夢
めちゃめちゃ遅くなりましたが、更新します
夢
またこの夢か…
一体何度見たことだろう?
セラフィーナ・ポムグラネイトは夢の中にいた。
そこには自分の姿はなく、地球人であるならば見慣れた映画を劇場で観ているような感覚で、懐かしいような、胸が締め付けられるようなそんな想いをすら抱きながら、席を立つ事も声を出す事も、顔を背ける事すら許されずただ夢を見つめていた。
黒い髪の女が狂気に似た形相で、城と呼んでも差し支えない広い自宅の中を一人彷徨い歩き、誰かを必死に探している。
「いない…ここにも居らぬっ!」
「○○○○!何処じゃ?!
かくれんぼはおしまいじゃ。
早う出ておいで!」
女の声に応える者はなく、住み慣れたはずの広い家に虚しく響く。
女の言葉から自らの子供を探しているのだろうと察したのは何歳の頃だったか。
その名を呼ぶ声だけは何故かぼかされてセラフィーナには聞き取れなかったが、子供の名前を呼んでいるのだろうと今では確信していた。
この女性の夢は幼い頃から数種類見ており、中でも必死に我が子を探す夢は見る頻度が高いように思う。
いつしか場面は屋外へと切り替わり、大きな川や草原、荒涼とした岩場、街や村の中などを時にふらつきながら歩き、時に羽衣を纏って空を駆け、必死に誰かを探し続けていた。
浅黒い肌に豊満な胸、くびれた腰に長い手足、妖艶とも呼べる肉体を持つ深紅の瞳のその女性の姿は二十代にも三十代にも見え、目鼻立ちのクッキリとした美しい容貌は焦燥と不安に満ちている。
「○○○○ー!どこじゃっ?!
どこに居るのじゃっ?!」
それはここでは無い何処かを舞台とした、一度も会った事もない女性、いや天女の如き存在の物語だった。
憔悴しきった誰かを探し続けるその女性の夢は、セラフィーナが物心つく頃から何度も何度も繰り返し見ている夢であり、結末を迎える前に目が覚めるのが常だった。
女の胸に去来する想い、それは半身を失ったかのような痛みと切なさ、そして不安と焦り疑念。
漠然とした物ではあったが、それでもセラフィーナの胸にはぽっかりと大きな穴が空いてしまったような感覚として伝わってくる。
女は髪を振乱し、物陰や大きな籠や瓶の中、井戸や無人の小屋に草むらなど、見落としはないか、我が子の姿を探し続ける。
川で溺れたのではないか?
森で道に迷ったのではないか?
獣に襲われていたらどうしよう! 人や魔物のせいかも知れない。
幾つもの思いが去来し、女の心と体を蝕んで行く。
一日が過ぎ、二日、三日と時が流れる毎に籠や瓶の中を、沼や洞窟を覗き込む度、息絶えた我が子の姿が脳裏を過り、誰も居ないのを確認しては失望と安堵を覚える。
最初の内は泣きながら抱きついてくる我が子を想像し、その姿を探していたはずだった。
しかし時間の経過とともに失う不安が大きくなって行く。
ここにも居なかった。
良かった、やはり死んでなどいないのだ。
きっと何処かで生きて自分を待っているはずだ。
でも、もしも死んでいたらどうしよう。
いや、そんな事があるはずがない。
探さなきゃ。
あの子を探さなきゃ。
希望と絶望。
絶望と希望。
それを延々と繰り返し、一縷の望みを天に託して女は我が子を探し続けた。
飲まず食わず、眠る事すらせず、女は七日間我が子を探して世界を彷徨い続けた。
女が我が子を探す道中、人間の母子の姿を何度も見掛けた。
子に乳を与える母親。
慣れぬ手付きで家事を手伝う子供とそれを暖かく見守る母親。
手を繋いで買い物へと向かう母子。
極当たり前の光景でしかなかったが、その姿に我が子と己の姿を重ね、それはほんの僅かな出来事で壊れてしまう不安定なものでしかないのだと女はしみじみと感じていた。
