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12 花売りの少女


 私とフリッツさんが話しているところを、割り込むように話し掛けてきたのは、私の胸ほどの背丈しかない、まだ幼げな子供だった。


 小さい頃読んでいた赤毛のアンみたいなカーブがかかった触り心地のよさそうな髪と、瑞々しいセダムのような緑色の目を持っている、一見なんの変哲もない可愛らしい女の子だ。


 ……ただ、その少女はちょっと見慣れないものがついていた。


 なんとその子には、犬のような耳が生えていたのだ。


 ふわふわなやつ。毛並みがいい、ふわふわふわふわ。


 金と茶色の間のような色合いを持つ、思わず顔を沈めてもふりたくなってしまう垂れ耳は、前の世界でみたゴールデンレトリバーの耳、そのものだった。


 あまりの珍しさで、失礼だろうについついその耳を、目をカッぴらいて凝視してしまう。


 なんじゃこりゃ! 可愛すぎるやんけ!


 私の動揺した様子に気が付いたフリッツさんがフォローするように小声で耳元に向かって話しかけてくる。


「つむぐ殿。彼女のような、動物の一部を持つ者を見るのは初めてか?」

「はい……」


 最初は被り物をしているのかと思ったけれど、あれはやっぱり生えているのか。

 私は、改めてここがファンタジーの世界であることを突きつけられた気がした。


「彼らは獣人と言って、人間とは違い、鋭い感覚を持つ人種だ。人口の二割ほどを占めているが、貧民街にいることがほとんど。こんな王都の中心部で見るのは珍しいな」


 どうして、貧民街に獣人が多いのか。新参者の私にはわからない。でも、そこには確実な差別が存在している気配だけは、いやでも察せられる。

 だって、最初に私が召喚された場所から、今に至るまで耳のある人に一人も出会わなかったもの。


 もし、獣人という人たちが、差別されていなかったとしたら、その鋭いらしい感覚を活かして、王を守る要職についているはずだ。あの場には五十人強の人間がいた。国民の二割が獣人であるならば、あの場に十人は獣人がいるはず。その場にそれだけ獣人がいれば、私だって存在に気づくだろうし、フリッツさんに「あの人にはなんで耳が生えているんですか?」くらい聞くと思う。


 だけど、王の周りには見当たらなかった。


 街を歩いている中でも、出会わなかった。


 ということは……彼ら獣人は、人の目から隠れるように、生きているのだ。


 私はもう一度、不躾にならないように注意しながら、少女に視線を向ける。

 相手に珍しいなと思われながら、観察される苦しさは、私が一番よく知っている。青い目を物珍しそうにじろりとみてくる、お客さんの視線を、なんともないよ、といった態度で避けられるようになるまで、私はかなりの年数を要したから。


 商品の方に目を向けようと少女が持っている花籠を見ると、籠の中身よりも袖口から見える腕に目がいってしまった。


 わあ……腕が細い子だ。


 きっと栄養状態がよくないのだろう。骨の形が浮き上がった、痩せぎすの腕はみていて痛々しい。服もあちこち擦り切れていて、つぎはぎだらけだ。


 籠に入っているのは、その辺で摘んできたような、野花が中心だった。だけれど、そのどれもが水気を失い、頭を垂れるように萎んでいた。


 ——売れていないんだ。


 やっぱり、お客さん自身でも、取りに行けてしまいそうな花に、価値を見出す人は少ないのだろう。


「……じゃあ買おうかな。おいくらなの?」


 微笑みを崩さぬまま、そういうと、フリッツさんがかすかに動揺したように動いた。

 それと反対に、少女は嬉しそうな満面の笑みを見せる。


「本当に買っていただけるんでしか! ええっと、一本十エンでし!」


 語尾の『す』が『し』に聞こえる。獣人の少女は舌ったらずなようだ。かわいらしさにほっこりして、つい笑みが漏れる。


「わかりました」


 そこまで言って、まだ報奨金を受け取っていないことに気がつく。ここまでの支払いは全てフリッツさんが行っていたのだ。

 すみません……と怒られた子供のような顔をして、フリッツさんの顔を覗き込むと、彼は仕方ないと、支払いを済ませてくれた。


「ありがとうございまし。あなたは今日、初めてのお客さんなんでし」


 獣人の少女は心から嬉しそうな表情を見せる。


「そうなんですか? やっぱり、花は売れない?」


 不躾かもしれないとは思ったけれど、これから花屋を始める私にとって彼女は貴重な情報源となる同業者だ。こんな機会はなかなか得られないし、聞ける時に聞けそうな人から話を聞いておかないと。


「そうでし……。なかなかあたちのような道端にいる花売りから花を買う方は少ないでし……。売っている花の種類がいけないのかもしれませんね」


 そう言って彼女は自分の持っている籠の中に、目を落とした。

 籠の中に入っているのは、菜の花に似た青い花や雛菊のような緑色の花だった。花屋であった私でもみたことのない種類だから、きっとこちらの世界の固有種だろう。

 そのどれもがメインになりそうな華やかなものではなく、花束を作るとしたら脇役になりそうな小花ばかりだけれど、花材として使えないわけではなさそうだ。


「そっか……。私も、この街で花を売る店を出そうと思っているんだけれど……」


 そういうと、獣人の少女は険しい表情を見せた。


「あの……。正直いって、難しいと思いましよ……。あたちも三年ほど花を売っていますが、花は本当に売れないんでし。どちらかというと、あたちの収益は花を売っている間に見つかる、鉄屑を売っている分の方が多いのでし……」


 悲しげに眉を下げた少女を見て、追加するようにフリッツさんが口を開く。


「彼女の言っている通り、花を購入しようと考えるものは少ない。勝機はないんじゃないか?」

「いいえ。ただ花を売っていただけでは売れないでしょうが、例えばこうやって……」


 私は、獣人の少女から購入した花を、束になる様に組みあげて見せる。


 菜の花もどきを芯にして、雛菊もどきを周りにバランスよく添える。菜の花もどきの成長した葉を、包装紙の代わりに巻き付ければ、ブーケの完成だ。

 生まれた頃から花屋を手伝っていた私にかかれば、このくらい容易い。

 くるくるっと、瞬く間に手元で出来上がるブーケを見て、獣人の少女は目をキラキラと輝かせた。


「すごい! こんなふうに花を『魅せる』なんて考えたことありませんでした!」


 横にいたフリッツさんも私の手際の良さに、目を瞬かせていた。


「すごいな……見事な手捌きだ……」

「これが私の仕事ですから」


 私は花屋の技術を久しぶりに人に褒められて、ちょっと誇らしい気持ちになった。



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