瞬間
瞬間
天女が手にしていた石の剣は黒光りしたアダマンタイト製の剣となり、半蛇の持つ三叉も金色に輝くオリハルコンとなっていた。
鬼神なども同様でそれぞれが獲物を手にして侵入者たちを迎え撃つべく通路へと殺到する。
神宝である疾風迅雷を持つ小春は刃こぼれを気にする事なく石の魔物たちを次々と切り裂いて行くが、シンシアの矢はほぼ弾かれ、エアリスの放つ魔法も大した効果を期待出来なかった。
弘樹は神宝である草薙剣を亜空間に仕舞い込み、貴彦から預かったメイスを取り出し殴り掛かる。
彼の武器戦闘はスキル剣術ではなくスキル武器格闘術、つまり数多の武器を使い分ける汎用性こそが最大の特徴である為、受け流しや強打、回避や簡易的なカウンター技などの基本的な物だけであり、小春のようなゲームじみた大技は使えないのだ。
単純に霊格6の身体能力だけでも下手な戦士を遥かに凌駕する実力を発揮出来るため、スキルを使用しなくても本気でメイスを振るえばほぼ必中かつ必殺の一撃となり、敵は粉々に砕け散る。
勿論あるのにつかわない訳もなく、小春と弘樹は途轍もない速度で敵を粉砕していった。
いつだったか十六那が素手で敵を倒す姿を見たことがあったが、自分にもそれが可能なのだと理解できる。
そもそもがこの程度の敵ならば空間使いだけで瞬殺可能なのだが、流石にそれはどうかと思い訓練の為にもと、一部異能を織り交ぜつつも物理戦闘に集中した。
時に敵の攻撃を腕などで受けてしまったが、多少衝撃を受けた程度で傷一つつかなかった。
それは物理防御力と呼ばれる素の守りが、どれほど強固な物になったのかを理解した瞬間だった。
そしてすでに自分は、弘樹が認識する上での【人間】ではなくなってしまった、その事実に気付いた瞬間でもあった。
あっという間の事だった。
ゴーレムの一種である石の魔物たちは、小春と弘樹が剣やメイスを振るう度に一体二体と斬られ、砕け散る。
シンシアの弓矢はほぼ役に立たず、エアリスも相性の問題でうまく戦えずにいた。
あの手の魔法生物には魔法が効きにくい物も多く、単純な力技が最も効果的である事は二人共理解していた。
しかし、目の前の三人、中でも弘樹と小春は常軌を逸した戦闘能力を持つ存在である事がはっきりと分かった。
貴彦に関しては隠世で既にいろんな意味で別次元の存在と認識していた為特に驚きもしなかったが、あの二人は通常普通のオジサンと女の子である事が多く、稀に奇跡を起こしたりはするものの、そこを除けばまだ自分たちに近い存在なのだと思っていた。
いや、思おうとしていたのだ。
しかし小六月の面々からすれば非力な魔物が振るうアダマンタイトの剣は弘樹の薄皮一つ傷付ける事は出来ず、逆に素手でそれを圧し折る様を見て、目にもとまらぬ速さで敵を切り裂き、多重分身して異なる攻撃を繰り出す小春を見て、二人ははっきりと悟った。
彼らは自分たちが辿り着けない世界の存在なのだと。
転移者であったなら、せめて流界者であったなら、また違った思いを抱いたのかも知れない。
いつか目指せる場所なのだと。
辿り着いてみせようと。
しかしこの世界に生まれた彼らには、決して超える事の出来ない壁があった。
霊格3となったエアリスはレベルこそ上がるものの霊格がこれ以上上がる事はまず無いだろう。
神殿や冒険者ギルドで伝え聞く、こちらの世界の人間の最高霊格へと達したのだから。
少し寂しい気持ちもあるが、それでも着いて行こうと思った。
すでに自分も唯人の枠からははみ出てしまい、霊格による外部への影響力こそ大したレベルではないものの、老化も遅くなり寿命も通常の数倍にまで上がってしまっている。
せめて足を引っ張らない程度には強くなろうと、エアリスがそう心に決めた瞬間だった。
シンシアの場合はより深刻にその差を感じ取っていた。
霊格2である彼女にとって、三人はまさに常軌を逸していた。
そう、まさに彼らは現人神なのだ。
彼等はあまり自覚していないようだが、既に神域へと足を踏み入れた為、神殿に殆ど縛られる事もなくなっている。
エアリスのように神への信仰を主として生きている訳ではないが、敬虔な信徒であるシンシアは知ってしまった。
決して敵対してはならないと。
弘樹を見ていて感じたのだ。
一部のスキルこそ使用しているが、その攻撃の大半がほぼ顕現値のみである事を。
これまでシンシアは弘樹の隠世や創造を何度も目撃している。
しかし異能ならぬ単純な肉体的、物理的な力を見せ付けられ、はっきりと【別次元】なのだと理解出来たのだ。
小春が余りにも素早い為弘樹のそれは目立たないが、実際には初めて小春がドラゴンを倒した時より、今の弘樹の方が遥かに素早く的確に動き、すでに神速の域へと達していた。
実際シンシアが弓を構えて矢をつがい、弦をひいて放つ間ほんの僅かな時間の間に、弘樹と小春は数体の魔物を粉砕している。
彼等は少し変わってはいるけれど、良い人だ。
でも誤解してはいけない。
彼等は存在感だけで飛ぶ鳥を落とし、人の呼吸すら止める事が出来るのだ。
当たり前のようにその善意へ甘えてはいけない。
単なる人間同士であっても生じやすい歪みがいつしか誤解を産み、積み重ねる事で滅びへの道を歩む事もある。
不自然な関係は歪みを生む。
善意の上に胡座をかけば、ろくな結果は得られない。
先日の避難や町作りもそうだ。
彼が無償で作ってくれるのを当たり前と捉えてしまうようになったら?
