疫病神への接近とアイドル出現
やっと帰りのHRが終わり、教室から人が消えていく
「八坂、僕用事あるから先帰るわ。じゃな」
「……えっ」
情けない話ではあるが、俺には了以外に友達と呼べる友達がいない。だからいつもは了と一緒に帰るのだが、今日ばかりはそうもいかないらしい。
「なんだよ、寂しいとかって言うなよ?……そうだ!三栖さん誘って一緒に帰っちゃえよ。相手が学園のマドンナ白瀬柚葉ならいざ知らず。三栖さんなら誰かに喧嘩売られることもないだろ」
「白瀬ねぇ。そんなにいいかね」
白瀬柚葉。学園のマドンナ。トップオブザアイドル。それ以上でも以下でもない。とにかく可愛いと評判の女子だ。こいつも同じクラスにいる。
「そりゃお前。12期連続で彼女にしたい女子生徒ランキング1位は伊達じゃないさ」
「どこ調べだよ」
「そりゃ当然僕調べさ。新聞部ってのもなかなかに大変なんだよ」
まるで悪趣味な週刊誌だ。
「ちなみに三栖さんは総合17位だ」
「割と高順位だな」
「まあ、見た目は可愛いからねえ。本来ならトップ5を争ってもいいくらいさ」
その時。了を呼ぶ声がした。
「おっといけない。それじゃ、また明日。いい報告待ってるよ?」
「考えといてやるよ」
了がいなくなった後の教室を見渡すと、差し込む夕陽の中に少女がひとりぽつんと座っていた。恐らく三栖長閑だろう。了に啖呵をきった手前、どうにか声をかけようと考えたが、
「流石にそれは無理」
声をかけるにしてもある程度学校内で関わりを持ってからが筋というものだ。いきなり「一緒に帰ろう」などとナンパまがいのことができるか。そう呟き、教室を後にしようとした。その時、
「あ、雨響だ~。一緒に帰ろ~」
気の抜けるような緊張感のない間延びした声。白髪のショートボブは紅い夕日を反射して煌めいている。
「なんだ、白瀬か」
十二期連続彼女にしたい女子1位の白瀬柚葉(了調べ)。文句の付けようのない美少女だ。
「なんだじゃないでしょ~。幼馴染みの登場だぞ、ちょっとくらい嬉しそうにしなよ~。もしかして私嫌われちゃった?」
「いや、嫌いじゃないけどだな」
「なら良かった~。ほら、帰ろ!」
何も良くない。新学期早々白瀬と帰ったりなんてしたら色んな野郎どもからバッシングを浴びるに決まっている。良いわけが無い。
「ちょっと待て!何も俺と一緒に帰らなくたって誰かしらに誘われただろお前は」
「うん。誘われたよ」
思った通りだ。学園のアイドルに声をかける奴がいないわけが無い。しかし、返ってきたのはこれまた予想通りの言葉だった。
「でも断った」
「なんでだよ」
「み~んな、「お茶しよう」とか「どっか遊びに行かないか」とかって言ってくるんだもん。めんどくさいから嫌。早く帰ってお昼寝したいの」
誘った方からしてみればこれ以上ない拒絶である。聞いたら精神を病んでしまうだろう。白瀬の気持ちも分からんでもないが、なんとも哀れである。
「本当にマイペースだなお前は」
「その分普段頑張ってるの。放課後ぐらいゆっくりさせてよ」
今この場でこそ白瀬はマイペースなゆるゆるだらけ野郎だが、普段は俺なんかの数千倍はしっかりしている。表は清楚で誠実勤勉、裏はゆるゆるだらだら野郎なのだ。裏表のはっきりしている様がまさにアイドルである。それゆえ、真実を知らない奴らが白瀬をアイドルと呼ぶのはなんとも言い得て妙だと思わざるを得ない。
「俺がお茶に誘わないとも限らんだろうが」
「い~や限るね。雨響は私と同じにマイペース野郎だから。でしょ?よし!んじゃ帰ろ~!」
寸分の狂いもなくご名答なのが癪に障るが、早く帰りたいのは俺も一緒だった。
「置いてくぞ」
と、言葉を投げかけ俺は早足気味にその場を立ち去る。
「あっ、薄情者~!待て~!」