神威の炎剣
神威の炎剣
「マップの範囲外から何かしらの攻撃をしたって所かな」
「多分そうね。雄叫びの感じからすると獣系か、下手をすると竜種か。
魔法かブレスの類かも分からないけれど、どちらにしろかなり面倒な相手だと思うわ」
弘樹と十六那は獣のごとき咆哮を耳にして、お互いの意見を交わす。
「どちらにしてもそれだと私の攻撃ではあまりダメージを入れられないかも知れません」
小春は小太刀をチラリと見下ろし、悔しそうに口にする。
十六那は弘樹と貴彦へ視線を巡らせた。弘樹と貴彦は、静かにうなずき村人へ避難勧告のために走り出す。
小春も動き出した二人について行こうとしたが、十六那が止めた。
小春の小太刀は刀身が身近く比較的重量も軽い武器である為、硬い鱗や厚い獣毛や筋肉など大型の魔物やいわゆる硬い魔物へダメージを通し難い。
バイコーンですら深い傷を負わせる事が出来なかったのだ。
あの頃よりも霊格は高まっているが、それでも果たして今強力な魔物を倒す事が出来るのか?と問われれば無理だと分かってしまう。
それは霊格云々以前に戦士としての勘がそう告げているのだった。
「あなたの持つ武器は霊格からしたら格下のものだしね。
本来霊格2相当の人たちが持つ武器だもの。
このエリアのギルドや店売りレベルだと、それよりも質が劣るものが多いみたいだけれど」
本来の実力から言えば、特殊な金属や素材を使った品や魔力を込めた物などが相応しいのだと十六那は語る。
「大技など使わなくても岩や鉄を綺麗に切断出来るような、そんな武器がね。
勿論神話伝説級のものはまだ早いとしても、ね。そこで一つ提案があるのだけれど、その前にちょっとその小太刀を貸してもらえないかしら?」
何をするのだろう?と思いつつも、小春は素直に小太刀を手渡す。
すると十六那は小太刀を鞘から抜き、その切っ先を自らの左手人差し指にそっと触れた。
「え?何をしているんですかっ?!」
小春が止めようとした時には既に遅く、十六那の指先にはぷっくりと血が玉のようになって乗っている。
十六那がぶつくさと呟いた後、血の雫にフッと息を吹き掛けるとそれは豆粒大の紅玉の様に美しい宝石となった。
それを小太刀の柄に押し付けると、不思議なことに最初からそこにあったかのような飾りの宝石として填め込まれていた。
「はい、返すわ」
十六那は刃を鞘に戻して呆然とする小春に手渡す。
「提案ていうのはね、これ、一時的なブーストの事よ」
十六那は優しい笑みを浮かべ、小春にいくつかの事を説明した。
「使うかどうか決めるのは貴女次第。いざって言うときの為の隠し玉だと思っておいて」
そう締め括った。
小春は何か考え込みつつも、こくりと小さく頷き、「ありがとうございます」とそう呟いたのだった。
マップの光点を確認しつつ弘樹と貴彦は村長の元を訪れ、危険が迫っている事を告げた。
避難可能ならばそうして欲しい事を告げ、再び次々と減ってゆくゴブリンと思われる光点を見つめつつ十六那たちの元へと戻った。
小春がやや考え事をしているようだが、あまり時間的な余裕はない。
明らかに危険な存在がこちらへと向かって来ている。
このままでは村より先にコルトンたちの住む屋敷も危険かも知れない。
二人はマップを凝視した。
と、マップの圏外からゴブリンたちの数十倍の大きさの赤い光が圏内へと侵入してきた。
「でかい?!」
声の多きさなどから予想はしていたが、サイズもしくは強さがこの様に光の大きさで表示されるという事か?
