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ソウル・リファイン  作者: 弥生丸
第二部
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決定打

決定打


龍の如き雷が千尋を貫き、雷鳴がドーム内に響き渡った。


黄泉醜女たちはチラリと視線を向けて千尋の様子を確認すると、根や葉を相手取りつつもキメラから左右に別れて距離を取り始め一本道が生まれた。


千尋はユラリと上体を左右にしならせる様に揺らしてから、いつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

そこにある瞳は人のものでは無かった。

白目は透き通った青いガラス玉のようになり、縦長になった漆黒の瞳孔をキメラへと静かに向ける。


龍眼と呼ばれる魔眼を双眸に宿した巫女はキメラが反応するより早く、

ダンッ! 

と音を立てて地を蹴ると地面が砕け土煙が舞った。 


瞬く間に距離を詰めると、いつの間にか10センチ以上伸びた鋭く鋭利な鉤爪が閃き、ジュッと焼けるような音と共にキメラの胸や腕、首などに大きな切創が次々と刻まれていく。


高熱の刃物で斬りつけられた様に傷口は焼けただれ、所々は煙を上げていた。


キメラもただ鉤爪を受けるだけではなく、髪葉や根が自身を覆って守りつつ千尋へと攻撃を仕掛けるが、後衛職とは思えない動きでそれらを躱した。

躱しきれない攻撃は爪で切り裂くことで防ぎつつ、千尋はキメラの腹に蹴りを入れるとその勢いのまま後ろに飛び一瞬で20メートルの距離を取った。


「くっ…決定打、にはならな…いっか」


無表情ながら千尋の顔には玉のような汗が大量に浮かんでおり、歯を食いしばるようにして声を絞り出す。


好機と見たのか地面から無数の根が、石の礫が、草原の草花が千尋へと襲いかかるが彼女の姿が一瞬光ると、キメラの背後側のドームの隅に移動していた。


「きっ…つぅ」

千尋は顔面が蒼白になりフラつきながらも奥歯を噛み締めて堪え、姿勢を正す。


従来の神降しとは神託を得る為のものであるのに対し、現在千尋が使用しているそれは、自らに憑依させた存在の力を操る半ば化身化する能力だった。


八種雷神は黄泉にて伊耶那美命が生み出した八柱の雷神たちの事だ。

その姿は龍であるとも鬼であるとも言われており、当たり前の事ながら皆雷を司っている。


その一柱である火雷神ほのいかずちのかみは伊耶那美命の胸より生じたとされる雷神であり、「火を生じる雷」の象徴とも言われている。


また各地にある賀茂神社に祀られる祭神、賀茂別雷命の真の姿とも言われており、地から天へと昇る雷となって去った伝説のある龍神であり、天候や農業の神でもあり、かなり高位な神であった。


伊耶那美命に与えられた守護者の一柱でもある為、どうにか格の差を遣り繰りして半ば化身化しているが、本来ならば本来の宣託の為の神降ろしは可能でも、その力を借りるにはまだ手の届かない高位の存在だ。


今千尋に降りているのは火を生じる龍神の相、荒御魂あらみたまに近いもので、その爪すらもが素の状態でも高い熱を帯びている。


先程の戦闘は雷神から借り受けた高い能力値でのごり押しによるものだったが、体格や技術的な問題もあって決定打に欠けていた。

本来ならば技術なども借り受ける事が出来るのだが、格の差が、器としての限界が恩恵を半減させていた。


雷神にして火神である存在の神威を示せば植物のキメラなど簡単に倒せはするのだが、ただ降ろしただけの、所謂素の状態を短時間維持するだけで既に心身共にかなりの消耗をしてしまっている。


そんな千尋の様子が分かるのか、キメラは傷を見る間に癒やし、左右に別れて距離を取り始めている黄泉醜女や鬼武者たちと戦いつつも小馬鹿にするような目を向けてきた。


薄い唇の両端が上がり、笑みすらも作るその顔を龍眼で捉えた千尋の中で、〈何か〉がブチッと切れる音がした。


「あっ、駄目?!!」 


半ばとは言え化身である千尋を、神の化身を魔物が小馬鹿にしたのだ。


それは火雷神自身が貶されたに等しかった。


古来より神々は怒るし祟るものだ。

それは日本のみならずギリシャ・ローマ神話や各地の伝承も含め枚挙に暇がないほどに。


馬鹿にした、見てはならないものを見た、触れてはならない物に触れた、子供が悪戯した…


それは現代の人間からすれば「たかがその程度」の事であっても、思考はおろか在り方すらも異なる存在にとっては罰を下すには十分過ぎる理由であった。


神の怒りは時に個人に、時にその血族に、時には属する集団や地域全域に被害をもたらす。


特に日本の神々は通常穏やかな和御魂と、荒ぶる神である荒御魂の二面性を持っている。


元々黄泉に住まう鬼神であり龍神である存在の荒御魂に近い相を降ろした事も相まって、千尋のうちで怒りの嵐が荒れ狂った。


極度の集中と急速に失われて行く気力と体力に思考力が低下している千尋は気付いていないが、実のところ中途半端な力の行使は、彼女だけではなく降りたる神、火雷神にも多大な負荷と影響を与え、能力を誤作動させていたのだ。


