そりゃあもうスクスクと
そりゃあもうスクスクと
三人はあれやこれやと騒いでから神殿の隅に追い遣られた屋敷へと戻り、シンシアとエアリスに状況を説明した。
近くの温泉へ行こうとしたら別世界が広がっていたらさぞ驚くだろうし、広大過ぎて迷ってしまっても困るだろう。
しかし説明を聞き終えた二人は案外冷静であり、すぐに納得してしまった。
神々が実在し創造も続けている世界の人間なのだ。
生きているうちに地形が変わったり、魔物が増えたり、そんな事に何度か遭遇してもおかしくない所に住んでいるせいか耐性のようなものがあるらしい。
「お三方、特に弘樹様の持つ世界となればその位は?」
「そうですよね?慣れました」
どうやら元々の耐性にプラスしてこれまでの出来事でより動じなくなってしまったようだ。
少し寂しい思いを懐きつつも、弘樹は先程ソフィアに伝えた事項に穴がないか、思考を巡らせてもいた。
精霊や妖精、竜などの幻想種が自然と生まれるのは問題ないが、敵対的なものは討伐対象とする点。
また管理統括が必要ならばソフィアにほぼ一任し、特殊なケースのみ弘樹が動く事とした。
鳥や昆虫、動物などは弘樹やソフィアの知識から創造する事とし、実際いくつかの種をあちこちに創造した。
食肉などのために輸入した兎が逃げ出し、捕食する肉食獣がいない為に繁殖し過ぎて草木や農作物が多大なダメージを受けた国などは地球世界でも耳にするので、間引く意味でも肉食獣や毒性の少ない爬虫類なども同時に創造した。
微生物も原則病性、毒性の強いものなどは作らず、あくまで世界の運営に必要なもののみを作り出し、以前八柱界から運び込んだ動植物たちは完全に閉ざされた大きな島で生きて行けるよう細工もした。
創造しなくとも外部から狂犬病などが入り込む可能性は否定出来ないからだ。
さりとてすべてを滅ぼすなり、創造によって住む場所を失った八柱界へ今更帰す訳にもいかず、そのような対応となった。
時が経てばエルフやドワーフ、ニンフ、妖狐など人に近いとされる種も生まれる可能性はあるのだが、自然発生ならばあくまで管理はさせてもらうが仕方ないと言う話になった。
弘樹が死んでも存在可能な世界となった事で、万が一何かあってもソフィアやそれぞれに宿った精霊などにはそれなりの役目なりを与えておいた方が良いだろうと思えたので、その辺も相談しつつ決めて行く事になった。
ソフィア曰く精霊や幻想種も、この世界その物が弘樹の一部であり、八柱界の人々がそうであるように弘樹へ敵対するものが現れるとしたら外部の影響くらいだろうとのことだった。
「ソフィア任せで悪いけど」
弘樹はぼそりと呟き、温泉街や可動させていない転移施設の位置などを意識を集中して確認してゆく。
温泉街は聖域の近く、神山の麓に移動しており、転移施設は神殿もどきの中に収まっていた。
ぶらっと行くには遠すぎるので屋敷の一階に新しい扉を生み出し、それをよく使う温泉宿の一つと繋がるゲートとした。
起動可能なのは小六月の面々のみと設定し、その辺も札に書いておくのは忘れないようにし、双方の扉に創造して下げておく。
別の部屋に居ても空間使いや透視、サイコメトリーなどを掛け合わせてみると簡単に行う事が出来た。
ソフィアにはゲートの設定変更の権限を持たせたので、客人が増えた場合にも迅速に対応してくれるだろう。
「さて、それで二人に訪ねたいのだけれど、そろそろ他の大陸も見てみたいと思ってね。
他の大陸へ移動する際にはやはり船での移動か特殊なゲートなんかを使うのかな?転移門とかそんな感じで」
「新しい大陸の開放時など神々が移民希望を募る場合は大抵期間限定のゲートが神殿に設置されます。
現在は募集がなされていないのでゲートは利用できませんね」
「一般的な貿易などの交流には船を利用する場合が多いですね。