一部の勘違いした連中が彼らに過度の期待を抱き押し付けたなら?
神を人の道具としようとしたのなら?
弘樹たちだけではない。
この世界の神々の怒りを買う事だろう。
何故人が神を敬うのか、その一端を垣間見た気がした。
適度な距離を作り、過干渉は決してしない。
今回王家の迷宮へと誘ったのは、人としての感覚が主であったが、今では違う。
弘樹の異能の数々や貴彦の強力な魔法、先程振るった植物使いの力などあっと言う間に国を砂漠へと変えかねない。
そのどれか一つが国へと向いた時、王都は一瞬で灰燼に帰すだろう。
伝えねばならない。
国の主たる人々に。
以前ナイジェルが不躾な視線を向けて不興を買った事がある。
貴族社会や豪商たちなら許容可能な内容も、異なる文明を生きてきた彼等からすれば完全なる敵対行動となりかねない。
彼等は既に人の域を超えている。
神託が下り、多くの民草は彼らに悪意を持ちはしないだろう。
しかしそれでも人間は欲の張った生き物だ。
そして上下を作りたがる。
頭では理解したつもりで居たが、これはそんなレベルの問題ではなかったのだ。
単なる転移者とは異なる次元の存在。
それが今の彼らなのだとシンシアはこの時初めて実感したのだった。
次々と現れるゴーレムたちは二人に破壊され、貴彦が合間合間に小規模高出力の魔法や異能で砕き溶かして行く。
気付けばフロアの床は多数の魔石やドロップ品に溢れ、大量の恵那の輝きがそれぞれの身へと吸い込まれて行った。
「一段落かな?」
虚空を、多分マップを確認しているのであろう弘樹に小春と貴彦も同意してドロップ品や魔石を拾う。
アダマンタイトやミスリル、オリハルコンの武器があちこちに落ちているが、貴彦はさして興味も持てないようで次々と亜空間へ閉まってゆく。
「多分このフロアのゴーレムもどきは全部破壊したと思いますが、五階まで似たような事があったら結構面倒ですね。
その上や地下もあるかも知れませんし、何か確認する良い手があるといいのですが」
貴彦がぼやきつつ吹き抜けを見上げた。
シンシアやエアリスからすると脅威である魔物たちも、彼らからすれば雑魚に等しい。
それは先程の戦いを見て感じたことではあったが、感覚の開きが大き過ぎてよく分からなくなってくる。
「あぁ、それとシンシアさん、硬い敵にはこの矢を使った方が良いかも知れない」
そう言って貴彦は亜空間から矢筒を取り出し手渡してきた。
「これは?」
螺旋を描く黒い金属製の鏃、棒の部分であるシャフトも同じ金属製のそれは、世界最強の硬度を持つと言うアダマンタイトの矢であり、羽はグリフォンのものだそうだ。
一般的な矢や鏃に魔力を付与した品と比べてかなりの重量があったが、霊格2でありレベルもそこそこある彼女になら使用可能な品だと判断したようだ。
「貫通性を高める術式を組み込んでみたんだけど、材料的にどうしても重くなっちゃって。
本当はミスリルやオリハルコン、神銀辺りを使えるといいんだけど、そうなると強度が下がるんだよね。
矢の強度を上げる術式も組み込むと今度は必中や防御力低下辺りが下がってしまうし」
言ってる意味は理解できた。
理解できたが何言ってんだコイツ?としか思えなかった。
矢は原則消耗品だ。
勿論数に限りがあるので使用可能な物は拾って再利用はする。
しかし折れたり歪んだりした物は邪魔になるだけだし、乱戦時などは回収不可能な事も多い。
希少金属を惜しげも無く使った矢など儀礼的な物を除けばまず通常あり得ないのだ。
確かにアダマンタイトと比べればオリハルコンもミスリルや神銀も軽く柔らかいのだろうが、それでも通常金属とは比べ物にならず、比較対象が間違っている。
そう、これではまるで…
シンシアは貴族と平民にありがちな感覚の差にも似たそれに、謎スイッチが入ったらしく矢継ぎ早に貴彦へ意見する。
「弓矢は命中系や属性付与、威力向上のスキルや魔法、異能を併用しつつ撃つのが基本ですから、魔法や異能との親和性が高いオリハルコンやミスリル、神銀の方が結果的に威力や命中率が高まる可能性がありましてよ?
