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間話 フリッツの聖女観察日記3


 先を越された。

 というより、ポジションをとられた、という方が正解だろうか。


 フリッツは一人、王城の敷地内にある、官舎の自室でベッドに腰掛けながら、一人頭を抱えていた。


 つむぐが街にいた花売りの少女を、自分の手元に置くことを決めてしまったのだ。

 人間への警戒心は強いと言われている獣人が、つむぐに懐いたことは、予想外の出来事だった。


 獣人はこの国では差別の対象となっている。


 もともとこの国を含めた地域には、獣人のような動物の一部を持つ人間は存在しなかった。そう言った者たちが現れ始めたのはここ二十年ほどの間だ。


 一説では先の大戦で使用された兵器の中に、なんらかの形で人間の体に影響を与えるものが存在し、それによって、獣人が生まれてしまったのではないか、と考えられている。

 研究を進めている学者の中には、獣化を進化だというものもいれば、退化だというものもいる。宗教関係者の中には、それは紛れもなく罪人の証だと声高々に宣言するものもいた。


 大半の人間は突然現れた、新しい種族を素直に受け入れることができなかった。獣人たちは忌避され続け、大半は貧民街へと追い出されて、身を隠すようにして暮らしている。


 だが、彼らの能力は非常に優れている。


 身体的能力は、なんの特徴も持たない人間よりも二倍ほど優れていることがわかっており、嗅覚や触覚なども動物のように鋭い。

 その能力の高さから、私が所属する王の警護を担当する部署では、秘密裏に獣人の雇用を検討していたほどだ。試しに何人かの獣人と面接がてら剣を交えたところ、彼らは目を見張るほどに素早く、人間など、簡単に捻り潰せてしまうほどに強かった。


 その中でも特に犬の特徴を持つ獣人は忠誠心が強い。


 一度、主人として設定した人間を命をかけて大切にする気質があり、その執念深さは人間の想像を超えるものだという。


 つむぐを守ることは自分の専売特許のように思い始めていたフリッツだったが、その野望はチャチャという少女の登場によって呆気なく砕かれた。


 今日一日関わっていただけでも、つむぐはフリッツの周りに沸くようにあらわれ続けるギラギラした女性達とは全く違う、素敵な人だということがわかった。

 自分だけが彼女を独占できるとは、はなから考えていない。

 店屋の店主をしていたという彼女は、その経歴を持った女性らしく、今日、自分の荷物を用意するために回った店に立っていた店員たちとも、情報を集めるためなのか、盛んに世間話を行っていた。


 最初顔を合わせた時は、少し引っ込み思案なところがあるのかと思っていたが、もともと、明るく社交的な気質なのだろう。


 だからこそ、悪意ある人間に利用されそうで心配だ。


 あの『チャチャ』という少女だってそうだ。パッと見たところ純粋そうに見えたが、彼女はもともと貧民街にいたという話だった。

 彼女はつむぐの技術に目を奪われて弟子入りをしたということになっていたが、それは建前で、実は持っている金品を狙って近づいただけだった、なんてこともあり得るのだ。

 そうなった時、悲しむつむぐの顔をフリッツは見たくなかった。


 一応、自分にできることはやっておこう。


「手紙の魔法陣を、あの『チャチャ』という少女に送ろう」


 出会ったばかりの獣人の少女が、どんな気質を持っているのか。実際に一対一で話してみないと計り知れないものがある。


 フリッツはベッド脇の戸棚から描き溜めてあった手紙の魔法陣を取り出す。そこには、この国でも珍しい往復書簡機能がついた手紙の魔法陣が束になって入っていた。これは魔術師としての側面も併せ持つフリッツが、個人で理論構築をし、作り出した魔法陣だった。


『君と直接話がしたい。つむぐ殿に気付かれぬよう、外に出ることは可能だろうか?』


 鳥型に折った手紙の魔法陣を窓から放つと、それは星々がこぼれた様に輝く闇夜に、溶けるように消えていった。


 返事は意外と早く帰ってきた。

 手紙を開くと、そこには『今ちょうど時間ができたから外で待っている』という趣旨が書き込まれてあった。

 フリッツは慌てて身支度を整え、転移の魔法陣を使って昼間訪れた宿の前へと向かった。



 昼間に送り届けた宿の裏、人通りが少ない細い路地で、フリッツはチャチャの姿を見つけた。

 緑色の目が夜の暗闇の中で、夜行性の動物のようにギラリと光っている。


「つむぐ殿は君が外出することについて心配はしていなかったか?」

「今、つむぐしゃんはお風呂に入っているので」

「……そうか」


 安心してほっと息をつくと、急にチャチャは怪訝そうに眉を寄せた。


「変な想像しないでくださいましか?」

「……してない」


 フリッツがつむぐの入浴シーンを想像したと思ったのか、チャチャはうへえ、とベロを出して、吐き出すような仕草を見せた。

 このチャチャという少女は貴族であるフリッツにも、臆することなく噛み付いてくる気質らしい。


 チャチャからは『フリッツからつむぐを守るのだ』という強い意思が感じられた。


 そんな気質を持った人間が、彼女を守護する立場に回ったことについて、よかった、と思う反面、なんだか余計に心配が湧き出てくる気もする。


「今日はなんのために、こんな夜遅くに、あたちを呼び出したのでしか?」

「一度『君』という人間を、確認しておきたかったんだが……」


 君の様子を見る限り、その心配は杞憂だったのだろう、そう伝えようとした時、チャチャの表情がわかりやすく曇った。


「危害でも加えると思ったでしか? そんなことあたちはしません。……なんなら、あなたの方が、つむぐしゃんにとって有害な人間でしょう?」


 私が有害?


