小さき者達
小さき者達
貴彦はマリに支えられて千尋の近くに下がり、小春は二本の腕を相手にしてピアノの気を逸している。
その間に誠治は極力ゆっくりと動いて気配を殺し、石膏像に斧が届きそうなポジションへと移動していた。
その様子に気付いた聡はそこはかとない不安と違和感を感じていた。
何がどうという訳ではないが、頭の何処かで誠治が危険だと何かが訴えているのだ。
自分が千尋の護衛役という名ばかりの戦力外通知を受けている事は気付いている。
ちょっと他のメンバーよりもオカルト雑学は知っているが、特殊な能力も技能も持ち合わせてはいない。
スポーツも喧嘩も苦手で、体も心も荒事には全く向いていない。
それでも何か出来ることをと思ってはいるが、その何かが何であるのかを思いつかずにいた。
誠治がある一点で立ち止まり、石膏像を叩き割る為に斧を振り上げた瞬間、
「誠治!糸だ!」
と聡は咄嗟に大きな声を上げて数歩誠治に向って前に出ていた。
シュルッキュルルッと言う音がピアノから複数響き、糸のような物が飛び出して誠治に襲い掛かった。
誠治は普段聞かない聡の大声に驚きつつも咄嗟に反応し、斧を振り上げたまま後退してギリギリ回避に成功した。
「何だコレ?」
「ピアノ線だよ。
拘束と切断が出来るみたいだ。
あの腕以外の攻撃手段がコレらしいよ。
他には…ピアノの方は特にないみたいだね。
でも像には…まずい!
麻痺の絶叫が使えるよ!」
誠治の疑問の声に聡がピアノと石膏像をジッと見つめ目をやや細めて何かを読むように答えつつ警告の声を上げるのと、動かないはずの口を大きく開いて、しわがれた声で石膏像が雄叫びを上げたのはほぼ同時だった。
その声を聞いた誠治と小春はビクッと体を震わせて身を強張らせたまま身動きが取れなくなり、咄嗟に耳を塞いだ聡もその姿勢のまま動けなくなっていた。
「アウッ」
「グッ」
声ならぬ声を出して襲い掛かる腕に横殴りされた小春は床を転がり、再びシュルルと音が響くと誠治の身にピアノ線が巻き付いた。
「小春!誠治!」
貴彦が腕の痛みも忘れたように慌てて小春へと駆け寄り、マリがナイフのような物を構えて石膏像の老人を睨み付ける。
変な方向に曲がっていた貴彦の腕が元に戻っているように見えたのだが、多分気のせいではないだのだろうと千尋は思う。
ワイヤーや腕の追撃があるかと警戒する貴彦だったが、像の絶叫はクールタイムでもあるのかピアノ共々動きを止めていた。
聡の言う麻痺の絶叫には効果範囲が狭いのか、千尋たち三人は像の声に驚きはしたものの特にこれと言った影響を受けてはいなかった。
それよりも気になるのは皆の変化だと千尋は思った。
誠治の赤いオーラ、小春の風、貴彦の光る手、そして聡の何かを視る能力。
自分自身も視える範囲が拡がり何かが変わった気はするが、それはあくまでも契約によるものだと思い込んでいた。
でも、それだけではないのかも知れない。
何か特殊な要因があるのではないか?
自分もまた、他に何かが出来るかも知れないとそう思いついたのは、マリがスッと一歩前に踏み出すのとほぼ同時だった。
マリはジャラリと硬質なものがぶつかり合う音をたてながら、懐から握り拳ほどの大きさのフェルト生地で出来た巾着袋を取り出した。
そこに指を突っ込んで2センチ大の小石を3つ左の掌に乗せる。
そしてその手を軽く宙に掲げ、何かに囁きかけるように声を上げた。
彼女の手に握られているのは紅水晶、紫水晶、砂金水晶。
それは極普通にパワーストーンとして売られている小石だった。
「お願い、小さき者達よ。
この石くらいしかお礼は出来ないけど、私の仲間を助けて」
マリの声に反応したのか、彼女の周りに大きさも色合いも様々な光の粒や球体が浮かび上がった。
それらはフワリと3つの石を包み込むんだ後、パッと弾けるように拡がり、麻痺した三人の上へと飛んでゆく。
マリの手にあった石は全て消え去っていた。
光達はより小さな鱗粉の如き光の粒を三人へと振り撒くと、そのまま光度を落とし、それが済むと役目は終えたとばかりに溶け込むようにして消えていった。
「今のは…えっ?声が出てる?!」
「スゲー、動けるじゃん!」
「小さき者達か。麻痺を解除出来るなんて凄いね」
貴彦に支えられた小春、床に転がっていた誠治、立ったまま硬直していた聡はそれぞれ声を上げつつ、武器をそれぞれ構えたままピアノから距離を取った。
取り敢えず小さき者達などの事は後回しにして、
「あいつらが出来る攻撃は、腕とピアノ線による拘束や切断、あとは麻痺の絶叫だけだ。
麻痺の絶叫はクールタイムがある上に連発出来ないらしい」
まるで取説でも読み上げるように言う聡だったが、皆それを疑問も持たずに信じた様子で聞いている。
自分の言動が受け入れられたのと同じ事なのかも知れない。
「あれ?貴彦の腕治ってなる?」
「本当だ。さっきの小さいののお陰かな?」
小春が一番近くに立つ貴彦の様子に気づき、貴彦も今気付いたと言う様子で驚きの表情を浮かべつつ腕を上げ下げして痛みや調子を調べていた。
「多分違う。
怪我を押さえている時、右手が光るのが見えたから」
千尋が貴彦にそう言うと、マリもウンウンと訳知り顔で頷き、
「小さき者達は一つのお願いで一つのことしか出来ないみたいなの。
小さな傷くらいなら麻痺と一緒に治せるかも知れないけど、折れた腕を治せるほどじゃないと思う」
と己の行使した力をややあやふやながらも説明した。
「細かいことは後よ。
あれが動き出す前にどうにかしないと」
「そろそろクールタイムが切れる頃だ。みんな気を付けて!」
マリがピアノに視線を戻し、聡が警戒の声を上げた。
貴彦と小春は鉈を、誠治は斧を構え、マリは巾着から再び石を一つ取り出し、戦闘が再開された。