母親と手を繋いで歩く柔らかそうなぷくぷくの手足を持った幼児に、乳の匂いをさせて眠る赤子に、女は一瞬食欲を唆られたが、今は腹を満たす事より我が子の事が優先だと再び天を駆ける。
そう、女は人を、中でも幼い子供を好んで喰らう鬼神だった。
セラフィーナはとても静かにその様を見つめていた。
第4大陸に生まれ暮らす者にとって、それはすでに常識ですらあったからだ。
亜神、または亜人たちは人間と会話する事が出来る。
見た目も近く、時に人と子を成す者すらいる。
しかし亜神とは人に近しい存在であると同時に、脅威でもあった。
それは雨が恵みであると同時に、大きな災いを呼ぶ存在でもあるように。
それほどまでに霊格とレベルに差があるのが亜神種と人との違いでもあるのだが、それは流界者や転移者にも言える事だった。
第1第2大陸よりは人間個々のレベルは高く、霊格も2や3に上がる比率は高くはあるが、あくまでも2つの大陸に比べればである。
人と亜神は交配は可能であっても、存在の有り様としては大型の猛獣と小型の草食動物ほどの差がある。
人を食らう性を持つとしても、それは神霊精霊の類であって魔物ではないとされている。
肉食獣に肉を食べるなと言う方が無理があるのだと、セラフィーナは考えていたし、第4大陸民も大体は同じ考えだった。
そもそも多種に渡る亜神たちは、その全てが人を食らう訳でもなく、人間と変わらぬ食事を摂るものやほぼ野菜しか食べぬものなど様々であった。
天を駆ける女の姿は、第4大陸で何度か見掛けた事のある亜神種アプサラスにも似ている。
しかし彼女たちの容貌は白い肌に黒い髪であり、白や薄っすら青い羽衣を纏って天に舞う、天女とも呼ばれる種族であり、美しさの方向性が異なっている様に思えた。
女の様はより猛々しく野性味を感じさせ、天を舞うのではなく空を駆け抜けていた。
第4大陸にはアプサラス以外にもいくつかの亜神種が住まう地があるが、大陸一の大国ヴェーダ、その辺境であるポムグラネイト公爵領内に住まうのは先に出たアプサラスやキンナラ、ガンダルバなど多岐に渡る。
種族毎に特徴があり、人と混じって町中で暮らす者もいれば、時に閉じられた森や聖域とされる山や湖、島などに住まう特殊な力を持つ存在たちだ。
それぞれ何れかの神の眷属であり、高位の者は神使であったり、中には下級の神籍を持つ神である事すらある。
その中でも半神種とされ、反面個体によっては魔物に近いと恐れられているヤクシャ、ヤクシニーの類かも知れないとセラフィーナは何度も見た夢から考察していた。
それは日本における鬼にも似た性質を持っていた。
森の精霊であり、鬼神でもある。
また水にも縁がある神性を持ち、人に幸運をもたらす事もある反面、時に人を喰らうものもいる。
神話や伝説にありがちな多様性を持つそんな存在だったが、何故彼女の夢を何度も何度も見るのか、神殿などで相談をした事もあったが答えらしい答えを得る事は出来なかった。
そんな事を考えつつも気付けば夢は終わっており、セラフィーナはベッドの上で目を覚ました。
誰かの記憶の断片であるのか、この夢の結末をセラフィーナは知らない。
何故ならいくつか見る黒髪の女の夢は、大体同じ所で終わるからだ。
夢は夢だ。
引きずった所で意味などないのだと夢を見る度に考え、意識の隅に追いやる癖すらもついていた。
セラフィーナは見慣れぬ室内を見回し、ここが【新世界】と呼ばれる異世界にある宿である事を思い出した。
セミダブルのベッドに小さなテーブル、ドレッサーにソファなど、品も広さも実家の自室と比べれば劣るものの、それでも普段冒険時に使用している宿に比べれば遥かに質はよく機能的な作りになっているように思う。
