これほどとは…
これほどとは…
僅かに開いた扉から数多の小さき者たちが飛び出し、クスクス、きゃは〜とあちこちを楽しそうに飛び回る。
それは光の玉であったり、昆虫の羽を持つ小さな人が光を纏っていたりと様々な出で立ちであった。
「何事です?!」
エアリスは警戒した様子で辺りを見回し、弘樹は呑気に「妖精?」と小さき者たちを見て呟く。
そんな何気ない呟きに、「ふむ、そうであるな」と扉の向こうから再び女性の声が聞こえた。
扉はゆっくりと開ききると、そこには蜂蜜の如き波打つ金の長髪と澄んだ緑の瞳を持つ美しい女性が自ら光を放ちつつ立っていた。
「我は夢幻の神にして妖精たちの女王マブである。
メイヴでも何でも好きに呼ぶがよかろう。
山野弘樹よ、汝に加護を与えた神の一柱でもあるな」
桜色の唇から紡がれる言葉は凛としつつも艶を帯び、すらりと伸びた手足、ふくよかな胸と腰のくびれを強調する黒にも紫色にも見えるドレス姿が弘樹の心に突き刺さる。
「美しい…」
弘樹は思わず呟くが、夢幻を司る女神は平然と、
「そのような言葉は言われ慣れておる。
細かい事は気にするでないわ。
そんな事よりほれ、中に入り泉に身を浸すが良い」
面倒そうに手をヒラヒラ動かして誘導する。
「しかし夢幻の女神マブ様、これは多数の神々の下した決まりです故…」と受付の神官が申し立てるが女神はこれまた面倒そうに、
「妾の独断な訳があるまい?それとも神官であるお前が神を疑うと言うのか?」と冷たい瞳で神官を睨みつけ黙らせた。
弘樹は未だ呆然としており、エアリスは「あわわわわ!」と謎の声を上げつつ祈りのポーズを取っていた。
その様を見た女神はニヤリと笑みを浮かべて音もなく扉から飛び立ち、エアリスの頭上をふわふわと漂う。
「お主、エアリスと申したかの?
その名、風の妖精や精霊たちと相性が良さそうじゃのぉ?」と言うや否や祈るエアリスの額にそっとキスをした。
それは柔らかな光をエアリスの中に注ぎ込み、内なる恵那と共鳴する。
「えっ?あっ、ちょっ?!」
混乱するエアリスを放置して、女神は再び扉の前へと降り立ち、弘樹を手招きする。
「急いでいるのであろう?あー、もう面倒じゃっ!」
女神は再び舞い上がり、弘樹を抱きしめると空間を飛んだ。
ぼちゃん!と音がして、女神は靴すら脱いでいない弘樹と共に恵那の泉へ飛び込んだ。
「うぉっ?!」
慌てる弘樹の耳元へ桜貝のような唇を寄せ、「さぁ、ステータスウィンドウを開き上げるべきものを上げよ」と告げる。
びしょ濡れになりながらもカクカクと頷き、弘樹は目的通りタレントやスキルを向上させて行く。
「まだじゃ。
お主、前回恵那の泉に浸かった際に月光魔法と夢幻魔法を勢いで10に上げておったの?
それを使うのじゃ。
夢幻は現実と変わらぬもう一つの真実。
月は魔力の源にして神秘の象徴。
その二つを恵那の泉に重ねてみるがよい」
夢幻の女神の導きで力む必要すらなくスキルが発動してゆく。
それは恵那の泉と共鳴し、泉の水全てが光となって弘樹とマブを包み込む。
「さぁ、求めよ!今必要とする力を!」
マブは言うが早いか弘樹の口にその唇を重ね、舌を割り込ませて彼のそれを絡め取る。
女神の接吻や抱擁とは言い難い事の連続に弘樹の脳は焼き切れそうな程の熱を帯びたが、それも泉の光に癒やされて急速に冷めてゆく。
弘樹もいつしかマブの体を抱きしめ、一人と一柱は一本の光の柱となった。
「なかなかであったぞ?」
いつしか光は元の水へと戻っており、弘樹はプカプカと泉に浮かび、女神はその真上に浮かんでいた。
「月と水、そして夢幻に愛されし者よ。
汝にこれを遣わそう」
いつしか女神の手には木を削って作られた聖杯が握られていた。
その中にはなみなみと黄金の如き輝きを放つ蜂蜜酒がたゆたい、水面に浮かんだ弘樹の半開きの口へと注ぎ込まれようとするが、飛来した何かがそれを遮った。
「それ以上は止めて頂こうかしら?」
クルクルと回るそれは怒りを顕にした一人の美少女の手元に戻り、パシッと良い音を立てて掴まれる。
十六那だった。
聖典をブーメランのようにして投げたようだ。
いつどこから戻ってきたのか?
