吉祥果その1
全然区切りは良くないですが、セラフィーナのターン!
残酷な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
吉祥果 〜その1〜
第四大陸には南北に大国が二つ、そしていくつかの都市国家が点在している。
その大国の一つヴェーダ国は大陸の四割強を支配し、南側の大半を領土としていた。
国土こそ広大だが他の大陸同様未開発の地は多く、そして亜神たちの住まう聖域も点在している。
聖域の多くは大陸の真ん中を東西に切り分けた国境付近にあるが、一部は南北それぞれの国内に飛び地の様にして存在しており、聖域に住まう亜神の多くは人間と友好関係にあって貿易を含むやり取りがあり、一部の聖域のみが人間の出入りをほぼ完全に禁じていた。
そんな第四大陸ヴェーダ国内南西部周辺を領地とするのがポムグラネイト公爵家である。
多くの亜神は人間との間に子を成すことが出来、ポムグラネイト家もとある亜神族との婚姻を結んだ者がいた。
現ポムグラネイト公爵の代から見て二代前、現当主の祖父がそれに当たる。
王弟だった青年が武者修行中に亜神の乙女と出会い恋に落ちた。
そうして家を起こしたのがポムグラネイト家である。
亜神の種族や血の濃さ、霊格やレベルによって異なるが、その血を引く者は数代に渡りほぼ長命であった。
成人までは人間同様に成長し、その後はかなりゆっくりと老化して行き、寿命が尽きる数週間から数日前に急速に老化が進む。
なおこれは亜神の血を引く人間の場合であり、亜神はその種族によって寿命の長さも含め異なるとされているが、いずれにしても人間のそれよりは皆長寿であった。
医療や魔法などにより、事故や特殊な病への罹患、魔物に襲われなければ人間の寿命は80年と言われているが、貧富の差は存在しており都市部と農村部では異なるとされる中、亜神の血を引くものは150年から300年程となる。
青年期が長く、美醜の感覚はその文化や個々の感覚で異なるが、世間一般では整った美しさと独特の雰囲気を持つとされ、また引いている血筋の種によって、能力値やスキル、タレントも影響を受けるのが一般的だった。
簡単に言ってしまえば同じ霊格レベルであっても、病気にかかりにくく、身体能力や魔法的な力も平均よりは高く、老化しにくく寿命も長い。
その血も薄まれば人と大差なくなる事が多く、中には先祖返りなども起こるが基本的には霊格やレベルの向上でどうとでもなる差異でしかなかいのだが、しかしポムグラネイト公爵家をはじめいくつかの家はタレントの中に特殊な…特に八柱界の様な魔物が跋扈する世界においてはかなり有用である能力を持って生まれて来る者が多い。
血統タレントの一つ血結晶化である。
そのタレントは己の血を特殊な効果を持つ貴石や宝石に変える物であり、込めれた力やサイズによって異なるものの、結界の創造と維持、魔法や魔術の媒体、血の主とのテレパシー通話、魔物をテイムする為の交渉材料にもなるとされ、第三第四大陸においては高貴な血筋の一つとされていた。
なお血結晶は使えば使うほど小さくなり、使いきれば消滅してしまう。
そんな血筋を引く公爵家の三女セラフィーナ・ポムグラネイトはある日の昼前、馬車に揺られていた。
セラフィーナの冒険者仲間にして護衛の少女ミルラ、同じく斥候職の青年ムギル、元第三騎士団団長にして彼女の剣や盾術の師でありお目付け役でもあるグレイル、そして第三騎士団から派遣された見習いを含む護衛七名と侍女が一人の計12名の一団だ。
本来上位貴族や大商人は魔物の襲撃を考慮して転移者を雇う事が多いのだが、この一行には一人もいなかった。
セラフィーナとミルラ、侍女のハルーラが馬車の中でムギルは御者を務め、他の面々はそれぞれ馬に乗っている。
一行は公都から離れた村々や町を訪れ、結界の維持で消えかけた血結晶を新しい物に交換する旅の帰りだった。
帰り道とは言え極力ルートは重ならない様に考慮し、多くの町や村へ立ち寄る形にしていた。
