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ソウル・リファイン  作者: 弥生丸
第二部
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契約

契約


オカルト研究会の中で一番それらしい力を持っていたのが千尋だった。


欲しくて手に入れたものでもなく、どちらかと言えば嘘つき呼ばわりされそうなものだったので一応隠しているつもりだった。

しかし一部の人にはバレていたようで、それが原因でオカルト研究会に誘われた。


それでもメンバーには何となく見えたり感じたりする程度…と話していた。


実際にはその頃既に人や動物の霊以外の何かも見えていたし、自分の守護霊を名乗る老婆にあれこれ教えてもらい、嫌なモノを寄せ付けない方法も知っていた。


千尋は三度死にかけたが事がある。

産まれた時、子供の頃に高熱を出し入院した時、そして事故。


いずれも処置が早く一命を取り留めたが、実際に3度とも呼吸や心臓は止まっていたらしい。


その都度見聞きする感度は上がり、知らぬ間に対話可能な守護霊すらも得ていたし、時には友好的な存在を自らに降ろす事で力を借りる事も出来たが、それは他人に話せば病院へ連れて行かれる可能性も高い為、双子の兄の八尋にしか話していなかった。


そして4度目が訪れたのは、校内が異界化した事に気付き、二手に別れて出口を探している時だった。


千尋は貴彦と小春の二人とともに、校舎の裏門周辺を調べに向かっていた。


コンクリート製だったはずの校舎が突然木造となり、ガラス窓から見えていた近隣の建物や道路を走る車のライトなどが忽然と消え去ったのだ。


窓を開けて外を確認してみると、校舎を囲むフェンスの向こう側は、濃い緑と茶色、黒と灰色の混じり合った雲のような物で埋め尽くされ、空も同様の物に覆われていた。


出口の確保をしなければと焦った面々は、二手に別れたのだ。


ホラー映画好きの聡は「こんな時、一人になると絶対に危ないんだよ!」といつになく強く主張したのだが、流石にぞろぞろと動くのも非効率だった為二手に別れた。


道中いくつかの教室なども軽く散策し、武器になりそうなモップや箒、金属バットも手に入れた。


貴彦はモップを小春は金属バットを構えて先行し、その後ろを千尋が箒を持って着いてゆく形で裏門への出口を探していた。


広さや部屋の配置等も全く変わってしまい、まるで元の校舎の数倍規模の学校へ迷い込んでしまったような気分だった。


一階の裏口を探す彼等の前に2つの人影が見えたのは、散策を開始して間もなくの事だった。


薄暗い廊下の向こう側を歩く姿に当直の教師か用務員の巡回かと思ったが、その動きはどちらも妙にギクシャクしており、その昔流行った別の銀河を舞台にした映画に出てくる人型ロボットの様に見えた。


三人は懐中電灯やスマホのライトをそちらに向けると、体の半分が裸体で残りの半分が筋肉や内臓の人体模型と、人間の白骨標本だった。


「典型的なのが来たよ?」

「千尋ちゃんはライトをよろしくね!」

特殊な状況がそうさせたのか、貴彦は特に怯む様子もなくモップを構え、小春は千尋にそう声を掛けつつバットを振り上げて走り出した。


「えっ?分かった!」

窓から弱々しいながらもわずかに明かりが差し込んではいるものの、照明の類はそれぞれが持つ明かりのみだ。

千尋は大き目の懐中電灯を両手で支え持ち、出来るだけ二人の助けになるようにと明かりの位置を固定した。


「見た目より少し丈夫な程度だな。これならいける!」

貴彦の言葉通りさして時間を掛けることなく二人はそれぞれの模型を破壊した。


「良かった」

千尋は懐中電灯を構えていただけだが、それでも緊張で自然と身体が強張っていたのか、ホッとした瞬間体中の力が抜けるような気がした。


と、背後からチャッチャッチャッと、軽やかな獣の足音が聞こえてきた。


「後ろよ!」

という老婆の声を頭の中で聞いた気がして、力が抜けて座り込みそうになる体に力を入れて背後を千尋が振り返ると、大型犬ほどの黒い何かが飛び掛かってきた。


白い牙と爪で千尋の首や腕などを引き裂き、熱さすら感じる痛みに千尋は苦悶の表情を浮かべた。


「「千尋っ!」ちゃん!」

貴彦と小春の声が廊下に響く中、千尋は応える事も出来ず力無く木の床へと倒れ込んだ。


※ ※ ※


気づくとどこまでも続く色とりどりの花畑の上を千尋は飛んでいた。

自分の意思とは関係なく、何かに引っ張られるようにどんどん進んで抜く。


季節も植生も無視した無数の花たち。

「ここを知っている。またここに来てしまった」とどこか他人事のような感覚でそれらを見下ろしながら、体は勝手に先へ先へと進んで行く。


多分この先には大きな川があるはずだ。

最初の一回目は覚えていないが、後の二回は覚えている。


一度目は川の向こうから、

「まだこちらに来てはいけない」と知らないけれど、何故か親しく感じる人々に言われて。

二度目は守護霊を名乗る老婆に正面から優しく受け止められて。

気付くと病院のベッドの上で目が覚めた。

夢のような曖昧さで忘れ去っていたが、ここに来た事でその記憶が蘇ってきた。


「お花畑に三途の川、なのかな?

