太陽神の祠
太陽神の祠
それぞれが風呂で汚れを落として温まり、ゆったりとした時間を過ごした。
その後はハーブや紅茶、コーヒーなど好みの飲み物を飲み、材料を亜空間から取り出してご飯を炊き、具沢山の味噌汁にドラゴン肉の和風サイコロステーキやサラダなども作って大皿に盛り出してゆく。
木製のトングもつけたので、それぞれ自分の皿に移して食べた。
「どうしようもない量のドラゴン肉を見るとげんなりする事がありますけど、こうして食べるとやはり美味しいですよね」
貴彦は大根おろしをサイコロステーキに余分に掛けつつ素直な意見を述べた。
そう、ドラゴンやグリフォンなど中型から大型の魔物は倒すたびに数百キロから数トン単位でドロップするため、亜空間の中はドラゴンやグリフォンなどの肉や素材で溢れかえっていた。
八岐大蛇の肉も二体目、今回はサイズも桁違いであった為、ドロップした肉は本当に東京ドームを連想させる大きさだったので、亜空間内を感知してみると肉が圧倒的なスペースを締めていた。
数だけなら牙や血液、魔石などもかなり多く、希少金属類もそれなりにはあるのだが、二人の隠世にそれぞれ大量にあるのでそこまで多くの希少金属を亜空間へ入れておく必要もなく、肉だらけとなっていた。
「ホイホイ売り出す訳にもいかないしなー」
血液一本があの価格である。
肉には血液ほどの価値はないとしても、この量である。
果たして幾らで取引されるのか、考えただけで恐ろしかった。
種類によって味や硬さが多少変わるドラゴンが数千トン、八岐大蛇のように二体分足したら5〜6万トンはあるのだが、諸般の事情を鑑みるに肉を売り捌くのは至難な事だと思えた。
この他にもグリフォンやヒドラ、ワイバーンにヒポグリフなどの肉も数百キロから数十トンは在庫を抱えている。
以前討伐したイノシシの肉も食べてないなーと思いつつ食事を続けていると、エアリスとシンシアが箸を止めてジッとサイコロステーキを見つめていた。
「これ、ドラゴンなのですか?!」
「ごく稀に献上されて食べた事はありますが、こうも庶民的に振る舞われると感覚がおかしくなりそうですわね」
神官はともかくとして一国の姫は多少なりとも食べたことがある食材らしい。
いや、逆に言うと姫ですら滅多に食べれない品を大量に売り捌くのは無理だろうと弘樹は結論着けた。
「あ、そうそう、これなんだけど」
弘樹は二人の躊躇う姿を見て何かを思い出し、亜空間から小ぶりな革鞄を二つ取り出しテーブルに置く。
「さっき作ったんだよ。
色は別々にしたけど好きな方を選んでくれ。もし他の色やデザインがいいなら言ってくれれば作れると思う」
弘樹に言われて「かわいい〜」と喜びつつそれぞれ鞄を手に取った。
「それ亜空間収納鞄なんだけど、ギフトの亜空間収納より制限があるんだよ」
弘樹の言葉にエアリスとシンシアは硬直する。
「弘樹さん、凄いな。新しいタレントかスキルを覚えたんですね!
鑑定してもいいですかっ?!」
貴彦はいつも通り貴彦だった。
「亜空間収納はもういいけど、鞄は羨ましいです」
小春がジーっと弘樹を見つめる。
「いつでも作れるからこんなイメージとか伝えてくれよ。
何ならテレパシーでイメージ読んでもいいし」
弘樹がさらりと言うが、八岐大蛇戦で手を繋ぐ二人の姿を思い出した小春は、顔を真っ赤にして「あ、弘樹さんが私に似合うと思う鞄を作ってくれれば、はい、もうそれで嬉しいので!」と慌てて話を終わらせた。
「その亜空間鞄は容量に限界があってね、多分東京ドーム三個分、えっとさっきの八岐大蛇の胴体が三つ分くらいかな?
