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11 まずは市場調査


 花屋をやろう!

 そう決めたからには、市場調査が必要になる。


 そもそも、この世界での人間が花を必要としていないっていうパターンだってあり得るのだ。

 そうだったら、まじで、泣くしかない。


 ……いくら丸腰でこの世界の知識がない私だって、できるだけ勝算がある状態で勝負に挑みたい。

 とりあえず、宿に戻る前にフリッツさんにこの国の花屋事情を聞いてみよう。


「フリッツさん。街には花を売るお店はありますか?」


 そう問うと、フリッツさんは仏頂面のまま、フリーズしたみたいにカッチンコッチンに固まってしまった。


「……早まるな。そこまで切羽詰まっているわけではないだろう?」

「え。花を売るってそんなにいけないことなんですか?」

「それはそうだろう。……君の生きていた世界では違ったのかもしれないが、身売りなんて……」

「身売り? 私が売りたいのは『花』そのものですけど?」


 あ、勘違いしているな、そう私が気づいた瞬間に、フリッツさんも自分が勘違い発言をしていることに気がついたらしい。

 すぐに両手で顔を覆うように表情を隠していた。

 間違えたのが、恥ずかしかったのだろうか……。

 ここまで無表情だったし、破顔したなら、見たかったな……。


 どうやら、フリッツさんは表情が崩れるところを人に見せたくない人らしい。

 五秒ほど、顔を隠した後、再起動したらしいフリッツさんは、また無表情のまま説明を続ける。


「すまない……誤解をしてしまった。『花』だな? 花を売る店か……今はないな……。たまに貧民の子供が、野原で摘んできた花を籠に入れて売っているのを見るが、その程度だ」


 なるほど……。売っているには売っているんだな?


「その花売りの子供から花を買っている人がいるのって見たことあります?」

「そうだな……。稀に珍しい花を売っているものがいると珍しがって買う人間もいるが、その気になれば自分でも摘みに行けるようなものを買う、酔狂な人間はなかなかいないな」

「そうですよね。欲しい、と思ってもらうためには、付加価値が必要ですよね……」


 この国って建物自体はそれほどしっかりしていなくても、女性向けの宝飾店やよそ行き用のちょっと洒落た雰囲気の洋服店はちゃんと存在する。


 街の中には、生きるだけで精一杯って人ももちろんいるけれど、ちょっと余裕があって、生活の中のちょっとした楽しみにお金を使う人だって、確かにいるみたい。

 それを恋人と思われる女性に、プレゼントしている男性の姿も何組か見た。


 ——ということはきっと、プレゼントとしての花束やアレンジメントの潜在的な需要はあるのだ。


 それに『今』ってことは——昔はこの国にも花屋があったのだろうか。

 でも今はないんだ! その一言に私は目をきらめかせる。


「競合他社がいないなら、やりやすいことこの上ないじゃないですか!」

「競合他社?」

「はい! 同じ街に花屋が二軒あったら、お客さんを奪い合わないといけませんけど、一軒だったら街中の方が使ってくれますから!」


 正直、前の世界で私が切り盛りしていた花屋はあまりおしゃれな感じの花屋さんではなかった。だけども、潰れずにやってこれたのは商店街に唯一の花屋さんだったから、という理由が大きいんじゃないかと思う。


 自分の店から一番近いという理由で居酒屋さんやスナック、レストランなど、毎日花を変えるお店の店主さんたちは、うちで花材を買ってくれていた。あと、花道教室が近くにあったため、そこの教材として花を買ってくれていたのも地味にありがたかった。


 街に唯一、いや王都で唯一であれば、勝機はある。


「私、やっぱりここで花屋をやろうと思います!」


 そう、勢いよく顔を上げて宣言すると、フリッツさんは何か考え込むように、黙り込んでしまった。


「まあ……聖女が花屋をやるのであれば、陛下も止めることはできないだろう……」

「え? なぜ、そこで王様が出てくるんですか?」


 関連性がわからず首を傾げる。


「二十年ほど前、陛下の寵愛を受けていた女性が、この街で最初に君が説明したような、店舗を持つ形態の花屋を開いていたことがあったんだ。ただ、その女性はある時から、行方をくらませてしまってな……」

「……え?」


 私は予想もしていない内容に目を見開く。


「女性が消えた時期はちょうど陛下に輿入れをする正妃が決まったタイミングと重なっていた。陛下に近しい人間は、きっと身を引いたんだろう、と解釈し、女性の貞淑さと潔さを賞賛したそうだ。王は元々婚約者であった御令嬢と籍を入れ、二人の間には世継ぎとなる王女が無事に生まれた。……しかし、突然愛する人を失い、心を痛めた陛下は、街で彼女と同じような花を扱う店舗を持つことを禁止する法律を施行したんだ」


 また、王様が勝手に決めた法律⁉︎ この国の法律って変なものが多くない?

 一体どうなっちゃってるの⁉︎


「じゃあ、私は花屋をやることはできないってことですか?」


 フリッツさんはゆっくりと首を横に振った。


「いいや、君はこの国の『聖女』だ。聖女は正式にはこの国の人間ではなく、この国で唯一の神とされる湖の女神から借り受けた者として分類される。それによって君はこの国の法の適用外になる。君がやりたいことは、いくらこの国の王であっても、止めることができない。花屋の出店を禁止しているのはこう言ってはいけないが陛下の私情だからな。君が開く分には問題にならないだろう」

「え⁉︎ 聖女ってそんなにすごいんですか? やりたい放題じゃないですか!」

「ああ。だから、聖女には一定の良識が求められ、満たしていないと判断された場合は……」


 声がいっそう低くなった。


「ま、まさか……死……?」

「聖女を素直に殺せれば問題が大きくならなくて済むのだが、聖女にはこの世界を守る女神の守護がかかっていることが多いからな。殺せないことが多いのだ」

「あ! だから、私を守るための人員を用意せず、市井に放流なんて真似が可能なんですね!」

「ああ。……だが、問題を起こせば、この国の戦力を挙げての投獄は免れないだろう」


 ただの投獄ではないのだ。巨大な力を持つ聖女を取り押さえると言うことはだな……とおどろおどろしい声音で続いたフリッツさんの言葉を慌てて遮る。

 そんな恐ろしい投獄の内容なんて聞きたくない!


「私、この世界でとってもいい子に過ごしま〜す!」

「そうしてもらえると、こちらとしても大変助かる」


 そんな楽しくない殺伐とした会話を繰り広げている時だった。


「あの……花を買いませんか……?」


 振り向くと、手に持った小さな籠から一輪の花を差し出す、小柄な少女が一人。


 競合他社が目の前に現れた。





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