海や水周りには魔物も多いので、船団を組むケースや特殊な魔導具を乗せたり、転移者や冒険者を護衛とする事も多いです。
船に関わる人々も基本的に水や風の魔法やタレントを使える者が重宝されると聞きます。
あとは水に関わりの強い従魔持ちなどですね。
国家間の場合は海軍の護衛付きの船を出しますが、貴族はともかくとして王家の者は稀にしか他国へは行来ませんのでこの程度の情報しかありません。
なお貨物船や客船に関しては第二大陸及び第四大陸へ月に何度か定期便が出ている程度で、他の大陸へは船団が稀に行く程度となっているはずです。
他大陸への船となるとニチボの港からが多いかと思います」
「海路を使うのでしたら一度海や水の神々にお話なさった方が良いかも知れませんね。
ニチボには水神様や海神様方を祀る祠があったはずです。
何かしら問題を起こして後で叱られても怖いですし、是非事前に訪れるのをお勧めします」
「私はともかく弘樹さんと貴彦は何をするか分かりませんしね。
エアリスさんが言うなら祠へ行った方がいいですよ」
神官であるエアリスと第二王女であるシンシアの説明を聞き、何かやらかすのを前提に言われて居るのが気になった上に、小春からも微妙な目で見られている事に寂しさを覚えつつ、あれこれ確認する事が出来るのならばと水や海の神々の祠があると言う第一大陸最南端のニチボへ向かう事になった。
現地人二人は何度か訪れたことがあるそうなので、ニチボまでは転移で向かう事にする。
今回は小六も連れて行く事になった。
ソフィアに預けていたので彼女を呼び出しにそう伝える。
「え?あぁ、小六ちゃんですよね?
え、ええ、ちゃんと居ますよ?
そりゃぁもうスクスクと育ちました。
えぇ。
小春様が呼べば飛んでくると思います」
ソフィアは機関銃のように喋ると口を噤んでしまった。
少しキョドっているようにも見えるが、小春は気にせず窓を開け、大声で「小六ぅー!」と呼んだ。
アオーーン!
野太い狼の如き遠吠えが聞こえて来たかと思うと、オーロラの間を黒い翼を開いて飛翔する小六の姿があった。
何だか幼体のコロッとした可愛さがなくなり、凛々しい大人の和犬に大きな翼が生えているように見える。
小六は高速でグングンと屋敷へ迫り、その巨体が庭へと降り立った。
そう、ドラゴンかと思えるほどの巨大だったのだ。
「あれ?小六が大六になってるよ?」
小春が小六を見上げて呆然としていた。
僅かな期間離れていただけだったが、獣や魔物の成長速度が早いのか、鼻先から尾まで入れれば20メートル近い巨大な犬となっており、その存在感はサイズ以上に大きく跳ね上がっていた。
「いや、成長っていうか進化っていうか、もはや別物だよね、これ」
弘樹の素直な感想にソフィアがオロオロしつつ小春に謝った。
「申し訳ございません!
マスターがこの世界を隠世から新世界へと格上げを行い、自動的に創造が行われたの際、一部エリアを除いて大規模な力の渦となりました。
小六ちゃんは屋敷で寝ていたので大丈夫だと思いこんで居たのですが、異変を感じたのか外に出てしまい、新世界創造に巻き込まれまして…」
「やったの俺?!…ごめんなさい」
何も考えずに行動していた弘樹のせいだった。
「あぅ、でも中身は小六なんですよね?繋がりは感じるのにとても遠く感じるんですけど…」
「それはっ、新世界の影響で霊格が急速に上がり、この世界との強い絆が発生し獣神にして獣王となってしまいまして。
元々は妖怪種ですが神の権能やドラゴンの血を得た特異体であった事もあって、すでに小春様の霊格とレベルを凌駕してしまったのです。
本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるソフィアに、皆の視線は同情的だった。
何しろ根本的な原因は弘樹なのだから。
「霊格もレベルも遥かに上だと、従魔契約が成立しないんじゃないですか?
