もう一人の私
もう一人の私
「まずは失礼を承知でお願い致しますが、転移者か越界者であるかを判定させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
エアリスがそう訪ね、四人が快諾しようとした時、
「それは本当に失礼ね」
狭い室内に女性の声が響き、室内の明度が急激に上昇する。
余りの眩しさに皆が目を覆う中、十六那だけが「げっ!」と似つかわしくない声を発していた。
それは人間大の光の塊だった。
扉の前に唐突に現れ、清水のごとき透明感と冷たさを感じさせる声を放ったのだ。
光は明度を落とすと人の形を取り始めるが、しかしそれとは相反するように人の身では持ち得ない美しさを持った存在でもあった。
月明かりに似た色の長い髪、新緑のごとき緑の瞳、透き通る白い肌に桜色の唇、白く輝く衣はやや簡素で動きやすそうではあるもののギリシャ神話の女神が纏うそれであり、額にはいくつかの宝石を散りばめた黄金のティアラを着けていた。
そして何よりとてつもない存在感。
「アァァァアルテミス様ぁっ?!」
エアリスはその姿を目の当たりにして動揺しつつも、即座に床に膝を付き祈りのポーズを取る。
アルテミスと呼ばれた女神は柔らかな、しかしどこか冷めた微笑みを浮かべ、その場に居合わせた人々を一人ひとり確認するように見回す。
その視線が十六那を捉えると、月の女神は満面の笑みを浮かべてテーブルを飛び越え十六那に抱きついた。
「会いたかった!もう一人の私!」
「私は会いたくなかったわよっ!」
アルテミスの抱擁を受けた十六夜は、なんとか逃れようともがいていた。
「望月…満月を姓にあて、十六夜の月を美しいとするその名、ある意味では隠す気満々でも、ある意味では名乗っているようなものじゃないの。
もう少しひねりがあった方が良いと思うわ」
この世界を創造した八柱の女神。
その一柱である月と狩猟の女神アルテミスは、ソファに悠々と座り紅茶を飲みつつ隣に座る十六那へと語り掛ける。
弘樹、貴彦、小春は何が何やら理解に苦しみ、エアリスは挨拶もそこそこに神殿内の上司の元へと走って行った。
本来なら貴賓室の類にでも招きたかったが、女神自身がここで良いと言うのだから逆らうことは出来なかった。
月の女神アルテミスは三位一体の存在でもあった。
満ちる月セレネ、欠ける月アルテミス、新月ヘカテー。
それらは同じ存在の三つの相を現すと信じられており、各々個別の神話もまた存在している。
そのアルテミスがもう一人の私と呼ぶ存在。
それはつまり、十六那も高位の女神であることを示していた。
「あちらで生活する分には全く問題がなかったから。名前はともかく、望月って言う苗字は結構多いし」
少し面倒臭そうにしつつも、十六那はアルテミスと話し続けていた。
どうやら十六那はアルテミスであり、アルテミスは十六那であるらしく、しかしそれぞれセレネでもありヘカテーでもあるという、謎展開だけで残された三人は頭が一杯になってしまった。
十六那に関して言えば、ヘカテーの相を担当している面が強いため、満月と欠ける月を姓名に当てることで魔術的に隠蔽していたそうだが、でもアルテミスでもあるらしく、その場に居合わせた三人は本気で意味が分からなかった。
「そんなことより貴女、大体の事情は知っているのかしら?私達は巻き込まれた感が強かったんだけど?」
十六那がアルテミスに今回の転移に関して突っ込んだ。
そもそも転移組と転生組問題、転移組が死亡し契約の不成立が生じた事、使いの依代になった少女が穴へと飲まれた事、この世界へと介入出来ないはずの魔王が手を出してきた事、そしてその魔王によって無関係だった弘樹が巻き込まれた事。
これで悪魔のスパイだとでも疑われたらたまったものではなく、あり得ることは潰しておく必要があった。
「細かいことはともかく、そうね、皆ある程度は把握しているわ。
それから貴女たちが悪魔のスパイではない事も理解してる。
依代に関してはそうね、担当者の責任と言うには無理があるわね。
どうにか善処してみるわ。
元々転生組だったと言っても、こちらの都合だしね?
とは言え転移転生組に関しては、この世界のための神謀だもの。人の感覚で文句を言われても困るわね?
それに碌でもない仲間と見抜けぬ事、そんな者達と共にある事、そして己の命を預ける事。
そんな愚かな事を続けていたらどちらにしろ近い将来死んでいたでしょうしね?」
アルテミスは貴彦と小春に冷たい視線を送るが、そこには忠告であり教え諭そうとする面もあるように二人は感じた。
「もうそろそろ時間ね。
今は十六那を名乗る私。
根本的なラインはともかくパスを繋ぎ続けるのは嫌でしょう?
