#9話 対戦相手
「もしかしてリューゼリオンの学生?」
エンジンの充填に向かおうとした俺とシフィーは、ブース前で二人の学生に出会った。二人ともラウリスの騎士学院の制服。それぞれ胸に家紋らしきものを刻んでいる。
緑髪を横に束ねた女子学生は俺たちの都市のことを知っているようだ。ちなみに黒髪の男子は「リューゼリオン?」といっている。
突然のことにシフィーは固まってしまっている。俺は書類箱に偽装した実験道具入れを背後に置き、シフィーの前に出て頭を下げた。
「我々は確かにリューゼリオンより参りました。私はリューゼリオン王女リーディア殿下の右筆のレキウスと申します。こちらは、リューゼリオンの騎士見習シフィーです」
「あの、よろしくお願いします」
俺の言葉に反応してシフィーが慌てて頭を下げる。
「ベルナールだ。ラウリス代表を務める」
「私はバルネティー家のエベリナです。トラン代表を務めるわ」
男の方は固い口調で、女の方は丁寧に名乗った。これは二人とも興味深いな。
トランはレイアード提督の話にも出てきた都市だ。旧ダルムオンの更に向こうだったな。リューゼリオンと並んで、ラウリス連盟の対グンバルドの最前線になりうる。ラウリス代表はもちろん重要。都市としての力は元より、大会の優勝候補としてもだ。
「やはり代表選手の方々でしたか。他の方々が整備ブースに入られるのはまだ先と聞いておりましたが」
「そうね、普通は一週間前くらいからかしらね。私は留学だからもともとここにいるわ。それよりも、リューゼリオンが大会に参加するって噂は本当だったの」
「あ、えっと、その……。はい、そうです」
エベリナはシフィーに詰め寄るように聞いた。エベリナの表情には期待の色がある。一方、はっきりと顔をしかめたのはベルナールだ。
「あのバカげた噂がまさか本当だったとは。大会をなんだと思っているのだ」
「ベルナール殿、今は私が聞いているんです。つまりリューゼリオンはラウリス連盟に参加するってことよね」
「基本的にはそう考えていただいていいのですが……」
俺は二人にリューゼリオンが大会に参加することになった経緯、表向きの、を説明する。要するに加盟に向けての顔見せと、一種の情報収集と誤認してもらう。当然、対等の同盟を狙ってますなんて言わない。
「ふむ……クリスティーヌ殿下のご政策というわけか」
ベルナールは「あの方は困ったものだ」とげんなりとした顔になっている。悪意や反発というよりも理解できないことに対する態度かな。優勝候補に油断してもらえるのはありがたいので、このままでいこう。
「リューゼリオンがそこまで急ぐということは、やっぱりグンバルドの動きと関係あるのよね」
「それに関しては肯定いたします」
俺はグンバルドの領有宣言について直接聞いたことを話した。エベリナの表情がはっきり曇った。
「……グンバルドが旧ダルムオンを狙っているという話、本当だったのね」
「太湖におびき寄せてしまえばグンバルドなどラウリス艦隊の敵ではないだろう」
「それじゃトランはどうなるのよ。言っておくけれどウチの木材がないと商船は作れなくなるのよ」
ラウリスとトランの位置関係その他が、二人の意見には濃厚に反映している。
「わかった失言だった。だがそもそもだ、そんな奥地の聞いたこともない都市が加わってもだな……。それに家紋がないということは平民上がりだろう。リューゼリオンが本気で連盟に参加したがっているかは怪しいのではないか」
「まあ、急なのは確かかもしれないわね。リューゼリオンには魔導艇が残ってたの?」
シフィーは首を振る。
「そうよね。トランにもないのだから」
ダルムオンの東隣ということは、太湖に面していない川の都市だ。リューゼリオン同様周囲は森だな。だから留学なのか。地勢といい、グンバルドとの位置関係といいリューゼリオンと共通点が多い。
「つまり、リューゼリオン代表は碌に操縦もできないのに大会参加というわけではないか」
「あの、私は選手じゃないんです」
シフィーはしどろもどろになりながら説明する。透明な魔力のことも認識してない君たちよりもシフィーの方がずっと……。って、これこそ知られるわけにはいかないことだ。
「そう、王女殿下が参加するということは、本気で連盟参加を望んでいるということね」
エベリナは期待する表情になった。こちらに気を使ってる感じのエベリナも、シフィーの表向きの魔力の小ささは気にはなっていたのだろう。
「それくらいは当然だ。まあいい。参加都市の増加は連盟の力をグンバルドに示すことになる」
力のない騎士を派遣してお茶を濁す。つまり、ラウリスとグンバルドの二股をかけている感じのことを疑われていたのだ。さっきの、太湖に引き込む云々も戦略としては選択肢の一つだろう。
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に見えてないわけじゃないな。おそらくラウリスの名門騎士家の人間だろうし、選手に選ばれるだけのことはある。そもそも、多数の都市の枠組みという認識があること自体、リューゼリオンとは違う。
俺が殊勝に頭を下げると、ベルナールはそう応じた。そして踵を返すと後ろも見ずに学院の方にもどっていく。エベリナの方はシフィーに「わからないことがあったら聞いてね」といってベルナールの後を追った。
「先生。どうしましょう」
シフィーが二人の背中を見ていった。
「そうだな。トランの子とは仲良くできるものならした方がいいかもしれない。グンバルドの圧力を自分たちだけで受けるよりもリューゼリオンとに分散した方がいいだろう」
選手一人のことで早急な判断はできないが、トランとラウリスの考え方の一端を知れた。クリスティーヌが言っていたいろいろな立場の一端だな。
大会では多くの都市が一堂に会する。大きな外交の舞台のはずだ。そこら辺の情報収集も重要になるか……。
特にベルナールの太湖に引き込む戦略は重要だ。クリスティーヌが一枚岩ではないといっていたように、太湖のネットワークを中心に考える意識は強いはずだ。広大な太湖がラウリスの力の源であると同時に、その広大さにもかかわらず内向きの力として作用しているのだろう。
トランよりも更に“外”のリューゼリオンとしては、それに勝るだけの何かを突き付けてやる必要があるということだ。単純にレースで勝つだけでそれが出来るか、少し考える必要があるな。