昔ヤンキーで今美容師です
話をもとに戻すぞ。さっき俺の小説が太宰に似てるとか文章ヘタとかって言われてた事だ。こっから始めないとストーリーつながんないしな。とにかくムカついてデコに血管が浮きまくりそうになりながら、
「なんでですか?」
って訊いたら、
「視点がさ、現代人の苦悩とかいうのが太宰っぽいんじゃない? でもそういうの流行んないよ、いまどき。」
あのな、太宰のやってることは自己批判だろ? それも変態マゾみたいな。俺は自慢じゃないが、自分の非なんて認めないね。そりゃたまには自己嫌悪とかになることもあるけど、現代人にはそんなことぐらいでイチイチ悩んでるヒマはないんだよ。だから全然違うんだって! 第一、太宰は俺と違って文章ウマいじゃん? でもこいつらには何言っても無駄だから、
「そうすかね?」
ってかわしたら、もうひとりの先輩が、
「お前はさー、他人に読んでもらおうっていう意志がないんだよ。文法的に正しい言葉を使わないんなら、そんなものは書くべきじゃないよ。ひとりよがりなんだよ、お前の文章は。」
わかったわかった、お前の好きな吉本バナナみたいな文章書けってんだろ? でも吉本バナナなんて「昔ヤンキーで今美容師です」みたいなネーチャンばっかりしかファンいないぜ。べつにいいけどさ、俺の身の周りで吉本バナナ読んでんのってお前しかいねぇぞ? いや、それもいいけどさ、俺が言いたいのはアンタの趣味って別にポピュラーなわけじゃないんだからさ、押しつけんのやめてくれる?
だいたいお前らな、学祭の準備期間中にはぜんぜん出てこないで、明日の本番に間に合わそうとこっちが一生懸命部誌の製本してるとこへ酒臭い息で突然現れて、その上にデカい態度すんな!! 俺たちが紙折ったりホッチキスで留めたりしてる横で、一番新しくできた本パラパラめくって文句タレてるっていう、この状況はなんなんだ? 俺はお前らなんかに本読んでいいなんて全然言ってないぞ。まして批評してくれなんて頼んだ覚えはねぇ!!
「嫌いなんですよ、そういうの。」
「ワザとやってるっていうんだろ? 前に聞いたよ。でもその辺の試みっていうのは村上龍とか高橋源一郎とかが『文章の破壊』ってことで先にもうやってるし、いまさらお前が頑張ることないんじゃないの?」
「全然知らないですよ。」
「なにが?」
「読んだことないですから。」
「だから自分の書きたいことだけ書いててもダメなんだよ。小説ってのはエンターテイメントなんだからさ。スゴイ小説家ってのはみんな自分の好きなように書いてるように見えるけどな、実はちゃんと読み手の反応を計算しつくして書いてるんだぜ。実際プロになった人の話じゃ、自分の書きたいことが50パーセントも書ければいい方だって言ってるし。そうじゃなきゃ本当にひとりよがりのものにしかならないぞ。」
知るかバカ。
「そうそう、プロを目指すんだったら最初から好きなことをやろうと思っちゃダメなんだよ。」
太宰ファンのバカ先輩も一緒になって言ってきた。誰がプロになんかなりたいなんて言ったよ、バカ。どっかで読んできたようなことをもっともらしく喋りやがって。
そしたら、一年のやつがなんかアセったような感じでこっちに来た。
「吾妻さん、ちょっと。」
そっちに行ったら、
「中実(中央実行委員会)のひとが、この教室は使っちゃいけないって言ってるんですけど……」
廊下を見たらトランシーバーを持ったエラそうなやつが立っていた。
「あの、前にちゃんと届けも出して許可もらってるんですけど。」
「いや、本部からそう言われただけだから私はわかりません。何か訊きたいことがあったら本部に行って下さい。」
紋切り型で話にならん。じゃあトランシーバーはなんのために持ってるんだよとか思ったけど本部に行くしかない。一年を廊下に待たせて一っぺん戻って、ホッチキス係をほかの暗幕張ってた一年のヤツに代わってもらって中実に行こうとしたけど、あんまりムカついてたから先輩のやつ二人に、
「苦労して商業誌デビューしても好きなこと書かしてもらえないなら、同人誌で好きにやらさしてもらいますよ。」
って捨てゼリフを残してきた。やつらは顔を見合わせて、「しょーがねーな」って感じで笑ってた。それ見たらまた背中の毛が逆立ちそうな気になった。