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ソウル・リファイン  作者: 弥生丸
第一大陸編
32/96

不遜であり不敬

不遜であり不敬


小春日和の面々は体力と敏捷性に物を言わせ、弘樹のテレポートも併用してヒダカ村とその通過点、アークエット家の館へと向かった。


弘樹のテレポート能力は現状低いものの、それでも霊格の影響もあってパーティーメンバーを四百メートルほど瞬間移動させる事が可能であり、視界内や行った事のある場所、超感覚で知り得た場所に飛べるため、足場が悪かったり木立が密集していて移動が困難なエリアを迂回せずに進むために使用した。


結果洞窟から二十分ほどで屋敷の前へと到着し、警備を強化していた護衛の者に事情を伝え、詳細は翌日明るい時間帯に伝える約束を交わしてヒダカ村へと戻った。


村人たちは南の森へと避難準備をしていたが、村長を探し出して終わった事を伝えると、村長宅へと招かれた。


「するとこの短い時間の間にゴブリンの上位種とドラゴンを倒してきたと言うことですかっ?!」

「ほ、本当ですか?!いや、疑ってはおりませんよ?」

今回は村長と村の顔役たち四人も集まり、弘樹たちの説明に大騒ぎである。

取り敢えず魔石の数々と牙を一本見せると、皆押し黙ってしまった。


「ドラゴンに関しては契約内容には入っていません。

討伐費用の請求もする予定はありませんが、逆に収集品を提供する予定もありません。買い取っていただけるなら構いませんが。また上位種に関しても依頼の範囲内だったとさせていただきますね」

冒険者ギルドの規約は今ひとつあやふやにしか覚えていない弘樹だったが、そんな感じの対応で問題ないはずだった。


上位種の存在だけでも依頼金額の上乗せが必要かも知れない上にドラゴンである。

村長始め顔役たちは内心何年もかけて分割払いは可能だろうか?など先々の事を心配していたのだが、小六月の反応にホッとしたようでより詳しい話を求めて来た。


大まかな流れを説明し、百匹以上のゴブリンが狙っていた可能性を話すと全員があたふたしていた。

「私達が確認した限りは残党もいないはずです。ただしドラゴンに殺された分に関しては申し訳ありませんがどうする事も出来ません」

素直に話すと村長はじめ顔役たちも「いやいや、何をおっしゃるやら」と文句の一つも出なかった。


実際の所、倒された近隣ではなく別の大陸にポップする可能性もそれなりに高い為、他人に押し付けるようで悪いと思いつつも特に問題視はしていないようだった。


「今日はもう遅く避難の片付けもありますので、宴会は明日と言うことに…」

と話す村長に、明日はアークエット家で事情を説明した後、ラクヨへ戻る予定である事を伝えた。


村人たちはがっかりしたようだったが納得し、依頼完了の書類にサインをしてくれた。


そらからしばらく後、小春日和の四人は離れで休息をとっていた。

そう言えば小六はステータスウィンドウにどのように表記されるのだろう?

そもそも能力等は見れるのか?

と言う話題になり、小春がステータスウィンドウを開く。


「あれ?能力値とかスキル、ポイントを使ってないのに増えてる」

小春の呟きに弘樹と貴彦もウィンドウを開き確認すると、やはりいくつか上がっていた。


なんなら新しいスキルすら習得している者もいる。


三人は十六那に目を向けると、仕方ないわねぇと言いたげに笑いつつ、その実話したくてウズウズしながら説明してくれた。


「例えばスポーツしてれば体が丈夫になったり、走り込んで素早く動けるようになるでしょ?

