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間話 フリッツの聖女観察日記2


 フリッツという男は何かと不憫な立ち位置に追いやられやすい男だった。


 今も王命でつむぐのお世話係を普段の騎士の仕事に加えて押し付けられるように命じられているが、そんなものは彼の不憫を語る上では序の口でしかない。


 彼の最初の『不憫』は彼が生まれた生家のいざこざに始まる。


 アンダーソン侯爵家は、侯爵家ながら国中に存在する貴族家の中でも極めて歴史が長い名家である。

 祖父の代までのアンダーソン家の人間は自分たちの家はこの国の中でも随一の長い歴史を持つ一族で、誰よりも濃く混じり気のない青い血が流れる高貴な血統であることを誇りに思っているような人間ばかりだった。


 頭と身持ちの堅い、わかりやすい典型的なお貴族さまの集まりとも言える。


 しかし、その自意識と誇りはフリッツの父の代で崩壊する。


 フリッツの父は貴族としての責務である貴族の女性との結婚を蹴って、あろうことか商人の娘と結婚をしたのである。

 とは言っても彼女——のちにフリッツの母となるレフィリアは、ステレオタイプ的な街の小さな商店の娘さんではない。肩書きは商人ではあるが、身分は貴族以上に貴族らしかった。


 それもそのはず。彼女は国中で最大の売り場面積と販売額を誇る、クリスカレン百貨店の総支配人だったのだ。彼女の発言一つで、国の経済が如何様にも動く。

 そのため、下手な貴族よりも貴族らしい所作と、国への発言権を持っていた。


 しかし、どれほどの権力を有していても彼女は貴族位をもたぬ平民である。彼女と結婚するということは、高貴な貴族家であるアンダーソン家に平民の血が混ざるということでもあった。

 父の親族は母との結婚に反対した。しかし彼らは最終的には許容せざるを得ない状況に追いやられることになる。

 最終的には母が持つ資本力で黙らせられてしまったのだ。資金的体力がない、高貴な貴族様たちをジリジリと追い込んで、子飼いにすることくらい、母の手にかかれば造作のないことだった。



 そこからお堅いアンダーソン家の雰囲気は一転した。


 父と母は自分の子供たちに、貴族らしさを求めなかった。

 それよりも『自分らしさ』を追求しなさい、と子供達に繰り返し伝えた。重要なのは自分の能力を最大に活かして結果を出すこと。

 あなたらしくあれば貴族らしさなんて関係がない。そんな教えをもとに、アンダーソン家はお堅い家風から、なんでもオッケーな家風へと変化していったのだ。


 その教育を受けて伸び伸びと育った妹たちは徐々にそれぞれの能力を開花させていった。

 

 一番上の妹は美しさと教養を武器に、格上の貴族を捕まえて、国内最大の力を持つ公爵家に嫁いだ。

 統率力を自慢にしていた三番目の妹は母が代表を務めていた、クリスカレン百貨店の若き総支配人として君臨した。

 自分も総支配人になりたいと言う思いを秘めていたが、惜しくも総支配人争いに敗れた四番目の妹は、人の下で働くのが嫌だといって、自分で新しく商会を立ち上げるにいたっている。噂で聞くところによると、彼女の商会もなかなか上手くいっているようだ。

 五番目の妹は服飾センスを武器に、デザイナーになった。彼女も女性のドレスを革命的に華やかにしたと、国中に名がしれるほど有名で、今ではまだ学生の身ながら王妃からオーダーが来ることもあるらしい。

 極めつきは末の妹。彼女は弱冠十歳で小説を書きあげ、その小説が今年ベストセラーになった。しかも挿絵も彼女が担当している。誰がどう見たって天才と呼ばざるを得ない傑物だった。


