ホブさん悲惨です
ラクヨの街から東の森の中にあるヒダカの村まで徒歩で約四時間の道のりを、小春日和の面々は息を切らせる事もなく約一時間少々で到着してしまった。
道は途中から幅5メートルほどの川と合流し、川沿いを延々と上流へ歩いて来た。
道中は辺りを警戒しつつも十六那がゴブリンについてレクチャーした。
ゴブリンは元々悪戯妖精とされ、見た目こそ昔から醜い子鬼なのだが、実はファンタジー物に出てくるほど凶暴だったり、ネズミやゴキブリ並みに繁殖する訳ではなかったらしい。
邪悪な妖精説もあるそうだが、それでも過去の伝承から言えば今のゴブリンとは違うらしい。
他の魔物もそうだがキリスト教の影響で【邪悪】な面が強く押し出され、その後色んな作品で取り扱われて現在の姿になったのだとか。
特にホブゴブリンはゴブリンの上位種や亜種としてより凶悪な存在として描かれる事が多いが、本来は人間に友好的でたまにいたずらもするけれど、ひっそり家事を手伝ってくれたり、幸運を運んでくれる座敷童子のような存在だったそうだ。
「ホブさん悲惨です」
小春がホブゴブリンに同情したようなそうでもないような口調でつぶやく。
多分アニメや映画で見たイメージの問題で同情しにくいのだろう。
分かりやすい娘だった。
「中にはホブだけじゃなくゴブリンすら友好的な種族として出て来る物語もあるんだけどね」
十六那が語り終えた頃、彼らの目には村の入り口が見えていた。
ヒダカの村は畑なども含めて木の柵で囲われていた。
大変な作業だったと思うが、案外魔法的な何かでそれ程大変ではないのかな?と弘樹は思いつつ辺りに目を向ける。
村は六割方森に囲まれていた。
街道側は開けて小さな草原になっており、村の南側はやや開けて川と接しているものの、東から北側は森だった。
見える範囲では森から村の柵まで2〜30メートルと言ったところか。
農村であると同時に開拓村でもあり、徐々に森を切り開いて規模を大きくしているのだろう。
柵には簡素なものの門らしきものがあり、そこに槍を持ち古い革鎧を着た中年男性が一人立っていた。
「ようこそ、ここはヒダカの村だ」
ゲームのNPCの様な挨拶を受け、弘樹たちは冒険者ギルドから依頼を受けてきた事を伝え、書類とカードを見せた。
男は相好を崩し、
「よく来てくれた!詳しくは村長に聞いてくれ!この先の一番大きな家が村長の家だ」
とろくな確認もせずに通してくれた。
この村大丈夫なのか?と思わないでもないが、面倒な目に合うよりは良いかと門を潜り道を進む。
資料によると人口300人程の村で、開拓村にしては大きい部類らしい。
木造の家がぽつりぽつりと建ちあちこちに畑が広がる中を歩くと広場になっており、その向こう側に他の家より二周りは大きな家があった。
集会場や来客時の宿を兼ねているのかも知れない。
四人は村長宅の玄関へと向かった。
ノックすると茶色い髪に緑の瞳を持った恰幅の良い中年女性がドアを開ける。
事情を説明すると
「遠い所良く来てくれたね!ささ、中に入っとくれ」
と応接室と思われる部屋へ通された。
「すぐに村長を呼んでくるからこれでも飲んで待ってておくれ」
慌ただしく席を勧めてお茶を四人分出し、
「あんたー!転移者の人たちが来てくれたよー!」
と大声を出しながらドアから消えていった。
元気だ。
あんたって事は村長の奥さんだろうか?