その時ポイントなんて消費しないじゃない?それと同じ事ね。

ポイントはあくまでも得た恵那を使って手早く能力値を上げたり、スキルを上げたり増やしたりする、そんな物なわけ」

と言う十六那の答えに


「でも今日一日、ほぼ数時間の出来事ですよ?ジムトレーニングやスポーツの訓練ももっと期間が必要だと思えるんですが」

と尋ねる貴彦。


「そこは霊格と、それからこちらに飛ばされた際に恵那で再構築された影響とでも思って。

かなりいい加減にあれこれ出来るからこそ、創造も続けていられるし恵那なんてシステムも組み込んだのだろうしね。

アルテミスも言ってたでしょ?

ギフトやスキルなどを与えやすいって」


作った側に近い存在だからか、説明されていない部分も多少は予想出来る事らしかった。


そして小六のステータスだが、小春のウィンドウ内にも情報が表示されていた。


名前 小六

種族:羽犬→翼犬 (竜血、女神加護により進化) 

神族:国津神&ガイアネス

霊格3 レベル15 幼体・成体

主:佐倉小春


予想以上に高い霊格を持っていた。

どうやら十六那とドラゴンの影響らしいが。

「うん、ちょっとやり過ぎたかも知れないけど仕方ないわよね、犬だし」

十六那は反省していないらしい。


今後の事も考えつつ、ある程度はスキルの取得もし始めようと話し合い、その語収集品の分配などを決める事になった。


ドラゴンの角のうち一本はパーティー財産とし、一本は小春のものとなった。

ほぼ一人で小春が倒したようなものだったが、それでも分配したいと彼女は強く希望し、大きな牙は一人一本ずつ、普通の牙が一人10本ずつ、爪が四枚ずつ、皮と鱗は適当に四分割、血の小瓶10本ずつ、ただし十六那のみ自ら使ったのでと主張し血の小瓶は九本となった。


