真正の巫女
真正の巫女
扉の中に踏み込むと、そこは直径2百メートルほどの巨大なドームだった。
白や灰色の石を組んで作られている様に見え、どれだけの手間暇と技術を導入したのだろう?と言う思いが一瞬頭を過ぎったが、異界化にその辺の理屈は通らない事も多いので気にしないようにした。
天井も最高で百メートル近くはあるようで、その真ん中に太陽に似た球体が室内を暖かく照らしている。
柔らかな風も吹いているが、やはり土以外にも錆などの臭いを運んで来た。
地面は背の低い草花で覆われているものの、背の高い植物はある一本を除いては存在しなかった。
ドームの中央、陽の如き光を燦々と浴びながら、それはゆっくりと頭を上げてゆく。
ドーム中央は土がこんもりと盛られ、そこに緑色の何かが存在していた。
2メートル近くあるチューリップの葉のようなものが3枚開いており、中央の幹や茎に当たる部分は人間の女性によく似た姿をしていた。
それの身の丈は2メートルを超え、髪のように見えるのは細く濃い緑色の草だ。
その肌は殆ど苔や所々に生える草花に覆われて見えないが、暗い色合いの樹皮のように見えた。
耳はエルフのように長くツンと尖っており、目が赤黒い光を炯々と放ち、鼻はやや大きく前向きに上がっている。
薄い唇が千尋たちに向けてニタリと笑みを浮かべた。
「マンドラゴラの亜種、かな?
多分ここの核だね。
良い触媒になりそうだよ。
何処ぞの錬金術師辺りがやらかした感じかな〜?
あれの悲鳴に気を付けて。
あとは多分根っこや葉の攻撃もありそうだね」
千尋は少し嬉しそうにして植物の魔物に向け笑顔を返す。
「鑑定はなさりませんの?」
と問う黄泉醜女に、
「あっ!」と声を上げつつ千尋は再度目を向けた。
下位の魔物ばかりを相手にすることが多い為、どうしても鑑定などのギフトやスキルは疎かになりがちだった。
以前相手にした事のあるマンドラゴラは相性こそ悪いもののさして強くはなく、簡単に倒せてしまったせいもある。
〈昔はこまめに確認してたのになー。また確認する癖をつけないと不味いね〉
そう思いつつマンドラゴラの亜種と思われる植物の魔物へと視線を向けて、鑑定を発動させた。
血に生まれ根を張るもの(混成種)
霊格4 レベル288
タレント
枝葉根伸縮10 精気吸収8
魔力吸収8 硬質化5 吸血7
悲鳴〈麻痺7、致死4〉 捕食5
毒花粉6 魅了花粉8 幻覚花粉5
限定召喚〈エッセンスの元となった種族のオスのみ〉6 大地使い8
植物使い8 風使い6 水使い6
高速再生7
etc.
スキル
鞭術8 縄術6 罠術4 格闘4
etc.
耐性
地耐性 毒無効 幻覚無効
麻痺無効 致死耐性 水耐性
etc.
マンドラゴラや樹木子などいくつかの植物系魔物をキメラ化し、人間の女性の血液に多種族の人型魔物のエッセンスを混ぜて与え育てられたもの。
「植物キメラってなにそれ?!
確実に誰かが作ったやつだよね?!
