断言
断言
十六那の率いるワイルドハントは、海の巨大な魔物と船が遭遇した海域近くへ辿り着いた。
海面を見る限りではそれらしい影などは見当たらないが、かなり深くに潜っているのか、隠蔽系の力を行使したか、どこか別の海域へと移動したのか判別がつかなかった。
マップを開いて確認してみると確かに巨大な赤い光点が灯り、そこに何かがいると自己主張をしている。
果たしてヘカテーと同じギリシャ神話由来の魔物カリュブディスであるのかどうか、神眼で確認した方が良いかもしれないと思ったその瞬間、強烈な波動がすぐ近くの空中に走り抜けた。
何事かと見上げると、天の一部が歪み、張り裂けガラスのように砕け散り、ポッカリと直径2メートル近い穴が空いてそこから光の柱が迸った。
「波動の正体はあの光か。
あれの一部を私は知っている…?」
複数、最低でも三人、多ければその倍の思念が混ざり合った光だと女神たる十六那には理解できた。
「あの先に皆がいるの?」
光はあっという間に消え、天に空いた穴も少しずつ閉じ始めている。
行かなければ!
十六那はそんな強い思いに駆られ、ワイルドハントの神々や魔物たちに命じた。
「皆のもの!我が〈夜〉に潜め!」
おぉぉっ!
幾百幾千の声が轟き、十六那を乗せていたケルベロスを始めとした全てのモノたちが彼女の足元に突然出現した黒い門へと飛び込んで行く。
あっという間にワイルドハントの面々が〈夜〉へ入ると黒い門は消え去った。
十六那は既に1メートルほど縮まっていた空の穴へと、魔力を身にまといつつ飛び込むのだった。
穴の中は案の定〈新世界〉である事が感覚的に理解できた。
〈新世界〉そのものに入るのは初めてだったが、弘樹の波動を強く感じるのだ。
十六那は弘樹以外にも先程の光から感じ取った人々の気配を頼りに飛び、ホテルと思われるビルの隣の公園に見知った姿が複数ある事に気付いた。
弘樹に小春、貴彦に神殿で何度か会った事のあるエアリス。
残りの面子は知らぬ顔だったが、その中に一柱気になる存在がいた。
ソフィアである。
十六那はヘカテーとして神々の会堂で会議にも参加し、霊格10である八柱の主神たちとも会っていた。
それと同格である存在が目の前で弘樹の隣に佇んでいる。
実は隠された九柱目が居たのか?
それとも何かしら起きて霊格が向上した結果なのか?
いや、あの感じ、私の知る神ではない?
全ては彼らに聞けば済むことかも知れないと思いつつ、速度を落としてゆっくりと公園へと舞い降りるのだった。
ほんの僅かに時は遡る。
弘樹とソフィアが基本的な創造を終わらせ、小春、貴彦、セラフィーナが輪になっていた事に驚いた直後、最初にソレと気付いたのは誰であったろうか?
手を繋ぎあった三人と、創造を行った一人と一柱。
それぞれが違和感を感じ取った。
エアリスやミルラなど、その場に居たセラフィーナを除く八柱界の者たちが皆、まばたき一つせずに固まっているのだ。
よく見れば丸で氷に覆われたかのように、キラキラと硬質な光を反射する透明な何かに覆われている。
「一体何がっ?!」
セラフィーナが戸惑いと不安からか大きな声を上げた時、事もなげな様子でソフィアがぽつりと呟いた。
「マスター、最後のサブマスターがいらしたようです」
その言葉に弘樹が答えるより前に、トンっと軽やかな音を立てて一人の少女が天から舞い降り立った。
「あぁ、貴女はそうなのね?
それで攻撃も締め出しもくらわなかったのね」
十六那はソフィアの様子や言葉に納得したのか小さく頷くと、それぞれ異なる理由で固まっている人々へと顔を向けた。
セラフィーナを除く八柱界の人間は透明な何かに覆われてその動きを止め、弘樹は突然空から舞い降りた十六那に驚いて固まり、貴彦と小春は何が何やらと言った表情で固まっていた。
「夢幻の〈仮初〉か世界に蔓延していた〈誘導〉が破られたせいかしらね?」
動かぬ人々を見て十六那がさもありなんと言う様子で話した。
解説好きは変わらないようだった。
「十六那さん、一体どうやって?」
「僭越ながら私が説明致します。
先程貴彦様、小春様、そして客人のセラフィーナ様及びその魂の根源的な神格が放った光が〈新世界〉の扉付近に次元の穴を穿ち、そこから入っていらした様です。
なお、他にも侵入を試みようとした者達は排除致しました。
勿論、〈夜〉には手出ししておりません」
弘樹の問に、ソフィアがその他の事も含めて答え、十六那がありがとうと礼を言った。
「十六那さん、こんにちは〜」
と霊格の補正で落ち着き始めた貴彦が挨拶をし、
「十六那さん、お久しぶりです!
お元気そうで良かったです!
