15 とりあえず宿へ
私はチャチャを連れて、フリッツさんにとってもらった宿へと戻る。もちろん、チャチャにもそこに泊まってもらおうと思っていたのだが、チャチャは恐縮した様子で断ろうとする。
「わっ! あたち、何回もこの街にはきていましが、宿になんて泊まったことがないでし! あなたさまだけ泊まっていただいて、あたちはその辺で野宿しましから〜」
「だめ! 女の子を一人で外に放置なんてできますか!」
私は今にも逃げ出しそうになるチャチャの背中をぎゅうぎゅう押して宿に連れ込む。最終的に、一人じゃ寂しいから一緒に泊まってほしいと言いくるめた。そこまで言ってやっとチャチャは諦めて同室に泊まってくれた。
宿の支配人に事情を話すと、一人分の追加料金を払えば、チャチャが泊まるのは構わないと言ってくれた。
その時にチラリと、チャチャの耳を見た気がしたけれど、それには気づかないふりをすることにした。
「チャチャ、今更だけど……私についてきちゃって大丈夫だった?」
部屋につき、ほっと一息ついたところで、心配になりながら聞くと、チャチャは花が綻ぶように柔らかく笑った。
「はい。ずっと一人ぼっちで寂しかったでしから……。一緒にいてくれるって言ってくれたことが嬉しかったんでし。あたちは獣人で、差別されることも多かったでしから……」
チャチャは苦しげな表情を見せた。
「差別が当たり前で人と関わることが怖くて仕方がなかったんでしけど、あなたさまがそういうのを感じさせずに屈託のない笑顔で話しかけてくれたのが、本当に本当に嬉しかったんです」
あ……私とおんなじだ。
私が人と関わることが怖くって、一人で頑なに頑張っていたように、チャチャも怖さを抱えながら生きていたんだ。
私との暮らしで少しでも、肩の荷が降りたらいいな。
「じゃあ、これからよろしくお願いします。私のことは是非名前で。つむぐって呼んでね?」
「はい! つむぐしゃん!」
はあっ……。舌ったらずなのが可愛い……。
ブスッとチャチャから放たれたかわいさの矢が私のハートに刺さる音が聞こえた。
私はどうやら、彼女の喋り方や仕草がツボにハマってしまうらしい。とんでもなく、癒やされる……。
私、多分こんな感じの妹がいたら、すっごい可愛がったんだろうな……。
「つむぐしゃんは、長いことここに暮らしているでしか?」
チャチャはそう言って、キョロキョロとホテルの室内を見渡す。その伏目がちな様子から、宿の内装の豪華さに緊張しているのがよくわかる。野宿を平気でしていた彼女にとって、この住環境はなかなか見慣れないものなんだろう。
私も、正直たまに泊まるなら嬉しいけど、毎日泊まるとなると、気後れしてしまいそうだ。
キッチンも付いていないから、料理もできないし。
「いや、今日こっちにきたばっかりなんだ。まだここがどう言うところかもわからなくて……仮住まい的にとった宿だから、そのうち定住できる建物を決めて移動するつもりだよ。チャチャにも家選びを手伝ってほしいな」
「そうなのでしか!」
「うん。早く自分たちの家が欲しいね……。ちなみに、チャチャは貧民街に住んでんだっけ……?」
なかなか聞きにくい質問だったかもしれないけれど、この国での生活がどんなものか知らない私にとって、チャチャの暮らしぶりは一つの指標になる。
「貧民街の東部にあたちたちくらいの子供たちが集まって暮らしているテントがたくさん立ち並んでいる地域があるでし。そこを借りて、みんなで身を寄せ合って暮らしていたのでしが……。暮らせないことはないでしけど、なかなかいい暮らしとは言えないでし」
「そうなの……」
「……このホテルに泊まることができるつむぐしゃんに貧民街での暮らしはおすすめできませんね。……つむぐしゃんは、どこからきたでしか?」
「……すっごく遠くからかな」
「そうでしか……」
どうしてか、チャチャは私が何者なのか、深く聞こうとはしなかった。
その反応の仕方が、どこか女神様にあった時の私の反応と重なる。
自分には理解できない、大きな力を持つであろう人の言葉を、何も考えず素直に受け入れ、信じたいとチャチャは願っているのかもしれない。