てかオスばっかりなのはこれのせいなのかー」
フレーバーテキストを読んでちょっとこの異界の特性に納得した。
「ん〜、ちょっとまずいかな〜」
かなり強い。
耐性の類も呪詛や幻、地、水に強いようで、呪詛系メインの魔法使いである千尋とはかなり相性が悪かった。
元々魔物化するような植物は血生臭い伝承が元になっているものが多い。
処刑場や戦場で血を浴び、幾多の死と無念と穢を受けた草木が変化したモノたちなのだ。
そんな魔物を混ぜ合わせた上に人間の女性の血液、それもゴブリンやオーガ、エルフなど諸々のメスの精気を加えた物を与えて育てたと言う。
召喚や魅了でオスを引き付け、自分を守らせていたのかも知れないし、レベルから考えて一部のオスは食らっていたのだろうと思う。
よくよく見ればキメラの根本には人骨と思われる白い物が土や根に紛れて幾つか見えた。
迷い込んだ者か依頼を受けた同業者たちだろうか。
多分魅了されるか根や葉に捕らわれるかしたのだろう。
いや、案外大地を使って来たのかも知れない…などと千尋が考えていると、キメラは業を煮やしたのか髪葉がわさっと広がり、それに従うように周辺の地面から無数の岩槍が飛び出して襲い掛かっていた。
「ちょっ!」
黄泉醜女や鬼武者たちはそれぞれ躱したり、手にした獲物で槍を叩き落とし、千尋は無詠唱で人型の何かを呼び出し盾にする事で防いた。
冥神魔法にある防御魔法の一つ、〈屍の盾〉だ。
千尋を守って槍に胸を貫かれ地に落ちたのは、死して数日程度に見える全裸の男性のものだったが、その姿は数秒と経たずに薄れて消えてしまった。
決して趣味の良いものでは無いし、一般的な人々であるならば物理的には助かっても精神にダメージを受けかねない。
冥神魔法も死霊魔法も、大体そんなものなので人前では使い難いのだが、黄泉の巫女である千尋本人からすると特段何を感じる訳でもなかった。
魔法少女が熊のぬいぐるみを盾にするのと同じような物程度にしか思っていない。
「距離があるからと気を抜き過ぎですわよ?!
鑑定でタレントやスキルも確認なさったのでしょう?!」
黄泉醜女に叱られる千尋。
「ごめん!」
ごもっともだった。
ただし鑑定をしても眼の前のキメラはタレントだけで攻撃手段を複数保有しており、スキルも含めると正直どれを使ってくるか判別出来ない。
致し方ない事なのだが、低レベルの敵を力任せて倒す事が多い為の弊害と言えた。
千尋の次の判断を待たずして、キメラは薄い唇を大きく開き、声ならぬ声で大きな悲鳴を上げた。
「キャーーーーー!!!」
それは麻痺の呪詛が籠もった悲鳴だった。
キメラはニヤリと口元を歪めて一行を睥睨する。
通常ならばその声に宿る呪詛は耳を塞いでも浸透し、体の自由を奪う程に強力なものだった。
実際多くの人間や魔物を麻痺させ、己の養分に変えてきた実績のあるキメラ渾身の攻撃とも言えた。
あとは根や葉を伸ばし、捕らえて喰らうのみ。
そんな思考とも呼べない意思により、地を割って無数の根が鬼武者や黄泉醜女、そして千尋へと襲い掛かった。
鬼武者たちは各々無造作に武器を振るってある者は手にした太刀で襲い来る根を切り裂き、ある者は棍で潰し、戦斧で叩き割る。
黄泉醜女も金棒を振り回して迫る根を潰していった。
そしてそのまま彼らはキメラへと向かい始め、地面から飛び出す根や頭部から伸びる葉を迎撃してゆく。
千尋の守護者たちは基本的に黄泉に属する者たちだ。
それは死者や死という概念に近い存在故に、魅了や呪詛の類は効果がない者が多い。
千尋もまた幻、毒や魅了などに対する耐性は高く、致死や呪詛は無効にまで至っている。
キメラにとって最高の極め技は、彼女たちにとってはなんの意味もない、ただ五月蝿いだけの大声でしかなかったのだ。
千尋が力技で押し通す事が多いのと同様、キメラは土の槍と悲鳴のコンボで大抵の敵を倒して来たのだろう。
根を打ち据え、斬りつけながら徐々に迫りくる敵の姿に何が起きたのか理解出来なかったキメラは、焦りのあまり再び麻痺の悲鳴を上げるが、勿論効果は一向に現れない。
次いでキメラが選んだのはドーム内一面に自生する草花を操る事だった。
背の低い物ばかりだったが、キメラ同様伸縮する能力があるようで、数メートルまで伸びて黄泉醜女や鬼武者たちの手足に巻き付き、その隙を突いて根や髪葉を靭やかな鞭に、鋭い槍のようにして攻撃する。