血結晶石は持ち運ぶ事も可能であり、別の貴族領では代官や視察官などが新しい物と交換するケースもあるのだが、ポムグラネイト領では昔から儀式的な、もしくは為政者一族の義務として視察なども兼ねて年に一度は血結晶化のタレントを持つ者が行う事になっていた。
「姫様、お疲れ様でございました。あと四時間ほどで公都へ到着致予定との事です」
転移者の血を引く侍女のハルーラが亜空間収納から温かなタオルを取り出した。
転移者の血を引く者は流界者の血筋同様に何らかの特殊な祝福を得ているケースが多々あり、ハルーラは亜空間収納とマップ、ステータスウィンドウの祝福も受けていた。
これにより半ば身辺警護の役割も与えられていた。
ただし浄化の祝福は得ていない為、多少は武芸や魔法の心得はあるものの魔物討伐は八柱界の一般人同様非常時のみしか出来ないのだが。
「?!姫様、この先三百メートルほど先に敵影3。
サイズ的に魔獣かと思われます。
商隊を襲撃している可能性あり。
人間は現在イエロー」
ハルーラは亜空間から水筒を取り出しつつも、マップで知り得た情報を静かな声音でセラフィーナに伝えた。
人間は現在イエロー、これは政敵や盗賊などである可能性もある為、現在は中立の光点であってもこの様に表現する事に決めている。
人々を助けに介入してもこちらを獲物として認識した瞬間、赤い光点となる可能性もある為だった。
なお騎士たちより先にセラフィーナへ伝えたのは、この隊のリーダーが公女その人であるからだ。
「いかんな。
救助に向かおう。
ミルラ、風で皆に状況を説明。
馬上にある者たちは救出に向かえ。
ただしイエローがレッドになるようなら諸共殲滅、私もミルラと共にすぐ後を追う」
セラフィーナはやや早口で同じ馬車に乗る少女ミルラに指示を出す。
風使いであるミルラはそっと目を閉じ、風を通してセラフィーナの命を伝えた。
セラフィーナはその様子を確認すると亜空間から白を基調とした金属鎧をスキルで瞬間的に装着し、馬車を走らせたまま扉を開けた。
そう、彼女にも亜空間収納を使用する事が出来るのだった。
「ハルーラとムギルは後から合流してくれ。
ミルラ、行こう!」
ミルラが素早くセラフィーナの首に腕を巻き付かる。
セラフィーナはタンッ!と軽やかな音を立てて走る馬車から飛び降り、そのままミルラの操る風に身を任せて空へと舞った。
「「行ってらっしゃい」ませ」
馬車に残る二人の声を背に、二人の少女は高速で低空を駆け抜けた。
あっという間に馬に乗る騎士たちへ追い抜き、二台の馬車が三匹の魔物、成牛ほどの大きさの黒い犬たちに囲まれている現場へと到着した。
旅人用の厚手の布服や革鎧を身に着けた数名の男女が弓や槍、鈍器で抵抗しているが、木陰が遮っており数人の顔は確認出来なかった。
魔犬とも呼ばれる種の一つ、ブラックドックの小規模な群れなようだ。
慣れた様子で二人は地に降り立つと、セラフィーナは亜空間から長剣と騎士盾を取り出し、ミルラは腰に下げた短剣を取出して各々構えた。
「こちらはポムグラネイト公爵家の者だ!
助太刀する!」
セラフィーナは声を張り上げ、一番近くに居た大きな魔犬へと斬りかかった。
「大地よ!悪しき魔物を捉えよ!」
ミルラは短剣を構えて警戒をしつつ大地へと呼び掛ける。
まるでその声に答える様に踏み固められた地面がうねり、幾つもの触手にも似た細い手となって魔物たちへと襲い掛かった。
セラフィーナの攻撃を避けようとした黒い犬の足や胴に触手の如き手が絡みつき動きが鈍った所で、長剣がその首を刎ねて恵那の光に変える。
他の魔物も同様に拘束されており、馬車の人々も遠巻きながら弓で撃ち槍で突くが、分厚い毛皮に弾かれて掠り傷を与える程度だった。
「弓は止めて!」
ミルラの声に抵抗していた人々は射るのをやめ、そのタイミングに合わせてセラフィーナが魔犬の左目へと長剣を深々と突き刺すと、そのままグルリとかき回す。
脳へと至った剣先が頭蓋内をかき回し、魔犬は恵那の光となった。
その様を見ていた最後の魔犬は、ズズッと音を立てて影と同化して大地の軛から逃れて木立へと高速で移動し、その影から猛烈な勢いで飛び出しセラフィーナへと迫った。
キャンッ!