だからあなたにこの地の基本的な知識やお役立ち情報をギフトとして進呈するわ」
十六那が答える前にアルテミスは十六那を再びギュッと抱きしめ、その額に軽くキスをした。
「ちょっと!貞操を守る女神が何してるのよ!」
十六那は赤面するも、
「自分に触れる事を禁忌にする馬鹿はいないわ〜」
と楽しそうに笑いつつ十六那を開放すると、「また会いましょう」と四人全員に微笑みかけ、光へ転じて消えてしまった。
女神との同席に緊張しきりの弘樹だったが、赤面する十六那を見てやはり可愛いと思うのだった。
その後応接室へと神殿長を筆頭にお歴々が集まってきたが、すでにアルテミスの姿はなかった。
がっかりするお偉方の面々だったが、十六那がアルテミスの三相の一つである事もバレていたため、四人の扱いは格段に良くなっていた。
一般的な召喚とかなり異なり、魔王に飛ばされて来たからこそ、何処かでドジを踏んだり不備のないよう、主に十六那のために月の女神が動いてくれたのかも知れないと弘樹は思った。
王侯貴族や高位神官など、特別な人々の為に用意された貴賓室に招かれた四人は、転移者であることを確認をされることすらなく基本的な説明を受ける事が出来た。
貴賓室でやや緊張気味のエアリスが四人に小冊子を配り、説明を開始した。
彼らのテーブルの上には軽食と紅茶が用意されている。
実は貴賓室の使用以外にも高位神官たちが自ら説明をと申し出たが、弘樹たちの意を組んで十六那が辞退したのだ。
零細企業の万年平社員だった弘樹と高校生の貴彦と小春。
十六那はどうか分からないが、彼ら三人には社会的地位の高過ぎる人から話を聞くこと自体慣れておらず、緊張で説明が頭に入らない可能性があったからだった。
「皆様方を迎えに行った者からある程度は聞いていると思いますが、転移者の方々に必要と思われる基本的な事を説明させて頂きます」
ぱらりと冊子の頁をめくると、印刷物であることが分かった。
技術レベルが案外高いのかも知れないと弘樹は思った。
「まずこの世界を作られた神々は、至上の八柱を中心に数多の神々がいらっしゃいます。
その神々は皆様方のいらした世界、地球側の多数の神話や宗教、神族の集まりだそうです。
勿論魔物もその大系に属しているもの達です。まれに迷い込む物もいますが、人や神々に害をなす存在は討伐依頼対象となります。
ここまではよろしいですか?」
エアリスの問いかけに四人とも頷いた。
「基本的に魔物の類は転移者でなくとも倒すことは出来ます。勿論実力や相性は影響いたしますが。
ただし転移者のみが魔物の歪みを正し浄化が出来ると神託により神殿や民たちには伝えられています。
浄化出来なければ災いは去らず、時をおいて、時には場所を変えて再び人々が襲われる事になりますから」
浄化が出来なければ再び襲われる、つまりゲームのポップに似たもので、場所を変えてというのもランダムに湧くようなものか?
つまり浄化しなければ、その個体はどこかで再び湧くということなのだろう。
四人とも作品や数こそ違うがファンタジー系のRPGを皆プレイした事があるので、その辺は何となく理解出来た。
「なお浄化可能な戦闘方法は白兵戦用武器や格闘技、魔法や弓矢まででとなっております。罠や銃器、投石機などでは浄化出来ないのです」
説明の続きを語り続けたエアリスだったが、銃器と言う言葉に四人、中でも男性二人は強く反応した。
ファンタジー世界に銃が出てくる作品もある程度はあるのだが、この世界でも銃器は武器の一つとして使われていると言うことなのだろうか?
日本だと触る機会も滅多にない彼らはそこが気になった。
実物は触れた事がなくても映画やアニメ、刑事ドラマなどで何度も見てはいるのだ。
使えるかもしれない憧れもあったが、自分たちに銃口が向く可能性もすぐに思いつき恐怖心が頭をもたげた。
ゲームだと稀に武器を使うモンスターも居たし、銃器を持つ人間と敵対しないとも限らない。
そう思い弘樹が訪ねようとすると、彼同様に気になったらしい貴彦が手を上げた。
「銃とは僕らの世界で言う拳銃や猟銃の事ですか?こちらの世界でもすでに開発されているのですか?」
エアリスは苦笑いを浮かべつつ首を横に振り、「いいえ、開発そのものはなされていません。ただ、越界者の方々には猟師や軍などに所属していた方もいらっしゃり、銃器を持ったままこちらにいらした方たちもいます。
その方々の協力で知ることが出来たのです」
と答えた。
つまりは越界者が持ち込んだ物以外、現状は存在しないということか。
無いと思えば失態を犯す可能性もある。
実戦経験の少ない自覚のある弘樹は、気をつけようと思った。
「銃で浄化出来ないというのは神託で知ったと言うことですか?それとも調べる方法でもあるのですか?」
貴彦の琴線に触れたのか、彼がやや饒舌になりつつエアリスへ再び尋ねると、彼女は冊子の頁を捲り、
「神託でも確かに効果の程を伝えられましたが、私達もまた冒険者ギルド等と共に調べております。
ただそうですね、先に恵那の説明をした方がここから先の事も分かりやすいかもしれませんね」
と、にこやかに答えるのだった。