弘樹がそんな事を考えていると、女性が消えたドアからほっそりとした中年男性が現れた。
女性よりやや暗い茶色い髪、灰色の瞳の中年男性は軽く頭を下げる。
「この村の村長のチャーリーと申します。妻が騒がしくて申し訳ない」
やや困ったような、それでいて照れているような様子は、妻の尻に敷かれてるけど幸せとか、そんな感じだよな。
リア充じゃん。
と言う感想を弘樹に抱かせるのに十分なものだった。
「私達は冒険者ギルドで依頼を受けて来たパーティー小春日和です。私の名は十六那と申します」
ニッコリと微笑んで名乗る十六那と、パーティー名に顔が引き攣る小春。
名乗りにくいよね。
その後それぞれに挨拶を済ませ、小春も赤面しながら挨拶をし、渡すべき資料は渡した。
一部はこちらの控えなので自分たちで保管してある。
「もしや貴女がパーティーリーダーですか?いやぁ、お若いのにリーダーとはさぞや凄腕なのでしょうな」
ニコニコ微笑み、真っ直ぐな視線で小春を見つつ褒めるチャーリー。
「えぇ、ランクこそDですが霊格3なんですよ」
俯き何も言えない小春に代わって十六那がサラリと適当な事を答えていた。
「霊格3ですと?!それは凄い!素晴らしい方々に来ていただけたようだ。神々に感謝せねばいけませんな!」
チャーリーは本気でそう思っているらしく、今にも祈り出しそうだったので弘樹は話を変えることにした。
「所でこちらの村でのゴブリン目撃情報ですが、詳細を教えていただいてよろしいですか?」
「はい、最初は四日前、この村の横に流れる川の向こう側に数匹いるのを、水くみに行った村の者たちが目撃したのです。
その翌日は東の森に入った狩人や薬草を摘みに行った者が遠くから見かけ、慌てて村へと戻って来たのです。
この村にも神殿がございまして神官様に相談した所、冒険者ギルドへ届けるべきだとおっしゃり、道中危険があるといけないと魔道具でラクヨ神殿と冒険者ギルドへ伝えていただいたのです」
電話みたいな道具があるのか。
気にはなるが弘樹は続きを促す事にした。
「その後の二日間は何かありませんでしたか?」
「はい、その後見回りを強化したのですが、その際東の森を中心にチラホラと動く小柄な人影が多数目撃されています」
チャーリーは弘樹にそう答え、羊皮紙に簡単な地図とおおよその目撃現場を書き込んだ。
「こんな物しかありませんが、お役にたつでしょうか?」
地図は十六那が受け取り、「ありがとうございます。助かります」とにこやかに答えた。
この人誰?!
弘樹、貴彦、小春の三人は心の中で突っ込んでいた。
現場百回と言う言葉を刑事ドラマや探偵ドラマでよく出てくる台詞を思い出しつつ、四人はまず川へと向った。
村の横を流れる川に橋は掛かっておらず、近場に置かれていた木材を借りて深さを調べると1メートルほどだった。
川の流れは穏やかで、川幅5メートルなら泳がなくとも簡単に渡れるようだった。
流石に濡れたくないので向こう側には誰も行きたがらなかったが、弘樹の念動を使えば渡るのは訳がなかった。
四人はふわりと浮かんで川を渡り、川岸や森の浅い部分を用心しつつ痕跡を探した。
「考えてみれば探索系や斥候系、いないんですよね」
明らかな足跡や焚き火の跡などはともかく、確かに森の中を探索するにはタレントやスキル、そして経験も足りない。
万が一ゴブリンが落し穴などの罠を張れるなら、かなり危険ではなかろうか?
「うん、早速問題点に気付けて良かったよね」
四人は川岸へ集まり、その他の問題点は無いかを話し合う。
「これも今更ですけど、こちらへ来る前から使えた魔法はともかく、こちらに来てから得た魔法なんかは使い方も効果も分からないんですよね」
小春の言葉に再び凍りつく弘樹と貴彦。
どうやら本気で勢いで動きすぎたらしい。
単純に言って身体レベルの実力だけで、数匹程度のゴブリンなら彼らの敵ではないだろう。
しかしそもそもそのゴブリンを見つけられず、試したいと話していたスキルやタレントも使えないのはどうしたものか。
そんな悩みを抱く三人に、
「あれ?言い忘れていたわ。
魔法やスキル、タレントは使いたいと思えば現状何が出来るのか分かるものなのよ?新規スキルを獲得したりタレントのレベル上げに関しては全部知っている訳じゃないから慎重にしましょうって話したつもりだったんだけど」
今更かい!
きっとわざとに違いない。
三人はそう思いつつもステータスウィンドウを開き、魔法やスキルを使いたいとイメージしてみる。
「あ、本当だ。前から知ってたみたいな感じになるんですね」
小春が楽しそうに風を起こして数センチ浮き上がる。
イヤ、君前から使えたんじゃ?