影はいつしか現れた薄っすらと赤黒い光の壁に阻まれ跳ね飛ばされた。
「あ、あの壁はガーネットウォールっ!!」
「鉄壁…公女様かっ?!」
「なんだって?!!」
「ひゃっほー!お嬢じゃねーかっ!」
ん?お嬢?
少し気になりつつも馬車を守る人々がざわつくのを無視してセラフィーナは長剣を高々と掲げる。
すると彼女を守っていた光の障壁が彼女の長剣に吸い込まれ、赤黒い刃となった。
「光となれ」
宣告する様に告げると、刃の届かぬ距離に身を伏せた魔犬へ向けて長剣を振り下ろす。
魔犬は咄嗟影へと逃げ込んだ。
しかし長剣から放たれた赤黒い光は影ごと魔犬を切り裂き、恵那の光となってセラフィーナへと吸い込まれていった。
「姫!ご無事ですかなっ?!」
グレイルを先頭に騎士たちもやっと現場へ辿り着く。
セラフィーナはちらりとグレイルたちに目をやった後、襲われていた人々へと目を向けた。
「怪我人は居ないか?」
セラフィーナの問に公爵家の姫君だと気付いた人々が、皆深々と頭を下げて礼を述べた。
「助けて頂いてありがとうございます!」
「素早く助けて頂いたので怪我人はございません」
「あっても慌てた時に出来た掠り傷程度でさぁ。
お嬢が気にするようなもんじゃぁございやせん!
唾でもつけりゃぁ治っちまいますとも!」
何だか一人独特な話し方の人がいると思えば知り合いだった。
セラフィーナをお嬢と呼ぶ40過ぎのやや大柄な男。
頭は綺麗に剃りあげており、厚手の服から見える二の腕には分厚い筋肉と幾つもの傷が見え隠れする。
「なんだ、源さんではないか」
「なんだとはひでぇなぁ」
セラフィーナの態度に頭をボリボリと掻く大男は、名を源・サンダースという流界者の鍛冶屋であり、セラフィーナの持つ長剣や盾、鎧にマジックアイテムであるアクセリーすらも彼の作品である。
一見すると戦闘向きに見えるのだが、そのステータスは能力値やタレント、そしてスキルさえもほぼ鍛冶関係に特化しており、霊格3であるにも関わらず戦闘力はD級冒険者並み。
流石にゴブリンやコボルト程度なら数匹倒せる腕はあるものの、先程の様なやや強い魔物相手には殆ど役に立たないと見て良い、そんなオッサンだった。
流界者である為浄化の祝福を持っておらず、戦っても仕方ないと体力や筋力はある程度上げた後は、残る全てのポイントを鍛冶や錬金術に費やしたらしい。
勿論武器や防具の扱い方を知らない訳にもいかないので、最低限の戦闘や魔法のスキルは習得しているが、あくまでもそれらを作製する為でしかない。
セラフィーナはブラックドックのドロップ品を拾い始めた源さんに、
「何故こんな所へ?」と尋ねると、
「いやぁ、なにね。
実は嫁さんの実家が隣の村でしてね。
孫の顔を見せたいってんで送った帰りだったんでさぁ」
源さんの妻ユリアーノ・サンダースは元々第四大陸の住民である。
六年前に二人は結ばれ、四年前に第一子が、そして今年に入って第二子にも恵まれた。
下の子が首も座ってきたので両親に顔を見せたいと妻にせがまれ数日前に送り届けたそうだ。
妻子はしばらく実家で過ごす事になり、仕事のある彼だけが公都へと戻るところだと言う。
「そうか、妻子が巻き込まれず良かった。
ただ見た所手練た冒険者や転移者が居ないようだな?
近場の移動とは言え不用心ではないか?」
セラフィーナのややキツめの問に、
「いやぁ、それなんですがね…」
と源さんが代表して答えるのだった。