時間の経過もゼロには出来なくて一日に一秒、三十日で三十秒経過してしまうんだ。
一年で六分もだよ。
物によるけど、温かい物や冷たい物を数カ月から数年なら保存可能ってことかな?」
申し訳なさそうに性能を話す弘樹に、表情がどんどん無くなって行くエアリスとシンシア。
その様子をさらりと無視して、「あー、ギリギリ伝説にはならずに国宝級なんですね」と鑑定結果を語る貴彦。
言葉もない二人を無視して弘樹は説明を続けた。
「その鞄は持ち主とある程度精神感応するようになっていてね、持ち主と持ち主が認めた一部登録者以外は使用できない仕組みなんだ。
あ、作った俺も使えちゃうのは簡便してくれな。
で、その精神感応を使って脳内イメージとして検索結果や容量などを表示可能、物の出し入れも同じだな。
ただし品物の大きさはともかく、鞄の口を開けないと出し入れ出来ないようにしておいた。
イメージって大事だからね。
それと触れないと収納出来ないから気を付けて。
あと生き物も無理ね。
それと持ち主登録された品は本人以外収納出来ないんだ。
例えば小春ちゃんの疾風迅雷は入れられない。
それに○○家の財宝とか、完全に他人の物と持ち主が認識出来る物も入れられなくした。
相手に頼まれてとかなら可能なんだけどね。その辺は少し苦労したよー」
弘樹は楽しそうにあれこれ説明を続けていたが、二人はどうにか硬直から抜け出して、「国宝を肩から下げて歩けと言うんですか?!」「こんなに可愛いと冒険の時困る気が」とそれぞれ別方向の声が上がった。
「あくまで鑑定結果がそうなだけで、国宝じゃなくて魔道具鞄だってば。
それと見た目なんだが多少の事では傷付かないし破壊される事もないようにしてある。保存的な術式かな?
そもそも古竜の革を使っているからそうそう壊れないとは思うんだけどね。
それから偽装機能も付いててね、三種類から選べるようにしたんだ!
偽装ってイメージしてみて!
麻風、茶色い革風、黒革風と色合いだけじゃなく形状や質感も少しだけ変わるんだよ!」
完全に貴彦に取り憑かれたような弘樹は、シンシアとエアリスに熱く語り、その勢いに負けた二人はカクカクと頭を振って仕様の確認をしていた。
「物品鑑定の際に表示される品質は多少違いがあるかも知れないけれど、大抵は粗悪品、低品質、標準、高品質、最高品質、宝物級、国宝級、伝説級、神話級、神宝級と分類されているでしょ?
素で鑑定されると国宝級だけど、偽装モードの時は最高品質と表示されるようにしてみたんだ!」
錬金術だけなら不可能であったかも知れないが、想像した物を生み出す創造でならそれが可能だったのだと語る弘樹。
「ご馳走様でした」
「あ、僕もご馳走様でした」
小春と貴彦はそれぞれ食べ終わった食器を持ってキッチンへと去った。
「あっ?!」
「助けて?!」
エアリスとシンシアの願いは届かず、国宝級の鞄を得た二人は弘樹の熱い語りと言う途轍もない試練を乗り越える事となったのだった。
その後一時ほどして開放された二人はぐったりとしており、各部屋でぐっすりと眠ってしまった。
残った小春、弘樹、貴彦は三時間交代で見張りを行う事になった。
正直十日寝なくても余裕な彼らだったが、今回は弘樹と貴彦の合わせ技が初だった事もあり、ややMPの消耗も多かったので二〜三時間は寝る事になったのだ。
三人は交代しつつ見張りを行ったが特に問題なく時間は過ぎ、目を覚ました面々はお風呂に入ったり簡単な朝食を作ったりした。
なお鞄はエアリスが白を、シンシアが水色を持つ事になったようで、持ち主登録も完了していた。
非常時の為にと食料や水等を弘樹と小春から、魔法薬などを貴彦から受け取り亜空間へ仕舞い込む。
なお貴彦は昨日の試作品から考案した矢を複数作成しており、矢筒を種類ごとに分けてシンシアへと渡し、その他の武器防具護符なども適度に二人へと手渡した。
「亜空間への出し入れってこんな感じなのですね!」
眠って少し落ち着いたお陰か二人は渡された品々を入れたり出しては、キャッキャと楽しんでいた。
準備も整い弘樹は家を土台の岩ごと亜空間へと仕舞い込む。
皆もそれぞれ休憩小屋位は持っていると、何かあった時に楽かも知れない等と話しつつ扉とは反対側、ダンジョンの奥へと向かった。
戦闘領域は足場作りのために巨大な一枚岩に変えはしたが、それは沼地全てと言う訳ではなかったため、ある程度進むと目的地へ向けて幅五メートルほど一枚岩を広げるイメージで伸ばして一本道を作り出した。
最低でも霊格2の面子なので歩行速度はそれなりに早く、30分程で奥へと到着する。
そこには石で出来た高さ4〜5メートルほどの、日本ではよく見かける鳥居が設置されていた。
「この鳥居の奥から神気を感じます」
エアリスの言葉に皆納得した。