肉は亜空間収納に入っている分には腐敗も劣化しないため、後日分配となったが、保管者は小春となり受け渡しもされた。


ドラゴンの魔石とゴブリンたちの魔石は売る事にし、角は値段やその使いみちなどを調べてからにしようと決めた。


なお分配時にドラゴンの肉の小さな欠片と鱗の切れ端を小春の太刀、疾風迅雷の刀身に置くと恵那の獲得同様、それらは光の粒子となって刀全体に吸収された。


鑑定してみるとドラゴン種への攻撃力が30%上昇した上に、ドラゴン種の防御力を半減させる謎性能も追加されていた。


そんなこんなをしている内に窓の外が明るくなって来た。


最低でも霊格3のパーティーなので毎日眠る必要もないのだが、休めるうちに少しでも休んでおこうと言う事になった。


弘樹と貴彦が離れの一階客間を使い、二階の客間を小春と十六那が使うこととなった。



翌朝弘樹が目を覚ますと、隣のベッドに腰をかけた貴彦が何やら考え込んでいる様子で虚空へ目を向けていた。


声をかけるべきか否か、他人との付き合いを極力避けてきた弘樹には今ひとつ分からない。

挨拶だけして散歩でも行こうと思い付いた時、貴彦が気付いて声をかけてきた。


「おはようございます」

「おう!おはよう!」

軽めに返してみる弘樹だが、貴彦は特に気にした様子もなく再び虚空に目をやった。

邪魔をしたら悪いなと部屋から出て行こうとすると、貴彦から声が掛けられた。

「弘樹さん、実はスキルの事で相談があるんですが」

弘樹は自分のベッドへ戻ると貴彦に向かって座り、

「何か迷っているのかい?」

と感じた事をそのまま言ってみた。

変に気を使ったり慣れないことをするよりも良いと思えたのだ。

「えぇ、実はスキルの取得もそうなんですが、僕の立ち位置そのものがちょっと」

貴彦はそう切り出し、言葉を選びつつも胸のうちを明かしてくれた。

元々道場の隣に住んでおり、小春との縁もあって剣術などを習いはしたが、それはあくまでもスポーツとしてだった。

小春の戦う姿を見て、剣に対する気持ちは全く違っているのだと気付いたのだと。

実際貴彦のステータスは、タレントに癒しの手に錬金術の薬学、スキルに薬草知識や回復治癒魔法と、戦士としての能力よりも癒しに傾いている。

「元々ファンタジー系のゲームでも少し戦える半生産や神官戦士みたいな回復系が好きでしたし、父の実家の関係で薬草などにも興味があって庭で育てて居たんです」

なるほどなー、と顎に手をやりつつ薄い無精髭をジョリジョリと鳴らした。

「いいんじゃないか?」

何がとは言わずに感じるままに、弘樹はそう口にする。

「生き残るのは大前提だし、戻る為にも千尋ちゃんを探すにも力は必要だと思う。でもさ」

貴彦はじっと弘樹の次の言葉を待った。

弘樹はニカッと笑いつつ

「俺42なんだよ。もう人生の折返し地点みたいなもんさ。

でもさ、やらなかった事、知らなかった、いや、知ろうとしなかった事、色んな後悔が山のようにあるんだ。

だから、さ?

違うと感じるなら今と違う立ち位置でもいいんじゃないかな?

回復役でも錬金術師メインでもさ。

迷惑を掛けるとか、前衛が減るとか、そんなのどうにかなるさ。

これだって言うのが見つからないなら、少しずつでも試せばいいしさ。

俺なんか君の倍以上生きてるのに、使えるタレントやスキルは超能力だけだぜ?

この力と加護でもらった魔法以外、なーんもねーんだよ。

俺は今までずっと逃げてきた。

自分からも家族からも現実からも。

でも、君や小春ちゃんを見ていて思ったんだ。俺も強くなりたいって」

そうだ。

そもそも元から持っていた力を受け入れる事が出来たのは彼らの、特に小春の言葉がきっかけだった。

他人の相談に乗るつもりが、気付けば自分の意識していなかった悩みに答えを見付けるキッカケとなるのは実のところよくある事だが、人付き合いの少ない弘樹は何だかうれしくて少し興奮してきてしまった。


「だからさ、戦いの強さだけじゃなくて、何ていうか、自分の求める姿に近付いていこーぜ!」

ニカッ!と普段しないような笑みを貴彦に向け笑いかけると、貴彦も気が晴れたのかスッキリした表情で微笑み返してきた。

「そう、ですね。そうですよね!」

二人は笑みを浮かべつつ、どちらともなく手を伸ばし、ガシッと強い握手をするのだった。


貴彦は多少の余裕を残しつつ能力値やスキル等全般に手をつけることにし、弘樹も気になっていたスキルを取得する事にした。

霊格が1ならば扱えなかった武器類も、霊格の上がった弘樹ならば使えると言う事実も今更ながら意識した。

霊格1や2の人々が冒険者としてAランクまで上り詰めると言うのなら、実感こそわかないものの理屈としては霊格4である自分に出来ないはずがないと思うのだ。

念動などを利用すれば通常とは異なる戦い方も可能だろうとも考える。


貴彦と弘樹はお互い熱い想いを胸に抱き、取り敢えず顔を洗いに流しへと向かったのだった。


部屋を出ると村長のチャーリーの妻、名前はリンダと言うらしい、が離れのドアを叩く所だった。


ノックに気付いて扉を開けると、バスケットにサンドイッチとスープの入った水筒のような物、そしてコーヒーの入った物にリンゴをいくつか手渡された。

「大したもんは出せないけどね!これ、食べとくれよ!」

とのことだった。

離れの食器類は自由に使って良いとの事で、カップにコーヒーを注ぎ、スープ皿に野菜やベーコンの入ったスープを注ぐ。

スープとコーヒーの匂いに誘われたのか二階から女性陣も降りてきて朝食をとることとなった。

食事をしながら貴彦と弘樹は視線を合わせて頷くと、女性陣に先程決めたことを語った。

小春は驚き、十六那は「いいと思うわ」と微笑んでいた。

「でも錬金術の薬学はあっても錬成がないとあれこれ大変かも知れないわね。

ほら、映画とかアニメで魔法使いの実験室の謎ビーカーとか謎設備とか見たことあるでしょ?