烈火の如き怒りの感情とともに内なる神霊の圧が高まり、千尋の制御を離れ体の自由すらも奪われてゆく。


まずい!抑えきれない!


千尋は咄嗟に〈神降し〉の異能を解除しようと試みたが、怒りに飲まれた神は、そして何よりも暴走を始めた千尋の能力がそれを受け付けない。


「滅セヨ」


必死に制御しようとする千尋の意識をあっという間に抑え込み、火雷神は馴れぬ口でそう告げる。


雷神の神威、それは即ち神の雷にほかならない。


次の瞬間ドーム内には無数の雷が天から降り注ぎ、莫大な雷鳴と閃光に包まれた。


千尋はその瞬間を認識する暇すらなく意識が吹き飛ばされていた。


※ ※ ※


赤黒い雲に覆われた校庭で6人は合流した。

誠治たちも雉や犬の剥製に襲われたが、どうにか撃退したらしい。


誠治の手には海外の映画などで見掛ける防災用の斧が、聡の両手にはやや大振りな鉈が左右二本それぞれに握られていた。


「途中で倉庫を見つけたから入ってみたのよ。

で、あれこれ見つけた訳。

剣道習ってるならコレよくない?

あなた達が使って」


マリがそう言い、聡が貴彦と小春に手渡してきたのは彼が手にしていた鉈だった。

刃の長さが70センチ以上あり、持ち手も長く30センチ前後はあった。


どちらも鞘があるそうで、それも一緒に渡された。


「僕は金属バットの方が嬉しいんだけど?」


手持ちの武器を交換しろと言うことだろう。


ややコミュ障の気がある聡は、他人に何かを頼む際には微妙に伝わりにくい物言いをする癖があった。


小春は素直に応じると、鉈を軽く振って素振りした。


マリたちが入り込んだのは校内整備品置き場であり、園芸部などが使っている倉庫でもあったようで、この他にも大きなスコップや農作業用のフォーク、草刈り用の鎌など武器になりそうな物が幾つかあったと言う。


マリは小剣を模したペーパーナイフのような物を持っていた。

柄にムーンストーンと思われる石が嵌め込まれ、明らかに他の用具とは一線を画していた。

マリたちは特に何も言わないので、千尋たちもその点は尋ねなかった。


「あの、私は?」


武器らしい武器が箒のみな千尋が正門組に尋ねると、


「千尋、アンタは霊視とか出来るんでしょ?

なら出口や核だっけ?

それを見つける役目があるんだから私達が守るわよ。

ちゃんと見つけてよね?」 


と少し照れ臭そうにしながらマリが代表して宣言し、


「どーせ武器なんて持った事ねーんだろ?

間違えて怪我でもしたらアホらしいからな」


誠治がそう言ってニシシと笑った。


「そう?ありがとう、頑張るね」


千尋は取り敢えずそう応えつつ、自分なら見つけられるはずだと告げた声を信じて、核や中心となるものを意識しながら何もない校庭や校舎へと視線を移してゆく。


「あっ」

3階建ての木造校舎。

その3階中央部分に目を向けた瞬間、額を何かが走り抜け〈そこにある〉のが何故か分かった。

理屈らしい理屈など一切なく、ただ居るのが分かったのだ。

よくよく目を凝らして見れば、3階中央部だけ、何か渦のようなものがあるように見える。

意識を外すと見えなくなってしまうのだが、〈視る〉と意識する事でそれを認識する事が出来るようだった。


「ん?早速わかったの?」


「多分なんだけど、あそこ、校舎の3階に何かがあるみたい」


マリの問いかけに自信なさげな声音で応えつつ、千尋は渦のある辺りを指差した。


「おっしゃ!取り敢えずそこに行っとくか!」


「そーね。

千尋、何が出口のヒントになるか分からないから他にも気になる事があったらすぐ教えて頂戴。

勿論みんなもよ?」


誠治が校舎へと歩き出し、マリがリーダー気取りで皆に声を掛けつつその後を追う。


千尋を含め他の面々も武器を構えつつ校舎へと向かうのだった。

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