瘴気が強かった沼地が鳥居の周りだけ完全に浄化されているのだ。
鳥居からは仄かに温かい光が溢れており、そこを潜れば別の場所へと移動可能なのも何となく分かった。
「もしかしたらこの先に太陽神の祠があるのかも知れませんね」
シンシアが目をキラキラさせていたが、迷宮と呼ばれる程のダンジョンがそんな簡単にゴールへ辿り着ける物なのだろうか?とやや疑いの気持ちを持ってしまう転移者三人だった。
弘樹、小春、シンシア、エアリス、貴彦の順で鳥居を潜ると、そこは柔らかな日差しに包まれた自然豊かな山の中だった。
草花が咲き乱れ、それを囲む森の木々も青々と息づいている。
小さな小川が流れ、小さな魚が泳ぐ姿も見て取れた。
小川に沿うように小道があり、山の上へと続いている。
マップを確認すると五人の青い光点以外は見当たらず、万が一の襲撃に備えつつ五人は山の上へと小道を進むこととなった。
平和な景色が延々と続き険しい岩場などもなくゆるゆると一時間以上歩いた後、未だ天空に輝く太陽に照らされた山小屋ほどの大きさの社へと到着した。
その作りは日本の神社の物であり、こちらの世界で見掛けた和洋折衷などの怪しい作りは一切無かった。
両開きの扉は固く閉じられ、その前に賽銭箱と大きな鈴に太い紐がぶら下がっている。
弘樹たちは日本の感覚そのままに小銭を賽銭箱に入れると鈴を鳴らし、二礼二拍一礼をする。
それを見たシンシアとエアリスも三人を真似ると、鈴の音があちこちから響き渡り、するすると社の扉が開いていった。
そこには祭壇が作られ、一番上に円形の鏡が祀られていた。
鏡が太陽の光を反射すると、それがキラキラと一つにまとまり人の姿へ転じて行く。
そこには艷やかな黒い髪と黒い瞳を持つ美しき女神が、白いゆったりとした白い衣を纏い、穏やかに微笑んで立っていた。
髪には小さな鏡を模した黄金に輝く冠を被り、その身には翡翠などで作られた勾玉などで身を飾っている。
「ヒズルクの王家現第二王女シンシア・ヒズルク、そして先日活躍なさった山野弘樹殿、佐倉小春殿、渡来貴彦殿の転移者お三方、そして神官のエアリスですね?
よくぞ試練を乗り越えこの地、太陽神の祠へと辿り着きましたね」
その声は正に神託の際に聞いた物であり、シンシアとエアリスは神殿流の祈りのポーズを取って地へ伏せた。
三人はどうしたものかと戸惑っていたが、「楽な姿勢で構いませんよ」と祈る二人も含めて声を掛ける。
「まずはシンシアよ、汝に祝福を授けます」
ふわりと女神から光の玉が飛び出すと、それがシンシアの額に触れてそのまま吸い込まれていった。
「あっ、有難き幸せです」
シンシアは声を震わせ喜びを噛みしめる。
「次いでエアリスよ、本来ならこちらの人間の限界を超えさせるにはそれなりの条件が必要なのですが、今回は主神の権限で祝福を与えます」
胸に下げている勾玉の一つをスッと取ると、フッと息を吹きかける。
それは先程シンシアへと送られた光の玉の数倍の大きさとなってエアリスへと吸い込まれて行った。
「そして転移者のお三方、貴方達には少しだけお話する時間を頂きたいのですが、宜しいですか?」
女神の問いに三人が頷くと、「では」と言う掛け声とともに天照大神は光の柱となり、あっという間に三人を飲み込んだ。
強烈な光はあっという間に去り、辺りを見回すとそこは白い雲の上だった。
何故か木製のテーブルや椅子、ソファなども置かれており、「どうぞご自由にお座り下さい」と声を掛けつつ、天照大神も近くの椅子へと座った。
「では遠慮なく」弘樹たちも近くの椅子やソファへ座り女神へと顔を向ける。
「貴方方をこの地へ招いたのは他でもありません。
幾つか誤解を与えてしまった事と一部の暴走、それをお伝えした上で謝罪したかったのです」
憂いを帯びた表情で女神は一人一人を見詰め、ゆっくりと語り出した。
「この八柱界は地球世界の一部の神々が三つの思いを元に作り始めた世界です。
新天地であり、創造を続ける地であり、浄化の地でもある、その点は既にご存知の事と思います」
「浄化には歪みの原因となった地球人が最も適している為に召喚している事も含めてあちこちで聞いていますよ」
弘樹はやや表情を強張らせながらも、少し強気にそう返した。
「えぇ、そうです。
召喚には原則本人の意思でと決めましたが、理解出来ていない者や拡大解釈する者もおりました。
徹底出来ていない部分が大きく、大変申し訳なく思っています。
そして幾つかのテストケースを勝手に神使や眷属にさせている神々が居ることも、最近になり判明致しました。
転移者の召喚のみならず、その魂を転生させると言う発想です。
輪廻の輪や元々魂に関わる神々の神謀によって成されたなら良いのですが、人の魂に関わり無き神々が手を出すのは不自然な行為。