弘樹さん、今回ばかりは流石に酷いですよ」
貴彦が冷たい目で弘樹を見つめ、エアリス達も含めて微妙な空気の流れる。
「くぅ〜ん」
小六が小春に巨大な頭を擦り付け、彼女は愛しそうその頭を撫でる。
「仕方ありません。
実はずっと考えていたのです。
あの状態の小六を連れての旅は、実は危険じゃないかと。
私達と違ってまだ卵から孵ったばかりですし、一緒に居たい気持ちが強くて連れ歩いてしまいましたが、ここで暮らした方が弘樹さんがまた変なことをしない限り安全だと思うんです」
じっと小六の大きな瞳を見つめつつ、小春は何かを決意したようだった。
「小六、あなたとの従魔契約を解除します!
この世界で元気に生きて他の子たちを守り導いてあげて」
小春の言葉は言霊となり、双方に歪な形で繋がっていた契約が消え去った。
小六は頷く様に頭をこくっと動かすと、その巨大な翼を広げて庭から飛び立って行った。
「小六、元気でね」
半泣き状態の小春にエアリスとシンシアが寄り添い慰める。
「小春、本当にごめん」
弘樹が深々と頭を下げ、小春はこれでよかったんですと小さな声で答えるのだった。
ソフィアは統括女神としての権能を発動し、小六が暮らしやすい環境を聖域近くの龍穴の一つである山を作り変えて行く。
小六はそこが気に入ってくれたようで、丸くなって寝ているのが弘樹の脳裏に過った。
しばしの間休憩した後、一行はニチボの町近くの祠へ付近へと転移した。
第一大陸最大規模の港町であるニチボには、巨大な船がいくつか停泊しており、大小様々な漁船も繋留されているのが遠目からも見える。
山の緩やかな斜面に家が無数に建てっており、平地には港を取り巻くように加工業や商業施設、宿泊施設が集中しているようだった。
水と海の祠は町から徒歩で一時間ほどの海沿いに建てられており、町から祠までの道中は特殊な結界によって守られていた。
霊格が高まり霊視のタレントも持つ弘樹の目には、いくつもの青や水色、紺色などの光が町から祠へと至る道に沿って漂っているのが見えた。
多分これが結界、もしくは結界を構成する神の力なのだろうと推測する。
「祠は港付近や町の近くに建てればいいんじゃないんですか?」
「神々の一部は町中の喧騒を嫌う方もいらっしゃるので、少し離れた所に作ったそうです。
ただ魔物に襲われる事がないように神々が結界を張ってくれたそうですよ」
と疑問を抱く貴彦の言葉にエアリスが答えた。
祠は崖の数メートル手前に建てられた、一畳にも満たない木製の小さな建物だった。
日本の寺社にあるそれに良く似た作りになっており、観音扉はしっかりと閉じられており、こちら側にもお賽銭の感覚があるらしく小さな賽銭箱が扉の前に置かれ、その近くには酒の瓶もいくつか置かれていた。
「定期的に町の神官がお賽銭やお供え物を回収しています。
お酒は口を開けて海に注いで瓶や瓶のみ回収していますが」
自然に酒類を注ぐのは環境に優しくない気もしたが、鉱山などを除けば公害とは無縁な世界であり、神々の存在がとても近いこの世界では極自然な事なのかも知れないと弘樹たちは思った。
亜空間からお供えの酒類や果物などを取り出して祠に供え、賽銭箱に転移者の三人はそれぞれ10万円大金貨をそっと入れて手を合わせる。
柏手も打とうか悩んだが、サラスヴァティは日本に渡って弁財天、つまり仏教系の神格を得ているのでそのままの方がいいのかな?と思ったのだ。
「え?!そんなに入れるんですか?!」
エアリスが慌てているが、「気は心だ。払える範囲でいいんじゃね?」と弘樹に言われ、立場が逆な気がすると思いつつも千円大銀貨を、シンシアは一万円金貨を賽銭箱に入れて祈った。
と、閉じられていた祠の戸が音もなく開き、五人共にふわりと体が浮いたような感覚を味わうと、辺りの景色が一変していた。




