なんで俺だと思うんだ?
会話が膠着状態におちいっているところに、部長一派の2年生が入ってきた。えっと部長の学年は説明したっけ?してないや、2年生だ。けど俺に対する態度が異常に冷たい。2年は女が多いが、そのほとんども俺をシカトしていた。部長はいつもの爬虫類みたいな顔でニーっと笑いながら近寄ってきてしゃべってきたが、こいつはしゃべり方もトカゲみたいにトロくて舌足らずでイライラする。
「吾妻さん、これはヤバいですよ。シャレになってませんよ。」
開いたノートをヌーっと顔の真ん前につきつけてきた。これは部員間の連絡用ノートだが、「吾妻がイジメるのでヤメます。小林」って書いてある。
「なんだこれ?」
「コレ吾妻さんが書いたんじゃないんですか?」
ハーッてタメ息ついて、
「なんで俺だと思うんだ?」
「ええ? 違うんですか。」
「だからなんで俺なんだ?」
小林は俺と同じ3年生だけど教育学部美術科。こいつは才能はある、それは認める。これまでも文芸誌の新人賞の最終選考に何回か残ったことがある。けどぜんぜん部に顔を出さないし、自分は先輩からさんざんメシとかオゴってもらったくせに、下級生にはぜんぜんオゴらない。なんでか訊くと「ビンボーだから」って言うけど、バイトもしていないから当たり前だ。「バイトすりゃいいじゃん」って問いつめたら、「俺はオゴってもらうのは好きだが人にオゴるのは嫌いだ」と威張ってぬかしやがった。こんなやつだから締め切りはぜんぜん守らないし、今度の本(部誌)を作るときもカンヅメにして原稿を書かせようとしたがムダだった。ムカつくやつだから前はよくイジメてたが、最近はバカバカしくなってやってない。
そのときアル中がノートを引ったくって、
「お前こういうこと書きそうだよ。字だってお前の字みたいじゃない? ホントにお前じゃないの?」
うるせぇ殺すぞアトカタもなく、と思った。
「汚い字だったら大抵似ますよ。しかしコレ、もし本人が書いたもんだとしたらヤバいんじゃない? だってこれ、事実上退部願いだろ? 本人ドコにいるんだ?」
「いや、我々のいない間に書いてあったんですよ。小林さん最近来てないから、本人が書くわけないと思ったんで、じゃあ吾妻さんだろうってことになって、これはあんまりヒドイんじゃないかって言ってたんですけどね。」
「おい、本人のトコに行くぞ。確認とらなきゃならんだろう。」
するとアル中が横から、
「いや、アイツが書いたかどうかわからないのに訊きに行くのはマズいだろう。」
「俺じゃないですよ!」
「だから、誰が書いたかわかるまでこの事は伏せておいた方がいいんじゃないか?」
「そんな大層な話じゃないでしょう? どうせアイツんトコには原稿だって取りにいかなきゃなんないんだし、それなら手間は一度で充分ですよ。」
そんなこと言ってる間にアル中の仲間(こいつらも留年組だ)が2人ばっかりやって来た。そいつらと部長、それから菊池と俺とで小林の下宿に行くことになった。俺はバイクなのでコートを着たり手袋を着けたりして重装備しなきゃならなかった。手袋着けながら部長を教室の隅に引っ張ってって、
「そうか、この事があったから変な正義感みたいなのに燃えて、2年のネーチャンたちは俺の方をジッとにらんでんだな?」
「それだけじゃないですけどね。」
「どういうことだ?」
「いや、訊かないほうがいいと思いますよ。」
部長はニーっと笑った。