しろおもて〜白面
しろおもて〜白面
若者たちが二手に別れ、妙な不安を感じつつも、千尋って娘、車で病院か家に送った方がいいのかな?とやや現実的な事を考えていた弘樹だったが、倒木が明らかにおかしな状態だし、その何らかの原因が若者たちに危害を加えないとも限らない。
弘樹は車から降りると脇道近くまで駆け寄り、大声で先行組へ呼びかけた。
「あっ、ちょっと君たち!この倒木本当に何か変なんだよ!危ないかも知れないから戻ってこいよ〜!」
自分で言っても何だかあやふやな発言だとは思ったが、何もはっきりしていない中、インドア一直線の弘樹としてはかなりまともに言えたようにも思う。
弘樹の声を聞いて濃霧にほぼ姿を覆われた三人は振り返ったが、誠治が軽く手を振り、マリはすぐに前を向き、聡は小さく会釈しながらも皆止まらずに進んで行く。
仄かな光は闇に飲まれ、三人の姿はすぐに見えなくなった。
先程感じた不安、というよりも違和感がより一層強くなり、モヤモヤする。
「あの〜」
微妙な気分で軽く落ち込みそうだった弘樹の耳に、やや気の抜けた声が届いた。
貴彦と呼ばれた少年が弘樹の近くにやって来たのだ。
「倒木が変って、どんな風に変なんですか?」
ごもっともな質問に、弘樹は大きく頷くと「こっちだ」と言いつつスマホのライトを再びつけ、切り株もどきの一つに近付き折れた跡を照らし出した。
「小春、千尋をよろしく」
貴彦は二人の少女へ声を掛けつつ、一人で切り株近くまで近付き弘樹と共に光の先を覗き込んだ。
「見てくれ。木が腐って倒れたようにも、風で倒されたようにも見えない。まるで何かに締め折られたみたいになってるだろう?
ぱっと見十本、左右どちらも道を塞ぐように倒れている。誰かの悪戯にしても何か変だと思わないか?」
弘樹はそう説明しつつも、イコール危険って訳じゃないかも知れないと思いはじめていた。
考えを口に出し、誰かに話す。
個人差はあるものの、脳内で思考を終わらせるのではなく、相手に伝わるように考えをまとめる。
何処かのアホが何らかの重機などを持ち込んでやったのかも知れないし、弘樹には思い付かない方法で倒した可能性も十分あり得る。
何処かに隠れて動画撮影でもしているかも知れない。
人間、相談と言いつつ愚痴が大半だったり、話す側の自己完結に終る事も多いのだが、気持ちや考えを吐き出す事、自分の中だけではなく誰かに伝わるように話す事、それはとても大切な事なのだと40年以上生きてきて強く感じる事だった。
そしてその際、何かに気付けたり、相手の何気ない返事が別の視点を与えてくれる事もあったり。
勿論、単に騒いで酒を飲んで終了なんてこともあったけれど。
そんな事を思いつつ貴彦に説明をして、少し離れた所に居る少女たちに目を向けると、小春と呼ばれたボーイッシュな少女に支えられた大人しそうな少女、千尋の顔色が病人のようなそれから、漂白した紙のような白へと変わっていた。
先程まであったやや気の弱そうな雰囲気は失せ、怯えと辛さが混じっていた表情は瞳の光とともに消え去り、まるで白く塗られた仮面、名前は知らないが女性の能面でも着けているかのようだった。
「な…られる。…様がお怒りだ」
ほとんど口を動かすことなくボソボソと千尋は呟き、己を支えていた小春の腕を最低限の動きで振り払った。
「?!千尋?どうしたの?」
手を振り払われ、千尋の変貌に気付いた小春は驚きに目を見張る。
白い能面の様な顔、やや意志の弱そうだったはずのたれ目がちだった目は血走りカッと大きく見開かれ、何やら危うい光を帯びている。
何処かで頭でも打ったのか?さっきとはまるで別人じゃねーか。
弘樹の脳裏にそんな言葉が過った時、
「憑き物が憑いたようね」
妙に落ち着いた美しい声音が弘樹たちからやや離れた背後から聞こえてきた。
千尋を含めた全員が振り返ると、そこには保護樹林の手前ですれ違った少女が立っていた。
冷静に考えれば全力疾走でもしなければまだしばらくはここに辿り着かないはずなのだが、弘樹は何となくそんなもんだと納得していた。
すれ違ったほんの一瞬ですら感じたものが、目の前にあってよりはっきりと伝わってくる。
存在感の違いとでも言うのだろうか?
木々の枝葉が月や星の光すら遮る闇の中であるにもかかわらず、照明器具も持たぬ少女の元だけ、仄かな月明かりに照らされているかのような、そんな錯覚すら起こす存在の在り方。
住む世界が違うと言われれば納得出来てしまう、美少女などと言う造形を示す言葉では収まり切らない、唐突に現れた少女はそんな存在だった。