの葉のような野菜が入っていた。……っていうと美味しくなさそうだけど、本当においしかったんだって!

 メインディッシュは白身魚のポワレっぽい何か。ジャガイモっぽい味の冷製スープに、今日飲んだジュースに味が似た、赤とオレンジのコントラストが美しい甘酸っぱいフルーツケーキ。みたことのないハーブがちょんと乗っていて、なんとも上品だった。


 ああ……こんなに美味しそうなものがいっぱいなのに、私、本当に食レポの才能が低すぎて伝えきれない。


 でも、見たことのないものが多く使われていて、味だけでなく目も美味しい料理ばかりだった。


「わあ! こんなの食べたことないでし!」

「うん。美味しいね……」


 二人とも初めて見る料理の数々に、目を輝かせながら、必死にハムハム口を動かした。



 夕食後、私とチャチャはこれからどうするか、作戦会議を行っていた。


 チャチャに、この王都で建物を借りて花屋を始めるつもりだと伝えると、彼女は目を輝かせて賛同してくれた。


「つむぐしゃんの花を扱う技術はとっても素晴らしいものでしから、街の人たちもきっと喜ぶと思いましっ!」


 はしゃぐ彼女の様子を見ていると、こちらもやる気が出てしまう。


「よし。じゃあ、まずはこの王都で暮らすために家を探さなくちゃね。明日、街の不動産屋さんにでも行ってみようか。……っていうか、この辺に不動産屋さんなんてあるのかな?」


 そういえばここは異世界なんだった。

 今まで住んでいた環境とは違う国なのだから、自分が暮らしていた街のルールが適応されているとは限らない。

 あちゃー……。フリッツさんにこの辺の住宅事情のことも聞いておくべきだったなあ……と今更後悔してしまう。


 すると、チャチャはキョトンとした表情で話し始める。


「不動産屋? と言うものが、あたちにはなんだかわからないのでしが、もし店を出したいのでしたら、街にある商工会議所に行って見るといいと思いましよ?」

「商工会議所⁉︎ こっちにもあるんだ!」


 てっきり異世界というから、ギルド的なところが街のお店を管理しているのかと思いきや、こちらの世界も商工会議所があって、店の土地の紹介なども行っているらしい。

 しかも、一階は店舗で、二階は住居として利用している人が多いらしく、花屋を営むのであれば、他に家を探すより、住居兼店舗を先に押さえる方が、効率的であると助言をもらった。


 ——チャチャ、思ったよりも物知りだ!


 異世界生活一日目でありがたい助っ人を運命的に得られたことに感謝しなければ。


 私は一応、貰ったお手紙の魔法陣で、フリッツさんに『明日、店舗兼住居を探すために商工会議所に行きます』と連絡をしてから、眠りについた。


 いやあ。今日は怒涛の一日だったなあ。きっと明日もいろんな初めてに出会うだろう。


 それなのに全然怖くない。むしろ、楽しみで仕方がない。

 こんなに明日が楽しみな夜を迎えるのは、久しぶりのことだった。



 翌日、私たちはさっそく商工会議所に向かう。すると、見たことのある人物を発見した。


「あれ? フリッツさんだ」


 なぜか建物の入り口には、待ち構えたようにフリッツさんが立っていたのだ。私とチャチャは驚いて顔を見合わせてから、小走りでフリッツさんの元に向かう。


「フリッツさん! おはようございます! あの……今日は……特に約束はしていませんよね?」


 困惑しながら尋ねると、フリッツさんは、まるで責め立てるみたいな視線で私の顔をまっすぐに見た。


「あなたはこの国に来たばかりだと言うのに、一人で建物の契約をするつもりですか?」

「一人で……って言ってもチャチャがいますし」

「あい! チャチャつむぐしゃんを守るでし!」


 チャチャは右手をピンと天に伸ばして、できる子アピールをした。

 そうそう。チャチャは物知りで頼れる家族なんだぞ! と私も自慢げな表情を浮かべたが、フリッツさんはそんな驕りをバッサリと冷たい声音で切ってしまう。


「そんなことを言っても、そこの彼女はまだ子供だ。建物の良し悪しや金額の相場はわからないだろう?」

「うっ! それはそうでしが……」


 チャチャは痛いところをつかれた! と顔をくしゃくしゃにして悔しそうな表情を見せている。

 チャチャー! うるうる目になってる! 泣かないで〜!


