#10話:中編 姫君の秘密図書館
二日後。先日よりも少し早い時間、俺は再び図書館の奥にいた。まずは前回同様、互いの現状報告をした。前回頼んだ大会記録は手続き中らしい。「兄上は頭が固くて」と言うクリスティーヌ。レイアード王子が絡むと妹の顔が覗くのが微笑ましい。言葉とは違って嫌ってはいないのだろう。かの兄上様は俺から見ても常識人だと思う。
「大会記録は急いでいただく必要はありません。残念ながらエンジンの改良について打開策がまだ見いだせておりませんし……」
今の状態で優勝タイムについて気にするのは我ながらおかしい。無論、必要な情報ではあるのだが。
「そうですか……。エンジンのこととなると私ではお力になれることが……」
クリスティーヌは少し暗い表情を見せる。だが、すぐに伏せた顔を上げた。
「そうでした、私のコレクションをご覧になりませんか。ラウリスにはグランドギルド時代の記録が多く残っています。私の集めているのは主に統治に関するものですが、少しですがグランドギルドの魔法院に関するものもあります。断片的なものであまり注目していなかったのですが、レキウス殿なら何か見出されるかもしれません」
そういうとクリスティーヌは立ち上がり、棚からいくつもの資料を取り出し始めた。
広い机の上に大小の古い紙が並ぶ。俺はそこに同じパターンの図が描かれているのに気が付いた。上に丸が一つ、下に三つ、同じ大きさの丸が並ぶ。
「これは、グランドギルド時代の古文書に良く出てくる模様です。特に、魔法院に関しての記録に記されているのです。強いて訳せば標準模型でしょうか」
俺はじっと模様を見る。褐色の紙に並ぶ円は、元は色が着いていたのだろうか。一つだけ上にある丸は、紙と同じ色に見える。つまり、元々の色は白または……透明だったのではないか。下に三つ並ぶ丸はそれぞれ色の濃さが違う。元々は異なる色の丸だったのではないか。例えば赤、青、緑とか……。
いや待てよ、一つ異質なものがある。同じパターンで丸が並ぶが、上の一つだけが明らかに一番濃い……。
「こちらの物は?」
「私が入手した骨董品から出てきたものです。紙はかなり汚れていますが、年代的には新しい物。つまり、グランドギルドの滅亡の少し前の物のようです」
「年代まで解るのですか?」
「実際にはこれが入っていた骨董品の年代ですね。付けられる模様の流行の変化で鑑定しているそうです。グランドギルドは文化の中心でもありましたから」
「それは素晴らしいですね」
そういえばラウリスでは骨董品のコレクションが盛り上がっているとレイラから聞いたことがあるな。
「ただ、肝心の記述部分が途切れております。どれも断片的で……」
クリスティーヌは模様を左右に並べる。確かに同じものに見える。だが、標準模型か……。
俺は褪せた色の濃淡をじっと見る。この形やはりアレに似ている。仮にこれが魔力の概念なら……。
「これは私が書いた物ですが」
俺は持ってきた資料から、昔書いた魔力の色に付いての概念図を取り出す。そして、その横に古い記録の二つの紙を、上下逆さに組み合わせた。
「つまり、こういう風に二つの断片は元々はこういう関係だったのでは?」
二つの間に見えるか見えないかわからない薄い丸。これが透明な魔力だとしたら、これも元は同じ一つの図であった可能性が高い。透明な魔力を中心とした白の三色と黒の三色の関係を示しているわけだ。
「!!」
クリスティーヌは目を見張った。彼女は信じられないものを見るように、俺の書いた図と古い二つの断片を見比べる。
「………………レキウス殿のおっしゃったとおり、グランドギルドの遺産は透明な魔力を中心に構築されているのですね」
「そう考えるのが妥当ですね。ただ、年代のずれが気になります。他には同じ年代の記録はありませんか」
「…………え、ええ、そうですね。もう一つはここに書かれた記述です。グランドギルドというよりも、ラウリス王家の先祖の記録ですが、グランドリドルに関わるものです」
クリスティーヌは別の資料の束を引き出しから取り出した。
「グランドギルドが滅びる少し前に、ラウリスにこれまでにない大型化された魔導艇が配備されたときのものです」
「我々が乗ってきたような」
「はい。そこで気になるのがこの記述です。それを実現したのはグランドリドル関連の進歩があったのではという推測です。ただ、その推測の根拠になったのが……」
「黒の禁忌の乱に関連している……ですか」
「はい。グランドリドルはグランドギルドでも達成できなかった、いわば目標です。ですから、私としてはあまり重視していなかったのですが、旧ダルムオンで起こったことを考えると」
魔導艇の更新、グランドギルドで秘匿技術において何らかの技術革新があった。黒の魔導触媒や透明な魔力結晶に関係している可能性がある。だが、俺の知っている限り遺産もすべて白側の三色で作られている。
そこに何かあるのか? 俺はクリスティーヌの横でページをめくるが、現れたのは破れた紙だ。
「本当に断片的な記録ばかりです。グランドギルド滅亡の影響でラウリスもかなりの混乱がありましたから」
俺達は千切れてしまった紙の先を恨めし気に見る。
「グンバルドの記録を見たいところですね」
「それは?」
「もしも、魔力の根幹にかかわる進歩なら、グンバルドの遺産にも同じ時期に変化があってもおかしくないではありませんか」
「確かにそうですね。ですが、残念ながらラウリスには西、グンバルド関係の記録はほぼありません」
「意図的に情報が分断されているのでしょう。特に遺産関係はグランドギルドの支配力の源でしょうから」
「東西を平和裏に交流させる。その重要性を再確認できました。仮にグンバルドの資料があれば、先ほどの骨董品の年代鑑定が役に立ちます」
「確かに」
中心であるグランドギルドの流行を反映しているのなら、西の大拠点であるグンバルドの資料とも、その年代をヒントに情報をつなげることができるかもしれない。
それにしても、やはりグランドギルドが遺産関係の秘密を独占していたのは問題だ。一夜にして滅んだおかげで俺たちは結界など一番大事な基盤についての知識を失っている。忌々しい話だ。
しかし、これほどの技術を持っていたグランドギルドがどうして滅んだのか……。
その時、ベルが二度鳴った。まるで催促の様に短い間隔だ。どうやら一度目を聞き逃したらしい。俺たちは互いに顔を見合わせた。そして、あわてて片付けを始めた。
楽しい時間はあっという間だなんて思ってしまったのは、少し不謹慎だったかもしれない。