大きな赤い光は次々とゴブリンを減らしながら着実にこちらへと向かい、既に一キロほど前進していた。
「このままだと不味い。あの館も危険かもしれないし、森の中で迎え撃った方が良いかも知れない」
弘樹の言葉に皆が頷き、東の森へと向かうことになった。
途中館の門前に立つ二人の護衛に声を掛け、東の方から危険な何かが来る可能性がある事を伝えた。
護衛たちも先程の雄叫びを聞いたそうで、急ぎ対処してくれると約束すると、小春日和の面々は各々月光魔法で光の玉を作り出して先を照らしつつ、ほぼ全速力で森の奥へと分け入っていった。
マップの大きな光点との距離がどんどん狭まって行く。
ゴブリンの光点は半数近くになっており、森の中で散り散りに逃げ惑っているようだった。
「そろそろ見えてくるはずです!」
貴彦の声に答えるかのように、それは巨大な頭をもたげ天に向かって雄叫びを上げる。
グルルォォォォゥッ!!!
鼓膜が破れるかと思えるほど音量と、そこに込めたれた魔力に弘樹たちは意識を持っていかれそうになったがどうにか堪え、その主を睨みつける。
それの前方、森は扇状に辺り一面高熱で焼かれており、珍しい形の広場のようになっていた。
森林火災になっていないのが幸いだった。
パーティーとそれとの距離は約200メートルほど。
それは爬虫類に似た姿をしていた。
背には蝙蝠の如き被膜の翼、頭にはいくつかに枝分かれした大きな二本の角、その口には大小沢山の鋭い牙を持ち、太く長い尾で辺りの木々を薙ぎ倒す。
青味がかった濃い緑色の鱗に覆われた巨体は、うっすらと月光を反射し所々キラキラと輝いている。
全長30メートルを超えるそれは、血走った目で小春日和の面々を睨みつけた。
「あー、ドラゴン…」
誰ともなく呟く声は、グルルと鳴くドラゴンの声に掻き消される。
「あれ?おかしいな」
弘樹がボソッと呟いた。
「どうかした?」
さらりと聞く十六那に困惑気な顔で
「いや、迫力はあるんだけど、なんだろう?存在感て言うか、それが何だか大したことないように感じて」
と答える弘樹に、
「僕もそう思ったんです。あー、ドラゴンだー程度にしか…」
「わかる!強いのも感じるけど、もっと凄い存在を感じた事がある気がして」
ドラゴンを前にワイワイ話し出す小春日和野面々。
「それはあの老執事やアルテミスのせいだと思うわ。
このドラゴンは成竜の中ではそれなりなのだと思うけど、古竜やネームド、神話クラスの存在とは違うもの」
いつも通りに解説する十六那。
慌てて損した位の勢いな面々は、何やら比較対象を間違えているようだった。
ドラゴンはそんな人間たちに腹を立てたのか、大きな口を開いて息を吸い込み炎のブレスを吐き出そうとした。
「させねーよ!」
弘樹は念のワイヤーで幾重にもドラゴンの口を締め付けるイメージを乗せ、念動力を発動させた。
ぐばっ!
変な音を立てて口を閉じるドラゴン。
何とか開こうと前足で口を弄りつつもがくも、見えざる念のワイヤーは、切れることなくギリギリと顔に食い込んでゆく。
ドラゴンはブレスを諦めたのか、四本足で走り出しパーティー目掛けて突っ込んで来た。
「私に任せて下さい」
小春が一人前に立ち、すっと小太刀を目前にかざした。
「十六那さん、提案を受けさせていただきます」
小春は皆の返事を待たず、真剣な面持ちで鞘から刃を抜き放つと大地を蹴って走り出す。
「開放!