弘樹の心の声が聞こえたのか、
「違うんです。これは風使いじゃなく、風雷魔法の方なんです…あぶなっ」
小春は慌てたように言い、集中を欠いて落っこちた。
とは言え霊格3、器用さも敏捷性も元々高かった小春はコケる事なく着地した。
その頃貴彦はウンウン唸りつつ、
「日輪魔法、ターンアンデッドが使えるみたいですね」
と真面目に話す。
弘樹も試しに月光魔法を使いたいと意識すると、脳内に当たり前の事のように閃光、誘眠などの技やその効果のほどがイメージ出来た。
「これ、依頼を受ける前に一通り試した方が良かったんじゃないですか?」
もっともな貴彦の言葉に十六那はフッと笑い、
「すでに過ぎ去った事は気にしても仕方ないわ。敵と遭遇する前に気付けて良かったと思いましょう!
…嘘です、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げた。
十六那が謝るだと?!
三人はそっちの方が気になり、素直に謝罪を受け入れた。
下手に突っ込んだら危険な予感しかしなかったのだ。
「所でスキルなんですけど、私の能力値が一番斥候や探索系に向いていると思うんです。弓も使えますし、ハンター系とかシーフ系もいいかな?って」
話を切り替えようとしたのか、小春がスキル取得について話し出す。
魔力と加護だけ高い弘樹、やや戦士向きな能力値の貴彦、敏捷や器用さが高い小春なら、確かに小春が向いてはいるのだが。
「待ってくれ。小春ちゃんは戦士の才能ってタレントを持っているんだろ?
ならそっちを活かさない手はないよ。
下手に探索系と戦士系に振り過ぎると器用貧乏にならないか?」
ゲームでよくある『何でも出来るは何も出来ない』の典型的なパターンだった。
例えそれが素早さが売りの軽戦士系だったとしても、前衛として体力や筋力は必要となってくる。
「俺が取るよ。
俺、タレントはともかくスキルは笑えるくらい使えるものが少ないんだ。
異能以外でも多少役立つ事がしたいしね」
弘樹の言葉に貴彦や十六那もそれがいいかも知れないと賛同した。
弘樹、貴彦、小春は十六那を仲間と思いつつも人とは違う存在であることも知っている。
自分たちで出来ることはしたいという気持ちは三人共通の思いだった。
故にこそ十六那にスキルを取らせる気は毛頭なかった。
例え霊格やレベルが高くフリーポイントが余っていたとしてもだ。
十六那もそれに気付き、あえて何も口にしないが少しだけ寂しさを感じてもいた。
弘樹はステータスウィンドウを開き、探索職のスキルをイメージする。
スキルの数は一般的なものを含め膨大であるため、一覧などはウィンドウ上にも表示されない。
強くイメージすることで、いわば絞り込み検索を行い、その中から自分が欲しいと思う技術や知識を手に入れる事が可能となるのだった。
野外探索、罠発見、多分これが一番現在の目的に近いだろう。
ポイントを使ってそれを取得したいとイメージすると、気のせいかも知れないが、ほんの少しだけ何かが自分の中で変わったような、そんな感覚が訪れた。
「1ポイントずつ使って野外探索と罠を発見を取得したよ。これでどうにかなると思う」
スキルを取得し使おうとすると、今の自分に何が出来るのか自然と理解できた。
能力値的にはすでに狩人などより高くとも、コツや理屈が分からないので気付けなかったちょっとした変化が理解出来る。
「うん、わかる。こっちだ。罠を探しながら進むから出来るだけ俺の足跡を意識して付いてきてくれ」
弘樹は僅かに残ったゴブリンの物と思われる痕跡を見つけ、罠に気を付けながら森の中へと進んでゆく。
皆忍び足などのスキルは持っていないが、一般人を遥かに超える高い敏捷性と器用さによって簡易的ながらそれが可能となっていた。
専門性のあるもの、特殊な知識が必要なものは別として、スキルがなくとも出来る事はある。
スキルがなくとも料理は創れるし、戦闘系のスキルが無くとも高い能力値を使って敵を倒す事は可能なように。