私また死んじゃったんだ」

流石に4度目となると助かる事はないだろうと、そう思う。

少し寂しく悲しいけれど、不思議なことに花の香りの影響なのか妙に落ち着いてきて、感情の起伏が乏しくなったように感じた。


いつしか花畑を通過すると、目の前に川が見えてきた。

それはときに小川に、時に向こう岸の見えない大河のようにも見えた。


水面は黒く底が見えない。


「この先に行くともう帰れないんだっけ」


花の残り香の影響か、感情や思考が徐々に麻痺した様に希薄になり、ゆっくりと近づきつつある川のその向こう側をぼーっと眺めていると、体に冷気とも電気とも知れない衝撃が千尋の体に走った。

その影響か自動的に進んでいた体は空にフワフワと浮いた状態で止まっていた。

残り香の効果も吹き飛ばされ、意識がしゃんとなった。


感じる。

今まで感じたことのない、途轍もない存在感。

その存在の極僅かな身動ぎ一つで、自分など羽虫のごとく吹き飛ばされてしまう程に大きな神性。

恐ろしくも雄大であり、慈愛に溢れつつ厳しさを内包した遥かなる上位存在。

その姿は見えないけれど、目の前、いや、既に自分はその存在に包み込まれていると感じ取る事が出来た。


〈死に愛され、生にも愛された者、真正の巫女の才を持つ者よ。

お前は今黄泉へと誘われている。

妾は黄泉へと誘うもの。

黄泉を統べるもの。

答えよ。

このまま黄泉に降り我が国の民となるか、妾と契約を交わし…〉


「契約します!

私を元の世界へ、八尋の居る所へ帰してください!」


全てを聞くまでも無かった。

気が急いて思わず話を遮ってしまったが、契約がどんな内容であっても構わない。

話を遮った事で怒りや不興を買ったなら、全身全霊で謝ろう。


絶対に帰らないといけない。

それだけは譲れない。

私はまた八尋に会いたい!

そんな強い衝動に突き動かされて千尋は答え、それを聞いた黄泉を統べる者はコロコロと楽しげに笑う気配を漂わせつつ、こう答えるのだった。


〈良かろう。

妾は黄泉津大神。

またの名を伊耶那美。

妾と汝との契約は成された。

契約の内容はすでに汝の魂に刻まれている。

契約を遂行するに当たり、守護者たちを与えよう。

さぁ、その魂が黄泉に染まるその前に、早う帰るが良い〉


黄泉の主は一方的にそれらが伝えられると、千尋が返事を返す暇すらなく白く眩い光に包まれ意識が飲み込まれて行く。


※ ※ ※


気付くと千尋は木製の廊下に倒れ込んでいた。

ゆっくりと頭を上げて周囲を見回すと、貴彦と小春が大型犬程の大きさの黒い…よくよく見ると濃い茶色なような、熊のようなものとバットやモップで戦っていた。


熊もどきの動きは模型たち同様に鈍くどこかギクシャクしており、野生どころか動物園のそれほどに驚異を感じない。

気迫のような、生命力のような、そんな気配が皆無なのだ。


その上、貴彦たちの攻撃で所々毛皮が破損しているが、血が流れた様子も見られない。


「あっ、熊の剥製?」

千尋がそう気付くのと、小春のバットが熊の頭部を叩き潰したのはほぼ同時。

熊はうなり声一つ上げることなくバタリと倒れ、そのまま動かなくなった。


小春と貴彦は乱れた息を整える暇なくそれぞれ、

「大丈夫?!」

「キズの具合はどうだ?!」

と千紘に駆け寄ってきた。


「キズ、そういえば…」

焼け付くような痛みが無くなっていることに気付いた千尋は、傷付いたはずの腕や喉元を確かめる。


服が裂かれ肌に掠り傷は出来ていたが、それだけだった。


「うん、大丈夫。掠り傷だけだから」と言いつつ千尋は壁に手をついて立ち上がる。


慌てて小春が立つのを手伝ってくれた。


「足をひねったり打ち身があるかも知れない。ゆっくり体を動かしてみてくれ」


貴彦の言葉に千尋は頷き、軽く体を動かしてみてみたが、手足も体も特に痛みや違和感は感じなかった。


千尋の服に付着した血液の量からは明らかに小さな傷で済んでいる事が違和感そのものではあったが、しかしそれも契約のお陰なのだろうと漠然と思うのだった。

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