魔法薬を作るのにあんな道具や場所が必要になるらしいけど、錬成が出来ると材料があればゲームみたいにパパッと作れちゃうんですって」

と貴彦にアドバイスすらしていた。

「錬成ですね、わかりました!ありがとうございます!」

明るい表情でサンドイッチをぱくつき始める貴彦。

「弘樹…さん、貴方はあれよ、魔力だけは馬鹿高いんだから魔法剣士や魔法戦士辺りを参考にするといいかもしれないわ」

とやや投げやりなアドバイスをされた弘樹は、それでも何だかうれしくて、ニコニコしながらコーヒーをすする。


じっと黙って考え込んでいた小春も、「うん、それがいいんだと思います。貴彦へは何も教えられないけど、弘樹さんはビシバシ鍛えてあげますね!」

と宣言する。

食事も終わりそろそろアークエット家へ向かわねばと身なりを多少整えていると、ポッカポッカガラガラと音が聞こえてきた。

弘樹と小春が窓から外を見てみれば、黒塗りの高級そうな馬車が離れの前に止まるところだった。

執事が先に降りてドアを開け、そこからジェラルドとシャーナ、これから向かうはずだったアークエット家の主夫妻が降り立つ。

二人は慌ててドアを開け、アークエット夫妻と執事を室内へと招いた。


「突然で申し訳ない!」

「朝早くから失礼いたします」

夫妻は招かれるままリビングのソファに腰を下ろす。

弘樹は台所でお茶を用意しようとするも執事に「代わります」と止められ小春日和の面々は貴族夫妻の前に座る事となった。

「夫が昨日の件でどうしてもと聞いてくれず、大変不躾とは思いましたがやってまいりました。申し訳ありません」

とても綺麗な礼をするシャーナを止め、ジェラルドの求めに応じて今回の件を説明した。

百以上のゴブリンと進化種。

ドラゴンと洞窟にあったその卵。

事の顛末を、特にドラゴンの討伐を聞いてジェラルドは感激し、シャーナも胸を撫で下ろす。

「お礼をさせていただかねばなりませんね」

そう口にするシャーナに夫も「おー、そうだとも!」と唾を飛ばす勢いで宙空から何かを取り出した。

それは硬貨が入っていると思われる革袋と、精密な紋章が彫られた名刺サイズの金属プレートが四枚だった。

裏にはジェラルドとシャーナの署名がされている。


「これは我がアークエット公爵家の紋章と、公爵及び公爵夫人、つまり私達二人の署名が刻まれている物で紋章板と言う。

君達が我が一族の大恩人であると証明する身分の証のようなものでな。

これがあればヒズルク王国内の街ならどの街や村へも自由に出入り出来る。

勿論貴族街などの検問がある場合も問題なく通行可能だ。

有事の際にはそれを提示すれば悪い事にはなるまい。

別宅もそうだが、王都や領地の我が屋敷へも顔パスならぬ板パスで入れるぞ!」

一人楽しそうに話すジェラルド。


そう言えば前に貰った革袋も中身開けてないや。

それは置いといて公爵って王家の血筋を濃く引いてて、王家を除けば貴族の中で最高位の爵位じゃないっけ?

てっきり男爵や子爵辺りだと思っていたのだがそう来るか!