これが医学など専門性が高いものだとそうもいかないし、魔法や特殊能力も同様だ。
勿論スキルの有無やスキルレベルの差で大違いなのだが。
弘樹は頭の片隅であれこれ考えつつゴブリンの痕跡を追い続けると、再び川へと出た。
コの字を描いたような形で移動したらしい。
川は森の中を流れており、飛び石のような岩が複数見て取れる。
これを渡ったのか。
一旦戻って他のエリアも調べるべきか、このまま探索を続けるか、僅かに考え込んだ時、川を渡った森の向こう側で何かが動く物音がした。
四人ともそれに気付き、そっと身を屈ませ息を潜めて様子を伺うと、ガサゴソと音を立て茂みの中から身長120センチ前後の醜い子鬼が数匹飛び出してきました。
薄汚れた濃い緑色の肌はボツボツと出来物が出来、酷いものは明らかに皮膚病と思われる者もいる。
高いと言うよりは長く歪んだ鼻。
鋭く延びた爪に黄色い乱杭歯、やや猫背なその体にはボロ布や薄汚れた毛皮を腰やその身にまとい、手には棍棒や錆びたナイフなど何らかの武装をした5匹の、それはまさしくゲームでよく見るゴブリンそのものだった。
警戒しているのか辺りの様子をキョロキョロと伺い、ごぎゃごぎゃと何か会話をしている。
頷きあったゴブリンたちは、踵を返して森の奥へと向かおうとするが、弘樹たちから見て対岸の村側、その茂みから何かの気配があった。
目を凝らせば5〜6歳の少年が、低木の小さな茂みにしゃがんで隠れ、ブルブルと震えている。
おい、頼む!絶対に動いてくれるなよ?!
心の中で少年にそう願うも、姿が見えなくなった小鬼たちに安心したのか、ふにゃっと力を抜いて地面に座り込んでしまった。
尻の下に落ちた小枝がポキっと小さな音を立て、服や体に触れた枝がガサガサと茂みの枝葉を揺らして音を立てた。
「この馬鹿っ!」
弘樹が歯を食いしばって怒鳴りたいのを堪えていると、去ったはずの木立の間から素早く走る小鬼たちがあっと言う間に子供の潜む茂みを囲みこんでしまう。
弘樹が背後を振り返ると貴彦と小春と目が合った。
二人は弘樹に小さく頷き返し、それぞれの獲物を手に風を切る音をさせて対岸へと飛んだ。
通常の人間の三倍以上の敏捷性を持つ二人、特に風を使役する小春にとっては造作も無い事だった。
貴彦は川の半ばに突起した岩を一端蹴り対岸へ渡るが、小春は一度の跳躍でゴブリンの背後へとたどり着く。
弘樹と十六那はいつでも支援出来るように各々いくつかのパターンを考える。 先程からそうだが、不器用なはずの弘樹が同時に複数の思考を難なくこなす事が出来るようになっている事に気付いていた。
高まった霊格によるものなのだろうと考える。
小春は躊躇なく小太刀で近場のゴブリンへと刃を走らせる。
首が飛び辺りに青黒い血が吹き出すが、
それを回避するように横に飛び、その右隣に立つゴブリンへ刃を掬い上げる様に斬りつける。
貴彦は呆然とするゴブリンと子供の間に割って入り、一番子供に近いゴブリンへ銅剣を真横に走らせ両断し、その流れでもう一匹のゴブリンのナイフを持つ右腕を切り落とした。
痛みに絶叫したゴブリンと唯一無傷のゴブリンは貴彦と小春に挟まれ、動くに動けない。
小春は躊躇せず二体のゴブリンへと高速で迫り、タンっ!と地面を蹴ったその姿が4つに増えた。
3体が小太刀で無傷のゴブリンをズタズタに切り裂いて霞のように消え去り、残り1体が痛みと失血でフラフラしていたゴブリンの左目に深々と小太刀を突き立てた。
あっと言う間に5体のゴブリンは光の粒子となって四人に吸い込まれ、コロリと直径二センチほどの濃い緑色の魔石が転がった。
棍棒やナイフ類も残って地面に落ち、売れないだろうなーと思いつつも貴彦は魔石共々亜空間収納に収める。
霊格の向上により得た敏捷性と器用さ、そして人並みだった筋力が鍛え上げた男性のそれを遥かに凌駕した小春は、まさに戦士そのものだった。
身体能力に加えスキルまで躊躇なく駆使して敵を瞬殺するその姿は、猛々しく銅剣を振るった貴彦よりも遥かに凛々しく強く見えたのだった。