歪みが生まれる可能性がある為禁じさせて頂きました」
「つまり神々の中でも一部の神が勝手に行っていたと?」
弘樹が天照大神に問い、
「えぇ、そうなります。
それも本格的な証言を得られたのはつい最近の事。
新たにこちらの神となられた魔神殿が証言して下さり判明したのです」
と女神は実情を説明した。
「皆様は分霊をご存知ですか?」
と唐突に話を変える女神に戸惑いつつも、「神には色んな面があったり、分身があったり、神社だと御神体から神霊を分霊して新たな社に祀るとも聞いた事がありますが」と弘樹が答えると、「えぇ、概ね間違ってはおりません」と静かに頷く。
「何故その様な事を伺ったのかと言えば、召喚対象の選別方法に影響するからです。
人の中には神の魂の一部、つまり分霊が転生した場合があり、そう言った者たちは全てではありませんが特殊な環境に生まれたり、唯人よりも霊的進化を遂げやすく、魔物と戦う素質もある為なのです」
弘樹は言葉に詰まってしまった。
考えてみれば普通の人間が、恵那の影響などはあるにしても、霊的進化を果し神に近付いて行くなど滅多に起こる事ではない。
偉人と言われるレベルの人々が神として祀られる事は日本ではあるが、普通に生きる大半の人間はそうはならない。
中には橋姫のように生贄として捧げられ、結果としてその地の守護神になるケースなら幾つか聞いた事はあるが。
「それってつまり?転移者の多くは神々の転生者って事ですか?」
貴彦の言葉に天照大神は小さく頷き、「神本体ではありませんが、その一部が魂となり転生した、つまりは分身のようなものですね。
例えば渡来殿と佐倉殿は私の治める地にて八百万の神々と呼ばれる者の、その分霊の転生者です。
はっきりとその魂の色が見えますので間違いありません」
天照大神の言葉に二人は面食らい、「えぇっ?!」と驚きの声を上げる。
「山野殿は天津、国津どちらとも異なる光であるとしか分かりませんが、やはり特別な魂をお持ちです。
それはさて置き、全ての転移者が転生者であるとは限りませんし、あくまでも参考として判断基準の一つとしているのですが、そこに手を加えようとした者がいるのです。
つまりは地球世界の輪廻から魂を奪い、現地の者たちの中に転生者を作り出そうと言うものです。
祝福を持って浄化可能とはしておりますが、それは本来の歪みに関わる因果や魂の力、それに方向性を与える物が祝福なだけに過ぎません。
つまり本来浄化とは本人の力の現れなのです」
歪みに関わる因果とはつまり歪めた世界の者である事だろう。
そしてもう一つ、強い魂が持つ力、その二つを神々が祝福として引き出す事で浄化可能としていたと言う事か。
「あぁ、だから流界者の人々では浄化が出来ないんですね?」
「ええ、そうです。
全てではないのですがこちらに来た行程の違いもあり、マップのみ、亜空間収納のみなど発現可能な魂の力が足りず、転移者とはなり得なかった人たちが多いのです。
逆に言えば召喚されていない方であっても、魂の力が強ければ浄化を始めとした力が使えますから転移者となります。
実際、他の大陸で合計二名確認されています」
確認する弘樹に頷きつつも説明を補足する天照大神。
同じ因果を持ちつつも浄化不可能な状態。
呼称の違い。
召喚以前に浄化可能かどうかが判断基準であると言うことか。
元々合格ラインが高い試験があり、最初からそれを超えた者だけを選んで呼ばれる転移者と、才能を見出された訳でもなく迷い込んでしまった流界者では端から合格ラインへと達せず、浄化可能な人の比率などあって無いようなものなのでイメージが固定され当たり前の呼称、表現として浸透してしまったのだろう。
「あの、それだとこちらに転生させても因果が薄かったり無い場合、全然駄目なんじゃないですか?」
小春がごもっともな事を訪ね、女神は「えぇ、本来ならそうです」と肯定する。
「しかし、神とは言えその霊位、霊格は各々異なります。
例えば神話における主神や一部の力強き神々の分霊であるなら、転生によって歪みの因果が薄まっていても、浄化可能であると考える者たちも居りました。
そして実際可能である事が極々僅かな例ですが判明してしまったのです」
浄化を得意とする神格はそれなりに聞くし、主神でこそ無いものの有名かつ強力な神々は多くの神話にも存在する。
そんな存在ならば、薄まった因果の分を埋め合わせる事も可能と言う事か。
「ただしそれは、地球世界の輪廻を狂わせる事に繋がりかねません。
この世界においても新たな歪みを生み出し得る、とても危険な行いだったのです。
結果、やはり歪みは生まれてしまいました」
天照大神の静かな声が響き、弘樹たちは急に訪れた悪寒に背筋を震わせるのだった。