ファンタジー物がそれなりに好きな四人はポカーンと話を聞いていた。


「それとこれをお持ちください」

夫のテンションとは逆にやや冷静な様子でシャーナは何処からか軽くねじくれた170センチほどの杖を取り出した。


後ほど聞いたところによるとジェラルドやシャーナのように、亜空間収納は転移者でなくとも稀に持つ者がおり、それに似た魔道具やスキル、タレントやギフトを持つ現地の人間や渡界者もそれなりに居るのだとか。


「これは?」

メンバーを代表して弘樹が杖を受け取り、目の前で鑑定するのも失礼かと尋ねてみた。

「それは私の亡き祖父が集めていた品の一つで霊樹の杖、癒しの杖とも呼ばれている物です。

一般的な魔法行使にも影響を与えますが、治癒や回復の魔法やタレントなどを使う時に効果を強く発揮するのだとか。魔物の討伐に役立つのではないかと持参いたしましたの。

勿論杖術で戦う事も出来る品ですわ」


さり気なく微笑んでいるが、かなり高価な品なのでは?

弘樹は十六那に視線をちらりと向けると彼女はにっこり微笑み、

「ご丁寧にありがとうございます。大切に使わさていただきます」

と弘樹に代わって礼を言った。

「結果的にではあるにせよ、我が公爵家の主とその妻、そして子供に臣下、そして屋敷も救ってくれたのだ。

何も遠慮することはない、是非受け取って欲しい」

ジェラルドの言葉に逆らう事も出来ず、「ありがとうございます」と頭を下げる弘樹だった。


「ところで実は皆様方にお願いがございます」

「シャーナ、やめよ!」

シャーナは改まった様子で四人に声をかけ、ジェラルドが立ち上がり慌てて止めようとした。

「私たちでしたら構いません。出来る範囲でならですが、どうぞお聞かせ下さい」

十六那がシャーナを見据え、優しい声音で語りかける。

シャーナは眼に涙を浮かべ、

「もし、もしお持ちでしたら僅かで良いのです。

どうか、どうかドラゴンの血を譲ってはいただけないでしょうか?」

貴族の仮面を外し母の顔となったシャーナの、それは願いであった。

「ええ、それは構いません」

他のメンバーが答える前に十六那は亜空間収納から赤い液体を満たした小瓶を取り出しテーブルの上へトンと小さな音を立てて置いた。


その瞬間、室内の空気が一変した。


「これが貴女が求めるドラゴンの血。

霊薬の素にして猛毒にもなり得るもの」


それはいつもの十六那とは違った声音だった。

魔女としての相なのであろうか?

魔女たちの女王にして地母神、出産の守護者にして命を奪う死そのもの。

欠ける月であり新月、魔物たちの主、地上、天界、海で自由に権能を振るう事を許された冥界の女神。

オリンポスの神々が与えた祝福すら容易く消し去り、逆に人々へと数多の祝福を授けるとされる存在。

神に殺せぬ巨人族と神々の戦いにおいて、ほぼ直接的に手を下せたのはヘカテーと運命の女神モイライのみとも言われている。


明らかにいつもと違う存在感を纏い、十六那は静かにシャーナの瞳を覗き込む。


ジェラルドとシャーナ、そして執事は彼女の放つ神気に当てられまともに動くことも叶わない。 

弘樹や貴彦、小春も彼等程ではないが神気に当てられていた。


この地の人間は神々自らが恵那を素に作り出した。

それは確固たる事実であり、彼らは神々の存在を疑うこともなく生きている。

生かされている。

遺伝子どころか魂のレベルで刻まれたそれが、彼らに教えるのだ。


目の前にいるモノは神である、と。


彼女はこの世界に関しては直接手を貸してはいないが、しかし間接的には最高位の一柱の別の相とされ、繋がりのある数多の神々がこの地の創造と運営に関わっている。


その繋がりをすら強く感じる彼等は、ただただ呆然と、魂に従い女神の神気に跪く。

公爵家?

紋章板?

何が身分の証か!

自分たちは誰に何という意味の言葉を掛けたのか?

それはどのような意味を持つものなのか?

それは不遜であり不敬であった。


人が神々に与える事など存在しない。


神々こそが人へ恵み与えて下さるのだ。


そして人は神へと真摯なる祈りや供物を捧げる。


絶対者と奉仕者、信奉者。


それが双方の関係であって逆は有り得ぬ事だった。

公爵家の面々は跪き、冷や汗を垂らしながら必死で息をしようとする。

しかし待て、彼の御方はそれを是と認めて下さっただろうか?

