マンガと文学を一緒にするなよ
「お前いまの文学読まないって言ってたけど、じゃあどんな小説読んでるんだよ?」
「小説読まないですね、ほとんど。」
「じゃあ何読んでんだよ?」
「まずマンガですね。それから一般向けの科学書、ブルーバックとか。経済の本も読みますね。あ、古典なら読みますよ。こないだ『ファウスト』読みました。最近はコンピュータ関連ですね。」
「とにかく、じゃあ全然読まないのに今の文学を批判してるんだな。」
「してませんよ。興味ないだけです。」
「他の人の作品も読まないで、お前小説書けんの?」
「うーん、俺が書くときにはほとんど参考になりませんね。」
「いるんだよ、そういうこと言うヤツはいっぱい。でもそういうヤツに限って今の文学なんかを全然読まずに見当違いな批判をするんだよ。」
「なるほど。そうですね、いまの文学なんて中年のジジイとババアが不倫して温泉行ってエッチして、日本情緒溢れる文芸大作とか、あと、頭のおかしいオネーチャンが出てきて風の匂いとかワケわかんない文章が書いてあって感覚派だとか、60年代はビンボーだったから純粋だったとかぬかしてるようなのしかないっていう批判ですね?」
「それはごく一部の話だ。」
「ごく一部です。ただ一般のヤツが文学に対してそういうイメージしかもってないことが問題ですね。」
「お前がそれに同調してどうする? そんなのはちゃんと作品を読めば間違いだとわかるだろう。」
「いやいや、それほど単純でもないですね。例えばおんなじゼミのヤツとかがそういうこと言ってたから、そうじゃないよっつって中上建次なんかのあらすじ説明して、本貸して読ませてみたことがあるんですよ。そしたら、たしかに内容は想像してたのとは違うけど、雰囲気は一緒だっつって読むの止めちゃったんですよ。」
「雰囲気ってなんだ?」
「たぶん作品のもってるノリに同時代性を感じないんでしょうね。そいつはなんか古くさいって言ってました。ただ漠然と古くさいって言われても困るんで、じゃあ古くさくないものって何だって訊いたら、やっぱマンガだって言うんですよ。その理由は俺にもよく説明できないんすけど、その感覚ってちょっとわかりますね。」
「マンガと文学を一緒にするなよ。」
「まあ低俗なのかもしれませんけど、俺は今の若者が小説よりマンガを読むってのは文字が嫌いになったからだけじゃなくて、内容にも問題があると思いますよ。」
「読者と迎合したってすぐにエログロナンセンスになるだけだ。小説がマンガと違って芸術になり得ているのは、安易に興味本位の内容に走らないからだ。」
さっきはエンターテイメントだから自分の好きなことは書くなって言ってたじゃねえかよ。それにエログロナンセンスってのは、大正期の一部の小説に対して言われた言葉だぜ?
「マンガにもいろいろありますから。ただ、今の現状ではマンガの方が時代について行ってると思いますね。」
「少年ジャンプなんかがか?」
「だからまあ、マンガも少年マンガだけじゃなくて、青年マンガ、少女マンガ、マイナー系の出版社のマンガとかいろいろありますから。ジャンルが多いのは文学と同じですけど、ただマンガの方は作家の表現方法に対して寛容ですね。なんでもアリの柔軟性があるから時代について行けるんでしょう。」
「文学にはないってのか?」
「例えばマンガの場合、絵がヘタでもいいんですよ。ヘタっていっても、その作家に絵的な技術力が本当に無いとは限らないですけどね。要するにヘタな絵を表現として使う、っていうのは、技術をとことんまで省いた子供の落書きのような絵が演出上欲しければそれを使うことができるんです。しかもそれは商業作品としても通用するし、その使い方のセンスが良けりゃヒットしたりもします。ところが小説はどうでしょうか? ヘタな文章を表現として使うことが許されてますか? 子供の作文のような文章が商業作品として通用するでしょうか? しないですよね。そういう作品の需要が無いとは限らないのに、頭からダメだと決めつけられてる。だから高校生なんかが主人公で一人称で書いてある小説でも、文章が妙にウマいですもんね。文だけじゃなくて、知識とか感性とかも異常に高いレベルになっちゃってます。でもいまの一般的な高校生なんて満足に文章が書けるヤツなんてほんの少数なんだから、そんなヤツがそういう小説読んだってウソくせぇって思って終わりですよ。文法上の間違いとか誤字とか間違った知識なんかがあるほうがよっぽどリアルなんですよ。いや、いまの大人だって一般的な大人が主人公だったら、結婚式の祝辞なんかで書いてるような文章のレベルが一番リアルでしょうね。」
「でもそんな文章だったら読んでもわかんないぞ。」
「だから、その文章のレベルでもわかる文体を開発しなきゃならないんですよ。」
でもこれって、自分の文章がヘタなのを無理矢理正当化しようとしてるだけだな。でも相手はバカだから、そんなこと気付きゃしない。
「それはわかったけど、お前さっきプロになる気はないって言ってたな。じゃあお前いいかげんな気持ちで今まで小説書いてきたのかよ?」
「いえ、ただプロになる以外にも真面目に小説を書く道はあるんじゃないかと。だからまあ、新人賞の投稿ノルマとか決めるより本人の自由な意志に任せた方がと思ってるんですけど。」
「積極的に投稿して、ひとりでも多くのプロを出すのはウチの伝統だ。それにそのくらいの気持ちがないと、お前が考えてるみたいに棚からボタもち式にはプロにはなれん。」
お前なんかここ何年も投稿してないだろー? それにだからって授業よりサークルを優先させろってのか? ちょっと先に生まれたからってあんまりビックリさせんよな。そんでウチからプロになったやつなんて、伝統だけは何十年もあるのに数えるほどしかいねぇじゃん。それもエロ小説家とか出版社に就職しただけのヤツまでカウントしやがって。普通の小説でプロになったヤツだって食っていけてないらしいじゃん。しかもそいつらの名前使って部のPR誌とか作ってんだぜ、くっそダセえ。そんなもんになるくらいならシティライクでリッチなサラリーマン生活とかの方がいいに決まってるじゃねぇか。