これに宿るは松明の火。
闇夜を照らす灯りにして、神代の巨人を討ちし炎!」
走りつつもそう唱える小春の声と魔力に小太刀の紅玉が呼応し神々しい輝きを放つ。
小太刀の刀身から深紅の炎が吹き出し、それは長さが2メートルにも及ぶ炎の長剣となる。
小春は神威の込められた剣を構えて走りつつ、敏捷強化で速度を上げ、支援魔法で速度と攻撃力を増し、風使いで空気の抵抗を減らしつつ風を纏って速度をより上げ、風雷魔法でそれをより加速させた。
弘樹と貴彦は呆然と、十六那はにこやかにその様を見詰めている。
小春のそれはすでに人の粋を超えた神速とも呼べるものだった。
戦士の才能も発動させ、単なる移動の速さとは別次元の動きへと昇華させる。
その刃はドラゴンの反応速度をも超え、すれ違いざま神威の神剣を閃かせる。
スタッとドラゴンの遙か後方に立ち止まる小春。
その一瞬の後、ドサドサと大きな音を立てながら、ドラゴンの両翼が根本から、そして両前足が付け根から地面へと落ち、最後に頭がごろりと転がった。
ドラゴンは光の粒子となり、四人に等しく吸収されてゆく。
「倒せた…?」
振り返ってその様を確認しつつ呟くと、剣の炎は消えていつもの小太刀となり、その小太刀も灰となって小春の手からサラサラと散って行く。
かなりの無茶をした影響か、ふらつきパタッと軽い音を立てて倒れた小春の表情は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。
地面にはドラゴンの素材が大量に落ちていた。
ドラゴンの角2本、長さが1m以上ある牙が四本、4〜50センチの牙が40本、鋭い爪が16枚、竜の皮と鱗が多数。
何故か巨大なバナナの葉っぱでコーティングされた竜の肉が1トンに、ガラスに見える小瓶に入った竜の血が40本。
何故か一部加工されているが、気にしたら負けなのだろう。
下手をすれば既製品やら武器防具すらドロップするのがこちらの世界の常識なのだから。
そして青味がかった深緑色のバレーボール大の魔石が一つゴロリと転がっている。
弘樹と貴彦がそれらを回収し、十六那が小春の様子を見に向かった。
弘樹と貴彦はマップを確認しながらゴブリンたちの動向を伺うと、ここから3キロほど先で一ヶ所へ集まっている様子が分かる。
ゴブリンの村か洞窟でもあるのだろうか?
小春がすぐに戦えるかは分からないが、本当の依頼はドラゴンではなくゴブリンの調査と討伐なのだ。
「やらないとは言わないけれど、もう今更な感じはするよね」
弘樹の感想に
「そうですね。
僕は本当に何もしてないですけれど、色々考えないといけない事も増えてしまって、もう頭がいっぱいいっぱいです。
早く宿にでも帰りたい…」
貴彦は何やら悩んでしまったようだった。
そんなこんなで全て回収し終わった頃、十六那の肩を借りて小春が二人のもとへとやってきた。
「我儘を言ってしまい、本当にごめんなさい」
フラフラとしながらも謝る小春。
「いや、それは構わないんだけど、あんな無茶して体は大丈夫かい?」
弘樹の言葉に小春は微笑む。
「いいさ、小春があんなに強いだなんて思わなかったよ。
うん、本当に凄かったよ」
感心したような、それでいて奥歯に物が挟まったような言い方で貴彦は小春の謝罪に答えた。
「速さだけは私の物だったけど、あの力は十六那さんからの借り物だから…それに小太刀も無くなっちゃったしね」
スッキリしたような、それでいて寂しいような虚しいような。
何とも言えない気持ちを抱いたまま、小春は十六那から離れると、ジッと自分の両手を見つめた。
そうだ。
あの炎の剣。
本来なら炎の耐性が強いはずのドラゴンを、剣を弾くはずの鱗を、断てるとも思えない骨を、ああも容易く斬り裂く神威の剣。
あれがなければ私では傷一つ満足につける事など出来なかった。
十六那から提案を聞いた時、心がざわついたのだ。
欲しいと、そう思った。
例えそれが一時の物だとしても、それでも手にして戦ってみたいと。
そうして借り受けたのは、ギガントマキアにおいて神代の巨人を倒した松明の火。
冥界の炎。
ヘカテーの魔力。
神話世界の力の一欠片を小太刀に宿し、ほんの一時神話や伝説クラスに近い剣を振るった。
使うべき武器を使えと十六那は言った。
武器もまた小春の力の一部なのだと。
その為に一度は遥かに格上の武器を使ってみるのも良いと。
神代の武器の模倣品として十六那の血と魔力、そして小春の魔力と小太刀そのものを贄として生まれた神威の炎剣。
その力は、その魅力は余りにも大き過ぎて、小春は思わず手を伸ばし、遥かに格上のはずのドラゴンを一瞬で屠ってしまったのだ。
いつか必ず、辿り着いてみせる。
いつか必ず、手にしてみせる。
小春は戦士として、剣士として、この世界でより強い存在になってみせると、そう心に誓ったのだった。