所で何がどうなっているんですか?」
同じく落ち着いてきた小春が挨拶がてら質問すると、
「お久しぶり〜。
そうね、平たく言うと八柱界のメッキが剥がれたのね」
と気軽な様子で十六那は答えた。
仲間たちの身に何が起きたのか、回復魔法や治癒魔法、ポーションなどを試していたセラフィーナは、その理由を知る者が現れた事に気付いて十六那へと詰め寄った。
「初めてお目にかかる!
私はセラフィーナ・ポムグラネイトと申します!
何が起きているのか、そしてどうすれば彼らを助けられるのか、どうか、どうか教えて頂けないだろうかっ?!」
グイグイと迫るセラフィーナに十六那は若干引きながらも「場所を変えましょう」と提案した。
「いや、しかしっ?!」
セラフィーナは食い下がろうとしたが、弘樹もそれが良いと考えたのか固まった人々込で全員を神域内にある自分の館へと転移させた。
固まった人々は屋敷の一室へと安置し、ソフィアを含む残りの面々が応接室で十六那からの説明を受ける事となった。
それぞれの前にお茶やコーヒーが置かれ、少し落ち着いてから話し始めた。
「彼らが固まった原因、それはそもそも八柱界や神々の根本的な点を説明する必要があるわ。
推測も多いけれど多分大きく外れてはいないはずよ。
セラフィーナさん、貴女も焦らず最後まで聞いてね?」
居ても立ってもいられなそうなセラフィーナに釘を刺し、十六那は説明を開始した。
「まず私がワイルドハント関係で皆と別行動をした訳だけど、これは神々の側の状況や情報を探るためだったの。
そして分かった事は、神殿の教える神々のルールと神々内部でのルールは別だってことね。
グレーゾーンが多すぎて決まりとも言えない自由さがあったわ。
まるで八柱界は本気で創造した訳ではなくて、それっぽい遊戯場感覚なのよ」
弘樹は何となくそうだろうなと感じていたが、小春や貴彦はそもそも神々のルールなどにあまり興味がないようだった。
セラフィーナは逸る気持ちを抑えるのに精一杯らしい。
「次いで魔神となった事で分かった事があるわ。
第八大陸の創造の手伝いや、全てではないけれど、大半の魔物や魔法、異能を主としたスキル、タレントへのアクセス権限を得て調べた結果、いくつかの事が見えてきたの」
と鞄からメモを数枚取り出した。
「まず八柱の最高神を始め、今回の世界創造には真の意味での創造神が加わって居ない事。
神話において主神と創世を行った神がイコールではないのは極普通な事だけれど、主神格や創造神の側面を持つ者はいても、例えばブラフマーのような創造を主とした神は参加していないの」
ソフィアは気付いていただろうと十六那がチラッと目を向けると、案の定肯定と取れる頷きが返された。
「そして歪みの浄化、これもそれっぽい事を言いつつ納得の行かない物が多数あったわ。
例えばイシュタルやブリジットなど、キリスト教により歪められた神々が浄化対象になっていない点。
高位の神が無理だとしても、フェニックスやケルベロスなど、72の魔神とされた者達すらも浄化対象としていない。
キリスト教関係は受け入れない前提で世界を作ったからと言うには弱い理由な気がしないかしら?
何しろこの世界の主神格が歪められているのだから。
まぁ、ダーキニーやサラスヴァティもそういう意味では仏教に取り込まれて変異した訳だし、私も変異したと言えばそうなのだけどね?
でも現状八柱界はあくまでもキリスト教の影響を極力除いたゲームやアニメ、ラノベやコミックなど限定なの」
十六那は一気に話すとふうっ、とため息を付き、お茶を一口啜る。
「そしてね、転移者や流界者には創造や隠世をある程度のレベルを持つ者は居るのだけれど、何れも才能の限界なのかある程度で頭打ちになっていたわ。
例えば小春ちゃんや貴彦君の創造がレベル6位で止まっているようにね?
この世界で創造と隠世を高め、真の意味での創造、霊格10の神すら生み出した〈新世界〉まで至った者は山野弘樹、貴方だけなのよ」
十六那の話に「えっ?俺だけ?」と弘樹は驚いていたが、彼女はそれをスルーして話を続ける。
「そして堕天使たちの存在。
何故あの執事はわざわざ他神族のテリトリーに現れてまで私達、いえ、山野弘樹を八柱界へ送り込んだのか?
ヤツの言動からすると元々そうするつもりだったとしか思えないわ。
運命に多少なりとも関与したと話していたしね?
つまり貴方をあの時、あの場所に呼び寄せたと考えられるわ。
それに変態王子も貴方の実力こそ見ようとしたけど、主が命じたはずの計画は実際の所どうでも良さそうだったわよね?
本来なら彼の、その主の計画を邪魔した時点で皆殺しにされても不思議じゃなかったのに、ね?
そして彼らの送った先で、小六月の面々は一般的な転移者では追い付けない程の異常とも言える速さで霊格とレベルを上げている。
さて、これらをまとめて考えると、ある推論が導き出されるわ」
一旦言葉を切って十六那は困惑する弘樹を見つめ、
「八柱界は山野弘樹、貴方を育てる為に用意された神々の遊戯だったのよ」
そう断言するのだった。