トイレや浴室なども完備されており、備品の類も申し分なかった。
窓の外を見れば夜が明け始め薄っすらと明るくなった空と、少し離れた海上に自分たちの乗っていた船、浪越一号と巨大豪華客船三界丸の姿が見える。
窓を開ければ潮の香りと僅かな湿気を帯びた風が吹き込んで来てほんのり肌寒さを感じたが、セラフィーナは寝間着の上に薄いカーディガンを羽織り、部屋に設置されていた器具等を使ってコーヒーを入れると、それを手にベランダへ出て設置されているテーブルセットの椅子に座った。
ここは異常だと、温かなコーヒーを飲みつつもセラフィーナは感じ続けている事を脳内で整理し始めた。
この【新世界】は静寂に満ちており、避難した乗客や船員たちの立てる物音や気配以外、肉体を持つ生き物を感じる事が出来ない。
草花や樹木は生い茂り活き活きとしている様に見えるし、風や水、草木の精霊たちを見る事も出来たが、海鳥をはじめとする鳥たちの姿も全く見かけない。
新設された港街であるにも関わらず人間の気配は全くなく、船も浪越一号を除けば手漕ぎの小舟すら見当たらない。
商店はあっても全て閉まっており、ゴミ一つない町並みは閑散としていた。
案内してくれた弘樹の仲間の一人、小春曰くこの世界は弘樹の隠世から派生したタレントにより作られたばかりなのだと言う。
セラフィーナはそれを聞き、おかしいと強く感じていた。
山野弘樹とその仲間である小六月の面々は、現地人であるはずの二人も含め、そんなもんだよねー程度の認識であるようだが、これは異常だとセラフィーナの知識や感覚が訴えている。
転移者にして亜神、そして下級神を名乗る存在が、広大な【世界】一つを丸々創り出すなどあり得ない。
これではまるで、創世八柱の神々や他の神々が協力して行っている事を山野弘樹個人が行ったと、そう言っているのと同じだからだ。
タレントである隠世その物がある程度レアな物ではあるのだが、身近に持つ者が全く居ないか?と言われれば低レベルのものも含めそれなりには居る。
知り合った亜神の持つかなりの高レベルな隠世に入った事もあるが、それは森の中の屋敷であったり、いくつかの山々の中にある村であったりで、決してここまで広大な物ではなかった。
そもそもが才能が無ければスキルやタレントのレベルは止まり、ポイントを割り振る事すら出来ないのだから、元々は人間であった弘樹に創造に関わる大きな才が、セラフィーナの知る亜神たちよりもあったという事だ。
カップの底に残った冷め始めたコーヒーを飲むと、セラフィーナは食器類を持ったままゆっくりと立ち上がり室内へと戻った。
と、背後から甲高い海鳥の鳴き声が聞こえて来た。
「えっ?」
セラフィーナが振り返ると、極僅かな数だったが海鳥たちが潮風に乗って海の上を飛ぶ姿が見えた。
それは色褪せた寒々しい世界に僅かな色を与えていた。
反面、まるでセラフィーナの心を読んだ誰かが突然海鳥を生み出したかのような違和感も覚え、冷え始めた体をぶるりと震わせながら窓をそっと閉めるのだった。
ソフィアは姿を現す事なく、静かに金髪翠眼の少女を見つめていた。
彼女はこの世界の管理者であると同時に、世界そのものでもあった。
主たる弘樹の命により、鳥や動物、昆虫や魚、プランクトンや細菌など、弘樹の知識や八柱界由来の知識を元に少しずつ世界のあちこちに創造していたのだが、その一現場をセラフィーナに目撃されてしまったらしい。
別段目撃されても困る訳ではないのだが。
元々精霊であり現在は最高位の神格も持つソフィアは、意識して読もうとせずとも人々の感情や表層意識の思考の一部は勝手に流れ込んでくる。