それは一種、崇拝に近い。
信仰心で縛るつもりなんかこれっぽっちもなかったけれど、対価なしに施しを与えるという行為は、どうしてもそういった側面を相手に与えてしまうのかもしれない。
でも、私はチャチャと家族になりたいと思っていた。
なんでも言い合えて、協力しあえる、そんな関係に。
まだ出会ったばっかりだもの。
少しずつ、少しずつ。時間をかけていけばいい。
「つむぐしゃん、あたち、迷惑かけた分、たくさん働きますから! なんでも言ってくださいね!」
「私がやりたいと思っていることを、お手伝いしてくれたら嬉しいけれど……。嫌だったら断ってもいいんだからね?」
やる気満々なチャチャに私は少し困った顔を作って、答える。
迷惑なんかじゃないのにな。
それが彼女に早く伝わったらいい。
すぐには無理でも、少しずつ優しい関係を作れたらいいと私は思っているのだ。
*
それぞれお風呂に入ったあと、私はチャチャが濡れたまま髪を放置していることに気がついた。
聞くと今までサバイバルなテント生活をおくっていたため、髪を乾かす習慣がついていないらしい。
「チャチャ、髪が濡れているから乾かそうか?」
「え! ……え!?」
私のとっぴな提案にチャチャはキョドキョドと落ち着かない様子を見せた。
「そ、そんな! あたちの主人となる方にあたちの毛繕いをお願いしるなんて、めっそうもないでしよ!」
そう遠慮するように言ったチャチャに向かって、私は真面目な顔をして言った。
「あのねチャチャ。私はチャチャの主人になったつもりはないよ?」
「え? そうなんでしか? あたちはてっきり、貧民街にいる獣人の子供を奴隷……と言うと言い方が悪いでしけど、小間使いにする方たちのように、面倒をみる代わりに身の回りの世話をさせるのかと思っていました」
まさか、そんな風に勘違いされていたなんて!
チャチャのびっくり発言に私は首をブンブン横に振って、否定する。
「そんなこと、微塵も思っていないからね! 私は自分の面倒は自分でみます! チャチャとは……家族や友達みたいに仲良く暮らしていきたいだけだよ。それに、弟子にもなるんでしょう?」
「え、じゃあ……本当にあたちと暮らすためだけにここに呼び寄せたのでしか?」
「そうだよ?」
そういうと、チャチャは放心したような顔をしていた。
「つむぐしゃんは……どれだけ純粋な人なんでしか……?」
「私は私がやりたいようしているだけだよ」
この世界では負うべき重責なんてものはないから遠慮しないで自分の意思を突き通そうと私は心の中で決めていたのだ。
笑いながら言うと、チャチャは何やら考えるような表情をしていた。
「つむぐしゃんが自分の身の回りの世話を自分でやるならば、あたちもそれに習うのが礼儀なのではないでしょうか?」
チャチャはキリッとした顔で言った。
「え〜! そんなこと言わないで〜。ね、お願い! 私、ちっちゃい子の髪の毛を、ドライヤーで乾かすのが夢だったの!」
片目を瞑って言うと、チャチャはびっくり半分、観念半分な表情で応じてくれた。
「じゃ、じゃあお願いしまし……」
おずおずと頭を差し出してきたチャチャをソファに座らせた私は、よおし! と腕まくりをして、脱衣所に置いてあったこの世界のドライヤー的な魔術具を持ってきた。
意気揚々とやってきたのだが……。
「あれ? ……このドライヤーの魔術具、どうやって使うんだろう……」
電源がちっとも見つからない。わたわたしているとチャチャが助け舟を出してくれる。
「もしかしたら、つむぐしゃん……髪を乾かす魔法陣の使い方がわからないでしか?」
「わからない……」
「ここを押したら、動きまし」
「あ、ほんとだ〜!」
一瞬涙目になった私だったけれど、チャチャのアドバイスのおかげで、ドライヤーを動かすことができました! いえい!
るんるんな気分のまま、チャチャのふわふわな赤茶色の髪の毛が指の間を通っていく感覚を楽しむ。
乾かしていると、チャチャはなぜか真面目で神妙な声色で「あたちがしっかりしなくっちゃ……」と呟いた。
今日はあと2話追加します。