全く分からなかったが、彼女はそういう存在なのだと弘樹は納得する。
そしてそれ以上に毎度思うが、何故聖典は本なのに、鈍器だのブーメランだの、あまりまともな使われ方をしないのだろう?
まぁ、多分そこにあるからとか、謎の勢い的な理由なのだろうがと弘樹は一人納得した。
「貴女の助力は感謝します。
でもそれはいただけないわね?
彼は貴女に従属すべき者ではないわ」
十六那、いや、ヘカテーたる彼女はその存在を開放し、夢幻の女神へ闇夜の如き瞳を向ける。
「夢が夜に逆らえると思うなら、試してみる?」
ヘカテーの怒りは本物のようだった。
「新参者の分際でと言いたいが、貴女様相手では分が悪いかの?」
それは権能の差であった。
夜に住まうものと夜の守護者。
どちらが神として格が上かと言う点もあるが、それ以上に相性の問題でもあったのだ。
ヘカテーは数多の夢魔たちの女王でもある。
マブの得意とする夢幻も、またヘカテーの得意とするものであるのだ。
マブとて戦女神の相を持ち、槍で戦う事も出来るが、神の力が効かぬ巨人を松明で殴り倒した女神相手に戦おうとは思えない。
夢より深き真の眠り、死の女神ですらあるヘカテーにより、夢幻ならぬ無限へと放り込まれでもしたらたまったものではない。
「貴女様がそこまでこの男を気に入っているとは、なかなかに面白いの?
面倒はごめんじゃ。
妾は役目を終えた故帰るとしよう」
マブはふわりと天井スレスレまで飛び上がり、光にその身を転じて消え去った。
バシャバシャと音を立てて十六那が未だ浮かんでいる弘樹の元へと歩き、その身をギュッと抱きしめる。
この娘なんでこんなことやってるんだ?
ボンヤリと十六那を見詰める弘樹の唇に、十六那の唇が重なりゆっくりと離れてゆく。
「うごっ?!」
思わず目を見開く弘樹の顔面に、赤面した十六那が聖典を振り下ろした。
とてつもない水しぶきを上げて弘樹は泉に沈み、十六那はチロッと舌を出してそのまま光となり消えていった。
その場には瀕死に近い状態の弘樹と、それを必死に癒やす恵那の泉だけが残されていた。
「なんか色々危なかった」
傷が癒やされた後、ふらふらと泉から上がり服を着替えて扉から出ると、エアリスがニヤニヤしながら冒険者カードを見つめていた。
「何?どーかしたの?」
弘樹が適度に声をかけると、待ってました!とばかりにカードを突き付けられた。
霊格が3になっていた。
何でもマブに祝福を受け霊格が向上したらしい。
そしてタレントに風使いが、魔法に風魔法が加わり、その辺をふよふよ飛んでいた小さき者の一体が従魔になってくれたそうだ。
神の眷属なんじゃ?と思ったが従魔になった風の精霊いわく女王にオッケーもらった!との事だった。
流石だ!と何となく思った弘樹だった。
そして弘樹も夢幻な状態でマブに、もしくは魔法に導かれて新たに上げたスキルを確認しようとステータスウィンドウを上げ硬直し、即復活した。
「ヤバイヤバイヤバイ!」
弘樹はワタワタと謎の踊りを踊り、エアリスと中年神官は可哀想な人を見る目で見詰めていた。
「霊格が5に上ってるうえにぃ!
スキルとタレントの一部が11になってるし、ついでに創造とか遠隔視、サイコメトリーとか言うタレントまで生えてるっ!
てか魔神の加護ってなんだこれ?!
スキルも魔神魔法が生えてて、勝手にポイント消費されてるしっ?!
てかこれも11になってるよ?!