鬼武者や黄泉醜女は操られた草花の全てを避け切る事は出来なかったが、硬度はそれほどでもないのかブチブチと引き千切ったり、草を根ごと引き抜き、キメラの根槍や髪葉の攻撃を回避するなり武器で受けるなりして殆ど被害は受けていなかった。
「まずいなー。
決定打がないよね。
物理攻撃は十分効果があるみたいだけど、高速再生でどんどん治ってるんだよね」
一見すると余裕そうな展開だが、実際にはどちらも大したダメージを受けていない。
いつまでも躱し続け、合間合間に攻撃をしたところでキメラにはろくなダメージが入らない。
それどころか急速に傷付いた髪葉や根が見る間に治っているのだ。
また大地や未だ使っていない属性攻撃を使われたらジリ貧状態になる。
草木の魔物は大抵火炎に弱いのだが、照明代わりに連れてきた鬼火たちは火の属性を持つものの、霊格やレベルがかなり低くキメラの魔法的な防御力を抜く事が出来ない可能性が高い。
下手をすると喰らわれてしまうだろう。
そして千尋の日輪魔法は4レベルと低く、霊格レベル共にそれなりにある敵に大ダメージを与えるのは難しい。
こまめな削り合いになるだろう。
その上日輪魔法は光の属性も併せ持っており、黄泉の住人である黄泉醜女や鬼武者たちにとって、最大級の弱点だった。
下手に味方に当たるとかなり不味い為、威力の高いものや広範囲の攻撃は出来ない。
天照大神の加護があった為勢いで取得したのだが、共に戦う仲間との相性を考えると別の魔法かタレントを覚えれば良かったと後悔したほどだ。
「となると、仕方ないか」
手段は幾つかある。
その多くは代償が大きい為ここで使うつもりは無いが、ある程度の無茶は仕方ないと諦める事にした。
「しーちゃん、ちょっと本気出すから、後はよろしくね〜」
黄泉醜女は小さく頷くことで返事を返すと戦闘を続行した。
いつも通りの軽い調子で黄泉醜女に声を掛けたその直後、千尋の纏う空気が変わった。
幼さの残る顔からどこか気の抜けたような表情が消え、感情の失せた黒い瞳はただ静かに虚空を見つめた。
シャランシャラン…
どこからか数多の鈴が鳴り響く音が鳴り響き、彼女の在る場を祓い清めて行く。
鉄錆や腐敗臭は瞬く間に消え去り、彼女を取り巻く空気が、踏みしめる地が、聖域へと変貌を遂げ淡く清い光を放ち始めた。
神楽を舞うでもなく、祝詞を唱えるでもなく、ただ静かに前を見据え、深く静かに呼吸を繰り返し強く強くただ願う。
「伊耶那美命に宿りし八つの雷。
八種雷神が一柱、火雷神よ」
ただ願う。
ただ招く。
神降ろしとは本来なら口寄せなどと同様、この世ならざる存在の神託を得る為、広義で言えば占術に当たる。
それは神道だけの話ではない。
巫女や呪術師が場を清める為に香を炊き、薬草の類を煎じ飲んで精霊をその身に宿すなど、世界各地で見られる行いだ。
神社の社や霊場、その神に縁のある地等で清めた祭場を用意し、そこで呼ぶべき神を讃え敬い勧請する。
しかしそれとて完璧ではなく、異なる神を含む超常的な存在が巫女へと降りる事があった。
巫女は意識を失うか、降りた存在にその身を任せる事になる為、審神者は巫女に降りた神が正しく招いた存在であるかどうかを確認、異なる場合はお帰り願う役割りを負う。
千尋の行いはその全てを無視していた。
その声は神々へ捧げる供物であり、楽であり舞だった。
彼女そのものが聖域であり祭壇だった。
神宿す鏡や宝玉であり、止り木である鳥居であり、霊峰であり巨石でもあった。
そこに立つのは死霊術師でも無ければ召喚師ですらない。
それらは所詮、システム的に手に入れた千尋にとって相性の良いだけの力であり、本来の力を効率的に伸ばす為の手段の一つ、その程度の意味しかない。
伊耶那美命をして真正の巫女の才を持つと評した、審神者すら必要としない天性の質を持つ者。
何処までも清く、何処までも強く、何処までも虚ろで、何処までも儚い、神々の止り木にして器足り得る存在。
神降ろしの巫女、それこそが白鳥千尋本来の姿であり、彼女が生まれながらに持つ本質そのもの。
霊視などの類もまたその付属物に過ぎない。
生と死と、そして神々にその依代として愛されし者。
その招きに大いなる存在の一柱が、黄泉の地より一筋の雷となって世界の層すらも越え、千尋の身へと舞い降りたのは、その直後の事だった。




