吉祥果その5
吉祥果その5
セラフィーナは柘榴石の如き輝きを放つ障壁により一層の力を込め、荒ぶる気配を放つ蛇竜の頭を見上げた。
白く美しい翼を広げ、セラフィーナの頭上10メートル程の所にその大きな三角形の頭部はあった。
爛々と輝く瞳には憤怒の感情を見て取れたが、しかし理性の光は失われていない、何故かそれを感じる事が出来たのは、きっと霊格の差なのだろう。
眼の前の蛇竜から感じられる霊威は明らかにセラフィーナの霊格よりも数段上にある存在だった。
その絶対的とも言える格上の蛇竜、蛇神や竜神と呼んでも差し支えない存在はジッとセラフィーナへ視線を向け、その内面までも見通そうとしているかのように。
「人間よ…我が名は、ホヤムカムイである」
蛇神は口を開けることなく念話のようなものでセラフィーナにそう名乗った。
セラフィーナは知らぬ事だが、北海道のアイヌ民族に伝わる神霊である。
獰猛なる牙で己の神域に足を踏み入れる者を屠るとも、放つ悪臭は猛毒であるとも言われているが、反面疫病神を倒した事のある神であり、また巫女に降りて神託を告げたともされている。
「私はポムグラネイト領領主、ポムグラネイト公爵家の三女セラフィーナ・ポムグラネイトと申します」
セラフィーナは蛇神が怒気を堪えつつも声をかけてくれた事に安堵しつつ、毒から見を守るための障壁を残したままではあるが剣からは手を離して頭を下げて礼とした。
「ふむ、お主は転移者とやらではないのだな?
…おぉ、おぉ、そうか、お主の魂、そういうことかっ!!」
ホヤウカムイはセラフィーナの中の何かを感じ取ったのか、怒気と共に憐れみのようなものを交えた念の声を上げ、何かを睨みつける様に天を仰いだ後、そっと鎌首をセラフィーナへと向けた。
それは先程までの怒りの感情が霧散したかのような、それ以外の生き物らしい何かが欠いてしまったような、神秘的な輝きを放つ黒曜石の丸鏡の如き2つの大きな目でセラフィーナを見下ろし告げた。
「異郷の魂を持つ者よ。
この地、この世界、そして汝の魂の真を知れ。
神々を名乗る驕った者たちの所業と心根を知れ!
彼奴らが行い、あるべきものを歪めたその傲慢と罪を知れ!
我が怒り、我が想い、その全てを汝に託そう。
行け!海へと!
その先に我が告げた答えがある!」
「えっ?あっ、それは如何なる事なのですか?」
セラフィーナは突然告げられた神の位を持つ言の葉、〈神託〉を得て慌てふためいた。
巫女でもない一貴族の冒険者に神は何を託すというのか?
蛇神は何も告げることなく恵那の光の塊となり、無数の光の粒として拡散した後、セラフィーナへと降り注いだ。
彼女の張る障壁を素通りして、それは一つ残らずセラフィーナの中へと入り込んで行く。
通常魔物を討伐した際の恵那の取得時にも障壁が阻むことはなかったので、この光景自体は不思議ではないのだが、まるで存在其の物を託す様な蛇神の行為に、そしてその神意に背筋が凍る程の強烈な怖れが走る。
全ての光がセラフィーナへと収まると、目の前に広がる沼地は徐々に形を変え、いつも通りの森へと戻ってゆく。
一瞬どうしたものかと悩んだが、神に託されると言うことがどういう事なのか?この世界の人間たちには骨の髄、魂の奥深くにまで刻まれた楔が次の行動を決意した。
「ホヤウカムイ様、このセラフィーナ、必ずやこの〈神託〉を為してみせます」
※ ※ ※
そうだ、そう誓ったからこそ父を説得し、仲間たちと共に海へと向かったのだ。
未だ己が内に感じる蛇神の残滓が、向かうべき方向や乗るべき船すらも教えてくれた。
そして、彼ら、八柱界の枠から飛び出した存在たちと出会ったのだ。
〈そうだ、私は行かなければならない。
私は一体何を恐れているのだ?
もう決めた事だ。
今この時をおいて〈神託〉を為せる事などありはしないだろうに!〉
セラフィーナは中に浮かんだ幻像、ソフィアの映し出す八柱界のそれをグッと力を込めた瞳でひと睨みし、ソフィアへと強い意志を込めた瞳を向けて告げる。
「ソフィア様、私を、今すぐ私をあそこに行かせて下さい!」
その瞳を受けた女神は表情を作り物めいた顔から柔らかな笑顔へと変えると、セラフィーナへと向け声を掛けた。
「行ってらっしゃいませ」
セラフィーナの姿は一瞬で消え、己の敬愛する上位者を送り出すかのような、恭しく頭を下げて礼をとるソフィアの姿だけがその場に残っていた。