うわー!」
魔神の加護
魔法や異能の神の加護。
魔力及び加護に+30。
MP+30%。
魔法及び異能の威力が+30%増加。
真の神威を除く魔法、異能による攻撃的、呪詛的な効果を無効化。
魔神魔法使用可能
従魔契約交渉時+30%の成功率アップ。
その他にも謎の称号がいくつか増えており、妖精種を従魔にしやすくなっていた。
元々魅力や睡眠などが無効だったのに加え、攻撃的な異能や魔法を無効化まで得ていた。
謎の踊りを続けつつ、見たままの内容を話す弘樹にエアリスと神官は声もなく驚いていた。
霊格5に至った者など早々出会える者でもない。
それこそ大国の王に会うよりも遥かに難しい事だった。
なおレベル11、つまり限界を超えてしまったタレントやスキルは、隠世、空間使い、念動力、テレポート、月光魔法、新たに増えた魔神魔法も11になっている。
あと謎の称号も幾つか増えていた。
「はっ?そうだった!
こんな事してる場合じゃない!
エアリス、ラクヨに戻るぞ!」
霊格が上がった効果なのか、それとも現実逃避の一種なのか、すぐに立ち直った弘樹はエアリスの腕を掴むと中年神官へ挨拶も適当に済ませてラクヨへと飛ぶ。
ラクヨは未だ魔物の襲撃は受けておらず、人々は避難の為に荷物をまとめていた。
エアリスと共にジェラルドを探すと、神殿で人々に支持を出し、外界と連絡を取りつつ避難準備を進めさせ、人々を神殿近くの広場に集めていた。
ラクヨとその周辺の村や町を合わせても約6000人。
うちラクヨのみの人口が約3000人。
きっちりと数えた訳ではないが、現在街の中には5000人近い人で溢れかえっていた。
残りの1000人はこちらへ向かっているのか、村や町に留まろうとしているのか、それは分からない。
しかし冷たいようだが、延々と待ち続ける事は出来ないし、村や町を回って説得するつもりも弘樹には無かった。
本来の目的はダンジョンの攻略であり、ボスの浄化、討伐であるからだ。
弘樹はジェラルドはじめ神殿や冒険者ギルド、代官などを集め作戦の説明を始めた。
「皆さんには俺の持つタレント、隠世に一時的に入ってもらいます。
その後王都へ俺がテレポートし、そこで再び扉を開いて王都へ避難してもらいます」
隠世のルールとして扉の位置があるのだが、これは亜空間収納と理屈は同じなのではないかと気付いた。
例えば扉を開けて隠世で作物を植え、そこで採れた物を外の世界に持ち出すのに出入り口の限定はない。
タレント保持者本人しか扉を出し入れ出来ないので、結果として入る場所と出る場所が同じとなるだけなのだ。
中の世界は通常通り時間も流れており、広さとタレント保持者の安全性さえ確保出来れば、大量の人間を移動させる手段として使えるのだった。
問題はその能力者が死んだときなのだが、タレントを意識して情報を求めれば、その際には意思ある者は排出されるという事も判明した。
スキルやタレントは何が出来るのか?
など知りたい事に意識を集中すれば分かりはするのだが、逆に言えば検索するワードがずれていると一般的な事しか分からない面倒さもあり、これもその一つだった。
弘樹のよく分からない説明に人々はざわつく。
「皆の者、静まれ!」
ざわつく人々をジェラルドが一喝し、
「この方々はとある神と共に依頼を果たし、ヒダカ村へと襲い来るドラゴンすら倒した事もあるのだぞ?!
その意味を考えよ!」
と声を張り上げる。
それを後押しするように、ヒダカ村から避難してきた村長のチャーリーも声を張った。
「ジェラルド様のおっしゃる通りです!私はヒダカ村村長のチャーリーと申します。
我がヒダカ村はこのお方たちのお掛けで助かったのです!」
おぉ!どよめきが辺りを支配する。
ドラゴンを倒した転移者の噂はすでにかなりの人々が耳にしており、この方々が?!と別のざわめきに変わっていった。
その上神々すらもが関わっていると言う公爵の言葉に、神官であるエアリスも声を張り上げた。
「私はこの方々に関わった事で、月の女神アルテミス様、そして夢幻の神マブ様にお会いしました。
その上、こちらの小春さんは剣と戦の神タケミカヅチ様より刀を下賜されております」
神官の語る神々は全て八柱もしくは上位の神々だ。
その神々が姿を現してまで祝福する存在が目の前におり、彼らを助けてくれるという。
それまでの不信感がウソのように消え去り、変わって英雄でも見るような視線で迎え入れられた。
「今から扉を開きます!
