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ソウル・リファイン  作者: 弥生丸
地球編
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逃げて

逃げて


蛇体に締め付けられ胸から上しか見えない誠治は、既に事切れているのか、恐怖と痛みで酷い形相のまま動くことなく天を仰ぎ、その口からは締め付けられた際に吐き出したのだろう嘔吐物と吐血で濡れていた。


辺りを見回せば近くの城壁の如き大岩にへばりつく大きな赤黒い染みと、その下に黒ずんだ肉塊のような物が落ちていた。

何となくだが聡の成れの果てだろうと弘樹は思った。


そして鬼女のすぐ近くにはマリが仰向けに倒れていた。

胸元から腹が服ごとズタズタに引き裂かれ、地面を大量の血液が濡らしている。


見開かれた目は何も移しておらず、月明かりが反射してほんのりと光り、その口からは胸や腹同様に大量の血液が流れ出し、マリを中心に大きな血溜まりを作り出していた。


鉄錆と酸っぱい臭いはこのせいかよっ?! 


弘樹の胃がキュッと萎み、込み上げてくる吐き気を必死に堪え、近くの岩に寄り掛かる。


反面貴彦と小春の二人は表情こそ見えないが、まるで歴戦の戦士の様に武器を構え、鬼女と相対している。


「逃げて下さい」

貴彦が振り向くことなく、ささやくような、それでいてしっかりと耳に届く声でそう告げた。 

先程までののほほんとした空気を感じさせない、芯のしっかりした声だと弘樹は思った。


その隣の小春がこくりと小さく頷き、貴彦の言葉を引き継ぐ。 

「少しでも多く時間を稼ぎます。だから…逃げて」

振り向くことなく、そう告げた二人は各々の武器を手に鬼女へと走った。 


「えっ?」

貴彦の言葉は小春へ向けてのものだと思った。何故、敬語?とは思ったが。


しかし違った。


考えてみれば名乗り合いすらしていないのだ。

名指しで言いたくとも言えなかったのだろう。


心霊スポットと聞いて及び腰となる程の小心者ないつもの弘樹なら、そもそも鬼女の姿を見た瞬間逃げ出していただろう。


腰が抜けて逃げるどころでは無いかも知れないが。


そもそもが一人なら、霧の中、倒木で道を塞がれていた時点でとっくの昔に逃げていたはずなのだから。


貴彦と小春は各々の獲物を振るい、鬼女の腕や蛇体に小さな傷を幾つも作り出していた。

体の大きさから言えばかすり傷程度でしかないだろうが。


鬼女はとぐろを解き、誠治の死体を踏み潰しつつ爪や尾で二人に襲い掛かるが、その大半は避けられ、時に受け流され、能面に隠された表情は分からないがかなり苛ついているように思える。


と、鬼女は巨体に似合わぬ素早さで二人から後退って距離を取り、両手を掲げて振り下ろした。

何もない空間に野球ボールほどの大きさの水の玉が複数現れ、高速で二人に襲いかかる。

「くっ!」

「きゃっ!」

二人は時に身を捻り、時に前後左右に動いて避けようとするが、そのすべてを躱すことは出来ず数発ずつ被弾し吹き飛ばされた。


岩場に転がる二人に追い打ちを掛けるべく、鬼女は貴彦に狙いを定めて尾を振るう。

貴彦は転がりながら避けようとするも水球のダメージが影響してか尾が体にかすり、数メートルほど弾き飛ばされた。


その間に小春は立ち上がり、再度小太刀で鬼女に斬り掛かる。


地面をゴロゴロと転がった貴彦は、その隙にヨロヨロと立ち上がる。



弘樹は動けず、岩に身を預けたまま、その様を見詰めていた。


特殊な状況で、ほんの少し大人ぶってみただけの自分。 

職を失い、見切り品のために近道をする程度の、スプーンを曲げる程度しか特技もない、そんな厄年の中年男。


今も死体と化け物への恐怖、そして吐き気と戦っている最中の弘樹だが、何故か彼らを置いて逃げるのは違うと感じていた。


彼らのような武器すらなく、武術の心得など全くない自分。


それでも、自分の半分も生きていない彼らが、名前さえ知らない自分のために時間を稼ぐ?


最低でも三人もの人間を殺したであろう化け物相手に、逃げることなく剣を振るう?

今も傷つき血を流しつつ、かばい合いながら必死に戦う二人。


そんなのおかしいだろう?


弘樹はふらつきつつも岩から身を離し、自らの足で立つ。


いつしか吐き気は消え去り、フツフツと胸の奥底から熱い何かが込み上がってくるのを感じていた。

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