掌で包み込むように
掌で包み込むように
海上に浮かぶ四人を遠巻きに見上げるようにして、この地にある数多の存在が事の成り行きを見守っていた。
いま世界にある〈人間〉たちは、転移者を含めて全てが結晶化しており、また魔物や精霊たちは四柱の放つ存在感に耐えられず近づく事すら難しい。
つまり今現在自己を保ちつつ弘樹、小春、貴彦、十六那の姿を見上げていられるのは、神々たちのみだった。
それぞれの本来の姿、各神界にある本体であるならばともかく、あくまでもその一部を投影もしくは分割された分霊でしかない彼らには、創世の格を内包した神霊本体である四柱に抗する術を持たない。
あくまでも八柱の女神たちが立ち上げたイベントを楽しむ、もしくは利用する程度の心積もりだった者たちが大半であり、真剣に世界創造を行っていると自認する者は殆ど居なかった為、多くの者はこれ以上の関わりを恐れて分霊を引き上げたり、中にはトカゲの尻尾切りよろしく心霊的な繋がりである縁を絶ち切り、分霊を八柱界に捨てる神すらも居た。
なお、神々しさと寛容さを演出しつつ、この世界を〈遊戯〉や〈儀式〉として企画した八柱の女神たちですら、殆ど同じ有様だった。
〈まぁ、一部の真面目なのを除けばそんなもんよね。
これに関わっているのって、ノリか八柱が直属で逆らえないか、お目付け役として付けられた者位だし〉
夢魔と妖精の女王にして女神であるマブはクスリと笑い、天を見上げる神々の様を観察していた。
今の彼女は己を妾と認識する戦神や女王としての相ではなく、私と語る妖精や夢魔の類に近い思考形態へと相を変えていた。
日本の神霊で言えば荒御魂から和御魂や奇魂へと相を変えたと言った所か。
実のところ妖精の側面が強く人々に認識されて以来、こちらの方が楽なのだった。
〈大体生命や慈愛やらを大切にしてる神々は、殆どこの計画には乗らなかったしね。
立場もあるから黙するか冷めた目を向けるのがせいぜいだったけど。
ま、結局夢やぶれればこんなもんよね〜〉
マブ自身もかなり力を割いていた〈張りぼての世界〉を〈一つの世界〉たらしめる為に夢幻の力を張り巡らせ、多数の術式も組み込んでいたがそれらも既に四柱によって消し去られるか、一部は書き換えられてしまっている。
人々の結晶化へも弘樹たちは介入し、何らかの事故で破損する事のないように守護すらかけているようだった。
〈ふーん?こっちの術式、地球に戻るのは勝手にどうぞ、邪魔はするなよって所かしらね?〉
マブは八柱界であったモノを目ならぬ目で見つめつつ、神々に対する術式を含めた幾つもの力を探った。
すでに地球へと繋がっていた転移者や魔物たちへの道は閉じられており、八柱界から地球世界への一方的な道のみが残されていた。
〈あっ…帰るのね〉
いくつかの大陸から、転移者と思われる幾つもの光が天へと昇り、界の壁を超えて地球へと戻って行く様がマブの意識に流れてくる。
それは既に死して魂だけとなった者もいれば、それなりの霊格やレベルと記憶すらも手放して帰還する生者の姿もあった。
その光たちを見て、本来享楽的かつ自己中心的であるはずのマブの胸がが、ほんの少しだけチクリと傷んだ気がした。
〈んー、このまま他の連中を眺めているのも楽しくはあるけれど…少しは罪滅ぼしでもしとこうかしら?
どうせ私ってば分霊だしパーッと全部いっとこっと!〉
マブはチラリと空に浮かぶ弘樹へと視線を向けた後、飛びゆく人々の魂へと己の神威を向ける。
マブは柔らかな光の塊の衣のような形状になると、地球へと帰還する魂や人々へと向かう。
ひな鳥を傷付けぬよう、そっと掌で包み込むようにして転移者やその魂を覆い、せめてもの償いにと存在の全てをかけて彼らを守護し、優しい夢幻を重ねた。
〈大丈夫。
私が貴方達を地球へちゃんと送り届けるから。
不安や恐怖を抱く必要などないわ。少しの間、夢を見なさい。
貴方達の魂に秘めた優しい夢を〉
そんな声を掛けつつ、マブ自身も眠りについた。
マブは大地母神にして生命の母たる女神ダヌーという大樹の枝葉の一つであり、そして花であり果実であり種でもあった。
〈ならば分霊である私がこんな気紛れを起こすのも不思議な事じゃないわよね?てか私ってば妖精だしねー〉
マブの意識は帰還者たちへの守護の光へと変貌を遂げ、二度と覚める事のない眠りへ意識を拡散させつつ、クスリと小さく微笑んだ。
その姿を弘樹は少し悲しげな瞳で見つめていた。