荷物を持って順番に中に入ってください!」
弘樹は他の面々には誘導と警戒を頼み、扉を開くと先立って中へと入った。
「なんじゃこりゃっ?!」
実は隠世をレベル11にしてから中を確認していなかったのだが、余りの様変わりに持ち主である本人が呆然としてしまった。
屋敷や森を切り開いた辺りなどは弄らずにおいたのだが、それを囲む環境は激変していた。
遠くに山々が連なり、目の前には広大な森と草原が広がっていた。
その中を大きな川が流れ、その先には王都よりも大きな湖があった。
意識を凝らせばタレントがその規模を教えてくれた。
弘樹の隠世の規模は《世界》であると。
屋敷のある土地を含む島は大陸規模になっており、遥か先には海が広がる。
拡がりゆく感覚の中、他の島々や別の大陸すら存在しているのを感じて目眩を覚えた。
レベル11、つまりは本来あるはずの限界を超えた力。
マブと泉に導かれ、あり得ぬ夢幻を現実とし、その後十六那に顔面を殴られて瀕死となった際に多量の泉が弘樹を癒やしたのだが、その辺も影響を受けているのかも知れない。
ザワザワと声が聞こえ振り返ると、リンウッドたちが人々を誘導し、隠世の中へと入って来た。
野ざらしも悪いかな?
すぐに移動すると言ってもなー。
避難所って言うと体育館が多いけど、あの人数じゃ無理だよな。
もう町とかあると楽なのに。
どーにかなんねーかなー?
弘樹がそんな事を考えていると、ザザザっと音を立てて草原の草が身を引くように動き巨大な広場が出来上がる。
そして地面のあちこちが隆起し始め建物を形作り始めた。
それは形を成すと土ではなく、木や石、漆喰などで作られた多数の家々となっていた。
道も石で舗装されて行、学校の体育館の十倍近くある巨大建築物まで生えてきた。
ところどころに街路樹や小さな茂みが生まれ、町中を清らかな水の流れる小川が数本生まれる。
こうやって屋敷も出来たのかも知れないねー。
何処か遠くを見つめつつも、弘樹以上に驚いた避難者たちを巨大な建物へと誘導する事になった。
「ありゃー、前から凄い凄いとは思ってたけど、弘樹さん流石だね?!
あの建物に誘導すればいいんだね?」
褒めているのか呆れているのか分からぬタニアの声に弘樹は頷き、冒険者たちや衛兵たちが協力し合い、ポカンと驚く避難者たちを次々と巨大な建物へ誘導して行く。
「弘樹さん、何があったんです?」
小春がラクヨから隠世へと入り、余りにも大きな変化に驚きながら近付いてきた。
その頭には小六がちょこんと乗っている。
「泉でな、夢幻の神と会って色々起きたんだよ。
途中少しだけ十六那さんも来て死にかけたし、本当に意味不明過ぎたんだけど、お陰で霊格が5になってスキルやタレントも限界を超えちゃってレベル11の物がいくつか…」
「何だか想像しにくい展開のはずなのに、なるほどって思える自分が嫌になりそうです」
弘樹の話を聞いて小春は少し呆れた様子だったが、その後町の様子を見てみたいと途轍もない早さで走り出した。
小六は頭から飛び上がり、その背を追って飛んでいた。
「弘樹さん、あっちの方、明らかにこちらの世界とは違う建物も混じってますよ?
コンクリートにガラス張りのビルとか、学校にプールとか、建売中の看板つき建売住宅もありました。
もうテーマパークとかも生やしちゃいませんか?」
ザザッと地面を鳴らして弘樹の近くまで戻る小春と、その頭に再び舞い降りる小六。
小春の指差す先には確かに何階建てなのか不明なビルも見えた。
「まだこのタレントに慣れてなくてさ」
会話中も増殖は続いており、遠くに観覧車やら少しファンシーな西洋風のお城まで生え始めている。
「やばいな。あれこれ興味あって調べた建物とかも次々生えちゃってる」
テーマパークとは逆の位置に和風の城が生垣付で誕生したり、新宿副都心ばりのビル群も建ち並び始めていた。
ふっと巨大な湖に目をやれば、近代的な港が誕生しており、何故か巨大なフェリーや足漕ぎスワンボートと思われる物もプカプカと揺れながら繋留されていた。
「フェリーや豪華客船を調べたこともあったからなー。
スワンボートは子供の頃家族と乗ったからかな?