 むむむ。ここは私が反撃するところかしら?


「フリッツさんは、貴族だとおっしゃっていましたが、貴族の方って店舗契約にも通じていらっしゃるのですか?」


 ちょっとふふん、あなたにわかるのかしら? と女王様のように見下げる雰囲気を出しながら言ってみたのだが、フリッツさんからは淡々とした答えが返ってきた。


「ああ。母が商家の生まれでな。今は妹に代表の座を譲っているがな。私は昔からその手伝いもしていたから、割と詳しいぞ」

「あらあ……。そうなんですか」


 ……拍子抜け。奇襲失敗だあ。


 正直、王の近侍騎士という高貴な身分を持つフリッツさんが、この手のことに役立つとは思っていなかった。

 貴族って言うとお金持ちで、きっと一市民の財布事情なんて理解していないだろう。そんな偏見が私の中にあったのかもしれない。


 でもそういえば、昨日の買い物の時だって、私の庶民的な金銭感覚にあったお店に連れて行ってくれていた。


 その様子を鑑みると、もっとフリッツさんに頼ってもよかったなという気持ちが湧いてくる。

 少なくとも住居決めっていう一大事には付き合ってもらった方がよかったかもね。


「こういう時は、ちゃんと頼ってくれ」


 呆れた声音でいうフリッツさんに向かって私は深々と頭を垂れた。


「はい。ありがとうございます。今後は遠慮なく相談させていただきます」

「ちなみに店舗兼住居を借りるにあたって、譲れない点はあるか?」

「うーん。まだ、どんな建物があるのか見ていないから、なんともいえませんが……。そこまで広すぎない方が持て余さなくていいかもしれません。まだ売るものもはっきり決まったわけではないので、準備がありますし、すぐにはオープンできませんから。でも、そんなに豪華なところじゃなくていいです。昨日とまった宿みたいなところじゃなくても……」

「……なるほど。わかった」


 商工会議所の中に入る。すると、受付にいた女性がフリッツさんの顔を見るなり、勢いよく立ち上がった。


「まあ、アンダーソン様! 今日はどうかされたのですか?」


 どうやらフリッツさんはこの受付の女性と顔見知りらしい。

 恭しい態度で迎え入れた女性の表情には、歓迎よりも、困惑が滲んでいる。

 なんというか、偉い人がアポなしで来ちゃった! と言った感じの焦り方だ。


 やっぱりフリッツさんを連れてこない方がよかったかな……。


「久しいな、レイ。今日はこの方の、住居兼店舗を見繕いにきたんだ」

「この方は……?」


 レイと呼ばれた女性が、チラリと私を見た。


「メダル持ちだ」

「っ! かしこまりました。すぐに、部屋をご用意します」


 びゃっと飛び上がるように慌てた様子を見せたレイという女性は、そのまま小走りで事務室のような部屋に走っていってしまった。


「メダル持ちって言うのは、聖女の暗喩ですか?」

「いや『聖女』というよりも、王族の庇護者の総称だな」


 へえ……。王族は私を野放し状態で放置してはいるけれど、こういうところで融通が利くように、便宜は図ってくれるんだ。意外だな。


 その後、用意された部屋に行くと、この商工会議所を束ねているという所長が待っていて、長自ら私の住居兼店舗となりそうな物件を紹介してくれた。

 見せられた書類には、店舗の絵と築年数や状態などの詳細が載っている。


「あ、こことかいいかも」

「そこは……築年数が経っているから、水回りに古い魔法陣が使われている可能性があるな。賃料は安くても、修繕費がかかる可能性があるぞ」

「そうなんですね……」


 フリッツさんの指摘は的確で、内心少しでも高い賃料の建物を紹介しようと企んでいたらしい所長も、タジタジになってしまうほどだった。


 本当に詳しいな……フリッツさん。

 今日一緒に見てもらえて、本当によかった……。


 その後もいろんな物件が載っている、資料をたくさん見せてもらった。でも、なかなかお眼鏡にかなう物件は見つからない。

 いいな、と思っても、ちょっと高すぎたり、場所があまり良くなかったり、ちょっと残念なところが多いんだよねえ……。物件探しってこんなに大変なんだなあ。

 前の世界にいたときは、ずっと実家暮らしだったし店舗の移転もなかったから、こんな経験をしたことがない。

 味わったことのない作業には、大変さもあったけど、それ以上に心踊る楽しさがあった。


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