それに術式は何でも一つに込めようとするから無理が出るのですわ。
剣だって突進や柄、なんでしたら鞘にも術式は刻めます。
弓と矢で言えば、個別に術式を刻むのではなく、双方間で影響し合うようにすればよろしいでしょ?
矢単体、どんな弓を使っても同等の効果を得られるようにと思われたのかも知れませんが、結果として汎用性の為に汎用性が無くなってしまったのですわ。
相互間の相性や使い手のステータス、得意分野等を考慮しなければ、どんなに高性能な武具もその真価を発揮する事は出来ないと思いますの」
そう、どんなに威力の高い武器があっても、重過ぎて誰も振るえなければ単なる置物になってしまう。
スキルや術式が重なり過ぎて無駄になってしまう事もある。
何でも詰め込んで全てにおいての最強を作れば良い訳ではないのだ。
と言い切った所でシンシアはハッとした。
先程気をつけねばと思ったばかりなのに、早速やらかしてしまった。
どうしたものかと貴彦の様子を伺うと、彼は黙り込みジッとシンシアが持つ弓と矢を見つめた。
「あぁ、そうか。
そもそも僕が武具を作るようになったのは、ラクヨには霊格やレベル帯に見合う武具がなかったからだ。
当たり易さより武器の強度や威力が必要だった」
と貴彦は顔を上げてシンシアの瞳をジッと見詰めた。
「でも途轍もない性能の神宝を見たり、滅多に手に入らない特殊な金属、上位素材を大量に手に入れてから目的が入れ替わってしまっていたんだな。
そうだよな。
使い手のステータスや狩場の状況で武具を、弓や矢を変えて行くのは基本だし。
本人がどんな型か、どんなマップで使うかで欲しい性能も変わってくる。
本当に必要な物を強化しつつ要らないものは省く。
汎用性なら一般的な弓師のステータスや得意不得意を調べれば良かったんだね」
素直に話す貴彦にシンシアは同意した。
「そうですわね。
貴彦様は商店や冒険者ギルドに品を卸すおつもりはないのでしょう?
でしたら使い手は限られてきます。
ご自分の腕や新術式、術式の相性や素材同士の相性など、性能を試す為の試作品でしたら何を盛り込んでも良いでしょうし、これもその一品ならば問題はございませんでした。
オーダーメイドもこれから試せば良いことなのだと思います」
シンシアは話しだした当初よりは口調をやや抑えつつ、手にした弓と矢を見つめた。
「ですがご自身の力や能力が高過ぎますと、どうしても他者との感覚的な差や違いを理解しにくい事もございます。
これは貴族や王族と平民の関係性にも類似しておりますわね。
政をしていて実感致しましたが、権力や金銭感覚、他者との関係性など様々な面で齟齬が生じやすいのです。
これ位、この程度と言う事が、相手には途轍もない影響を与えてしまう事もあります」
貴彦へ少し疲れを感じさせる微笑みを静かに向けた。
「単純に戦闘時の使い勝手だけではありません。
重い矢を始め重い装備品は、亜空間を使えない者からすると非常に使い難いのです。
まず霊格2であっても筋力をさほど上げていなければ装備出来ません。
重量的に持参できる矢の数も減りますから手数が減ってしまいますし、そもそも高価なので使い捨ても出来ません。
勿論皆様方ほどの資産や素材をお持ちですと気にもならないのかも知れませんが、一般的には矢が尽きたらもう手に入らない品なのです」
実際弘樹の隠世で希少金属の山脈を目にしており、感覚が麻痺するのも仕方がないのかも知れないと思えはする。
そもそもアダマンタイトをはじめとする希少金属を鍛え上げる事が出来る技術者がそうそう居ないのだから。
「ですからオーダーメイドにしても、どなたかに贈るのだとしても、ある程度使い手の意向を組んだ品、相手を想って作った品が良いのではないかと僭越ながら思うのです」
「そうだね。まずはこの弓矢から作り直そうかな?」
シンシアの言いたい事が伝わったようで、貴彦は姫の持つ弓と矢を受け取るとステータスやスキルの話を始めてしまった。
「…仲良くなって良かったような、ダンジョンの中なの忘れているよーな?」
「まぁどちらにしても小休止は必要だし、ここで少し休もうか」
「道具を出して頂ければ準備いたします」
小春と弘樹、エアリスは警戒を続けつつも休憩の準備を始めるのだった。