海とか行ったら他にもいくつか浮いてるかも知れないよ、うん」
近代兵器などはあまり興味が無かったので生える事は無かったが、ふと山の方を見れば巨大なソーラーパネルが大量に並ぶ様すら見て取れる。
「ほら、太陽電池のスマホ充電器とか見て、普通のソーラーパネル関係どーなってんのかな?と調べた事がだね…」
どうやら弘樹の雑学や記憶が大きな影響を与え、タレント隠世は彼の為の世界を形成しようとしているらしい。
「限界超えちゃうと凄いってことだよね、うん」
深く考えるのは止めようと決め、二人は誘導を手伝うことにしたのだった。
「弘樹殿!物凄い町をお持ちなのだな?!
ヒズルクの国民全員が住んでもまだ余る建物の数々、驚嘆に値する!」
ジェラルドが興奮してやって来た。
目の前に広がる誰も住まない真新しい町に移住したいとか言うなよ?と思いつつも「町だけじゃないですよ。この世界そのものが俺のタレントです」と素直に答えると、「なんとっ?!」と目を見開き、「転移者とはこうも規格外な物なのかっ?!」と驚愕していた。
多分ここまで意味不明な転移者はそう居ないと思うけど、と小春は思ったが、面倒なことになるのも嫌なので何も言わない事にした。
その後ラクヨの町に辿り着いた避難者たちも隠世に誘導し、約5500人を収容した弘樹は一旦外に出る。
町への襲撃は今のところないかと思ったが、誘導中にグリフォンと雌馬のハーフであるヒポグリフやワイバーンが数度襲撃して来たらしく、マイクや真咲、貴彦たち転移者がそれらを撃退したらしい。
貴彦が回復魔法や回復アイテムを使い、傷ついた人々を癒やす中、何人かの冒険者がドロップ品を拾って回った。
勿論倒した者達で分配する為だ。
ならず者も多少はいる者の、基本的に規則を遵守する者でなければ冒険者は務まらない。
神々の目があるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
下手な警察機構より猛り狂った女神やその神使に鞭打たれる方が遥かに恐ろしいのだから仕方がない。
弘樹は町に残る事を決めた少数の人々に挨拶をしてエアリス、小春、貴彦、マイク、真咲を伴い王都へと転移した。
なお隠世内にリンウッドたち若手冒険者や、ジェラルドたちには残ってもらった。
避難者たちを安心させる為にも、高位の者の存在は大きいと判断した為だ。
王都の外、東門近くに転移すると扉を開け、皆で隠世内へと入った。
まずはジェラルドに頼み、アークエット家の者達を王都内へと送り、国や王都の屋敷などへ向かわせ住民の受け入れ体制を整えさせた。
またラクヨの領主デレク・リッチフィールド卿にも使いを出させ事後承諾ながらも避難した事を伝え、受入協力の要請をする。
「さて、後は待つだけなのだが…」
ジェラルドの奥歯に物が詰まったような言い方が気に掛かった弘樹は「問題があるのですか?」と訪ねた。
「約5500人の人間を収容可能な施設などこの国には無い。
分散させたとして食料の備蓄なども大量に消費される事となるだろう。
同じ国民同士助け合いたくはあるが、どこも魔物の影響で農地など拡大が難しいのが現状だからな。
魔法で改善してはいるが、それでも限界はある。
それに毛布などの生活物資も足りるかどうか。
私の領地からも取り寄せはするがかなりの時間が掛かってしまうだろう」
非常時も考慮して備蓄はあるものの、そのすべてを今回の件で消費してしまう訳にもいかない。
また本来なら距離的な問題もあり数十日、何週間と掛けて行う避難や受入や支援準備を、通常あり得ない短期間での避難を行った事により混乱も予想された。
予算編成や受け入れるべき建物、備蓄食料の確保、人の多く集まる王都で感染症予防のための衛生管理なども含め人材も確保しなければならなず、ただ逃げて来れば良いという訳ではなかったのだ。
神々にクレームを出したい気分になった弘樹は、ステータスウィンドウを立ち上げ、様々な魔法やタレントを組み合わせる事でこの状況をどうにか出来ないか模索する。
すると限界を突破した空間使い、夢幻魔法、魔神魔法、隠世を組み合わせ、創造のレベルをある程度引き上げれて融合すれば、とんでもない現象を引き起こせると出た。
残っているポイントを使って創造を1から3に上げたが、まだ上げられる気がして試すとあっさり4レベルになった。
霊格5になったからか、マブやヘカテーの影響か、もともと創造の才能があったのか?それは不明だがこれで出来ると確信し、各伝令の返事待ち中のジェラルドへと声をかけた。
「ジェラルド様、お話があります!
