セバスチャン・ハーレクインと申します
セバスチャン・ハーレクインと申します
異界の月光から作られた光の柱。
それはあちら側へと通じる異世界への扉だった。
人一人余裕で入れる太さだったそれは、いつしか光も薄れ半分ほどの太さになっていた。
「通ってる途中で消えたら真っ二つになりそうだよな」
「ふぁぁぁぁ?!ダメダメダメ!消えないでぇっ!ちょっと!これ解いて!うほぉぉぉっ!!」
弘樹の物騒な呟きにも反応せず、鎖に縛られた千尋はジタバタともがいて奇声を発するも、柱はどんどん細くなって行き、糸ほどの細さになって消え去ろうとしたその刹那…
視界の先にノイズが走った。
空間の一部に亀裂が走り硝子のように砕け散ると、消え行く僅かな光と混じり合い、色彩感覚を破壊しそうな雑多な色が渦巻き見る者たちの視野を侵す。
背中の皮膚の下を小虫の群れが這いずっているかのような嫌悪感を抱かせるそれは、神々しさの欠片すらなく、毒々しい渦を形作ると平面であったはずのそれは奥行きをも生じさせ、何処までも続くかのような極彩色のトンネルを形作り彼らの前に大きな口を開いた。
「ちょっ!何これ?!私こんなの聞いてない!?」
目の前で起こった現象に強い嫌悪感と忌避感を抱いていた面々の中、一番最初に我に返ったのは千尋の中の人だった。
見たくない、見てはいけない、そう強く感じさせる穴から思わず目をそらし、皆がほんの一時千尋に視線を走らせた。
「いやぁ、これは皆様方お揃いで。
いやはや突然過ぎて驚かせてしまいましたかな?
大変申し訳ないことを致しました」
瞬きほどの間を置いて、明らかに穴のある方向から中年以降の男性と分かる声がした。
穴から目を逸したのはほんの一瞬。
人の姿などあるはずもない場所に、しかし彼は立って『居た』。
声の主は60前後の白人男性だった。
黒い蝶ネクタイに燕尾服、黒いシルクハットを被り、右目には黒いチェーンのついたモノクルをかけている。
高めの鼻の下と顎にはこざっぱりとカットした髭を蓄え、ダークブラウンに白髪の混じった髪をオールバックにした、ソレは執事の姿を象っていた。
「申し遅れました。私の名はセバスチャン・ハーレクインと申します。以後お見知りおきを」
彼は純白の手袋を着けた左手を腹部に当て、右手にハット持って腰の後ろに回し浅い角度ながらうやうやしく礼をした。
その態度は一見丁寧な物にも思えるが、彼の目が、声が、全身から放たれる存在感が、それを否定していた。
この場にいる誰よりも強い存在感。
例えば彼が囁やけば、それは弘樹の渾身の叫び声よりはっきりと人々の耳に届くだろう。
異界で戦った荒御魂からの圧など無に等しい。
それは人のカリスマや音の大小など些事に等しくしてしまう、超越者だった。
無意識に一挙手一投足を目が追いそうになるのを必死に抵抗することすら無意味となる、遥かなる格上、雲上の存在。
セバスチャンはそれを欠片も隠すことなく執事を『演じる振り』をしている。
慇懃無礼の極まったお遊びとでも言おうか。
神が信徒の前で下手糞な手書きの面を額に着け、「ワシは猫だニャ!」と言っているような悪ふざけ。
セバスチャンは右手でクルクルとシルクハットを回して頭にトンと乗せると、何処からか取り出した木製のステッキに両手を乗せた。
「さて皆様方、私あるお方の執事をしておりましてな。
実は今回、そのお方の命によりこの時、この場に馳せ参じましたのですが…」
セバスチャンの声は五人の耳にしっかりと届き、その意味は何にも増して理解出来た。
しかし彼等は声を発する事も僅かに頷く事すら出来なかった。
その声を聞き、その姿を見て『居る』と認識してしまったその瞬間から、小春や貴彦はもとより、千尋の中の人や弘樹、そして魔女である十六那までもがセバスチャンの存在に当てられ、手足の平に汗が吹き出て呼吸が浅く早くなり、心臓が早金を打ち、脳が脈打つ様な感覚に囚われ動けなくなっていたのだ。
「あぁ、私とした事が気付きませんで申し訳ございません。
人様の前に立つ事など久方ぶりでございましたので。
えぇ、大分控えたつもりでございましたが、皆様方は慣れていらっしゃらなかったのですね」
明らかに苦しむ弘樹らを前に、悠々と慇懃な態度で接する振りをし続けた。
敢えてそれを長引かせはするものの、実はそれに露ほどの興味もない。
それがありありと弘樹たちに伝わってくる。
あるお方の執事セバスチャン・ハーレクインを名乗る男は、鳶色の瞳に一片の感情もなく、最初から何事もなかったかのように気配をするりと抑えるのだった。