 なんのことだかさっぱりわからず、こちらも怪訝なオーラを出しながら首をかしげると、チャチャははっきりと言った。


「あなた、つむぐしゃんに好意を持っているでしょう?」


 言葉が出なくなった。

 表情が表に出ない状態に慣れていることもあって、自分では自分の気持ちが、完全に隠し通せているものかと思っていたが、なぜかこの少女には全てお見通しだったらしい。

 獣人の鋭い直感がなせる技なのだろうか。


「つむぐしゃんは……。詳しくは聞いていないので推測でしかないのでしが、貴族であるあなたが、守る仕草を見せるほどの人でし。と、なると、やんごとなき身分の方か、あなたの想い人かどちらかと思っていましたが、話している様子をみて、もしかしたら想い人なのではないかと思って……カマをかけました」

「そうか……」


 どうやらチャチャはつむぐの振る舞いを見て、彼女は貴族ではないと判断したらしい。つむぐは聖女として、この世界の人間がはるかに及ばない力を持ち合わせているが、それをこの少女に知らせる必要はない。

 つむぐは聖女としての役割を終え、この国で働きながら暮らすことを望んでいるのだから。


 そう判断したフリッツは、口をつぐんだ。


「あってましたか?」


 フリッツは観念して、自分の今の状況——つむぐへの思いを正直に話すことにした。


「つむぐ殿とはまだ出会ったばかりだが、彼女のことをもっと知りたいと思っている。ただそれだけだ。私は危害を加えようなんて微塵も思っていない」


 そう言ったフリッツの顔を、チャチャはじっと強い視線で見つめていた。


「思うだけだったら、確かに自由でし。でも、あなたは貴族じゃないでしか。身分ある人間は、他人を従わせることができまし。あなたがその気になれば、つむぐしゃんを手籠めにすることだって可能なのでしから。だからあたちは、あなたを警戒しまし」


 フリッツはチャチャの言葉を怪訝に思わなかった。むしろ感心してしまった。まだ幼い少女だと思っていたが、話してみると、その容姿に見合った子供らしさは一切感じず、聡明な思考が見えてくる。


 きちんと、フリッツは貴族男性で、つむぐは平民の女性だということを客観的に理解しているのだ。

 こう言った、きちんとした思考を持った人間がつむぐをサポートする側に回ってくれるのは僥倖と言えるのではないだろうか。


 だが、同時に彼女の聡明すぎる思考に違和感も持った。


「普通の平民は貴族と接すると、通常怯えた表情を見せるものだが、君はまったく動じないな。……君は何者だ」

「何者って……。普通の平民でしよ。でもまあ……。亡くなった両親は、あたちの教育を熱心に行ってくれていたかもしれませんが」

「君のご両親は貴族に連なるものだったのか?」


 口に出してからそれはありえないはずだと気がつく。現在、この国には獣人の貴族は存在しない。獣人に生まれたことを隠している貴族がいる可能性もなくはないが、王の下で働き、全ての貴族たちを警戒し、目を通しているフリッツが知らないとなると可能性は低い。


「そんなことはどうでもいいことなのでし。大事なのはこれから、あたちを拾ってしまうくらい優しい心を持つ、つむぐしゃんが幸せに暮らしていくことだけでしから」

「それは……、そうだな。私も彼女を思うものとして微力ながら、協力していきたいと思っている」

「……でも。つむぐしゃんはあなたのことを、毛ほども意識していないように見えましたがね!」


 チャチャは腰に手を当てたポーズで、ふんすと鼻を膨らませながら、勝ち誇ったような表情で言った。


「何を基準にして言っているのだ? まだわからないじゃないか。これからもっと関わる機会が増えるかもしれないからな」

「でも、あたちには遥かに及ばないでしょう? だってあたちは……つむぐしゃんに『家族になってほしい』って言われましたから!」

「何!?」

「一歩リードでし」


 聞くとつむぐは、手ずからチャチャの髪を乾かすなどしながら、チャチャを妹のように可愛がっているらしい。その様子はフリッツにも、容易に想像ができた。

 このままだと、自分が入り込む隙が全くなくなってしまう。


 本当に負けてはいられない。

 これは勘でしかないが、つむぐは仕事に集中すると、自分のことなんて忘れてしまいそうな気がする。そんな事態を防ぐためにもこれからも、つむぐのもとに足繁く通わなければ。フリッツは改めて気合を入れ直した。



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