もう一つ試してみたい事があるのですが、自由に使って良い広めの土地はありませんか?」
「内容にも寄るのだがな?何か特殊な力を使うという事かな?」
ジェラルドが興味を示すと、
「隠世と似た真似を少々…」
と苦笑いしつつ弘樹が答えた。
しばし思案し何かを答えようとした時、「それならば私の土地を使って下さいませ」と二人の背後からまだ幼さの残る女性の声がした。
振り返るとそこには茶色い瞳に金色の髪をポニーテールに結んだ15、6歳の少女が立っていた。
「シンシア姫…?!」
ジェラルドが何故ここに?!と一瞬怪訝そうな顔をするが、その出で立ちを見て納得したようだった。
少女はその身に上質な狩猟服をまとい、腰にはやや質素だか質の高そうな長剣をぶら下げ、右手に弓を、背には矢筒を背負っていた。
「少しだけ狩りに出ようとしておりました所、使いの者が話しているのを小耳にはさみましたの。
下品かとは思いましたが国民の一大事ですもの。
その点は目を瞑って下さいませね?
ジェラルド叔父様」
にっこりと笑うシンシア姫にジェラルドは略式ながら礼をし、「仕方ないな」と苦笑する。
「弘樹殿、紹介しよう。
この国の第二王女にして私の姪、シンシア様だ。
こちらは転移者にして私たち家族を救い、今回も避難に助力してくれた山野弘樹殿だ」
弘樹は慌てて頭を下げ、周りに居た者たちも同様にしていたが、姫は細かい事をあまり気にしない質なのか、「お忍びみたいなものだから気にしないで。弘樹殿ね?よろしくお願いします」と平民の様な口調で答える。
どうやら城を抜け出す際に小耳にはさみ、そのままやって来たようだった。
「住民たちを助ける為になるのでしょう?ならばこの近くの草原と森、それにいくつかの町と村を成人の儀で父王より賜りましたから、その空いている場所ならどこを何に使っても問題ないわ」
言うか早いかその辺に落ちていた枝を拾い、地面に簡単な地図を書き始めた。
かなり広大な土地を貰ったようで、草原の半分もあれば問題ないと弘樹は判断した。
「ではそちらへ向かいましょう。
移動します」
レベルが上がった影響で、触れずとも複数名を空間転移させる事が可能となった弘樹は、数キロ先の草原へとジェラルド、シンシア、そしてジェラルドのお付きの者数名を連れて瞬間移動する。
「なんとも凄い能力ね…ここまでの転移者に会ったのは3人目だわ」
少しだけ驚きつつも素直に感想を述べるシンシアにジェラルドは苦笑する。
「さて、それでは使わせてもらいますね」
弘樹はそう告げると地面に直接胡座をかいてそっと大地に両手を添えた。
そして強くイメージする。
夢幻を魔力で増強し、空間使いで覆う。
隠世の中に作ってしまった建造物の内、この世界の常識範囲内と思える物のみで構成された町をイメージし、その近くに水源となる泉や小川、井戸などもイメージしてゆく。
ついでにまだ隠世のレベルが低かった頃に植えた野菜や果物、毒性のないハーブや薬草なども含めてイメージを固めてゆく。
ある程度イメージを固めた後に、創造を掛け合わせた。
異能で閉鎖された空間は強烈な光を放ち、恵那へと変換されて弘樹の望む形へとその姿を変えてゆく。
それはまさにこの世界における神々の《創造》を模倣したかのような異能の発現だった。
光が引くと草原の半分近くを長屋形式の建物や集合住宅、まれに一軒家が立ち並び、食べ頃の野菜が植わった畑や実をつけた果樹園、そして薬草園が出来上がっていた。
町の真ん中には広場となっており、泉からこんこんと清水が湧き出て小川となり町の中を流れている。
ところどころに井戸も見受けられ、草原の草木や岩などは全て消え去っており、石畳で舗装された道がメインストリートや裏道含めあちこちに走っていた。
そしてそれらを7、8メートルほどの高さの防壁が囲み、ラクヨよりも遥かに綺麗な町が誕生していた。
あっと言う間の光景にジェラルドやシンシアはじめお付きの者たちも呆然としている。
「ふぅ。どうにか出来たな。
それぞれの住居には最低限の家具や毛布、食器は設置しました。
収容可能人数は多少余裕をもたせました。
備蓄倉庫なども作りましたが詳細は皆で確認して下さい。
作物は野菜根菜果物とハーブ類がメインです。
小麦や米はちょっと分からなくて無理でしたが、何もないより良いでしょう?