それは人が姿形や声、匂いなどの情報を感覚器官が得るのと同じレベルの事でしかなく、ソフィアにとっては当たり前の事であり、多くの精霊や神霊的存在も同様であった。
故にセラフィーナの抱いた疑問も極当たり前の事として感じ取っていた。
通常ソフィアは、マスターやサブマスターたちの意識は承諾を得ない限り読まないようにしており、言動やオーラ、大雑把に放たれる思考波などで感情や意図などを察する程度で留めているが、客人たちには特段そこまでの気遣いを行ってはいない。
それが本来の彼女であるのだから、自身の上位存在とは扱いが異なるのは当然な事であった。
八柱界由来の精霊としての側面も持つソフィアには、人間や亜神では知り得ない知識や情報もある程度以上当たり前の事として得ている。
その観点からしても山野弘樹と言う存在はかなり異質な存在だった。
人の身でありながら、錬金術ならぬ高レベルの創造や、八柱界より遥かに広大な世界をタレントとして持つなどあり得ないのだから。
霊格6となった小春や貴彦も創造は取得しているが、どちらもレベル5〜6程度だろう。
いや、製造に熱意を向ける貴彦なら10まで上げる事が可能かも知れないが、弘樹の創造レベル20には到底追いつけない。
八柱界は敢えて未完のままに創造を繰り返しているのだが、それでも上級神や創世八柱神たちですら持ち得ないものを弘樹は持っていた。
しかしソフィアにとっては弘樹はまさに神であり親であり全てであった。
故に知識としては異質である事を知ってはいたが、特段疑問に思うことはなかった。
サブマスターである小春や貴彦、シンシアやエアリスも「だって弘樹さんですから」で済ませてしまっているのも原因の一つかも知れないが。
また、現状【新世界】では精霊や龍種、妖精種などがあちこちで自然発生的に産声を上げ始めており、セラフィーナの言う色が徐々に数を増して行っている。
弘樹たちに対して敵対勢力となり得る存在を探し出して駆除を行い、世界を維持する為に生まれた者たちを導きを与えるのもソフィアの役目だった。
また弘樹の命により一部生命の創造やサイクル作りも始まってはいるものの、まだソフィアを手伝えるほどの個たる自我を持つ力ある存在は少なく一柱であれこれと行っているので、急激な変化は避け少しずつの変化に留めていた。
勿論鳥だけ生み出しても餌となる虫や魚が居なければ餓死してしまうので、植生なども考慮しつつ同時発生的にそれらの創造を行ってはいるのだが。
そんなこんなでやる事は山のようにあるソフィアだったが、セラフィーナの持つ疑問の思考に興味を惹かれていた。
ソフィアにとって唯一特別な存在。
そして八柱界にとって異質な存在。
それは何を意味するのか?
知りたいとソフィアは願った。
万が一にも主の異質さ、特異さを八柱界の神々が騙し利用しているならば許せるものではない。
どのような理由にせよ、八柱界の神々であっても、地球世界の悪魔であっても、主に敵対するものとなり得るのならば駆除すべき対象でしかないと、当たり前の事としてソフィアは考え行動を開始する事にした。
生まれ始めた龍や竜を始めとした幻獣神獣たち、精霊に妖精、その中には神格を得る者もいるだろう。
八柱界のルールを知る元精霊にして、【新世界】の女神。
弘樹の中にある地球世界の知識や記憶すら得て、ソフィアは【新世界】の筆頭管理者として、そして山野弘樹の眷族として、生まれ来る同胞たちに教えねばならない。
我らの絶対的な主が誰であるのかを。
世界において最も尊く偉大な存在が誰であるかを。
忙しくなりそうだとソフィアは嬉しそうに微笑み、風に冷えた体を浴槽で温めているセラフィーナに聞こえない声で感謝の想いを送り、世界へとその身を拡散させたのだった。