 それぞれが多種多様な才能に満ち溢れており、今や国内で『アンダーソン家の娘たち』を知らぬ者はいない。


 唯一才能と呼ばれるものとは距離を置き、頭が固く貴族らしい気質を持っていた兄は、その貴族らしさを活かして、アンダーソン家の後継者として立派に責務を果たしている。


 そんな多彩で個性豊かな他の兄妹たちを見ていると、自分は何もできない無力な人間のように思えてしまう。

 フリッツは決して出来が悪い男ではない。むしろ他の家の子息に比べると、何倍も出来がいい。勉学も剣術も、なんでも平均的にこなせる方だ。


 しかし、妹たちの様に突出して輝く何かは持っていない。


 そもそも『自分らしさ』とはなんなのか。

 フリッツは子供の頃からこの受け取り方に幅があり、うまく捉えることのできない、浮遊感のある言葉を前に、混乱し続けていた。


 平均的に一通りこなすことはできても、誰にも負けぬ剣の腕があるわけでもなく、凡人に思いつかないような優れた魔術を紡げるわけでもない。

 自分は貴族の子息という人間像を想像した時に、一番に頭に浮かぶような、おぼっちゃまで、優等生で、面白みのない量産型の印象を持つ男だと思っていた。


 強いて言えば真面目なこと。それと、自分を削ってでも他人に寄り添えることが自分の特異点だろうか。


 つまらない、なんの役にも立たない特異点だ。


 フリッツは職業選択を迫られる歳に、せめて自分の強みを生かそうと実直さが評価される王城の騎士職に志願した。

 王城の騎士職は現代日本で言うところの公務員に当たる、堅い職業だ。同時に家督をつがぬ、貴族の子息たちの就職先として騎士職はポピュラーかつスタンダードな職であった。


 騎士職が自分の天職であるとは思えない。だが、大きく自分の適性から外れてはいないだろうという考えを持って、フリッツは王の近侍騎士になったのだ。



 ちなみに、素晴らしき功績を持つ妹たちの中に羅列しなかった、二番目の妹は、アンダーソン家の中でも際立って貴族らしからぬ職業についている。

 彼女は魔術の才能があり、魔術専門の教育機関に通ったが、最終的に街の工房で働く、職人になったのだ。


 彼女の選択を周りの名家と呼ばれる家の人間たちは『誉れ高いアンダーソン家の御令嬢が落ちたものだ』と嘲笑った。

 しかし、彼女は決して自分を卑下したりしない。

 それどころか


「私はなるべくして、職人になったんだよ!」


 と声高々に宣言するような肝の据わった気質の人間だ。


 フリッツは二番目の妹に聞いたことがある。

 どうして、君は人に口煩く低評価を下されても、折れることなく職人という道を選ぶことができたのか? と。


 すると彼女はにっと企むような笑いを携えながら、フリッツの思いもよらぬことを口にした。


「兄さんが貴族としてではなく、一人の人間として自由に生きる道をお手本のように示してくれたから、私は自由に生きる道を見つけられたんだよ?」


 その言葉を聞いて、フリッツは余計にわからなくなってしまった。自分は果たして、彼女のお手本になるような素晴らしい選択をできただろうかと。


 騎士になった理由だって、消去法だ。

 知識と頭の回転の速さが求められる文官よりも、腕っぷしと鍛錬が求められる騎士の方が向いている。もし足らなくとも、運動神経だけは表情を対価にする魔法陣を用いることで補填できることを知っていた。


 それだけの理由で騎士になったフリッツはどんなにかわいい妹が嬉しいことを言ってくれたとしても、それを自分への賛辞に置き換えることができなかった。

 そんな彼は名家に生まれ、騎士職の中でも最重要箇所とされる王の近侍という職を任された今でも、自分に自信が持てずにいる。



 そんな時に、つむぐと出会った。


 一見、なんだか弱そうで、賢くもなさそうで、凡庸な女の子。


 聖女という役割をいきなり押し付けられた彼女は、その称号を持て余しているようにしか見えなかった。


 フリッツは聖女様である彼女がこれから、どうやって聖女の肩書きを保っていくのだろう、と精神的に少し離れたところで見守るつもりだった。


 彼は妹たち以外の女性を苦手としていた。

 今まで彼の周りには生家の格が高いこともあって、家督をつがない次男だとしても、肩書きと血統を求めて群がる女性がたくさんいたからだ。


 彼女たちは大体みんな同じ気質を持っていた。より強靭な庇護者を求めているのと同時に自分に確固たる自信があり、自分の女の部分を武器として用いて、男に擦り寄る。そのアンバランスな人間性を目にする度に、フリッツは滑稽な芝居を見ているような気分になった。


 彼女たちは目的のためならばどんな手段も選ばない。

 偶然を装って、城内の警備にあたるフリッツにぶつかり、業務の邪魔をする。それだけならいいが官舎に忍び込んで既成事実を作ろうとする女もいた。


 そんな肉を求める血に飢えた猛獣たちの相手をしていたフリッツはその手の女性に辟易していた。

 人の邪魔をするくらいの情熱があれば、妹たちのように自分の足で立てるだけの何かを成しえればいいのに、と。


 でも、誰かに縋り付いて寄生したくなる気持ちも理解できるのだ。自分の才能に見切りがついてしまったら、才能がありそうに見える他の誰かに縋りつきたくなる。


 きっとつむぐも、今は謙虚そうに見えても、いざとなれば自分にすり寄ってくるだろう。そんな考えがフリッツの心には存在していた。


 だが、その予想は大きく外れた。


 彼女は頼れる人も、権力もないのに、自分で店を開こうとしていたのだ。


 つむぐにはフリッツが見てきた女たちが持っていた自分への確固たる自信はなさそうに見えた。それどころか、自分の実力じゃもしかしたら上手くいかないかもしれないな、と中ば諦めの感情を抱いていることすら感じ取れる。


 それなのに、右も左もわからぬ異世界で店を出すという暴挙とも取れる挑戦を行っているのだ。


 強い。彼女は強い。


 咄嗟にそう思った。


 しかしその強さは隠しようもない突出した才能でどんな環境も調教して自分の思うままにフィールドごと変えてしまう、妹達の無尽蔵な強さとは違う。

 つむぐは一見こんなに弱そうなのに、頑固で大事なところを曲げない。

 それと同時に大事なところ以外は妥協し、状況によって臨機応変に対応することで、決して他人に主導権を渡さない強さを持っている。


 興味深い。

 一個人として、この人をもう少し見ていたい。


 一日中つむぐと行動を共にしているうちに、フリッツの心の中にはそんな気持ちが芽生えていた。



フリッツも色々あるようですね。

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