肉や魚同様支援してもらう必要はありますが」
弘樹はちょっと驚かせてしまったかな?と思いつつも簡単な説明をする。
それを黙って聞いていた人々は、まるで神の奇跡を目撃したかのように畏怖と尊敬の念を込めた視線を送ってきた。
「これは…これほどとは…」
ジェラルドが町を見て呟き、シンシアは、「ここまでの力を持つ転移者の方は初めてです…」と感嘆の声を上げていた。
「さぁ、避難を再開しましょう。
扉を開けますね。
伝令や誘導などはお願いします。
かなり疲れてしまって」
ステータスウィンドウを見ると霊格5となりかなり上昇していたMPが半分以上減っており、行った事の無茶苦茶さを物語っていた。
扉を開き中へと入って行く弘樹に他の者たちも静かに付き従い、避難活動は再開された。
人々が驚きの声を上げつつ町へと入って行き、冒険者や役人、神官たちが警備も兼ねて誘導する。
馬や家畜などは僅かしか連れて来れなかったが、そのうちの騎馬二頭を冒険者二人が借受、伝令として王都へと戻って行く。
弘樹は屋敷で休ませて貰い、久々に八時ほど眠ってしまった。
目覚めた頃には避難そのものは終わっていないものの、隠世からは皆外の世界へと出ており、屋敷の中に貴彦と小春、エアリス、ジェラルドとシンシアに少数のお付きの者たちしか残っては居なかった。
「弘樹さん、とんでもない力を手に入れちゃいましたね。
私も霊格が上がったらもっと無茶苦茶な力を得るかも知れないと思うと怖くなってきました。
それに、ここに来た当初より弘樹さんが若返っているように見えますし、高位の霊格って凄いパワーなのかもしれませんね」
「錬成を遥かに超えた力ですね。
まるで話に聞く創造のようですよ」
小春と貴彦が、隠世の驚異的なスケールと創造の結果を見て思わずそう感想を述べると、弘樹は苦笑するしかなかった。
二柱の女神の影響だろうとは思うが、十六那はともかくマブに何故そこまで関心を持たれたのか全く分からない。
確かに霊格が5になり、何かが変わったような気もするが、それは既に3や4の頃から変化が始まっていたようにも思える。
そんな三人に遠慮がちながらシンシア姫とジェラルドが声をかけた。
「先程のお力、今までお会いした転移者の方々とは全く別次元の物でした。
弘樹殿、いいえ、弘樹様は一体何者なのですか?」
「あぁ、私もそう思えてならないよ。
十六那様同様、人に姿を変えた上位の神なのではないかと今では考えている。
神謀に我ら人間が口を出すべきではない事はわかっているが、しかしこれだけは言わせて頂きたい」
そこで言葉を区切ると、ジェラルドは深々と弘樹に頭を下げた。
「ラクヨ及び周辺の住民5500人を助けて頂き、大変感謝しております。
これより私どもは弘樹様とお呼びさせていただきます。
我らの事は以後ジェラルド、シンシアとお呼びください」
公爵や姫君だけでなく、お付きの人々まで祈りだしそうな顔をしていた。
高位の人々から急に様付けで呼ばれてしまい慌てる弘樹だが、その様子すら演技と思われているらしく、何を言っても聞いて貰えそうになかった。
ステータスウィンドウを見せれば人間だと分かるはずなのにと思い、そうだ!冒険者カード!と思い取り出すが、表記を見て弘樹は言葉を失った。
「…」
「ちょっ?!」
「うっわぁ…」
思わずカードを覗き込んだ小春と貴彦も謎の声を上げる。
名前 山野弘樹
種族 人間・亜神(転移者)
▽霊格 5 レベル 60
カードに記載されていた種族欄に亜神が書き加えられていたのだった。




