しーちゃん
しーちゃん
千尋が影たちに守られつつしばらく歩くと、何か硬質なものにぶつかりるような音やカラカラと軽い物が転がるような音、そしてドスドスと重い何者かが歩いてくる音が響いてきた。
「んー、やっと来たね。
大小5体か」
千尋はまたチラッと虚空に視線を移し、何かを確認すると音のした方にゆっくり目を向ける。
その仕草は八柱界で転移者がマップ確認をする様に似ていた。
千尋が歩くメインの通路は未だ終わりが見えなかったが、店舗の他に要所要所に横に曲がれる通路があった。
この分なら展示即売会やイベントブースを設置出来る広場や椅子やソファの置かれた休憩スペース、トイレなども普通にありそうだ。
彼女たちに一番近い脇道の一つから、複数の足音が喧騒に紛れつつもどんどん近づいてくる。
「下手な道に入るとまずいだろうけどねー。
ここは私がやるよ。
みんなは守りをよろしくね!」
脇道からマネキンを掻き分けなぎ倒しつつ、身長3メートル近い巨人が1体と1メートルちょっとの子鬼が4体現れた。
子鬼のうち一体は自分たちで転がしたマネキンの腕に足を取られてコケている。
「ふーん、オーガ1体にゴブリンが4体か。
てかマネキン邪魔になってるし」
慌てる様子一つなく、千尋は敵の様を確認した。
オーガは無造作に伸ばした髪に血走った目、手には棍棒を持ち腰蓑姿で千尋たちの存在に気付き、獲物を見つけたと言わんばかりにギラギラと双眸を輝かせた。
ゴブリンたちは薄汚れた布や皮を適当に体に巻いており、その手には明らかにその辺の店舗で入手したらしい包丁やバットなどを獲物にして威嚇するように何か叫んでいる。
「まぁ、経験値としてはショボいけど、無いよりはマシって事で。
…〈致死毒の霧〉よ」
千尋がほぼ無詠唱で術を発動すると、黒い霧が突然現れ敵を包み込んだ。
オーガやゴブリンたちは獲物を振るって霧を払おうとするか、黒いそれは拡散する事なく獲物にまとわりつく。
「グエッ…オゥゥ」
「ギャッ」
「ウォォ」
霧に包まれたゴブリンたちがバタバタと倒れ、次いでオーガが赤黒い液体混じりの泡を吹いて倒れた。
次いで倒れた魔物たちは淡い光となり、ふわりと千尋に吸い込まれていった。
床に残るのは包丁やバット、そして小さな玉、魔石だった。
「毎回思うけど、オカ研の頃は魔石なんて出なかったのにどんな仕様変更するとこうなるんだろうね?」
5つの魔石を拾って手のひらで転がし、何となく湧いた疑問を呟く。
ほんの少し魔石を持った手を動かすと、かき消すように魔石は消え去った。
それは転移者の持つスキル、亜空間収納そのものだ。
「マップとか収納とか便利だけど、その辺で気軽に使えないのが面倒なんだよね」
「以前もお話しましたけれど、スキルやタレントの一部を残したり改変する形ですと、何かと不具合が起こる可能性があったそうですわ」
「わかってはいるんだけどねー」
千尋としーちゃんは緊張の欠片も感じさせることなく通路を再び歩き始める。
何処かで曲がる事はせず、延々と真っ直ぐに。
たまにドラッグストアや宝飾店などへは影を送り込んで探索させたが、それ以外はゴブリンやオーガ、たまに犬頭の子鬼コボルトの襲撃を受ける程度で歩みを止めはしなかった。
そして異界へと足を踏み入れて3時間ほどが経過した頃、千尋は突然立ち止まると通路の左側を凝視した。
それまで店舗があったはずの場所にはポッカリと暗がりが生まれ、その先に小型店舗一軒分ほどの幅の上へと続く階段が見えた。
「こっちだね」
やっと訪れた変化に少し安堵の息を吐き、影達とともに階段を上ると、突然開けた空間へ辿り着いた。
ゲームで言うマップを移動した感じに近いだろう。
イベントなどを行える広場を模した場所なのか、壁際には噴水が設置され、柱の横などあちこちに観葉植物と思われる鉢植えも配されている。
百メートル四方はあるその広場は、延々と続いた通路同様、ショッピングモール本来の規模からは考えられないサイズのものだ。
そしてそこには階下の無数のマネキンが立っていたが、その格好が明らかに変わっていた。
洋の東西を問わず、時代の括りも無視して革や金属の鎧を身にまとい、手には剣や鈍器、槍を持ち、中には円盾や大きな角盾などを持つマネキンまでおり、複数の物がグルリと首を動かしてマップ移動してきた千尋へと向けた。
方法の距離は十メートルほどか。
あと一歩前に踏み出した途端に襲い掛かって来る仕組みになっていそうなのも、これまた仕様なのだろう。
「やられたわー。
駄目じゃん。
マップマジ使えない!
これってば相性最悪だし」
「仕方ありませんわ。
異界化した空間は地続きでは無い事も多いですし、敵味方の識別は出来ても種族などは分かりませんものね。
異なる空間に対してはマップの索敵機能は役に立たないのも、千尋の言う仕様と言う事になりますわね」
しーちゃんと7つの影がモゾモゾと平面から盛り上がりつつも律儀に応えた。
真っ黒なスライムが床から滲み出るようにして8つの影は盛り上がり、徐々に人に似たの形を作り出してゆく。
しーちゃんの影はやや凹凸のある女性の様な形に、残りの7つは手にそれぞれ銅剣や槍などの獲物を持つ野武士のような形へと変化して行、最終的には白い着物を着崩した艷やかな長髪の女となった。
7体の武人はそれぞれ顔色が蒼白とも言えるほどに青白い顔をした古風な日本人の容貌を持ち、額に一本ないし二本の角が生えている以外は無骨な戦士や武士の様な男たちへと変貌を遂げた。
男たちは顔色から全く生気を感じさせない程度で特段人と変わらない様に見えるが、しーちゃんと呼ばれる女の容貌は般若の面も可愛く見えるほどに禍々しくも恐ろしい物だった。
異様なまでに青白い肌だが所々赤黒く爛れており、額からは二本の角が突き出ていた。
捲れ上がった唇からは鋭く大きな牙が覗いている。
見開かれた目は白目の部分が金色に輝きつつ血走っており、瞳は感情の欠片もない黒曜石を磨いて創り出した鏡のような真円だった。
長い髪はそれぞれが意思を持つかのようにまばらに動き、着崩した白い着物から見て取れるはだけた胸元や腕、そして足も所々干からび、或いは腐り蛆虫が這いずっている。
出産により命を落とした妻である伊耶那美命を追い、黄泉へと下った伊耶那岐命の神話において登場する黄泉の鬼女、黄泉津大神こと伊耶那美命に命じられ、伊耶那岐命を捉えんとした鬼女、黄泉醜女こそがしーちゃんと呼ばれるモノの正体であった。
「しーちゃん、これ使って!」
何処からか130センチほどの長さの金棒を左手に現すと、黄泉醜女に鉛筆でも投げるようにポイッと投げ渡した。
「お借りしますわ!」
軽く片手で受け取ったそれは、無数の突起が突き出した金属製の棒、所謂イメージ通りの鬼の金棒であった。
「皆さん、行きますわよ!」
黄泉醜女は右手一本で金属の塊である金棒を軽々と振るって構え、武人たちへそう命じると、武装したマネキンたちへと突撃を開始したのだった。