同じ部屋で同じ空気を吸うなど不敬ではなかろうか?

そんな彼等を見下ろしつつ、十六那は語りかける。


「さぁ、欲しいのでしょう?

手に取りなさいな?」


一切の感情が失われた闇夜の如き瞳でシャーナの目を見つめ、十六那は冷たく微笑みかける。


「おっしゃいなさい。

貴女が、この私に、何を求めているのかを。

さぁ、お前の恐怖を私に味見させて頂戴な?」

女神は柔らかな声で誘い、女は一瞬魅了された。

が、女、シャーナはグッと舌唇を噛み締め口から血を垂らし、十六那の闇夜の瞳を見つめ返すと

「ドラゴンの、血を。息子の命を、助けて…くださ…い」

涙と血を流しながら、畏怖の念に、内から湧き出る恐怖に抗いながら、母親シャーナは願いを告げる。

彼女の真の恐怖、それは神の怒りに触れ自分や夫の命が失われる事ではなかった。


授かり愛し育んだ我が子の命。


それが幼いままに散る事を何よりも恐れていたのだ。


この村に来て半年、確かに容態は安定して来ていた。


しかしそれは病や虚弱な体から開放された訳ではないのだ。

五〜六歳にしか見えない、間もなく十歳になる息子。


あくまでも対処療法が効果を発揮しているに過ぎず、いつまた倒れ、帰らぬ人となるやもしれず。


日々それを恐れていた。

朝起きたらベッドの上で冷たくなっているのではないかと。

昼寝をしたまま二度と目を覚まさないのではないかと。

夜寝床に着く息子の額にキスをしながら、明日また生きて会えますようにと願う。

彼女の毎日は我が子が病に倒れてからこの方、一瞬とてその恐怖から逃れる事など出来なかった。


それこそが彼女シャーナの恐怖の源泉であり、己と息子の生続く限り終わらぬ地獄であり、しかし息子の死を意味する終わりは決して訪れて欲しくない、矛盾する恐怖の日々であったのだ。


「まぁまぁね?」

呟く十六那の気配が急に収まり、その場に居た者たちは空気を貪る。


「これは貴女に差し上げましょう。対価はもう頂いたわ」

十六那はテーブルから小瓶を持ち上げ、未だ跪き涙を流すシャーナへと手渡した。


「ただし、それはそのまま飲ませば弱った子供には劇薬になる。

それほどに強いものなの。

だからね?ちゃんとした医師や錬金術師に協力させて、鑑定、調合なり錬成させて安全な薬になさい。

飲ませるのはそれからよ、分かったわね?」


そっとシャーナの唇に手をやり血を拭うと、唇の傷は跡一つ残らず消えていた。


「それまでの間、これをコルトンに持たせなさい。

寝ている時やお風呂の時は近くに置いておくだけでもいいわ。

それできっと大丈夫だから」

そう優しく語りかけつつ、そっとシャーナに真中が凹んだ小さな黒い石ころを渡す。 


シャーナはそれをドラゴンの血の入った小瓶同様大事に抱え込むように持ち、深々と十六那へ頭を垂れる。

正気に戻ったジェラルドはサッと妻を支える様に彼女の肩へと手を回しつつ横に控えて跪き、シャーナ同様に頭を垂れた。


その姿は神に感謝の意を現す、敬虔な信者夫婦の姿を描いた宗教画のように弘樹たちには見えた。


「さぁ、それではそろそろラクヨの街へ戻りましょうか?」


何事も無かったように十六那は弘樹たちに声を掛け、

「あぁ、この事は内密に、ね?

それと紋章板と杖、有り難く使わせてもらうわ」

とアークエット家の面々に伝え、にっこりと優しく微笑むのだった。

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